6.特進クラスは敷居が高い
恋をするとして、まずはどんな人物か知る必要がある。俺が知っている彼女の情報はあまりにも少ない。わかっているのは、入試トップの秀才、よく通る澄んだ声の持ち主で、黒髪ロングの美人、ってだけだ。
百聞は一見にしかず。顔だけでも直接拝みたいものだ。
「なぁ直太、沢渡さんって何組?」
「沢渡さんはー……って、ええっ!? まじでどうした? 急に! いや、でもやっと樹も人並みの感覚になったってことか……うんうん。お父さんは安心したぞ!」
女子のクラスを聞いただけなのに、この驚きよう。ちょっと騒ぎ過ぎたと思う。
「お前は俺の何なんだよ……。何組なのか知ってるんだろ? 早く教えろよ」
「へいへい。A組だよ。特進クラス。神崎ちゃんもな!」
「へぇ……」
特進クラスか。考えてみれば、学年トップの成績なのだから、当たり前だ。この学年は全部で6クラス。そのうち特進は1クラス、A組だけ。俺はD組で、合同の授業があるのはC組だから、A組と接点なんてほぼない。
用もないのにA組に行くのもどうかと思うし、廊下や下駄箱でばったり、もしくはすれ違うのを狙うしかないのか。それはあまりに非効率に思えた。
それに、特進クラスには神崎や、俺なんかより優れた人間がたくさんいる。そう思うと、なんだが敷居が高く感じられる。
わかっている。小学生の時に勉強ができたり、足が速かったり、ちょっとした特技があったりしても、所詮井の中の蛙だったなんてこと、よくある話だ。
劣等感なんて、慣れて仕舞えばどうってことないはずなんだ。でも、まだ俺は足掻きたくて、だからこそ小説で成功したいんだ。
「どうしたよ。思い詰めちゃって。そんなに沢渡さんが気になるか?」
考え込んでいた俺の顔に、直太がずいっと顔を寄せてきた。
俺が黙っているので、それをYESと捉えたらしく、
「樹、お前は運が良い。持つべきものは俺みたいな親友だってこと、よく覚えておくように」
と言い残し、自分の席へと戻っていった。
「……なんなんだよ」
俺が呟くと同時にチャイムが鳴り、担任の小牧遼子先生が教室に入ってきた。