1.天才の幼馴染み
俺には経験がほとんどない。
人に自慢できるような特技も、あっと驚くような出来事に遭遇したことも、心揺さぶられるような感動を肌身に感じたこともない。
だから、俺の書く小説はつまらないのだろうか。
ファンタジーを書く人間は、その世界に実際に行ったこともなければ、魔法や奇跡を体感したわけでもないはずだ。
でも、それでも面白い作品を生み出すことができるということは、彼らがそれと似たような経験をしてるからなんじゃないか?
誰もが一度は思い描くような理想的世界は、もしかしたら身近に存在しているかもしれない。
そうだ。数多の小説で描かれている、普遍的テーマ、恋愛。俺は恋愛をしたことがない。
まずは、俺も恋愛というものをしてみよう。
♢
小さな決意を胸に、俺は家を出る。
「あ……いっちゃん。おはよ」
「……はよ」
玄関を出てすぐに出会したのは神崎冴華、俺の家の隣に住んでいる同い年、同じ学校の生徒。
そして何を隠そう、この女が俺の自信をめちゃくちゃにへし折った張本人だ。
昔、小学生だった俺は、そこそこなんでも出来るやつだった。
テストも100点が常だったし、運動だって二重跳びも跳び箱6段もなんなく飛ぶことができた。
もうやめてしまったけどピアノを習っていて、教室では一番うまくて街のコンクールでも入賞するくらいの腕だった。
神崎が引越してくるまでは。
神崎は小学四年生の時に、俺の隣の家に越してきて、何故か俺に懐いた。
知り合いも誰もいない土地で心細かったのだろう。俺もあの頃はお人好しで、しかもその頃俺は出来る自分は出来ない人を助けてあげなきゃいけないんだって、本気でそう思っていた。
神崎の世話を焼き、一緒に登下校し、ピアノに興味を示した彼女を教室に誘った。
そしてピアノで神崎に抜かれた。
めきめきと上達し、俺がまだ弾けない曲を、難なく弾いて見せた彼女は、街どころか県のコンクールで入賞した。
その次に始めた水泳も、書道も、テストの点や体育の授業でも、俺は何一つ神崎には敵わなかった。
神崎はへらへらした顔で、飄々と俺の先をいく。
俺の自信はどんどんと崩れ落ちていった。
でもただ一つ、神崎は作文を書くのが苦手だった。やっと、俺はこいつに勝てる、そう思った。