四
「何もない処か立派な村ではないか、門に高壁とまるで砦じゃな」
三年前にモクズの姉を攫い売り飛ばそうとした山賊共が根城にしていた急造の砦を思い浮かべながら義吉は感心していた。壁のある町なんてのは城下に限り、村ならせいぜい獣除けの柵がある程度だ。しかしここは尖らせた丸太を埋め並べ櫓に門まで構えた砦、ここが丈夫な畦に囲まれた田んぼなら山賊の砦は水捌けの最悪な裸んぼだった。どこからでも侵入出来て何時でも好き勝手な細工が出来た結果、山賊共の寝首を掻いて誰一人欠けることなく生還できたのだから備えというのは本当に大事だ。
村にだいぶ近づいた辺りでミランが門へ向かって走り出し何か叫んだ後、門の中から槍を携えた男が数名こちらへ駆けつけてきた。
「グラズ!大丈夫か!?ありがとう、君達が二人を助けてくれたんだね。恩に着る、では彼を預かろう」
一番最初に駆け付けた若い守衛が一息に言ってしまうと続けて、遅れて来た守衛と共に槍に網を掛け急拵えの担架を作り怪我人を運び出した。
「俺からも礼を言おう、弟を助けてくれてありがとう。あれは今日は非番で息抜きがてら妹と薬草摘みに出た筈なんだ、事情も聴きたいから俺に付いて来てくれ」
村から出てきた中でも一番大柄な兵にそう言われたので従うことにした。
(小鬼を蹴散らしたと思ったら鬼に囲まれてしもうた)
さっきの雑魚共と比べればこっちの方がずっと理性的で友好的ではあるが、義吉の住んでいた地域でも滅多にみない大男がぞろぞろと駆け付けるのが見えた時には呆気に取られてしまった。
ふと後ろ振り向くとカブが天狗様の太刀を握りしめ朗らかな顔で硬直していた。多少つついても動かないので手から太刀を分捕り活を入れた。
「ボケッとしとらんで行くぞ、確かめにゃならんことがようけあるんじゃからの」
「ぇあ、はいぃ!」
現時点で義吉の見出した考えは僅かな希望を残しつつも最悪の可能性を予見していた。
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グラズが村の奥へ運ばれていったのを見届け、義吉達は門の裏手にある詰所へ案内され説明を求められた。
「さてと改めて、仲間を救って頂き感謝している。俺はここで自警団の団長をしているマイルズという者だ。それで聞きたいのは森で起こったことなんだが、ゴブリンが出たと言うのは本当だろうか?えー…と?」
「オイラは義吉と言ふ、コッチはカブ。んで、あの小汚い丸出し小鬼が“ごぶりん”と云うことなら是じゃ。オイラ達が見つけた時は六つは居たな」
「はい、こちらへ向かう途中に血の臭いを感じて駆け付けました所、棍棒持ちが一匹、短刀が二匹、盾が一匹、弓が一匹に綱持ちも一匹の合わせて六匹でした」
「6匹全部が何かしらの道具を身に着けていたと言うんだな?そうか…一応聞くが魔道具を持った奴は居なかったか?」
「マド―グ?武器やら以外は腰布の一つさえ持ってなかったぞ」
「そりゃ良かった、なら軍の応援は要らなさそうだ。オイ…」
マイルズ団長は後ろに控えていた部下を呼び寄せ、いくつか指示を出すと部下は足早に退室する。
マ道具とか言うので軍を要請するか否かを判断するとは!そんなにも恐ろしい物がこの巷には横行しているのか?と戦慄しているとマイルズ団長は苦笑いを浮かべてこう言った。
「大袈裟に聞こえるかもしれないが、ここらの怪物は危険度の低いものと見くびられて経験の浅い集団や息抜きがてらの冒険者が偶に来るんだ。そう言うのが怪我やら何やらで返り討ちに遭うだけならまだしも、過去の冒険で手に入れた魔法の品物を盗まれ、それが巡り巡ってここらの家や畑が被害を被るんだ。特にゴブリンは縄を結ぶ程度の器用さは持ち合わせているから、手軽な魔道具が盗まれたとわかった時は物によっては軍を呼ぶんだ」
「素人が息抜きに猟人の真似事もどうかと思うが、態々持ち歩くくらいなら余程便利なのだろうな、見縊って奪われ返り討ちにあってりゃ世話ないが」
「…ここは帝都でも有数の穀倉地帯、その4分の1が焼ければ過敏にもなる。ゴブリンが起こしたとは言え元を辿ればそんな物を持ち込み盗まれた冒険者の管理責任だ。名の通った冒険者と言えど死刑は免れなかったしな」
「あんなのがそんなに?息抜きでそんな事起こされりゃ、そりゃケジメつけても晒し首もんだな」
火遊びでそこまでする小鬼もだが、あんな弱っちいのに持ち物を奪われる方も馬鹿だ。まあでも、あんな雑魚でも数が多くなれば危なくなるか。
それにしてもここまでのやりとりで幾つか解った事がある。
一つ、ここは元の国ではない何処かの異国でここを治めているのは“ていと”という。二つ、この国には想像もつかない危険なものが手軽に持ち運べ、そんな危険物を所持する冒険者なる危険な輩が少なくないらしい。
一つ目は、ここに来るまでに見た妙ちくりんな生き物と広大な麦畑、それだけでも察するに十分ではあるが怪我人を見届ける先に広がる光景を見て確信した。明らかに建築様式が異なる家屋と何事かと表へ顔を出す住民達の全員が己とは明らかに違う見た目をしていたからだ。赤毛や栗毛、金毛は老若男女問わず、黒毛もちらほら居たが多くはなかった。村八分の心配は杞憂だった訳だが、今度は己らが気を付けないと異国の間者に間違われるかも知れない。いあや既に不法入国ではあるか。“ていと”というのも語感は京都に似ていることから“てい”という都があるのだろう。
二つ目はこの国のどこかでは広大な麦畑の四半分をも焼き払える様な道具が造られておいて、それが半端な実力者でも持ち歩くことが許されている事だ。冒険者なる職業であるらしいからやはり、それなり彼方此方へ危険な冒険に赴くのだろう。話を聞く限りピンキリの集団で慢心から命を落とすこともあるが、名の通る者も居てある程度信用された職業組合があるのだろう。故に個人に戦術具を持たせてもお咎め無し、もし何かあっても個人責任か。それでよく政を営んで居られると呆れるが、裏を返せばそれ程戦力に自信があると言う訳でもあるのだろう。
この事を踏まえて義吉は地元の戦はもう無理だとスッパリ諦めた。その代わりどれだけ時間が掛かろうと絶対に家に帰るつもりだ。
カブはカブで何やら不可解な波?を彼方此方に飛ばしては頻りに感心している。怪しい事この上ない。
「ふむ、二人共ここらでは見慣れない格好をしているし、一人は戦士、もう一人は軽装で武器の一つも持っていないように見えるが魔術師だろう?だから冒険者だと思ったんだが、どうも腑に落ちない所が多い」
話していて妙な間があったと思ったら案の定、怪しまれているようだ。先程の会話では冒険者であったなら耳の痛い話であるだろうに、そう言った事に嫌な顔をする処か逆に冒険者に対して否定的な意見すら出している。素性の知れない輩はまず冒険者だと思われるのか、それだけ手広くやっているのだろうな。
今ここでの受け答えに失敗すると牢にぶち込まれそうなきらいがあるが、やましい事は何一つしていないし嘘を言うつもりもない。全部言うつもりも無いが。
「だろうね。実の所ココがどこで故郷からどれだけ離れているかも知らなんだ。気付いたら近辺に寝ていたんよ。だから自分が足を踏み込んだ土地の事を知りたく、人の居そうな所を目指したんだ」
「難破でもしたのか?ここ暫くは天気の荒れた日はなかったと記憶しているが」
「船どころかオイラは洞窟の穴底に生き埋めにされた所までは覚えてるんだども、どうやってあの浜辺に運ばれたのか全く解らないんじゃ」
「何だと?」
「やや、噓じゃない。気持ちは分かるがそう噓を見破ろうって目をやめちくれ、喋り難い。嘘を言うつもりもないんやが」
「そうも言ってられないのが俺の仕事だ。だが、ウーン………、ウム、会わせたい人が居る。続きはその方達と話してくれ、それとそっちの…カブだったか?そんなあからさまに魔力波を飛ばしているとあらぬ疑いを掛けられるからやめた方が身の為だぞ」
「エ?神通力ナンテ使ッテマセンヨー」
「いやバレてるだろ」
マイルズ団長はまた別の部下を呼び寄せ一言二言短い指示を出すと仕事があるからと退席する。
「後の事はコイツに任せる。つっても、後に付いてってくれりゃ良いんだけどな。じゃ、俺は仕事が出来たからアレン、頼むぞ」
「お気を付けて、団長」
入れ替わりになったのは金髪でひょろりとしているがやはり義吉と比べると頭一つ分は大きい青年だ。
「アレンと言います。ま、案内だけなので取り敢えず外に出ましょうか」
挨拶もそこそこに外へ出ると人だかりが、理由は言わずもがな。その表情は好奇の目がほとんどで、訝しんで睨め付けるのも居たがそういうのは少なかった。
「人気者ですねぇ、義ん吉さん!」
「んだな、見世物小屋の中から外を見るとこんな感じに見えるのじゃろうな」
「随分と後ろ向きな発言ですねぇ?もうちょっとこの状況を楽しんだらどうです?」
「鐺でド頭カチ割られたくなかったら、その阿呆丸出しの口を閉じてろ」
「じゃれ合うのは結構ですが、これから向かうのは村長屋敷ですから面倒事は遠慮願いたいのですが」
村長屋敷?どこの馬の骨とも知れん輩をいきなり村の長に合わせるというのか?まいるずは続きはそこでしろと言っていたが何か理由があるのだろうか。
「あれれ?じゃれ合うって所、否定しないのですか?じゃあ私達はじゃれ合う仲って事?ウヒヒ、なら仲良しって事ですね!」
「やかましい」ガッ
「うきゅぅ!?」
思考が途切れた。観念して村長屋敷へ行く事にしよう。