旅の終わり
魔王はついに倒れた。
世界中の誰知ることなく、リナたちは魔王領国境付近、シトラの宿でこの情報を掴んでいた。
「ついにか」
シオンは寝そべるように深く背もたれに腰かけ、天井を見つめた。
「わしの命が尽きる前でよかったわい。どうじゃ? 願いは叶えたぞ」
そう言うシオンの顔には、満足そうな表情の陰にやつれが見える。
「達成感というか……ようやくというか……なんとも言い難いですね」
大きな目標が達成されたことは確かだが、リナにとっては世界の裏側を動かしていたこの3年の経過の方が大事になっていた。文字通り、あの日を境に人生が変わってしまった。
シオンは自嘲を顔に浮かべて笑う。
「あまり大きなことは言えん。願いを叶える側のわしが、お主の力を借り過ぎてしまった。だがまあ、楽しめたじゃろう?」
3年間本当にいろいろなことがあった。王族レベルを巻き込んだシナリオの筋書き。雲の上のように感じていた盗賊ギルドの支配層を手駒の一つに扱ったこと。亡くなってしまった鷹の部族のダリエンたちとの交流。下層の冒険者をやっていたころは見ることも叶わなかった魔法の品々を、惜しげもなく宝箱に放り込んでいく日々。自分自身が預言者となってアレルの運命を変え、『正体不明の第2の賢者』として語り継がれていること。どれも、シオンと出会う前の自分では一生巡り合うことのなかった世界だ。それだけではない。シオンは、「手に入れるなら自分で手に入れたい」という願いすら叶えてくれていた。少なく見積もっても、2つの願いが実現しているのだ。
「何物にも代え難い経験です。正直……ずっと続けていたかった」
シオンは声なく笑う。
「魔王が倒れた、ただそれだけのことだ。この世界はまだまだ終わらんぞ……この仕手でわしはだいぶ財産を使いこんでしまった。回収はリナに頼めるか?」
「もちろん。喜んで」
リナはテーブルから立ち上がった。この日のために待機させておいた人員に指示を出しに行くのだ。
「後は頼んだぞ」
ドアを閉めるリナの背後から、シオンが声をかけた。
魔王領、旧アルヴァシュトア公爵領は人間の法律上ではどこにも属していない。まだ法の整備が追いついていない今であれば、先住権を主張できる。リナが宿に待機させていたのは口入れ屋と傭兵団長だ。国境付近に集まった大量の入植希望者を使い、魔王領の土地を制圧していく。手に入れた土地は売却してもいいし、魔王城であれば観光地にもできる。得られる富は計り知れない。短期的に見ても、シオンが費やした財産の数倍の価値が見込める。
リナが明日の打ち合わせを終えて部屋に戻ると、シオンの姿がなかった。夜が更けても戻らない。
「シオン老を見ませんでしたか」
別室に控えている使用人に聞くと、既にリナに後のことは任せるとして宿を発ったとのことだった。「後は頼む」と言った時のシオンの声、姿が思い返される。
「じっちゃん」
一人きりの部屋で、リナは久しぶりにその呼び名を使った。