死闘
ついに勇者の進撃が開始した。旅の内容は連日新聞で報道された。
取材陣には自分たちの息のかかった者もおり、勇者の動向がわかるとリナは先回りして洞窟に宝箱を置き、休憩に立ち寄りそうな場所には落とし物を装って栄養剤を置くなどして陰から勇者を支援した。
ルイスの尽力により勇者と魔王への世間の関心は増大し、『預言について知っている』は84%、『預言に強い関心がある』は67%、『預言が実現すると思う』は43%にまで上昇していた。
出発地付近のサリンドーの街では、一人の老婆が勇者を自分の家に招いて話をし、タンス預金していたささやかなペリルを献金した。シオンが筆頭株主となっているHP通信社はこれを好意的に書き立てた。無論シオンの意向であるが、HP通信社の経営陣も計画の全貌は知らない。メディアによる世論誘導がシオンの行っている支援のすべてだと認識されている。
勇者への支援は徐々に草の根の運動として広がっていき、レブルレンデの街では貴族の社交会にゲストとして招かれた。さらには、レブルレンデ王は宝物庫の一部を開放して勇者の旅を応援した。
「すごいですね。王侯まで勇者に魅せられている」
「魅せられているかどうかはわからんな。レブルレンデでは近く、選挙がある。主催者のウルフレンド卿には票が集まるだろうな。国王にしても同様だ。王政廃止を唱える平等党に議席を取られたくはないからな。金を持っている連中はいかに勇者に金をつぎ込んでリターンを得るかをみな考えておるよ。だが、そうだな。金に魅せられるように、勇者に魅せられているとは言えるかもしれん」
紙面では勇者の名が載らない日はなかった。
「預言の勇者の元に四聖獣が結集」
「洞窟探検ブーム沸き起こる、第2のアレルは誰だ」
「マルグニット魔学博士、未公開の巻物を勇者に無償提供」
「勇者アレル、ついに第1のクリスタルを奪還」
ここまでの勇者の軌跡に、リナたちが仕込んだ仲間は3人いた。しかし魔法学院生エリエダは主婦になっており、鷹の部族のダリエンも名誉の戦死を遂げていた。海賊ロジャーだけが仲間となった。だが、代わりに仕込み外の吸血侯ヴラニール、炎の巫女アザリンが勇者の一行に参入した。新聞は白い肌のヴラニールを白虎、炎の巫女アザリンを朱雀に見立てて四聖獣とした。数が増えたところで当てはめるモデルを変えるなり、玄武は亀と蛇の2人で一組とするなり、どうとでもなる。
勇者が洞窟から財宝を持ち帰り続けたことで、一般人の間にも洞窟探検ブームが起こった。これは武器・探検業界に活況を生み、以前よりも安価で高性能の武器や巻物が手に入るようになった。人間勢力全体が底上げされた。
マルグニット博士の魔法についてはシオン達にも詳細は掴めていなかったが、これにより『第3の賢者の階梯』を用意する必要はなくなった。シオンから数えてリナ、マルグニットで、アレルは三賢者の階梯を上ったと言って差し支えはない。預言、剣、魔法とバランスもいい。この寄進により、マルグニット博士は三賢者の一人という大きな名誉を得た。
自ら手を下さずとも勇者に富と戦力が集まる仕組みができたことで、シオン達の計画には余裕が生まれた。この時間を利用してリナはより珍しい魔法の品を見つけて洞窟の宝箱に入れるようになった。こうして勇者が洞窟から持ち帰る稀少な品々はまた話題となり、勇者・探検ブームへの好循環を生み出した。
「ようやくクリスタルまでこぎつけたか。順調に成長しておるようじゃな」
「ええ――おかげで、私もトロルーくらいなら倒せるようになっちゃいましたよ」
勇者と同じく徐々に高難度の迷宮にトライしていることで、盗賊としての戦闘スキルが同じ速度で伸びていた。純粋な戦闘力としては、リナは勇者一行にも引けを取らない。
「いよいよとなれば、お主が魔王を倒しに行ってもいいかもしれんのう」
「しかし、これだけ目覚ましい活躍をしている勇者に対し、魔王はなぜ全勢力を振り向けないのでしょうね。今ならまだ潰せると思うのですが」
「ああ、それはな。できんのじゃよ。アレルが軍隊で行動しているのなら別じゃがな。たった数人のゲリラチーム相手に全力を費やしては、勝ったところで採算が取れん。最初のセオロムでの魔物の動きでピンと来たのじゃ。この魔王は、ここのところの感覚を持っている。その後のレベル操作を通じて、予感を確信した。なればこそ、わしは少人数パーティによるゲリラ突破という策を取った。かといってこのままアレルたちを無視していれば魔王勢力はじわじわとシェアを奪われていずれは屈するだろう。このような革新的な小勢力が急伸して侵攻してきた場合、巨体となった旧勢力はいずれの場合にも滅ぶ定めにある。わしはこれを『インベージョンのジレンマ』と呼んでおる」
「そう言えば、昨日アレルが死亡したようです」
ルイスは、報告事項が17あると言って今日やってきたが、これまでの3つの話題ではまだ切り出していなかった。さすがにリナは驚いたが、シオンはなんという風もなく答えた。
「回収できたのだろうな?」
「ええ、もちろん。数日の静養は必要でしょうがね」
「この情報は握りつぶさんでよい。『不死の勇者』としてポジティヴに利用しろ」
「保険が掛けてあったのですか」
「当然よ。監視は常にかけてある。万一のことがあれば偶然を装って回収して蘇生させる。蘇生はとんでもなく金がかかるからあまり頻繁に死なれては困るがの。ここまで来たら、全力で買い支えよ。この勇者の値、1ペリルたりとも落とさせはせん」