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オペレーション・デーモンスレイヤー  作者: 淀平ヴァウ平
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勇者の旅立ち

 「大事を取るため」という理由で4日も病院に拘束されたアレルは、その日ついに退院できた。

 師であるサルマンの迎えを待ち、正午近くに病院を出る。

 途中、人混みを避けて裏通りに入ろうとするアレルを「退院祝いにうまい店連れてってやるから」とサルマンが大通りに呼び戻す。

 火時計の下では、ジプシー装束をまとってフードで顔を隠した女が剣を持って座っている。

 サルマンが振り返り、やけに大きな声で言う。

「ようアレル、珍しいかっこした女がいるな」

 すると、女が立ち上がりアレルたちに近づいてきた。「先生が失礼なこと言うから」とアレルは慌てる。だが、女の行動は予想しないものだった。女は両手を大きく天に掲げ声を張り上げた。

「預言の時は来た!」

 人々の視線がアレルたちに集まる。女は十分な間を置いてから続ける。

「龍との戦いをその身に刻みし勇者よ。時は満ちた。7つの時を刻みしこの名剣グリルグンドをそなたに授ける。さあ、魔王との戦いに行くがよい」

 グリルグンドは、伝説の戦士シュトファンヴント侯が使っていた名剣である。以降、持ち主が亡くなるたびに血筋を問わず有力な戦士に受け継がれてきた。7代目の所有者ラルドウィックが高齢で既に病に伏せっていたため、リナは次の所有者に預言の勇者を指名してくれるよう交渉を重ねていた。初めのうちこそ、実績もなく実在すらわからない者にこの剣は渡せないと断られたが、家族に金を積んでいくとラルドウィックも心変わりした。特に孫が効果があった。尾ひれのついて広まった勇者の伝説を目を輝かせて語る孫を見て以来、ラルドウィックの態度が軟化した。最後には多額の現金と引き換えであれば手放してもよい、生前贈与にも応じると言ってきた。無論、表向きには魔王を倒すかもしれない新しい力に期待してという名目は保っている。

 所有者の手を7度離れ、アレルが8代目となる。これで7つの時は刻まれた。

 その時、火時計の12時の位置に炎が勢いよく灯った。僅かな間をおいて、観衆から叫び声が上がる。

「炎が天を打った!」

 預言が成就する時だ。グリルグンドがどう7つの時を刻んだのかは、ほとんど誰もわかっていない。しかし預言者であろうこの女が7つの時を刻んだと言うからには、何かしら7つの時を刻んでいるに違いないと誰もが信じた。預言と現実の符号を確認し合う声がそこかしこから上がり、残る『三賢者の階梯』の解釈に人々は推測を巡らせた。おおよその見解としては、この女が第1か第2の賢者で、次の賢者も魔王との戦いに役立つ何かを授けられるのだろうという見方で一致していた。

 周囲がどよめきに包まれる中、アレルは戸惑っていた。その背中に手を当て、サルマンが優しく促す。

「どうやら、そういうことのようだ。受け取るんだ、アレル」

「でも、僕……」

 先ほどとは打って変わって、サルマンがはっきりと、周囲に響く声で説得した。

「自分にその器がないと思っているのなら、それは間違いだ。お前はまだ未熟だが、才能は並々ならぬものを持っている。ドラゴンから攻撃を受けたとき、あと半歩踏み出していたらお前は生きていなかったろう。その半歩を見誤る者がどれだけ多いか――そこには努力で越えがたい一線がある。お前が剣を抜いたときもそうだ。奴が一瞬ひるんだのは気づかなかったか。その一瞬の隙があったから、あの後俺たちがドラゴンを倒せたと言っても過言ではない。ドラゴンにとどめを刺したのは、確かに俺だ。だがドラゴンを倒したのは、お前も含めた俺たちの力だ」

 才能の概念を否定し、鍛錬のみが結果を結ぶと日ごろ語っていた師が意見を翻すのに違和感を感じつつも、アレルはその双方が真実なのだろうと理解した。つまり、努力の占めるウェイトはとてつもなく大きい。ほとんどの人間にとって才能の差は微々たるものであり、そのわずかな優位に胡坐をかいていては力はつかない。その一方で、師はその努力を超えた先にやはり存在する才能の領域も予感してはいた。ドラゴンとの戦いで見せた自分の才能の片鱗は、師の一般論を撤回させるほどのものだったのだ。

 アレルは覚悟して振り返り、手を差し出す。

 すべてを知っているリナは、フードの下で笑みを浮かべながら剣を渡す。サルマンの芝居と、それを信じたアレルを見ていて面白くなってしまったのだが、アレルにはその口元の笑みは神秘的な運命への誘いに見えた。

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