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オペレーション・デーモンスレイヤー  作者: 淀平ヴァウ平
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人形遣い

 3年の月日が流れた。

 その間にシオンとリナは勇者が辿るロードマップを想定し、その途上に仲間となり得る候補を育てていった。

 港町ポンティトでは山師の男を雇い、海賊ロジャーにアプローチした。そのために用意した儲け話をいくつか流し、信頼させたところで勇者の魅力を語らせた。世界を変える人物との旅がどれだけ儲かるか。また、十分に儲けた後で男として求めることは名声だ。勇者にはそれがある。こう掻き口説かせた。この山師もシオン達の真の目的は知らない。偽名を使ってシオン本人であることは隠してあるし、預言を利用してより大きなビジネスを目論んでいる同類と思わせてある。

 学問の都ウルカノンでは占いの店を開き、魔法学院生エリエダに夢判断で勇者への同行を刷り込んだ。エリエダはこれといって魔法の才覚があるわけではないし、それ以外に優れた面があるわけでもない。しかし、家系を辿ると3代前で魔族の血が入っている。これは必要ならメディアを通じて物語の演出にも使えるし、3代も前のことなのでマイナスに働きそうであれば伏せておけば知られることはない。都合よく使える切り札を持っていることが評価された。シオンたちが行っているプロジェクトは個人の才覚を頼りにしていない。彼らの行っているのは、ギャンブルではなく投資なのだ。

 隔絶境ティフロイには勇敢な戦士が揃っているが、彼らには魔王を倒しに行くという発想がなかった。外の世界には関心がなく、自分たちの集落を襲う魔物に立ち向かうことが英雄の証だった。リナは自ら行商人としてこの地に何度も出向き、戦士たちと交流を持った。1年程は仕込みとして、彼らの文化を理解することに専念し、外の世界に興味を持つ者が現れるのを待った。

 初めのうちは、魔王を倒す勇者の話に対し彼らは冷淡だった。魔物は自らの準備が万端であると判断して戦いを挑んでくるのであり、相手の準備ができていないところに不意打ちを仕掛けるのは卑怯である、というのが彼らの考え方であった。リナは、それは非常に男らしく勇ましい考え方だと受け入れた上で、勇者にはその男らしさを捨てる勇気があるのだと弁護した。男性であれば誰しも男らしく、尊敬されたいという気持ちがあるだろう。それを失うことには恐れがある。だが勇者はその恐れを克服している。勇者にとって何よりも大事なのは自分の名誉ではなく、大事な人間を守ることである。そのために自分を犠牲にし、卑怯者の誹りを受ける覚悟のできている勇者は、男らしさを超えた男らしさ、本物の勇気を持っている。

 実際そんなことは全く考えていなかったのだが、シオンといると口は達者になる。咄嗟の思い付きで言ったこの理屈に、部族の若者たちは関心を示した。彼らの中で勇者は、エキゾチックな精神修養を重ねて人智を超えた神性を備えた異境の哲学者としてイメージされた。中でも鷹の部族のダリエンは勇者との旅を熱望するようになった。

 パーティ人数は5人前後を見込んでいたが、リスクヘッジとしてこうした候補を15人用意した。

 龍をその身に刻む勇者と共に旅する仲間には、何か運命的な符牒も欲しいところだ。彼らには四聖獣の龍を除いた他3体を思わせるエピソードやアイテムをまとわせることにした。エリエダは簡単だった。ラッキーアイテムは虎柄のアイテム、ラッキーカラーは白。これで白虎の完成だ。ロジャーには既に"海の猟犬"の二つ名があったが、別に"片目のサーペント"の二つ名を与え、山師を通じて広めさせた。ロジャーの船を亀と見立てれば、その上に乗る蛇と合わせて玄武とできる。ティフロイに交易に行く際には、鷹の部族のダリエンが欲しがりそうなものは赤系統のもので揃えた。赤いものを身に着けた鷹となれば、朱雀に連想が働くことは容易い。

 仲間を揃える傍ら、クリスタルや伝説の武具へのアクセスを阻む要因も排除していった。

 第2のクリスタルが置かれたミトラ神殿へのトンネルは落盤で塞がっていたが、古神ミトラを崇める教団を見つけ出して出資し、開通工事を始めさせた。伝説の鎧があるとされるタルタスタンは独裁政権が敷かれて入国が難しくなっているため、密入出国を請け負っている組織を裏で支援した。第3のクリスタルを得るには迷いの森を抜ける必要があったが、この森は実際に何度か入ってみて個人の力で突破するのは不可能と思われた。調べてみると迷いが起きるのは妖精の仕業らしく、そう妖精の数が多いわけでもないので一気に人間が来ると対処しきれなくなるようだった。そこで週に1度迷いの森で酒を飲みながら不思議な妖精に惑わされてみるメイズ・ウッズ・フライデーというイベントを近くの街で流行らせてみた。イベントが定着するよう有名人なども招き、1年もする頃には週に1度、安定して迷いの森を抜けられるようになった。伝説の武具やクリスタルといった魔王討伐に必要な品を投機目的で買い占められるのを防ぐため、これらの品は本来の目的のために使用するために申請があれば無償で貸し出さなければならないとする法案も通した。まともな店であれば、これらの品を取引することはないだろう。

 魔王への道筋は整いつつあり、いつ勇者が現れてもいい段階に入っていた。見立て通りに進めば、どこかで大きく足止めされることなく魔王の元まで辿り着ける見通しだ。

 サルマンが勇者として推薦してきたのは、2ヶ月ばかり前に入門してきたアレルという少年だった。特に秀でたところはなく万事凡庸だが、近頃街まで攻め込んできたドラゴンとの戦いで負傷して入院している。

「つまり、竜の爪がその身に食い込んだわけか」

「挫傷ですのでそこは惜しいところですが、龍との戦いがその身に刻み込まれているとは言えましょう」

「街を守るために戦った英雄となれば人気も出ような」

「実際にはほとんど一撃でやられて気を失っていたので戦ったと言えるかは微妙ですが、その辺りは物は言い様です」

「入院しているのがサンテリオ病院なら、あの辺りには火時計がありましたね」

 サルマンとシオンのやり取りにリナが入る。リナはシオンと旅をするうちに、話し方を矯正していた。シオン相手に、自分だけが子供のような言葉遣いをしているのが次第に恥ずかしく思えてきたのだ。今や、リナはシオンの片腕として勇者プロジェクトの重要なエージェントとなっていた。

「正午近くに退院させてもらえれば、『炎が天を打つ時』は満たされる」

「3年で頼もしくなったもんじゃのう」

 シオンは顔をほころばせる。

「この件はリナに任せるとしよう。残りの『7つの時を刻み』もできるな?」

「はい」

「それと、アシュタンテの魔物が周辺に比べて強すぎる。ベケレツとラダーザの中間くらいに調整しておいてくれ。勇者の退院はいつだ? 2週間か、それまでにできるか?」

 リナがこの3年間、腑に落ちずにいたことだった。シナリオの準備と障害の排除を進めながら、リナは魔物のレベル操作も行っていた。人間と魔物のレベルのミスマッチは何度も発生させたが、シオンが言うにはこれによって魔王軍に与えられる損害は微々たるものということだった。それにも関わらず、シオンはこの活動に精力的だった。手が空いた時のついでくらいに思っていたが、近頃ではほかの重大な要件を後回しにして操作を行うことすらあった。

「その調整は、重要なことなのですか?」

「なんじゃ。気づいていなかったのか? 人を喜ばせておいて、がっかりしたわい」

 そう言いながら地図を広げるシオンの顔は、言葉とは裏腹にひどく嬉しそうだ。サルマンはそのシオンを見て密かに笑う。すっかり力をつけてしまったリナに、久しぶりに解説できるのがこの老人は嬉しいのだ。

「よいか、これが今の魔王軍の勢力図だ」

 地図上では魔物のレベル分布が色分けして描かれている。

「そして、我々の想定している勇者のロードマップは……」

 シオンが地図の上にチョークで線を引いていく。

「これは……セオロム周辺に弱い魔物が揃っているのは感づいていましたが、ここまで道が用意されていたとは」

 勇者が進むべき道筋は、ほぼ現れる魔物が弱い順に進んでいた。

「だんだん強い課題に当たるようにしないと、潰れてしまうかもしれんからのう。しかし、リナが『時の初めに立っていた者』を、『最後に立つ者は何をしているのか』を、見つけるのはまだまだ先かの」

「師匠、それは一体何のことなんです?」

 3年間、何度もこの言葉は出てきた。しかし、リナには見当もつかなかった。時の初めに立っていた者は誰なのか、神や最初の人間のことを言っているのなら、知れるものならば誰もが知りたいだろう。だが、そんな単純なことを言っているようにはリナには思えなかった。

「わからぬならまだ早い。いずれわかるはずじゃ。リナがわしを超えたときにな」

 そう言うとシオンはせき込んだ。3年前出会った時よりも、確実に体は衰えているようだった。

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