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オペレーション・デーモンスレイヤー  作者: 淀平ヴァウ平
3/8

世界の中心

「また元通りになってきたみたいだね」

「元通りか?」

 数日経つと、セオロムを行き交う負傷者の数は目に見えて減っていた。しかし、シオンの返答には含みがある。何かが変わっているはずだ。リナは数日前の情景を思い返してみる。

「そう言えば……前はもっと人がいたような」

「さよう。では、なぜそうなったのかね」

 ここ数日、リナはシオンからみっちりと学問を教え込まれていた。習う義務があるわけではなかったが、リナは好んで話を聞いた。学問などというものはしかめ面をした学者が何の役にも立たない議論を交わすものだと思っていた。だが、学問とは自分が見えていると思っていたものを、より鮮明に映し出してくれる拡大鏡だった。

「え~と、魔物が減る……魔物が減るから……魔物が強い人間を求めるように、人間も強い魔物を求めていて。経済合理性で人間も来なくなる」

「その通りだ。強い魔物がおらねば、その強い魔物に張り合う武器の需要もない。押し寄せた魔物が引けていく際に、失望から預言前よりも魔物のレベルが下がっておる。こうなると商売も活気を失って行くのじゃよ。2ヶ月もすれば、銅の剣くらいしか武器屋には並ばなくなるだろうな」

「ん~……確かに魔物を見事にハメたってことなんだろうけど……、じっちゃんはそれでいいのかい? 預言者としての名に傷がつくんじゃないの?」

「案ずるでない。預言のすべてはあの場所で明かしておらぬ。お主に運ばせた手紙の内容がもう出回っておる頃じゃろう。『7つの時を刻み炎が天を突く時』と、書面には記してある。まだ外れたわけではない」

「7つの時か。それも、どうとでも取れるように?」

「無論じゃ。7時間かも知れんし、7年かも知れん。7時ということもあり得るな。7時はいつの7時かわからんから気にしてもしょうがない。近いところで、7日を目途に引き上げているところじゃろう。おそらくは、7日を境にセオロム周辺の魔物に与えるインセンティブを打ち切っているところだろうな」

「でもまだ7日経ってないぜ? どうせなら、結果見てから帰ればいいのに。なんかもったいない感じ」

「それでは6日目で諦めたライバルに出遅れてしまうし、6日目で諦めても既に5日と半日で諦めた者には負けておる。みな競争しているのじゃよ」

 リナはため息をついた。ここ数日何度もあったのだ。教えられた後で、既に与えられた知識から導けた答えだったと気づかされることが。

「そっか~。そんなこと考えてたんだ。魔物も一緒なんだな、人間と」

 一瞬、シオンの表情がこわ張る。平常、間髪入れずに反応するシオンが僅かな間を挟んで返答する。

「左様、同じじゃ。魔物も人間も」

 そうして話していると、部屋にノックがあった。

 入ってきたのは2人の男だ。一人は全身傷だらけの大男で、もう一人は目つきの鋭い細身の男だった。

「こちらのお嬢さんは?」と大男がシオンに尋ねる。

「わしの弟子……いや、クライアントというべきか……ま、気にせずともよい。人払いは無用じゃ」

「世界の裏側を見せると? またいつもの『望みを叶える』なのでしょうが……また、ずいぶんな褒美を与えたものですね」

 細身の男が横目でリナを見る。

 2人は昔からのシオンの知り合いで、預言を成功させるために工作を行う腹心らしかった。

「地元だけあって、やはりセオロムでは期待感が強いですね。私はしばらくこの街に留まり、『龍刻の勇者を目指せ』の目標を掲げて道場を開こうと思います。『龍をその身に刻む』は、何とでも説明がつくでしょう」

「こちらは6つの街でとったアンケートの集計結果です。

 『預言について知っている』が13%、『預言に強い関心がある』は3%、『預言が実現すると思う』は8%。『魔王を倒す伝説の武具を知っている』は2%、『魔王城の結界を解く4つのクリスタルを知っている』は1%未満。魔王の名前を正確に答えられたのは8%で、こちらのフリーフォームは、ご覧の通り。

 『イグノーの街へようこそ!』

 『ロレッタちゃん好きだ~~~~~!!』

 『一度でいいからピチピチギャルになってみたい』

 魔王に対する関心が全般的に薄いですね。勇者擁立後のことを考えて、魔王に対する認知・関心の増大を仕掛けていきます」

「うむ。それでは、わしらは何をやろうかの?」

 突然、自分に話しかけられてリナは戸惑う。ここにいるのは、世界規模の事業をずっとやってきた人たちだ。そんな人たちを前に、自分が何を意見できるだろうか。それでもリナは、考え付くことを口にした。

「あ~……先週じっちゃんがやってたみたいなさ、弱い人間のいるところに強い魔物を集めてっていう……あれを繰り返して魔王の勢力を浪費させる。のでいいんじゃない? のでしょうか……?」

 シオンと男2人は目を見合わせる。彼らの間だけで何かの理解があるのだろう。

「よかろう、ではそれをやってみるか。ただし、そう毎回預言ばかりしているわけにはいかんぞ。どうやって魔物の移動を操るかだな。それから、シナリオも大まかに作っておかねばならん。これもわしらで一緒に進めるぞ」

「シナリオ?」

「たとえばこういう預言があるとしよう。

 『アランドラでニシンが売り切れる。アヴラノの皇太子が結婚する。竹製のおもちゃが流行る』

 これは予測や予告ではあり得ても、預言ではない。預言には人々の心を捉え、単なる事象の連なりに運命の装いをまとわせる物語が必要なのだ。勇者とはいえただの人間であり、その旅程はただの移動に過ぎん。それを英雄の足跡たらしめるには魅力的な仲間、裏切りと和解、血の宿命、勇者に人々が望むそういったディティールが旅の中で現れるように――さもなくば、現れたと偽装できるように準備しておいてやらねばならん」

 シオンの熱弁を唖然と見つめていた2人は、シオンが席を外した際にリナに聞いてきた。あの人が『望みを叶える』が好きなのはわかっている。いったい何を願ったのか。あの老人が手の内を明かすなど、それ自体が計略の一部である場合以外にまず考えられない。自分たちですら、仲間として認められるまでに10年はかかったのだと。

「そりゃあ、よっぽど気に入られた……ってことなのか?」

 リナの説明を聞いて細身の男、ルイスが言う。大男、サルマンがそれに答える。

「案外子供っぽい方だからな。今まではさ、望みなんて言っても高い宝石が欲しいだの大きい家に住みたいだの、シオン老にかかれば苦もなくできることばかりだったんだよ。で、あっという間に願いを叶えてやって『どうじゃ、わしすごいじゃろ?』という顔を見せればそれで終わりだった。ところが今度は魔王だ。何年かかるかわからない」

「ああ、そうか、それだな。まさか10年も20年も経ってから『ずっと前に言ってた願い事だが、望みを叶えたぞ』なんて現れても、宝石やら何やらもらった人みたいに感激してくれないからな」

「長い時間かける割には、シオン老の満足効率が悪いからな。となれば、自分の働きぶりを見せつけ続けるしかないわけだ。ま、Win-Winではあるな」

 2人の予想は、事実のある面を言い当ててはいるように思えた。しかし、老人のことをさして知らないながらも、それが全てではないという感覚もあった。自分に見つけるよう望まれているという『時の初めに立っていた者』とは何なのか。その答えは、この2人は知らなそうだった。


 2人が帰った後、リナはベッドに倒れ込みながら尋ねた。

「あー、なんかもう10年分くらいこの1週間で頭使ってる気がするよ……あたしって今どれくらい賢くなったのかな?」

「さして変わっておらんと思うぞ」

「えー……あたしが今日の2人みたいな話できるようになるのに、あと何年くらいかかるの?」

「まあ、10年くらいじゃないかの」

「そんなに!? じゃあ、5日で10年分使っているから、それが10年分で……」

 計算しようとして、途中でやめた。シオンとの会話だけで頭は使い果たしている。自分で出した問題を考える余力は残っていなかった。

 枕を抱きしめて横になっていると、だんだん気になってくることがあった。

「なあ、じっちゃん……じっちゃんって、もしかしてものすごい金持ちなのか?」

「ん? 質問の仕方がなっとらんぞ、リナ。100万ペリルで自分を大金持ちだと思っている者もおれば、1億持っていても大したことないと思っている者もおる。ものすごいでは人に伝わらんぞ」

「じゃあさ……じゃあ、いくら持ってるの?」

 言うのがためらわれるような質問だと自覚していたが、それでも疑問は抑えられなかった。多少上等そうな服を着ているとはいえ、王侯貴族のようには見えない。しかし、その王侯貴族とはいえシオンのようなことを実行できるほど豊かなのだろうか?

「はは、まあそれはよかろう。しかしな、考えてもみよ。わしは未来を言い当てるのが仕事だ。これが金を稼ぐということにおいてどれだけ有利かは想像がつくな?」

 答えてくれるはずがないとは思っていた。だからリナはこの答えで納得した。しかし、満足していないことは顔に現れていたらしい。シオンは、にやにやしながら秘密の一端を明かしてくれた。

「まあ、少なくとも小さい国の1つや2つ買うのは造作もないぞ」

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