天啓
セオロムに着くと、一番大きな通りの辻に立ってシオンは声を張り上げた。
「聞けい。シオン=マグナスが預言する。
セオロムより現れし龍をその身に刻む勇者
三賢者の階梯を踏み越えて大いなる闇を払わん」
シオンの周りには次第に人だかりができていった。初めのうちは預言の内容について様々な憶測がなされ、やがてシオンが本物の預言者か、本人が名乗る通りの人物なのかといった話題に焦点が移っていった。ここを見計らってシオンはリナに巻物を渡した。
「我が弟子よ。これを王城へと持っていけ。わしの封蝋がされておるから受け取ってもらえるはずじゃ」
こうなると、預言の主は本人に相違あるまいと観衆は判断した。預言された内容が口伝てに広まっていく。途中で話を聞いた何人かは、シオン=マグナスが名高い預言者であることを尾ひれに加えた。日が暮れる頃には、預言は城下一帯に広まっていた。
「龍をその身に刻むってのはどういう意味なんだい」
宿に戻ってきたリナがシオンに尋ねる。
「知らん。まあどうとでも取れるな」
「なんだ、また後から辻褄を合わせるのか」
「多くの者が預言というものを誤解しておる。預言というものは、成就した時点で意味が読み取れればそれでよいのだ。無論、わしらはその誤解を利用しておるわけだがな。まだゲームで言えばこれは最初の一手よ。どう化けるかはこれからだ」
次の日、買い出しから帰ってきたリナにシオンが声をかけた。
「何か変わった様子はあったかね?」
「ああ、みんな預言の話をしてたぜ」
「それはそうじゃろうな。預言以外についてはどうだ?」
「なんだか、今日は通りに負傷者がやけに多かったかな」
それを聞くとシオンは満足げにほほ笑んだ。
「幸先のいい滑り出しだ。もしかするとこの魔王、さほど手ごわくはないかもしれんぞ」
「え、なんでだよ。魔物が強くなってるんだろ。まずいんじゃないの」
「魔物が無限に湧いてくるのならその通りじゃが、そうではないからな。不思議に思ったことはないかね? なぜ地域によって魔物の強さに全くの差があるのか。人間の勢力が弱い地域に、なぜ強い魔物がいないのか」
言われてみれば確かにその通りだ。なぜだか、強い魔物が集まっているのは人間の方も勢力のあるところだ。
「背後に働いているのは経済合理性というものだ。同じものが50ペリルと100ペリルで売っていれば、誰しも50ペリルの方が売れる。誰しも損な買い物は嫌だ。自分の利益は最大化しようとする。ところが、人それぞれ条件は違うからめいめいに異なる選択をするわけだ。リナ、お主が盗賊を生業に選んだのも同じことじゃろう。他の仕事よりも盗賊が向いているという合理的な選択をしたわけじゃ。お主がもっと鈍くさかったり、力が有り余っていたらまた別の未来もあったかもしれん。こうして世の人々が合理的に判断していくとな、物事に傾向が生まれてくる。盗賊ならばたいていははしっこい奴じゃろう。貧弱な戦士は、貧弱な建築家よりも割合として珍しい。
同じことを国もやっておる。人間の国で言えばセオロム、ヴァッダ、フォルクウッドといろんな国が自分の通貨を発行しておるな。これを自国の利益が最大になるように内需や貿易に割り振っておるわけだ。
魔王というのも同じよ。魔物というものを、強さを数値で表すとしよう。単位はレベルだ。そうすると、魔王軍はレベルという通貨を発行していると考えられる。これを利益を最大化するように配分するのだ。当然、利益を得にくい地域には弱い魔物しか置かれないことになる」
リナには初めて聞く言葉が多すぎた。単語の組み合わせからおぼろげな意味合いは掴めるものの、熟語としてどのような意味になるのか、話が総体として何を言わんとしているのかはさっぱりだった。シオンの説得力ある物言いを聞いていると、聞いている個所だけは全く明解な事実のように感じられたが、数秒前に聞いた内容はもう思い出せなかった。
「分からずともよい。お主はこれから何年もかけて学んでいくのだ。世界の奥義を、この世を動かしている理を。意味を知らずとも赤子が学ぶように、言葉をただ言葉として浴びることもまた学びよ。
さて、経済合理性に従えばセオロムのような弱い国には弱い魔物しか配置されないことになる。強い魔物を派遣したところで、セオロムの人間相手には力を持て余してしまう。価値を十分に活かす運用ができないのであれば、力量に合った地域に派遣して全力を出し切った方がよい。セオロムにはセオロムに見合った魔物を置いておけばよいのだ。こうして、世界各地の魔物と人間の勢力は均衡状態に落ち着く。
ところが、わしの預言がこれを崩した。セオロムには今、ファンダメンタル的に相応な以上の魔物が集まっておる。要は、魔王は100ペリル払って50ペリルの価値しかないセオロムを買ってしまったというわけだ」
結論に至る過程を説明することは、リナには一言もできなかった。しかし、人間の負傷者が増えているにもかかわらず、確かにこのシオンは魔王に損害を出させたのだという結論は、正しいことのように思われた。
「数日は魔物が強まっていくじゃろう。その間は街から出るでないぞ。今までよりは数段強い魔物が集まっているはずじゃ。じきに引くと思うがの。しばらくは『待ち』じゃ。読み書きはできたか? 本でも買いに行こう。お主には『時の初めに立っていた者』は誰なのか、見つけてもらわなくてはならぬ」