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ヴェルモルド  作者: 雨露
3/4

プロローグ③

「じゃあなガキ。…あぁ、そういやてめぇの名前は」


「助けてください!!」


 かすれた叫び声だった。

 悲痛な声だった。

「誰か、助けて…。お願い、します…」

 声は、ヴィクトールの背後から聞こえる。耳を澄ませば、鎖を打ち鳴らす様な音も聞こえる。身動きできないように、何かされているのだろう。しかし懸命に体をみじろぎさせて誰かに自分の存在を伝えようと、していた。

「チッ、クスリが切れたか。もうちょい先だが少し黙らせるか」

 ヴィクトールが舌打ちをして振り返る。その大仰な剣を突き付けるのか、あるいは声が出せなくなるように『何か』をするのか。

 想像に難くはない。

「これでいいか」

 一人ごちて、近場にある廃材を掴み取る。鉄パイプだ。当たれば痛いでは済まないだろう。

 それをヴィクトールの背に向けて思い切り、投げた。子供の肩で投擲されたものとは思えないほどの速度で鉄パイプが襲いかかる。

「おいクソガキ、さっさといけっていったよな? あァン?」

 断ち切られた鉄パイプが、カランと音を立てて地面を転がった。ヴィクトールは青筋を浮かべて振り返る。

 不意打ちで気絶させる予定だったのだが、うまくいかなかったようだ。

「用事を思い出しまして。やっぱりここを通らないといけないみたいです」

「クソみてぇないいわけはどうでもいい。だが、わかってんだろうな。雑魚だろうと手加減はできねぇぞ」

 大仰な剣を構える。背丈ほどはある長い刃は、日陰にあっても怪しい光と血の匂いがした。対してこちらは徒手空拳で応じる。太ももに忍ばせたナイフは切れ味が良すぎて困るのだ。

 余裕のつもりなのだろうか、剣先を振り、こちらに先手を譲るように誘っている。

 ならその通りにしよう。時間を掛ければ掛けるだけ、地の利がないこちらの方が不利になるのは目に見えている。

 足の指先で地面にリズムを刻みながら、ルートを描く。修復を考えると、跳躍は3回が限度。そして先ほどの鉄パイプを切断した反応をみると、投擲に咄嗟に反応できる反射神経は優れているようだ。

「…一撃で終わらせます」

「こいよ、切り落としてやる」

 身をかがめ、拳を握りしめる。

 そして右足で壁に向かって跳び出した。

 右足負傷。――複雑骨折か何かだろう。着地点はヴィクトールの左手にある壁面。咄嗟に反応した剣の切っ先が服を浅く破るが、身体には届かない。左手で壁面を掌打下衝撃で壁面の一部が蜘蛛の巣状に凹む。腕の骨がひしゃぎ、肉を突き破った。左手を犠牲にした勢いでヴィクトールの背後を跳躍する。優れた反射神経はその飛来物に反応し、振り返りながら剣を振るが遅い、絶望的な遅さだ。

 そして剣を振り切った為に、身体は無防備を晒した。背丈ほどの剣を振り切ればそう簡単に切り返すこともできない。

 最後に左足で跳躍し、無防備な首元を狙う、はずだった。

「クソ甘ぇんだよ!!」

 180cmもある長剣ともなれば3,4kgでは済まないだろう。そんなものを切り返せる? ほんの一秒にも満たない間で? 人間技なのか?

 だが現実に存在していた。その証拠に眼前には刃が怪しく煌めいている。そのまま突っ込めば頭の先からぱっくりと傷口が体の中心あたりまでは広がるはめになる。

 ならば、息をのんで握りしめていた手を突き出す。握りこんでいたのは小さなガラス片だ。それをヴィクトールの顔面に向かって、投げつける。咄嗟に、横なぎになっていた剣は刃を地面に向け、盾になった。

 小さなガラス片は刀身の盾に阻まれ地面に落下する。これで、脳天から切り身にされる危険はなくなった。

 右の拳をぐっと握り締め、刀身に向かって突き出した。

「くっ!! クソがぁぁぁぁぁ!」

 ドゴォン!!

 壁面を歪ませる威力はヴィクトールを吹き飛ばし、強かに頭を打ち付け意識を失ったようだった。

 しかしこちらも満身創痍。

 右足はすでに修復が始まっており、青白く発光しているが他の四肢は完治まであと数分はかかりそうだった。

 右足だけでヴィクトールの傍により、直りかけの左手で軽く小突いてみるが反応はない。しかり意識を失っているようだと安心し、傍らに転がっていた長剣におもむろに触れる。ひやりとした金属の感触が指先から伝い、なぞりながら柄を掴むが軽く力を入れた程度では微動だにしない。

 こんなものを、軽々と振るっていたのか。

 ヴィクトールに据え恐ろしさを覚えながら、立ち上がった。

「あ、あのぉ~。助けてください~。うごけないんです~」

 灰色の布が声をあげた。

「……あれ、まだいたんですか。もうとっくに逃げてたと思ってました」

「だ、だって手錠と足かせで…うごけないんですよぅ」

「言われてみれば。すみません、気がきかなくて」

 修復された左手で長剣を持ち上げると、地面を擦りながら要救助者のもとに歩み寄る。

「た、助けてくれるんですよね? まるで殺人鬼に襲われる一歩手前じゃないですかわたし!?」

「ごちゃごちゃ言ってないで手錠と足かせを出してください。ぶった切りますから」

 うぅ、と恨めしげな声をあげ、両手を足かせを差し出したのを見て長剣を持ち上げた。

 スパッ、と音がするような軽快さで手貸せと足かせの鎖が断ち切られる。

 そしてついでに身にまとっていた衣服が胸元からスパッと。

 切れてしまった。

「……女の子?」

「ッ――」

 声なき悲鳴が聞こえるようだった。きっとその顔は朱色に染まっているのだろう。周知か、あるいは激昂で。

「すみません。そこまで切るつもりはなかったんですが、手元が狂いました」

「えぇ、えぇそうですよね。手元が狂っただけですよね。わかってますよ、次はどこが狂うんですか、理性ですか!? 理性が狂って襲いかかってくるんですか!?」

「だいぶこじらせているみたいですね。安心してください、別に貴方をどうこうしようって言うのはありませんから。むしろどこへともなり行ってくださいって感じです」

「ど、どこに行ってもいいんですか? わたしはこれから人気のない場所に監禁して毎日生きる最低限のパンと水だけを与えられてあなたが訪れるときだけパンと水に甘味料がついてあなたが私のもとにくることに喜びを覚えるように徐々に調教されていずれは従順なメス犬にされるわけではないんですね…!」

「頭痛くなってきた…。あなたはもしかして病院に搬送される途中だったりしますか? だとしたら彼に頭を下げないといけないんですが」

「病気? 病気ってなんですか…?」

 なんだろう。この娘はここに置いて行った方がいいんじゃないかと、理性が訴えている。

 当の本人は、なんでしょう、おやつ? と首をかしげている辺りなんとも幸せな頭をしている。

 数秒逡巡し、彼女にも気を失ってもらいヴィクトールが目を覚ましたら、まるで通り魔が二人を気絶させ彼女の鎖を断ち切っていったように見せかけよう。と決めた。

 都合の良いことにヴィクトールには名を名乗っていない。彼も孤児の見てくれをした子供に気絶させられたなどとは吹聴もできないだろう。

 右手を手刀の形にすると、頭に?を浮かべている彼女に声を掛けた。

「ちょっと失――」

「あ、あのっ、もし御迷惑でなければ…わたしを連れて行ってくれませんか…」

 身を乗り出して言う。鬼気迫る表情で、涙声を滲ませながら。

 そしてつよく、つよく手を握られる。それは彼女の気持ちの現れにも感じられた。

「わたしは、ずっと…ずっと追われて居るんです。人とは違うから。それで、あの倒れている人の組織に捕まって、きっと身体の隅々から血の一滴まで絞りとられちゃうんです。きっとそうなんです。だから、助けてください!!」

「……申し訳ないんですがこちらも、はいそうですかと連れていける身分でもないんですよね…」

「わかりました。追われている事情を話せばいいんですね…。あまり、人にお見せするものじゃないのですが」

「全然話聞きませんね」

 彼女はなぜか事情を話せば、同伴させてもらえると思い込んだようで勢い込んで頭にかぶっていた灰色の布を取り払った。

「わたしが追われている理由は、これです…!」

 大きくつぶらな瞳に、ふやかした餅の様な頬、やや太めのまゆはどこか温厚さを感じさせ、肩まで伸びた銀色の髪は気高さを覚える…じゃなくて。

 その頭には犬か狼をおもわせる耳が、ぴょこんと生えていた。

 装飾の類ではないのは、彼女の表情に合わせて上下に揺れていることからもわかるだろう。

「…獣人族(ワービースト)

 魔法が地に満ち、火を吹くトカゲや、動く巨像が現出し始めたのちに現れた幾つかの種族の内の一つだ。嗅覚が鋭く、膂力は人を軽く凌駕する。群れを好み、狩りは必ずチームで行うという特性を持っている。

 見た目の特長は、頭部に生えている獣の耳や角、そして――

「尻尾、ありますね」

 浮かぶ疑問としては一つ。

 この空に浮かぶ島は人類のエデンのはずなのに、どうして他種族が存在しているのか。

 聞きたいことは幾つかあった。だが、あまり長居してもいられない。

 すぐそばで寝ているヴィクトールが起きると、またややこしいことになるはずだ。

「……わかりました。一旦連れ帰ります」

 見て取れるほどに明るくなる彼女の表情に若干の罪悪感を覚えつつも、その手を取った。

 とはいっても、2人とも通りを大手を振って歩けるような恰好をしていない。裏道を伝って、どう帰宅するか、思案した。


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