080 温泉の仕事
かなえは不動産ギルドの中へ入って行くと、パティさんの居る列の後ろに並ぶ。
お客さんの対応をしているパティさんは、テキパキと仕事をこなして行く。
凄いな……パティさんの頭の中にはどれくらいの物件の情報が入っているんだろう。次々と、違う部屋の情報が出て来る。
かなえの番が来ると、
「あらー! かなえじゃない。この前は素敵なパーティーだったわね。終わりの方は良く覚えてないんだけど……」
パティさん、やっぱり後半は記憶にないのね……。
「はい、賑やかで良かったです」と、答えておく。
「今日は、どうしたの? かなえの家に何かあった?」
「いえ、私の家は何も問題ありません。市場や公園もあってとても気に入っています」
「そうよねーあの辺は中々空きが出ないのよー。あなたは運が良かったわー」
「はい、ありがとうございます。それで、今日は知り合いの代理で来たんですけれど……」
そう言うと、かなえはお爺さんのサインのある引っ越し届と鍵をパティさんに渡す。
「へー、ここかー。この辺りは倉庫街ね。店舗も付いているんでしょ?」
「はい、もともと瀬戸物職人をしていたので、仕事場兼店舗にしていたようです」
「ふーん。そうなんだ。家の家具とかはまだあるのかしら?」
「いいえ、家具は移動してもう掃除も済んでいますので、いつでも引っ越しできますよ」
「まぁー! そうなの。それは助かるわ」
かなえは渡された別の書類にサインをし、帰ろうとすると、
「そう言えば、聞いたんだけど……」と、パティさんから温泉の話をされる。
「今度カイと一緒に行くつもりなのー。楽しみだわー。パーティーのお礼にいつか招待するから家にも遊びに来てね」と、言われたので、
「はい、ありがとうございます」と返事をし、忙しそうなのでお暇する。
パティさんの所にも温泉の話が伝わっているんだな。
ドーム中に伝わるのも近いかも……。
次は……、
まだ時間が早いけど、リリララ姉妹の様子を見に行ってみよう。
かなえは人用の温泉の入口の側に、ジャンプし中に入って行く。
すると、男女兼用の休憩所の床をほうきで掃くリリララ姉妹がいた。
「あら、どうしたの? お掃除して」
「あっ! かなえさん。もう時間ですか?」リリちゃんが少し慌てる。
「時間はまだ早いからいいけど、ここではお風呂に入ってゆっくりすればと思ったんだけど?」
リリちゃんが言うには、ここの温泉施設は従業員はいないそうだ。ここに来るお客さんがボランティアで働く事で、温泉ポイントがもらえ、温泉を入ったり売店で飲み食いしたり出来るそう。
もちろん、お金を払えば温泉を利用することは出来るが、温泉ポイントより割高になるそう。
「ここで、1時間働くと10ポイント貰え、2時間温泉に入ったり10ポイント分売店で買い物したり出来るんです。小型中型の温泉は人用と同じポイントですが、馬達大型用の温泉の掃除をすると、1時間で20ポイント貰えるんですよ!」と、
リリちゃんが説明してくれる。掃除の他にも売店の売り子さんや受付などの仕事もあるそうだ。
なるほど……女神様、良く考えたな。
「そう、わかった。リリちゃんがここで働きたいなら時間がある時にやればいいと思うよ。でも今日は、あなた達の給料日なんだよ。はいこれ」と、かなえはリリララ姉妹の給料明細を渡す。
「えっ!? こんなに沢山?」
「沢山かはわからないけど、その金額は一月の見習いの金額に、子猫達の世話をしてくれた分ちょっと上乗せしただけだよ」
「ありがとうございます!」リリちゃんはとても嬉しそうだ。
「私は、動物達の温泉を見て来るから、お掃除済ませてね」
かなえはそう言うと、隣の小型中型用の温泉に歩いて行く。
かなえはボランティアで掃除をしている人に、
「すみません、動物ギルドの物ですが、見学させてください」と言い、中に入って行く。
大型の馬達用と違って、湯船が小さめで、小型犬にも安心して入れる深さの様だ。かなえが造った大型動物用の温泉と同じように、白い壁でスッキリしていて清潔感がある。浄化機能があるのか、何処も汚れている所は見つからない。
一頭だけ、大きな白い毛の犬が泡風呂に入っていたので、かなえは話しかける。
「こんにちは。お湯の温度は丁度いいですか?」
『ホー、おまえさんが我々の言葉を話す人間かね。噂には聞いていたが本当にいたんだな』
「そうですよ、始めまして。私はかなえと言います。あなたの名前は何ですか?」
『わしは人間達にはリキと呼ばれている』
「そうですか、リキさんですね。温泉はどうですか?」
『このお湯に浸かると体が大分楽になるな』
「それは、良かったです。体調が良くなかったんですか?」
『ああ、もういい歳だからな。いろいろあるが、この後ろ足が昔から調子が悪くてな……』
あっ! 後ろの右足がちょっと曲がっている。
「その足、どうしたんですか?」
『若い頃、道に飛び出して馬車にぶつかったんだよ。それ以来、走れなくなってな』
「シロン、お願い」
ポーチの中には「昔の足の怪我用塗り薬、毎日患部にすり込む、大型犬用」と、表示されている。
「リキさん、ちょっとそこの休憩場まで来てもらえますか? 足に効く薬があるので塗らせてください」
『だが、わしの傷は昔のだから、無理だろう』と、そう言いながら、ゆっくり泡風呂から上がって来る。
本当だ。歩き方が少し変だ。後ろ足をかばっているんだな。
かなえはリキさんに休憩場で横になってもらうと、ビショビショの毛をウオッシュで乾かす。
「うわぁー、きれいな毛並みですね」
リキさんの毛は乾かすと、白くてフワフワになった。
『ああ、風呂に入ったからな』と、リキさん。
「じゃー、薬を塗りますね」
かなえはリキさんの後ろ足の曲がったところに、念入りに薬を塗り込んで行く。
『うーん、足がスース―として来たぞ』
何だろう……シップの様な効果かな?
「そうですか、リキさんの足の怪我は時間が経っているので、治るのに少し時間が掛かるかもしれません。飼い主の人に会って薬を渡したいんですけど、何処にいますか?」
『ああ、あいつも今頃は温泉に入っていると思うぞ。その内出て来るだろう』
じゃー、暫らくここで待っていればいいかな。
かなえは待っている間、リキさんの日常の生活の話を聞くことにした。
リキさんは今日、飼い主の娘と一緒に他のドームから、やって来たそうだ。色々買い物をしていた時に、温泉の話を聞いたようで、帰る前に寄って行く事にしたそうだ。
リキさんが住んでいるドームでは、木が沢山植わっているそうで、人間達がその木を製材して、家を建てる為の板や柱を作っているらしい。
今は仕事が立て込んでいて忙しいそうなので、
「リキさん、もしよかったら暫らくアニマルドームで足を治しませんか? 温泉も好きな時に入れますし、薬を毎日塗ってあげられますから治りも早いと思います」
『あんたは本当に、この足が良くなると思うのかい?』
「ええ、完治するかはわかりませんが、今よりも良くなると思います」
『そうか、温泉に毎日入れるのはいいな』
リキさんは、考えている様だ。
すると休憩場の外から、17、8の女の子が呼んでいるのが見える。
『あいつが、わしの飼い主の娘だ』と言うと、ゆっくりと起き上がり出口のトンネルに向かうリキさん。歩くのもちょっと大変そうだ。
かなえもその後に着いて行き、横の普通の扉から外に出て行く。
「わぁー、リキ、毛がフワフワだなぁー」
その女の子は嬉しそうに、リキの毛を撫でる。
女の子なのに少年の様な、ピッタリとした茶色のパンツに、ゆったりとした白いシャツ、ウエストに大きなポーチを付けている。
温泉に入って来たからか、茶色の髪を無造作に結び、クリッとした茶色い瞳に丸いほっぺが火照っている。
「こんにちは。私は動物ギルドをしているかなえと言います。始めまして」
「はぁ?」
「あのー、突然ですが、リキさんを暫らくあずからせてもらえませんか?」
「あんた、何言ってるの! リキはあたしの大切な家族なんだよー。いきなり来て、じゃー宜しくなんて言えるわけ無いだろう!」
そうか、リキさんは大切にされているんだな。安心した。何か信用してもらう方法は無いかな……。
そうだ!
「私は、色々な動物の怪我や病気を治して来ました。すぐそこの乗馬教室の人に聞けばわかります」
「えっ? 乗馬教室ってアンディーの知り合い?」
「そうです! アンディーです。あなたもアンディーの知り合いですか?」
「ああ、アンディーは友達なんだ。あたしよりちょっと年上だけど」
「お願いします。リキさんの怪我は完治はするかわかりませんが、今よりは良くなるはずです」
「うーん、そこまで言うなら……アンディーに聞いて見よう」
みんなで乗馬教室の方へ行こうとすると、リリララ姉妹が見えたので、
「二人とも、ちょっと乗馬教室に用事が出来たから待っててねー」と声を掛けて行く。
その女の子とリキさんと一緒に乗馬教室の前まで歩いて行き、扉を鳴らすと、
「ハーイ……あー、リンジーどうしたんだ。あっ! かなえさん、二人とも知り合いですか?」
「なんだよ、アンディー、その態度。ちょっとこの子が可愛いからって、デレデレしちゃって!」
「はぁ? 何言っているんだ。ぼく、じゃなくて私はデレデレなんてしてないぞ」
「何、私とか言っちゃって、アンディー、変なのー」
「……リンジー、後で覚えてろよ!」
いつまでも二人の会話が続きそうなので、かなえが話しかける。
「あのー、すみませんけどー……」
かなえはなぜ、みんな一緒にアンディーの所に来たか、説明すると、
「リンジー、かなえさんはまだ若いが腕は確かだぞ。ここに居る馬達も何度もお世話になっている」と、アンディー。
「へー、こんなに小さいのにあんた凄いんだねー」とリンジーがかなえに話しかける。
こんなに若い元気な女の子に、闘争心を燃やされているのがかなえには新鮮だ。
実際身長も5センチも変わらないだろう。
「ともかく。アンディーもこう言ってくれていますし、リキさんを暫らくあずかってもいいですか?」
「ああ、それなら頼むよ。リキは昔、あたしを庇って馬車に跳ねられたんだ。それ以来足はこんな状態さ。少しでも良くなるならそれに越したことは無いし……でもお礼はそんなに払えないよ」
「いいえ、お礼は一切必要ありません。私は動物ギルドをやっていてそこから給料ももらっていますからいりませんよ」
「ふーん、そうなんだ。それならリキを頼むよ」
話が付いたので、かなえはリキさんを連れてリリララ姉妹の所へ向かう。
「リキ―、良くなるのを待っているからなぁー」と、リンジーの声が後ろから聞こえる。
「リンジーはリキさんの事を心配しているんですね」
『ああ、あいつはお転婆だが根が易しいからな』
かなえは、歩きずらそうなリキさんと一緒に休憩場まで来ると、かなえ達に気が付いたリリララ姉妹が、
「あ、かなえさんだ」「ワンちゃーん」と、言いながら近づいて来る。
「お待たせ―、この犬はリキさんです。足を怪我しているので暫らくあずかることになったから宜しくね」
「はい、リキさんよろしくね」と、リリちゃん。
「リキ―!」としがみつくララちゃん。
かなえはみんなを木の陰まで移動させると、
「それじゃー、出発しまーす」と、アニマルドームに向かってジャンプして行く。




