006 初仕事 (前)
鳥が飛んで行きそうな場所は、とりあえず目の前の公園かな……。
リアちゃんの家の向かいの公園の中に入って行くと、聞こえてくるのは鳥の声ぐらいで山の中に入り込んだように静かだ。
遊歩道が続いていて、ゆっくり散歩したり。ジョギングしている人もいる。ベンチもあるので、お弁当を持って来ても楽しめそうだ。
かなえは、辺りに人がいないのを確かめると、真上の木の枝にとまっている雀に向かって……。
「トリさん、トリさん、ちょっと教えて欲しいんだけど……」
急に話しかけて驚いたのか、羽をバタバタさせて枝から滑り落ちそうになっている。
「ごめんなさい、驚かせて。向かいの家で飼われていた小鳥、ピーちゃんが居なくなって探してるの。あなた知らない?」
『ひ、ひとがしゃべったー!?』と雀は今にも飛んで逃げて行きそうだ。
やっぱり驚くよね。私は普通に日本語をしゃべっているつもりなんだけど……。
「大丈夫、何もしないから慌てないで。何かその鳥のこと知らない?」
『ぼくしらない。そのとり、みてない』
「この羽、その鳥のなんだけど、大きさはあなたと同じ位じゃないかな?」
預かった白い羽を見せた。
『あっ、そのはね……?』
「教えてくれたら、おいしいものあげるけど?」
小鳥は私に近寄ってきて、
『えっ、おいしい、なに? パン?』と興味を示す。
「いいよ、教えてくれたら、あとでパン買ってあげる」
『ぼくみた。しろいとり、きのうのあさ、むこういったよ』
「えっ、見たの?」
でも中央のオクタゴンの方角か……この辺りにいないのかも。困ったな。
『ぼく、はなしたよ。パンは? パンちょうだい」
「わかった。わかった。お礼はするわ。この辺でパンを売っているところ知ってる?」
『ぼく、しってるよ。きて!』
パンがよっぽど好きなのね。
公園の中を飛んで行く小鳥に着いて行くと、
――ディン ドーン、ディン ドーン、ディン ドーン――
あっ、鐘の音、ホントにきれいな音……3時間起きに鳴るんだっけ? ということは、12時ね……私もお昼にしようかな。
鳥が案内してくれたのは公園の遊歩道の横にある、小さなカフェ。店の周りに小さな椅子とテーブルがいくつも並んでいる。お昼時なのか半分ぐらい席が埋まっている。
ここならパンもありそうね。
セルフサービスみたいで、お店の前に人が並んでいる。
……サンドイッチもあるんだ。
かなえは、食べている人をチェックする。
お店のカウンターにはハンバーガー、ホットドック、サンドイッチ、クッキー、グラノラ、それからバナナとりんごが籠に並んでいる。飲み物はコーヒーやジュースがあるようだ。
「あのー、野菜サンドとその大きいクッキーにピンクベリージュース、それから、
その丸いパンを二つ下さい」
かなえは800ドームを払うとトレイに注文したものを受け取り、一番端の開いている席に座った。
すると、向かいの椅子の背もたれの縁にとまった小鳥が『パン、ちょーだい、パン、パン!』と騒ぎ出し、よっぽど嬉しいのか興奮しておしりをフリフリしている。
「わかった、わかった」
かなえは小さいパンをちぎって小鳥にあげると……小鳥は一気に丸のみにした。
「ノドに詰まるからユックリ食べないとだめだよ」
今度はもっと小さくちぎってあげると、またあっという間に飲み込んでしまう。
しばらくパンをあげながら、かなえもランチを食べていると、他の鳥も近寄って来た。
あまり集まって来ると良くないな……周りには食事をしている人達がいるし。
トレイを片付けると、かなえは席を離れた。
しばらく歩くと、小さな池のほとりに、ひと気の無いベンチを見つけた。
かなえがパンの残りを持っているのを気づいているのか、小鳥たちが近づいて来て……。
ほとんどスズメみたいな鳥で、最初に会った鳥と区別がつかない。すると、一番近くに……。
『パン、もっとちょーだい!』とさっきの鳥がいた、とりA君とでもしておこう。
「うん、ちょっと待ってね」
かなえは他の鳥達に向かって、
「鳥の皆さーん、私は白い鳥、ピーちゃんを探しています。誰か知りませんか? この羽の鳥です。教えてくれたらお礼にパン、あげますよー」と大きな声を上げる。
鳥たちは、私が鳥の言葉をしゃべることに驚いたり、パンが食べたくて体をゆらしたり、白い鳥? と、首をかしげて考えているようだ。
『あたし、みたよ。白い鳥。まえのまえの夜、そこの木にとまってた』
まえのまえ?一昨日の夜かな。それなら逃げ出した夜はここで過ごしたのか。
「昨日白い鳥を、見たトリさんはいるかな?」
『ぼくあさ、みたでしょ』と、とりA君。
あっそうね。オクタゴンの方へ飛んで行ったんだっけ。
「他に昨日白い鳥を見た、トリさんはいますかー?」
すると『きのう真ん中の水の所にいたよ』と他の雀。
オクタゴンの周りの川みたいなとこの事かな?
「ありがと、じゃあその辺りに行ってみる、助かったわ」
……だいだい話は聞けたので、かなえは持っているパンをちぎって、鳥たちにあげていると、一羽の鳥に何か違和感があった。
あれっ? 足になんか付いてる…?!
「ねぇ、君、足に何付けているの?」
『これ、とれないの。いたいの』
鳥の左足に紐のようなものが巻き付いて絡まっている
今はパンを食べるのに夢中で、気にしていないようだが、きっと不便だろう。痛いなら早く取り除かないと。
「私が取ってあげるから、こっちに来て?」
でも、いきなり側に来いと言われても、さすがに警戒するか……。
「大丈夫、怖くないよ。ひも邪魔でしょ」
『うーん……』
迷っているみたいだ……。
『ひもとりなよ、とりな、とって』と、とりA君が応援し、食べ終わった鳥達も毛繕いをしながら見守る。
すると、紐が付いている鳥が、パタパタっとかなえの隣まで飛んで来て、
『おねがい、とって?』と言って来た。
何十倍も体が大きい人間に近づくって勇気がいるんだろうに……。
「じゃあこのベンチの背もたれの所にとまってくれる?」
鳥がまたパタパタっと移動して……目線の高さに近くなったから足の様子が見やすくなった。
この紐、結構長い間からまっていたのかも。可愛そうに……足にだいぶ食い込んでいる。
かなえは丁寧にひもを取り除いていく。
……硬くてとれないな。
「シロン、小さいハサミある?」
「はい、小鳥用のハサミと、軟膏をポーチから取り出せます」
「ありがとう」
ハサミを取り出すと、
「これで、ひも切るからね、危なくないよ」
『うん』
とりA君も『あぶなくないよ、あぶなくない』と、そばで応援している。
慎重に硬くなっているところを切ると……ひもが取り除けた。
そしてひもが締め付けて赤く腫れていたところに、軟膏を取り出し、
「おくすり塗るよ。早く治るからね」と力を入れないようにそっと、塗りつける。
あれっ、腫れが少しづつ引いて行ってる……?
「終わったよ。もう大丈夫、おくすり塗ったから触らないように気を付けてね」
『うん、ありがと』
とりA君は『ひもとれた、ひもとれたよ』と、飛び回っている。
フ―、よかった。これで大丈夫ね。
パンを食べて、お腹いっぱいになった鳥たちは、これから昼寝の時間なのか自分の好きな場所へ飛び立って行く。
ここの公園グリーンパークって名前なんだ……鳥達も元気で暮らしやすそう。
でも、怪我には気を付けて欲しい。たまに様子を見に来よう。
……そろそろ、小鳥探しに出発なきゃ。
地図でオクタゴンの行き方を調べると、このまま公園の中を通って東通りから オクタゴンに向かうのがいいようだ。
かなえは、東通りに出て右に曲がり暫らくすると5番パーク通りに出た。
……知らない場所の、新しい発見が楽しい。
この東通りにも馬車が通っているようだが近そうなので歩くことにする。
4番通り、3番通り、2番通りと中央に向かって歩いて行く。
この辺りはずっと住宅地の様だ。2階建てのレンガ造りの建物が続いている。
歩道のベンチに座って、のんびり日向ぼっこをしているお爺さんや、集まっておしゃべりしている年配の女性達。
気候が良いと、外に出て居たくなるようだ。
心地よいそよ風が吹いている。
中央に近づいて行くとオクタゴンの建物が見えてきた。
白い石造りの五階建てだ。
「わー大きいー!」
1番通りからのオクタゴンは……とにかく大きい。
高さは5階建てだが、横は端から端までが100メートルはありそう。円柱や装飾がまるで、神殿のようだ。オクタゴンをぐるりと囲む貯水池が、重厚な建物なのに、水の上に浮かんでいるように見える。
貯水池の周りには木が等間隔で植わっていて、木陰が出来ている。
あそこで昼寝したら気持ちいいだろう。
……ここなら鳥達も居心地よさそうね。
木の辺りを見ていると、白いものが見えた。
「えっ、鳥? もしかしてピーちゃんかも」
「ねぇーあなたピーちゃん?」
かなえは慌てて近寄って行き声をかけた瞬間、パタパタっと飛び上がり逃げてしまった。
あー、残念。驚かせちゃったかな……。
オクタゴンを越えて飛んで行ったので中央の広場の方に行ったのかもしれない。
すぐ側に雀がとまっていたので、今度はそおっと近づいて、
「あのーこんにちは。トリさん」と話しかける。
すると近寄って来て、
『とりにげた、とりにげた』とその鳥が騒ぎ出した。
あれ? 随分人懐っこい……もしかして、
「さっきの、とりA君?」
『なに、とりA? ぱんたべた?』
やっぱりさっきの鳥だ……付いて来たのかな?
「あなた名前、無いの?」
『なまえ? なに? おいしい?』
ほんとに食いしん坊だ。
「じゃーあなたのこと……そうだなリトくんって呼んでもいい? わたしは、かなえ、かなって呼んで」
チョッと、とりA君は呼びにくいしね……。
『カナ、カナ、ぼくリトくん!』
よし、伝わった。
「さっきの白い鳥、私が探していた鳥かもしれないんだけど」
『しろいとりみた。ぼくみてくる』
リトくんは、サーっと、白い鳥が飛んで行った方向に飛んで行った。
「ちょっと待ってー」
リトくんは、あっという間に飛び去って行く。
あーもー! 話の途中だったのに……。
どうしよう……ここで待っているのもなんだし、私も中央の広場に行ってみよう。
誰でも入っていいのかな?
神殿のようなオクタゴンの入口に近づくと、大きなトンネルになっていて、出口に中央の広場が見える。
入口にいた守衛さんに、
「すみません、中央の広場に行きたいんですけれど」と話しかける。
「はい、IDカードをお願いします」
良かった、入れるみたいだ。
手続きが終わると、かなえはトンネルの中へ入って行く。
入口はアーチ型でトンネルの様に見えたけど、中は2階まで吹き抜けになっていて広いホールなんだ。 石で出来た彫刻や絵画が飾られていていて……美術館みたい。
案内のカウンターがあり壁にオクタゴンの地図が設置されている。この建物は大きな八角形で、公共の機関も8部門入っているようだ。入口も8か所あり、それぞれ中央のセンターパークに続いている。
だいだい分かったところで、かなえはホールを抜けて中央のセンターパークに向かう。