005 ハローギルド
外は穏やかな日差しにそよ風が心地よい。町中なのに高原にいるような透き通った空気だ。
これもドームの空気清浄の効果なのかな……。
かなえはオアシスインを出ると、馬車通りに向かった。
昨日馬車から降りた地点に行ってみたが、停留所のようなサインは無い。
丁度、かなえの横を通り過ぎようとした中年の女性に声をかける。
「すみません、馬車乗り場はどこですか?」
買い物の帰りなのか、その女性は食材が入ったかごを抱えている。
「乗り合い馬車なら手を挙げれば停まりますよ。」
……そうなんだ、どこからでも乗れるのね。
「わかりました。ありがとうございます」
馬車通りなだけあって結構交通量は多い。屋台を引いている人や荷馬車も通る。
暫らく待っていると、見覚えのある馬車が近づいて来た。
あっ、あの馬車! 昨日の馬車だ。かなえは手を挙げて、
「乗せてくださーい!」
馬車はかなえの前でゆっくりと停まった。
「おはようございます」
「昨日の嬢ちゃんかい、どこまで行くんだい?」
やっぱり昨日と同じ、ガラガラ声の髭もじゃの御者さんだ……。
「あのハローギルドに行きたいんですけど」
「そうかい、乗りな」
ぶっきらぼうだけど悪い人じゃなさそう。オアシスインを紹介してくれたのもあの人だったし、後でお礼言わないと……。
馬車の中にはおじいさんが一人乗っていた。軽く会釈して席に着く。
この通りはお店が多いなぁー。
馬車から通りを眺めていると、道の歩道沿いにお店がいろいろ並んでいて、見ているだけでも楽しい。
食品を売ってる店、衣類、雑貨店など、外まで商品が並んでいる。
あとでゆっくり歩いてみようかな……。
暫らくして、馬車が停車した。
「嬢ちゃん、着いたよ!」
「はい、降りまーす」
「料金は?」
「200ドームだ」
昨日より近かったから少し安いのかな……。あれ? 昨日は先払いしたような。
IDカードで支払う。
「ハローギルドは、この道をまっすぐ行き、8番通りを左に曲がるとあるよ」
「わかりました、ありがとうございます」
馬車を動かそうとした御者に、
「あのっ、昨日オアシスインに泊まりました」
「そうかい、いいとこだろ。飯もうまいしな」
「はい、助かりました」
御者はうなずくと、馬を操り馬車を走らせて行った。
8番通りか……じゃー、今通って来た道にも数字が付いているのかな?
小さい声で「シロン、地図見せて」と頼むと、
すぐに地図が現れ、現在地と8番通りのハローギルドが表示される。もちろん周りの人には見えない。
……ふーん、なるほどー。
かなえが通って来た馬車通りは10番通りだった。
一番外側の塀に面した道が11番通りで、大きな丸い円を描いている。
ここが10番通りか……。じゃあこの10番通りも円になっていて……あの馬車に乗っていたらグルッと回って一周出来るってことね。
ドームの中心に行くにつれて10、9、8、と数字が減って行き、円も小さくなり、一番中心に近い道は1番通りになっている。
縦の道は……北門から中央に向かっていて……北通り。そして南門から中央に向かって、南通り。
横の道は……東門から中央に向かって東通り。そして、西門から中央に向かって西通り。
その他に、北東通り、南東通り、南西通り、北西通りがあり、馬車の通らない路地もある。
オアシスインのある宿泊通りも、小さい通りなんだな……。
メインの通りは方角が、そのまま道の名前になっているので仕組みがわかると、覚えやすいかも…。
円の一番中央の建物は、オクタゴン(八角形)で……お城? それか市役所みたいなとこかな……。
ここは北門の側だからハローギルドに行くは、この縦の道、北通りを通って8番通りまで行き、左に曲がればいいのね……。
向こう側に渡りたいんだけど、横断歩道みたいなものは無いな……。
この10番通りは馬車の通りが多いので、横切るのは危険だ。
辺りを見渡していると角に人の出入りが多い店があった。
何を売っているんだろう……近づくと看板に「アクロス」と書かれていて。
……アクロスって、もしかして?
お店の中に入って行く人に付いて行き、傾斜の緩やかな階段を降りると、地下道になっていて、道を横断することができた。
入口がお店のようになっているんだ……景観を壊さなくていいかも。交通量の多い交差点の角はアクロスになっているようだ。階段の横にはスロープが付いているので、ちょっとした荷物なら運べそう……。
これなら横断歩道は無くても大丈夫そうだ。
8番通りに着き、左に曲がる。
この辺りは商店街というよりオフィス街って感じかな……きちっとした身なりの人が多い。
暫らく歩いていると、
――ディンドーン、ディンドーン、ディンドーン――
鐘の音がどこからか響いてくる。
わーっ、きれいな音……ドームの中で音が反響しているのかな?
……ちょっと赤ちゃんをあやす、ガラガラの音に似てるかも。
音がする方角を探してキョロキョロしていると、向かいから歩いてくる、中年の男性が「あの音は9時の鐘の音だよ」と言いながら通り過ぎて行った。
そうなんだ、時を鐘の音で知らせるなんて情緒があるな。
「シロン、教えて?」
「はい、あの鐘は、中央にあるオクタゴンの、ベルハウスに設置されています。毎日朝の6時と9時、昼の12時、午後の15時と18時、夜の21時の3時間おきに、6回鳴らされます。また、朝6時と夜21時の鐘は、日中より音を小さく鳴らしています」
そーか、今朝6時の鐘はまだ寝てたから、気が付かなかったな……。
しばらくするとハローギルドと書かれた看板をみつけた。
丸い形の鉄のフレームの中に、ハンマーや、ペン、ナイフの絵が描かれ、フレームの部分にハローギルドと書かれ、鉄で出来た木の葉やフルーツで装飾された緻密な造りだ。
重そうな木の両扉の右側が開いていたので、入って行くと……向かって左側に背もたれの無い長椅子が並んでいて、7、8人坐っている。
正面の大きな木のカウンターには受付の人が2人。
結構人が並んでいるな……。
かなえは列には並ばず、掲示板の前に行き、張り紙の中から自分に出来そうな仕事がないか見てみる事にした。
……仕事の内容は、
大まかに――物を作る職人、物を売る商人、その他ってところかな?
鍛冶師、錬金術師、大工、パン焼き職人、仕立屋、吟遊詩人、御者、庭師、農作業……。
オクタゴン内の募集も結構あるなぁー。
職員、教師、清掃員、管理人、医師……。
短期の仕事は……、
カフェの給仕、子供の世話、家具の移動、宿の雑用、
他には……、
牧場の従業員もある!
うーん面白そうだけどなあー、動物にかかわれるし……。
隅の方に目を通していると、
「鳥の捜索『私のピーちゃんを探してください』リア」と書かれた張り紙を見つける。
あっ、とり? 逃げちゃったのかな? そっかー……。
「よしっ、これにしよう!」
かなえは「鳥の捜索」の張り紙をはがすと受付の列に並んだ。
「次の人、どうぞー」
かなえの番が来た。
係りの人は30前のお兄さん。髪は黒い短髪で瞳の色はグレー。彫も浅めなので日本人っぽく見える。
「あのー、これでお願いします」
かなえは張り紙を見せると、
「あーこれね、鳥は見つけるの大変だと思うけど大丈夫?」
「はい、動物関連は得意なので、大丈夫だと思います」……たぶん。
「そう、じゃあがんばってね」
IDカードを渡して手続きを済ませ、依頼主の連絡先を受け取る
「終わったら、ここに依頼主のサインを貰ってきてください。他には何かありますか?」
「それと、あの牧場の張り紙の事なんですけど……」
「牧場に興味あるの? 結構重労働だと思うよ。老夫婦が引退したいそうでね……牛を放牧しているんだ」
どうしよう……今は決められないな。
「そうですか、もう少し考えてみます」
かなえはハローギルドを出ると、初仕事に向かうことにした。
行き先は……依頼者の自宅かな?
「10NE6番パーク通り」
どこだろ……? 住所だけじゃわからないな。
「シロン、地図をお願い」
目の前に地図が現れ、現在地と依頼者の場所までが表示された。
「そうか、それならこの8番通りを行くより、北通りを上がって6番パーク通りで馬車に乗った方が近いわね」
「ありがとう、シロン」
北通りを歩いて行くと、6番パーク通りの方角に、鬱蒼と樹が茂っている場所が見えてきた。
えっ、こんな町中に森? ……早足で近づいて行くと6番パーク通りと5番パーク通りの間が公園になっているようだ。木が歩道まで覆いかぶさる様に生えて居る。
へーきれいな緑だなー……。
植物もドームの空気が合っているのか、青々としている。
6番パーク通りを左に曲がり、馬車に乗ろうと歩道で待つことにした。
しばらく正面の緑を眺めていると、馬車の走る音が近づいて来た。
あっあの馬車! 髭もじゃの御者さんの馬車と同じタイプだ……かなえは手を挙げると、
「乗りまーす」と声を上げる。
この御者さんは40才前後か。細身でベージュのシャツに茶色のベストを着て、重そうな黒いブーツを履いている。
御者に行き先を告げ、支払いを済ませる。
乗車料金は200ドーム……さっきと同じ金額だ。やはり距離によって金額が変わるようだ。
馬車に乗り、開いている窓際に坐った。
先客は若いお母さんと赤ちゃん。スヤスヤとお母さんに抱っこされて眠っている。
可愛いなぁー。この世界に来て、赤ちゃん初めて見たかも。ほっぺがまん丸でまつ毛長い……。
視線を窓の外に向けると、2階建てのレンガ造りの建物が続いている。良く見ると、建物の作りは同じでも、玄関横に植木を置いたり、窓際に花を飾ってそれぞれ違いがある。
この通りに住むと向かいは公園かー……いいな。
馬車がユックリと停車して。
「娘さん、着いたよ」
早かったな……これくらいなら歩けたかも。
馬車から降りて正面の建物を見ると、扉の横に10NEと書いてある。
ここだ! 御者さん、家の前で下してくれたんだ。
木に鉄枠の付いている扉。上部がアーチになっている。
ブザーって無いか。……呼び出すには、もしかしてこれ?
ライオンの様な動物が丸い円の形を咥えて、扉に付いている。
この丸いところを浮かして扉に打ち付けるのよね?
「カンカン」
結構大きな音だ。
スタスタ、スタスタ……歩く音が扉の中から聞こえてきて、
扉が「ギ―」っと小さく開くと……、
「はい」と声がする。
「ハローギルドから、鳥の捜索の件で来ました」
「そうですか、どうぞ」
するとドアが大きく開いて、中から小柄な白髪を小さくまとめた、お婆さんが出てきた。
「あなたが鳥を見つけてくれるの?」
「はい、私は動物の世話の仕事をしていたので、お手伝いできると思いまして」
「そうなの、ちょっとここで待っていてくれる?」
お婆さんは、私を居間のソファーに案内すると、部屋から出て行った。
明るいお部屋だなー。
天井まで届きそうな大きな窓から光が差し込んで暖かい。暖炉の上には小さな鳥の置物がいくつか飾られていて……壁にはカラフルで大きなキルトが掛かっている。
あの木の揺り椅子、お昼寝するのに丁度良さそう……。
足音がした方を見ると、お婆さんがコーヒーカップを持って戻って来た。後ろには小さな女の子。プラチナブロンドの髪に紫色の瞳。目がクリっとして印象的だ。薄紫のチュニックが似合っている。
「こんにちは」
かなえが声をかけると、女の子も小さな声で
「こんにちは」
と、返してくれる。
可愛い……オアシスインのルルちゃんより小さいかな?
ソファーに座るとお婆さんが、飲み物の入ったカップを出してくれる。
「あのー鳥が居なくなったんですか?」
女の子が大きくうなづき、お婆さんが、
「そうなんです。この子の、リアの、飼っている鳥が二日前に飛んで行ってしまい、それから戻って来ていません。近くは探してみたんですが、わからなくて……。昨日ハローギルドに届けを出したんです」
「何かその鳥の特徴を教えてください。それと好きな物、食べ物とか、オモチャとか。それからその鳥の羽があればお借りできますか?」
……だいだい必要な話を聞いたので、お暇する。最後にリアちゃんから目に涙を溜めて「お願い、ピーちゃんを探して」って頼まれて……。
お姉さん、リアちゃんの為に全力でがんばるよ。
なんか、やる気が出て来た!
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<かなえのIDカード>
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名前 カナエ リュウゼン
年齢 16才
職業 未定
特技 動物の世話、歌声
ポイント 10000
お財布 10000
パワー 5
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非表示
名前 竜禅かなえ
年齢 16才(32才)
職業 アニマルレスキュー、女神様の子分
特技 人間、動物とのコミュニケーション、癒しの声
持ち物 ブレスレット、ポーチ
ポイント プラス 無し
マイナス 馬車 200x2
残り 969800
パワー 499