004 オアシスイン
しばらく待っていると、
「ハーイ」と子供の声がして、奥から妖精みたいな女の子が出てきた。
「は? カ、カワイイ―!」
透き通った白い肌に小さな顔。大きなブルーの瞳にプルンとしたピンクの唇。髪の色はストロベリーブロンド。真横に分けてピンクのリボンで結んでいる。服はフワッとした花柄のワンピースに白いフリルの着いたエプロン。歳は七才ぐらいか。
あと10年したら男性がほっとかないでしょうね……。
「いらっしゃいませ」
ニコッと笑顔のサービス付きだ。
「お泊りですか?」
「ええ、今夜一泊、一人部屋空いてますか?」
「はい。バストイレ付きだと2500ドーム、共同だと2000ドームになります」
どうしよう……初日から共同は嫌かも。
「じゃあー、バストイレ付きでお願いします」
IDカードを渡して先払いをすると、
「夕食は18時から20時まで、朝食は6時から8時までです。一階のオアシスカフェでどうぞ」
ロービーの横に「オアシスカフェ」のサインがある。
あっ、あそこか……。
「チェックアウトは何時ですか?」
「チェックアウトは10時になります。」
「それではお部屋へご案内します」
小さいのにちゃんとお手伝いして偉いなぁー……。
女の子の後に付いて横の階段を昇っていくと、奥の部屋の前で止まる。
「こちらのお部屋です」と鍵を渡される。
「ありがとう、あなたお名前は?」
「わたしはルルです」
「そう。可愛いお名前ね。私はかなえよ。よろしくねルルちゃん」
「はい」
ルルちゃんが戻った後、鍵を開けて部屋に入る。
部屋の中は八畳ぐらいかな? ダブルサイズ位の大きなベットの横に机と椅子が置いてある。天井が高めなので圧迫感はない。
タンスの上に一輪挿しのコスモスのような花が飾ってあり、良い香りがする。
入ってすぐの所にドアが二つ並んでいて、一つはクローゼット、もう一つはバストイレ。大きな白いバスタブが置いてある。
シャワーヘッドは大きくて上からの括り付けになっている。蛇口の部分は銅でできているのか……。
アンティークぽくっておしゃれだ。
棚に白いタオルが並んでいて、清潔感がある。洗面台の前の、丸い大きな鏡に自分の姿が映し出され……思わず「ギョッ」とする。
本当にこの姿が私なんだよね……?
ダークブロンドにエメラルドグリーンの瞳の16才の女の子が、驚いた顔をして映っている。
暫らく自分の新しい姿に慣れそうにない……。
女の子に変身したとでも思おう。
ベットの横の窓を開けると、道を挟んだ向かいも2階建てのレンガ造りで、所々窓から灯りがもれている……やはり宿泊施設のようだ。
かなえは宿泊通りの行き交う人々を暫らく眺めていた。
「シロン、着替えとか歯ブラシとかある?」
「はい」
画面が現れ……リストにお泊りセットがあった!
クリックすると、歯ブラシや石鹸が入ったポーチと部屋着、それにパジャマが現れた。
もう何でもありね……。
「かなえ、そろそろ夕食に行ったらどうでしょう?」
「あっ、シロン、今何時かな?」
「もうすぐ19時ですので丁度いい時間でしょう」
「そうね、お腹がペコペコだしそろそろ行くわ」
……もう長い間食べていない気がする。
かなえは廊下に出ると一階のオアシスカフェに向かった。
カフェのドアを開けると、わいわい、ガヤガヤ、ご馳走を食べながら楽しそうに話しているお客さん達。四人掛けのテーブルが八つに、カウンターが十席ぐらい。七割がた埋まっている。
その他に、窓際はテラスになっていてテーブルが三つ……どれも埋まっている。歩道の行き交う人々が見え開放感がある。
給仕をしている女性に目線を送ると、側に寄ってきて、
「いらっしゃい。おねえちゃん、見ない顔だね。一人かい?」と聞かれる。
さっきのルルちゃんに似てるけど、お姉さんかな? 20才前後? 凄く綺麗で威勢がいい。
かなえはうなずくと、
「それじゃーカウンターに座っておくれ」と言われる。
一番右の開いている席に座ると、お姉さんがやって来て薄いピンク色の飲み物をおく。
「まだ酒は飲めないだろ、食事は今日のお勧めでいいね」
「はい!」
凄い押しの強さに、かなえは勢いよく返事をしてしまった。
チョッとメニューも見たかったな……。
飲み物に恐る恐る口を付けてみると、甘酸っぱいさわやかな酸味が口に広がる。
「おいしい!」
何だろう、ラズベリー? モモ?
「ピンクベリーのジュースだよ、初めて飲んだのかい?」
そう言いながら、給仕のお姉さんが料理の乗った大きなお皿を置いた。
「ひゃー、大盛り!」
「今日のお勧め、豆腐ステーキにミックスサラダ、クリームシチューとパンだよ。味わって食べな」
こんな大盛りは食べたことない。おいしそうだけど……二人前はありそう。
はぁー、食べられるだけ食べよー。
かなえは味わいながら、黙々と食事を始めた。
「あーお腹いっぱい、もう食べられない!」
これ以上は一口も食べられそうにない。
……なのに半分ぐらい残ってしまった。
給仕のお姉さんが近寄って来て、
「その細さで良く食べた方だよ」
「ごめんなさい……残して」
「ハハッ、気にしないでいいよ」
「あの……お会計をお願いします」
「あんた、泊り客だったんだね。娘に聞いたよ。夕食と朝食は付いてくるって言われなかったかい?」
「そうでしたか……えっ! 娘ってルルちゃんあなたの娘さんなんですか?」
並んだら姉妹にしか見えない。
「ありがとよ。19の時に産んでルルは6才、あたしは25、別に普通だろ」
「あの……お名前は? わたしはかなえです」
「あたしはカーラだよ」
「オアシスインはカーラさんが経営しているんですか?」
「まぁーそーだね。あたしと旦那とルルの3人でなんとかやってるよ」
お店はもうピークは過ぎたようだ。カーラさんはテキパキと後ろのテーブルを片付け始める。話し相手をしてくれて良い気分転換になった。それにしてもルルちゃんと親子っだったなんて……美人姉妹で通りそうだ。
「じゃー部屋に戻ります」
「あー、朝食遅れないようにね」
「はい、ごちそうさまでした」
お腹がいっぱいになって幸せ……。
部屋に戻ると、睡魔が襲ってきた。
「眠い……でもシャワーも浴びたい、歯も磨かないと」
「シロン、ブレスレットは外した方がいいの?」
「いえ、防水ですのでそのまま外さないで大丈夫です」
「そうなんだ……」
かなえは半分ウトウトしながら服を脱いでシャワーの蛇口をひねると……、
「ジャ――――!」
シャワーの水圧が凄くて一気に目が覚めた。
「ちょっと! こんな勢いのあるシャワー浴びたこと無いよ」
滝行でもあるまいし。
蛇口を調節して……。
「……真上からのシャワーって気持ちいいんだなぁー」
慣れてくると強めの水圧でも平気になってくる。特に頭、首、肩の辺りがマッサージされているようで気持ちがいい。かなえは、このシャワーが気に入ってしまった。
お風呂から上がると、泳いだ後みたいに怠くなって、もう目が開けていられない。パジャマを着ると……、
「シロン、おやすみー」
かなえはベットに潜り込み、あっという間に眠りに落ちた。
『チュン、チュン、あさだよ、チュンチュンあさだよ』
小鳥が朝を知らせる。
えっ、もう朝なんだ……鳥が「朝だよ」って言ってた?
レースのカーテン越しに朝の光が部屋に差し込む。
「そろそろ、起きよう……」
「シロン今、何時?」
「6時半です」
そっかーじゃあ朝食に間に合うね……昨夜あんなに食べたのにもうお腹が空いてるよ。さすが16才の新陳代謝。
洗面台の前の鏡を見たら、
「大変!」
髪の毛が爆発してる。昨夜よく乾かさないで寝ちゃったからだ……。
かなえはあわててシャワーを浴びて、身だし並みを整える。
下に降りて行き、カフェのドアを開けると、カーラさんがいた。
「おはようございます」
「おはよう、良く寝れたかい?」
私は昨日のカウンター席に座ると、
「はい、昨夜はグッスリ眠れました」
「それは良かった、今朝はパンケーキがお勧めだよ」
「じゃあそれで。でも量は半分でお願いします」
「それがいいね。コーヒーはどうする?」
「お願いします。それと昨日のピンクベリ―ジュースも」
しばらくすると料理が運ばれてくる。
白い大きなお皿に手のひらサイズのパンケーキが二枚に細かく切ったミックスフルーツとグリーンサラダが添えられている。それに、トマトスープとコーヒーにジュース。
これで半分の量だなんて……。
パンケーキにメープルシロップをタップリかけて。
「おいしいー!」
最初はいくらでも食べられそうな気でいたが、
……だんだん苦しくなってきて。
「あー、食べたー」
なんとか、完食した。
「ごちそうさまです」
もうすぐチェックアウトの時間になるが、部屋も清潔だしご飯もおいしい。かなえはもうしばらくここに泊まりたくなる。
「すみません、あと何泊かしたいんですけど延長できますか?」
カーラさんに聞くと、
「そうかい、それは良かった。ルルがいるから手続きをしてくれるかい?」
「はい、わかりました」
カフェを出て受付のカウンターに行くとルルちゃんがいて……水色のワンピースに白いフリルのエプロン、髪には水色のリボンを付けていて……今日もカワイイ。
「おはよう、朝からお手伝いえらいね」
「おはようございます。朝は忙しい時間帯は、手伝っています」
「そうなんだ、お家の人も助かるね……あのー、宿泊の延長をしたいんだけど」
「はい、わかりました。何泊にしますか?」
「そうねー、五泊ぐらいにしようかな」
「七泊にすると一泊無料になりますけど」
えっ、無料かー。
……無料には弱いのよね。
「それじゃー、七泊でお願いします」
「17500ドームになります」
計算はやっ!
IDカードを渡して支払いを済ます。
「この辺りで仕事を斡旋してくれるところはあるかな?」
ルルちゃんに質問すると……。
「はい、ハローギルドがありますよ。ここからだと馬車で行った方がいいです。行き先を御者に告げると近くで下してくれます」
「わかった、ありがとう。行ってみるね」
聞いてみてよかった……この世界ではどんな仕事があるのか見てみたいし。
一旦、部屋に戻って、リストからドームシティーのお出かけ着を選択。
かなえの服がパッと薄いオレンジ色のワンピースに切り替わった。スカートの部分がレイヤーになっていて、動くたびに揺れる。首元をリボンで結ぶデザインがしゃれている。
それにしてもルルちゃん、妖精みたいに可愛いのにしっかりしてたなぁー。
今まで着ていた服やパジャマはどうしよう?
「シロン、服は洗濯したほうがいいの?」
「いいえ、そのままポーチに戻してください。元の状態に戻るので、洗濯は必要ありません」
えっ、凄いー、洗濯しなくていいいのー?!
もう、驚きの連続だ。
「シロン、出る前に何か準備しておくことはあるかな?」
「はい、屋台や市場など、お店によって、IDカードより現金を好むところもありますので、ポーチにお財布を用意したほうがいいですね。」
パッと画面が現れたので、ポーチリストのフォルダーの現金の所を開ける。
どれくらい必要かな……?
とりあえず「10000ドーム」と「お財布」をクリック
ポーチを開けると、巾着のお財布が入っていて、開けると色と大きさの違う貨幣が入っている。
「へぇー、紙幣は無いんだね」
「はい、劣化が激しいので、この世界では使用されていません」
これ以上入ると重そうだけど、普段はIDカードを中心に使えばいいかも。
「ふと思ったんだけど、この世界は地球と似たところが多い様に感じるんだけど……」
「はい、女神様は、地球の文明を参考にしてこの惑星を作りました。ですので、時間、重さ、速さ、気温の単位、食料品、日用品、街並み、家の設備など類似するところがあります。かなえには懐かしいのでは?」
「そうね。あまり違和感なく過ごせたのは、地球を参考にしてたからなのね」
「でもドームの仕組みとかオーバーテクノロジーよね。あとこのブレスレットとかポーチも……かと思うと一昔前のものが使用されていたり」
「かなえから見たら、ちぐはぐに思うかもしれませんが、女神様はこのドームシティーの人々が幸せに暮らせるようよく考えて造られました……」
「害になるような、武器、乗り物、食べ物、薬、発がん性、中毒性のある物は開発られないよう、女神様のロックがかかっています」
「でも馬車って馬の負担になりそうだけど……」
「このドームシティーの馬車には重力制御の装置が付いているので、馬には重く感じません。振動も軽減されているんですよ。これもドームの仕組みのように極秘ですが」
だから乗り心地が良かったのかー。
そういえばあの馬車のお馬さん、最後に挨拶したら驚いていたような……。
「かなえは文明が滅びる理由はわかりますか?」
「えっ? 何だろう? 天災とか疫病とか……あっ、戦争!」
「心の闇が深い人達は、自分の欲望を満たすため、他人の物を奪おうとします。科学的に進歩してくると、次々と殺傷能力の高い武器を開発し使用するので被害が大きくなり……いずれは滅亡します」
「でも科学的に進歩していても、心の豊かな人達がいるんじゃないの?」
「はい、そうです。中にはハイテクノロジーの文明の中で、協力し理想的な生活をしている世界があります。そこではもう二度と戦争やテロが起こり、滅びる事は無いでしょう」
へー……どんなところなんだろう? 行ってみたいな。
「地球はどうなのかな?」
「地球はあまり良くありません。一部の心の闇の深い人達が力を持ち、戦争やテロを起こしています」
そうなんだー。
心の闇を消すにはどうすればいいんだろう……。
みんな幸せでいたいのに。
「そろそろ出発しようかな」
もう動き出さないと。この町の仕組みをもっと知りたい。
女神様に頼まれた動物たちの事もあるし……まずは私にできる事をやろう。
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<かなえのIDカード>
表示
名前 カナエ リュウゼン
年齢 16才
職業 未定
特技 動物の世話、歌声
ポイント 10000
お財布 10000
パワー 5
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非表示
名前 竜禅かなえ
年齢 16才(32才)
職業 アニマルレスキュー、女神様の子分
特技 人間、動物とのコミュニケーション、癒しの声
持ち物 ブレスレット、ポーチ
ポイント プラス 無し
マイナス 2500(宿一日)17500(宿7日)
10000(お財布へ移動)
残り 970200
パワー 499