014 シモンズさんの馬
『あさだよー、おきてー、パンちょうだい』
「うーん……。はい、はい、起きます」
かなえはベットから降りると、リトくんに昨日の雑穀パンをあげる。
『おいしー、おいしー、パン、パン』
リトくん、ほんとパンが好きだな……また今度、このパン買って来よう。
かなえはオアシスカフェで朝ご飯を食べ、出掛ける準備をする。
今日の服は……パッと着替え終わった姿は、ライトブラウンのセットアップで下はガウチョパンツだ。
胸元には白いレースの飾りが付き、髪はベルベットのリボンで二つに結ばれている。それにキャメルのブーツ。
「リトくん出発するよ」
スクーターでジャンプしてリトくんを公園に送って行く。
次はシモンズさんのところだな。
住所は「15W11番通り」……ここってオアシスインから歩いてすぐかも。
かなえはジャンプでシモンズさんの家の前まで来ると、馬の蹄鉄の形のドアノッカーを鳴らす。
「カンカン」
しばらくすると扉に近づいてくる気配がして、扉を開けて出て来たのは12才位の金髪に茶色い瞳のカッコいい男の子。
「すみません、シモンズさんいますかー?」
「シモンズさんはまだ寝てるよ」
えーそうなんだ。来るのちょっと早かったかな?
午前中とは言われたけどちゃんと時間は決めていない。
シモンズさん、昨夜遅くまでオアシスカフェで飲んでいたのかも。それなら……。
「シモンズさんの馬を見せてくれる? 今日は馬の様子を見て欲しいって頼まれて来たの」
「うーん……いいよ」
少年は少し悩んだみたいだけど了承してくれた。
「こっちだよ」
かなえが連れて行かれたのは、シモンズさんの家から歩いて2、3分の厩だ。中に入って行くと2頭の馬がいた。
「こっちの馬だよ」
黒くて馬車馬にしては華奢な馬だ。ちゃんとブラシをかけてもらっているのか、毛並みがツヤツヤしている。
あー、見覚えがある。
「こんにちは、お馬さん。私の事覚えてる?」
『へーやっぱり、あんたおれ達の言葉がわかるんだ、覚えてるよ。この間馬車に乗っただろう』
かなえの隣にいる少年が私と馬の様子を興味深そうに見ている。
「そうよ……お馬さん、元気そうに見えるけど、どこか調子が悪いところがあるの?」
『あーそうなんだ。たまに奥歯が痛くて困っているんだよ』
「それは辛いね。私に見せてくれる?」
馬に近寄ると高くて見えない……困ったな。
「あのー、何か踏み台になるものはないかな?」
「ちょっと待ってて」
少年が奥から持って来てくれた空箱に乗ると……、
「はい、口を開けて、そう」……あー良く見える。
奥の歯茎が腫れてい痛そうだ。臭いがきついのでウオッシュをかけて、シロンが出してくれた軟膏を念入りに塗る。
「今、薬を塗ったから大丈夫だと思う。でも何回か薬を塗ってもらってね。シモンズさんには言っておくから」
『ありがとよ……でももう治ったみたいだ。いたくないよ!』
「念の為、あと何回か塗った方がいいから、ちゃんと口を開けて塗ってもらってね」
『ああ、わかった』
すると奥から『そこの言葉のわかるお姉さん、チョッとあたしの背中をかいてくれないかい』と呼ばれる。
声のする方を見ると、もう一頭の馬のようだ。シモンズさんの馬より一回り小さい茶色い毛の雌馬だ。
かなえは側に近寄ると話しかける。
「こんにちは。どこが痒いの?」
『背中の右側の奥の……」
「ここ?」
かなえが乗り出してその馬の背中をかいてあげると、気持ちが良さそうに目を細めている。
『あーそうだよ。そこ……気持ちいいねー。ありがとよ。さっきから痒くて困っていたんだ』
かなえはこの馬にも軽くウオッシュをかけておく。
「よかった。また何かあったら教えてね」
もう用事は無さそうなので厩を出る。ずっとかなえの様子を見ていた少年が、
「お姉さんすごいね。馬の口の中に手を入れて薬を塗るなんて僕には出来ないよ。それにもう一頭の馬の背中をかいてあげてたし……まるで馬と会話しているように見えたよ」
「そう? 私はいつも動物に対する時は話しかけるの。もしかしたら理解してくれてるかもって思うと楽しいでしょう? 実際何を考えているわかるような気がしてくるのよ」
このぐらい話しておくのは良いよね……。
「へー、そうなんだ」
そのあとも少年としばらく話をする。名前はアレックス。シモンズさんには2年前から御世話になっているそうだ。今は学校に通いながら御者になるための勉強をしているそう。
厩の他の馬達は仕事しているので今は出払っている事、馬達が休みの時は近くにある放牧地でのびのびと走り回れること等も教えてもらった。
どうしようかなー。やっぱりシモンズさんには会っておきたい。
なので少年に「もうそろそろシモンズさん、起きているかな?」と聞いてみる。
「うん、そうかも。行ってみよう」
家に着くと少年が「ちょっと待ってて」と言って家の中に入って行く。しばらくすると、シモンズさんが家の中から出て来た。顔を洗ったのか髭が濡れている。
「あー嬢ちゃん、もう馬を診てくれたんだって? 助かったよ」
シモンズさんは出かける支度をして来ると、近くのカフェに案内される。お店の名前は「ウエストゲートカフェ」近くに西門があるそう。
お客さんはこの辺りに多く住む、馬関係の人が多いそうで、シモンズさんは、他のお客さんともほとんど顔見知りだそうだ。
カウンターで注文して好きな席に座る、セルフサービスになっている。シモンズさんはサンドウィッチとクリームシチューにコーヒー。かなえはお昼には早いので、ハーブティーを注文し、窓際の席に座った。
椅子とテーブルが大きくてガッシリしているので、大柄の男性でも、問題なく座れそうだ。
かなえは、シモンズさんに馬の歯の事や、薬の塗り方を詳しく説明し、軟膏を渡す。シモンズさんは馬の具合が気になっていたそうで、原因がわかりホッとしていた。
「馬のお礼を」と言われたが……その代わり動物ギルドを宣伝してと頼んでおいた。
御者の仕事は、朝6時から夜9時までの3交代制で一日5時間を馬の休憩を挟みながら走らせるそうだ。シモンズさんは今日は午後からの仕事なので、午前中はゆっくりできる。お勧めのレストランや雑貨屋などをいろいろ教えてもらった。御者さんだけあって、詳しい。
シモンズさんの食事が終わると、馬車で好きな所に送ってくれると言ってくれたが、まだこの11番通りの様子を見たかったので、お店の前で別れた。
11番通りはドームシティーの一番外側の通りで、乗合馬車、貸出馬車、郵便馬車、長距離馬車用の駐車場があり、御者達の住居が集まっている。
かなえは西門の前を通り、そのまま11番通りを歩いていると、牧場のような柵がしてあり、中で何頭か馬がいるのが見えた。
「へー、ここが放牧地かな? 結構広いなー。ここで好きなように走り回れたら馬達も良い気分転換になりそう」
ミルクドームの牧場のような広さは無いが、ドームシティーのレンガの家30軒分ぐらいの広さはある。
放牧地の中に大柄なこげ茶色の馬が見えたので話しかけてみた。
「お馬さーん、こんにちはー!」
するとその馬が驚いたような顔をして、小走りで近づいて来た。
『むすめさん、あんたはわしらの言葉を話せるのかい?』
「ええそうよ、はじめまして。私はかなえ。何か困っていることは無いですか?」
『こうやって人間と話が出来るとは、長生きはするもんだな……特に困ったことは無いが』
「そう、それなら良かった。他にどこか怪我をしたり、困っているお馬さんはいないかしら?」
『今は思い当たらんが……それよりわしの話相手になってくれないか?』
「いいですよ、私も馬の事をもっと教えて欲しいです」
『じゃあ乗せてやるから、そこの小屋でわしに鞍を付けてくれ。誰かいるだろう』
「えっ、私乗馬は経験が無いんですけど……」
『大丈夫だ、わしが教えてやる。ここではたまに人が来て練習しているぞ』
そうなんだ。乗馬教室みたいのがあるのかな……?
かなえは、木で出来た平屋の建物まで歩いて行くと「乗馬クラブ」と表示されている扉を叩いた。すると中から、20代前半の薄い茶髪で、濃いグレーの瞳の青年が出て来た。
「はい、何でしょう?」
「あのー馬に乗りたいんですけど……」
「乗馬ですか? 経験は?」
「経験は無いんですが、そこにいるこげ茶の大きな馬に乗せてもらえれば、後はなんとかなると思うんで……」
「……経験が無いのになんとかはなりません。1時間の乗馬体験をお勧めします」
そう言われてかなえは建物の中に入ると、乗馬の料金表が壁に貼ってあった。
「乗馬体験 1時間 1000ドーム」「乗馬教室 初心者5回 3万ドーム」「乗馬教室 中級者3回 2万ドーム」
なるほど……。急に経験が無いのに馬に乗せろって言われて了承する人はいないか。
「わかりました。乗馬体験 1時間でお願いします」
「はい、ではこちらへどうぞ」
かなえは手続きをしてお金を払いヘルメットを貸してもらうと、放牧地の中にある乗馬教室の馬場に来た。すると先ほどの茶髪の青年が大きなこげ茶の馬を連れて来る。
「キングスは体が大きいので初心者の方には向かないんですが、ご希望でしたので……気を付けてくださいね」
「はい、わかりました」
『はは、若造が! このむすめさんを振り落とすとでも思っているのか!』
馬は憤慨したのか、鼻を鳴らしている。
まー、お手柔らかにお願いします……。
「ではキングスの左側に立って、左手で手綱を持ってください。それから左足を上げて鐙に掛けて、右手を鞍にかけ、右足を大きく上げて馬体を跨いでください」
うーんこうかな? 左足を掛けて……た、高いー。
「ちょっと待っててください」と言うと、茶髪の青年はどこからか、踏み台を持ってきた。
かなえは小柄なうえに、この馬が大きいので踏み台が無いと乗ることが出来ない。
「あっ、届いた」
「そうです、それから右手を鞍にかけ、右足を振り上げ跨いでください」
「はい。ぎゃーっ!」
青年に手を添えてもらいながら、なんとか馬の上に跨ることが出来た。
『よし、準備は良いね、手綱を握って』
そういうとこげ茶の馬は、青年の手を振り切り小走りで走り出した。
「キャー! 動かないでー、コワイ!」
かなえは思いっきり馬の背中にしがみつき……馬はそのまま柵を越え放牧地を軽く走り始める。青年が追いかけるが、全く追い付かない。
『もう少し体の力を抜いて』
「お願い! もう少し速度を落として!」
すると早歩きぐらいの速度になる。
『上体を起こして、足の力を抜いて……そうだ』
かなえは馬に言われたように、動くと少し楽になって来る。
『膝を少しまげて、動きをわしに合わせて』
だんだんコツがわかって来た。すると馬が少し速度を速め放牧地を回り始める。側にいた馬達も興味深そうに観察している。
『もう大丈夫だな、どうだ? 気分がいいだろう?』
「ええ、でも想像以上に高いですね」
『慣れだよ。これでもう覚えただろう? 次からは楽になるはずだ』
「あのー、お名前はキングスさんって言うんですね」
『ああ、わしの相棒が付けたんだよ。あいつももう引退してね、たまにここに来るよ』
かなえは、乗馬しながら話す余裕が出て来た。この馬キングスは2年前の引退するまでは、ドームシティーの中で乗合馬車を引いていたそうだ。引退した御者の人とは仲が良く、今でもキングスに会いに来るそう。キングスはこの放牧場で暮らし、たまに乗馬教室に付き合っているそうだ。
しばらく話していると……、
「もう時間を過ぎたので、戻って来てください!」と茶髪の青年が柵のところから叫んでいる。
「えっ? もう一時間過ぎたの?」
キングスと話をしていたら思った以上に時間が経っていたようだ。
「キングスさん、もう戻らないといけないみたい。またお話ししましょ!」
『ああ、わかったよ』
キングスは茶髪の青年の側の柵を飛び越え、乗馬教室の前まで戻ってくる。
『じゃー、降り方だが――――まず、右手を鞍の前にそえて右足を鐙から外してから右足を上げて……左側へ下ろして、そうだ。それから両足が左側にそろったら、両手で体を支えて、左の鐙から体重を抜き、左足を鐙から外して降りればいいんだ』
「きゃー!」
かなえは、途中までうまくいっていたのだが、思った以上に高さがあったため、尻もちをついて転んでしまった。
「大丈夫ですか?」
青年が駆け寄って来てかなえ助け起こす。
「はい、大丈夫です」
「あなた、ビックリしましたよ。初心者って言っていたのに普通に走って……乗り降りは練習が必要ですが、あとは問題が無いですね。あと2、3回練習すればすぐ上級者になれるでしょう」
「そうですか……でも足がなんかガクガクしてます」
「それは仕方が無いですよ。慣れない筋肉を使ったからですね。もう少し鍛えると楽に乗れるようになりますよ」
青年とキングスに別れを告げると、乗馬教室を後にした。
あー、がに股歩きのような、変な歩きになってるよ……。
お腹も空いたし疲れたからお昼にしよう。
「シロン、この辺でお勧めのランチは?」
「一番近いのは、イタ飯屋です」
地図を見ると青い点が集中している。人が集まっているようだ。住所は……「10SW10番通り」ここってリサイク倉庫のすぐ側なんだ。
かなえはいつものように、近くにジャンプしてお店に歩いて行くと……外まで人が待っている。
どうしよー。早く座りたいし、食べたいしなー。
するとお店の中から、店員さんが出てきて「お持ち帰りでしたら早くできますよー!」と並んでいる人に言っている。
そうかー、買って帰ればいいんだ。
かなえは店の中に入って行くと、持ち帰り用のランチセットや、リトくんのためのパンを買い、新居で食べることにした。
注文した料理を受け取りジャンプで移動して行くと、2階の居間のテーブルに買ったものを並べる。
「いい香りー」
これが新居での初めての食事だなー。
ランチセットにはニンニクとバジルの効いたパスタ。それに、コーンサラダと、ポタージュスープにフランスパン。それからピンクベリーソーダだ。
「あー美味しー!」
長い行列が出来るだけある。でも混雑している店で食べるより、ゆっくり家で食べられる方がいい。
ジャンプを使えば出来立てを食べられるし……。
お腹がいっぱいになると睡魔が襲って来る。
ちょっとだけ休もう……かなえはソファーに横になった。




