001 プロローグ
ある田舎の動物保護施設で、かなえが働き始めてもうすぐ10年になる。
「もう32才だー。あっという間だな」と思わず独り言をつぶやいてしまう。
今日の6月12日は、かなえの誕生日だが、残念ながら祝ってくれる旦那さんも、ボーイフレンドもいない。身長150センチ、ポッチャリ、色黒。目はクリッとしていて総合的には……普通。
もう少し愛想があれば出会いのチャンスもあったのかもしれないが。
人といるより動物と過ごしている時間の方を優先してしまう、人見知りな性格だ。
動物に餌をやったりケージを掃除したりして結構汚れるので、仕事中は作業着を着ている。ベージュの上下の作業着から、シンプルな薄手の黄色いシャツとジーンズの私服に着替えて、ロッカールームから出ると、
「お先に失礼しまーす」
かなえの鈴を転がしたような声が、事務所内に響きわたる。
「かなえちゃん、もう帰るのかい?」
事務員の大橋さんが話しかけて来る。
「はい、今日早番なんですー!」と言いながらかなえは外に出て行く。
今日は早出だったのでまだ17時過ぎだ。
今日もよく働いた……。
「猫ちゃん可愛かったなぁー」と、かなえは今日1日を振り返る。
今日は子猫の受け入れがあった。子猫を一時預かりし、里親を探す。時期を過ぎると引き取り手が減るので時間との勝負になる。
好きな動物にかかわれる仕事なので、結構肉体労働も多いが毎日が充実している。
愛車の白い丸みのある軽自動車に乗ると、
「お腹がすいたー! 晩御飯どうしようかな」と、かなえは考える。
家に昨日の残りのカレーライスがあるが、せっかくの誕生日だ。
まっすぐ帰るのも物足りない。待っている人もいない気軽な一人暮らしだ。
それでたまにはレストランに行こうと決めた。
のどかな田舎町に、イタリアンレストランが出来たのは3年前だ。美味しいと評判で結構遠くからもお客さんが食べにくるらしい。流行の古民家を改造していて、雰囲気もいい。
かなえは特別おいしいものを食べたくなると、このレストランを利用することにしている。カウンター席もあるので一人でも入りやすい。
「パスタもいいし、ピザも食べたいな」と考えていると、お腹が今にも鳴りそうになる。
17時20分、かなえは車をパーキングに止めてお店の中に入ろうとしたが、ふと気になって振り返り、歩道の辺りを見ると、犬が走りながら何かをしきりに追いかけている。
「まだ子犬だな、柴犬かな?」と、かなえは思う。
よく見ると尻尾をおもいっきり振りながら、ピンポン玉のようなボールにじゃれている。
『楽しいな、ボール大好き!』と、子犬のボールへの思いが伝わってくるようだ。
飼い主は居ないのかな……?
道路脇なので、かなえは心配になって子犬の方へ近づいて行くと……ボールがポーンと道の中央に跳ねて、子犬がボールを追いかけて行き……。
「危ない!」
慌ててかなえが犬を追って道に飛び出したら、運悪くバスが迫ってきた。
子犬を捕まえて、とっさに歩道の方へ放り投げたら……。
「あっ、ぶつかる!」
と、思った瞬間、かなえは全身に鋭い痛みを感じ宙に飛ばされ……32才の人生を終えた。
「あー、まぶしい」
あたりが真っ白で光り輝いていて、目が開けられない……暖かくて心地良いし、もう少し寝ていたい……。
また眠りに入ろうとしたら、
「ちょっと、起きなさい!」
頭を直接揺さぶられるような大声に、ビックリして目が覚める。
「あなたは……誰?」と、かなえは声の方に目を向けると、
「いつまで寝てるの? 大事な話があるのよ」と頭に声が響いて来る。
「どっ、どちらさまですか?」かなえは驚いて声を上げる。
目を凝らすと、光が立ち込めた広間の椅子に、女の人が坐っている。
豊かなブロンドの髪が腰まで波打ち、白くてキラキラ光るロングドレスが美しさを引き立てている。ミスユニバースもビックリの美貌だ。
「……こんな派手な知り合いはいなかったはず」とかなえは思うが、
「私はそうね、女神とでも呼んでちょうだい」
女神って神様てこと? 随分と会話が砕けてるけど……。
それにしてもわたし、何でこんなところで寝ていたんだろう?
かなえの頭の中は混乱して来る。
目が慣れてくると、だんだん周りの様子が見えて来た。
「どこここ、お城の中!? やたら豪華なんですけど……」と、かなえは不安になって来る。
よく見ると壁や柱に細かい装飾が施され、大理石の床に天井には壁画も。まるでおとぎ話に出て来る王女様の部屋のようだ。
かなえはあたりを見回しながら、ふわふわした大きな白いクッションの上から起き上がった。
「あなた、何が起こったか覚えてる?」
えっと……どうしたんだっけ? 仕事終わりにレストランへ行こうとして……。
「あっ、バス!」
かなえは、子犬を助けようとしてバスが迫って来て、ぶつかって飛ばされたところまで思い出した。
だが、ここはどう見ても病院には見えない。
もしかして……。
「私、死んだんですか?」
かなえは勇気を出して聞いて見ると、
「そうよ。思い出したみたいね」
「あの子犬は?」
「子犬は助かったわよ。バスの運転手も問題なかったし」
「よかったー」
かなえは、子犬が助かった安堵の気持ちででいっぱいになる。
「フフッ、あなたのんきねー。でも丁度良かったわ。あなたみたいな動物思いな子が欲しかったのよー。随分と動物に好かれるみたいね。意思の疎通もある程度出来てたみたいだし。あなたにピッタリの仕事があるのよ」
「仕事って言われても……私もう死んでしまったんじゃ?」とかなえは疑問に思うが、
「大丈夫よ。全て準備できてるわ。あなたに行ってもらう世界で動物達を助けて欲しいのよ。このブレスレットに必要な情報を入れておくわ。何かわからない時はこのブレスレットのガイドに聞いてちょうだい。あと、このポーチには、あなたと動物に必要な物が全て入っているわ」
「はぁ……」と、かなえは話の展開に付いて行けない。
「無くさないように気を付けなさい。とは言っても、あなたしか使用できないようになっているから、大丈夫だけど」
半透明な石の付いた華奢なシルバーのブレスレットと、小さな肩から下げられるライトグリーンのポーチを渡された。
「それから、動物とのコミュニケーション能力も上げておくわね。人間との言語能力も。どの人種との言葉も通じるわよ……他に何か希望はあるかしら? あなたは今まで多くの動物を救って来たから、お礼にある程度の願いは叶えてあげるわ」
そんな、急に言われてもどうしていいかわからない……と、混乱するかなえ。
「無ければいいわ。じゃぁー、言ってらっしゃ……」
「待ってください!! それなら、か、可愛くなりたいです!」と、思わず叫んでしまう。
かなえは子供の頃から自分の容姿にコンプレックスがあった。スラッとした色白の美人さんになりたかったのだ。
とっさに思いついた願いを言ってみるが……。
「いいわよ。私に任せて」
女神様がニコッと笑うと、かなえの足元に急に穴が開いてスーッと音も立てずに落ちて行った。
「キャーーーーッ」




