図書室捜索
人気のない図書室に俺と桐嶋と長内が並ぶ。
目の前には棚にみっしりと詰まった本の山。
「この本を一冊ずつ調べるっていうの?」
そう漏らす桐嶋からは戸惑いが伺えた。
こいつ、図書室に来るのは初めてか。
最初見たときは俺もこの蔵書には圧倒されたものだ。
「お前。この本の検閲をするんじゃなかったのか?」
「検閲ならリストを見ればできるでしょう」
「そんなに甘いものじゃないぞ、この図書室の蔵書は。まあいい、それよりまずは『七年前の私物図書』だ」
図書委員的にはそれが気がかりの種なのである。
「それも、私が……」
言いかけて、桐嶋はそこで言葉を無くした。
おそらく本棚に埋まった蔵書がまた目に入ったのだろう
「この量よ。会長さん一人では無理でしょ。そういえば他の生徒会の方は?」
長内の疑問に対し、桐嶋は少し複雑な表情を浮かべる。
いわれてみれば生徒会室にも桐嶋一人しかいなかった。
「他の方々は部活もありますし、わざわざお手を煩わせるわけにはいきません。今回の件は私が決めたことですから」
そこに迷いはなかったが、だからこそ桐嶋静香という人間の別の側面が見えた気がした。
こいつはずっとひとりぼっちなのだ。
世界を敵と味方に切り分けて、結局誰も信用していないし、誰にも信用されない。ただの利害関係しかない。
「あらかじめ言っておくが『七年前の私物図書』の件に関して俺たちの目的は同じはずだ。誰が先に見つけるかの競争ならともかく、重要なのはその本を見つけだすこと。少なくとも俺は、お前が見つけても長内が見つけても、見つかりさえすればそれでかまわない」
「……図書委員らしい意見ですね」
「お前、負けたと思っただろ?」
しおらしい桐嶋が見るに耐えなくて、俺はそんな悪態をつく。
途端に、桐嶋の顔に鋭さが戻る。
「負け? 勝負はこれからでしょう。少なくとも私はあなたよりも先に『七年前の私物図書』を見つけるつもりです」
「じゃあその勝負、私も乗せてもらおうかな。元はといえば私が持ち込んだ話だしね」
再びやる気を発揮する桐嶋と、それをけしかけようとする長内。
だが正直にいうと、俺はこの噂は長内が勝手に言っているだけのデタラメと思っていた。
もし事実だとしたら、長内以外にもこのことを調査しようとする生徒がいてもおかしくないはずだ。
しかし図書委員の業務で、これまでその噂について尋ねてきた生徒はいない。
そもそも、そんな本が七年間も無造作に放置されているとも考えにくい。
桐嶋のいう検閲ではないが、数年間貸し出しのほとんどない本はたいていなにかしらのチェックが入るものである。
それをすり抜けてかつ誰にも気付かれないままの本など、この図書室にあるのだろうか?
ある。
その時不意に、俺はとあるコーナーが思い当たった。
「で、どこから探します?」
「とりあえず、あの棚は調べたんで……」
「いや、こっちだ!」
方針を話し合おうとする二人を無視し、俺は自分の心に浮かんだ場所へと歩き出す。
向かうのは読まれることもなく、貸し出されることもなく、なおかつ処分もされない書物が集まる場所。
「えっ『七年前の私物図書』の見当がついたの?」
一番驚いていたのは、その話を持ち出してきた長内自身のようだ。
噂が事実かどうかは分からない。だが、もし存在しているとしたらそこしかない。
「ああ、『七年前の私物図書』はおそらくここにある」
俺がやってきたのはこの学校が開校して以来、毎年あるものが納められ続けている一角。
「卒業アルバム、ですか!」
「七年間誰にも気付かれずに私物の本が眠り続けるとしたら、ここしか考えられないだろう。卒業アルバムを借りようとする奴はまずいない。そもそもここに人がいること自体が稀だからな」
俺が図書委員になって以来、この卒業アルバムのコーナーは常に閑散としていた。
そしてそれは、俺が入学する前も同じだっただろう。
よっぽどのことがない限り他人の卒業アルバムなど興味もないものだ。
「幸か不幸かこの学校には注目されるようなOBもいないからな。それに、学校の噂を書き込むにもおあつらえ向きだ」
そして俺は棚から七年前の卒業アルバムを取り出す。
一年につき三冊所蔵されているので一冊ずつ長内と桐嶋にも渡す。
各自でそのアルバムを開くと、すぐさま桐嶋の表情が変わった。
「それか」
俺も長内も自分の持っていたアルバムを置き、桐嶋の手元の物をのぞき込む。
開かれていたのは教師一覧のページで、その教師一人一人の横の項目欄に、ご丁寧に手書きの恨み籠もった寸評が書き加えられていた。
七年前の卒業生の誰かが、自分の恨みを書き連ねた卒業アルバムを、所蔵されていた物とすり替えたのだ。
さすがに七年も前だと知っている教師はほとんどいないが、それでも、これを書いた人間はさぞかしこの教師たちが嫌いだったのはわかる。
「いやはや『七年前の私物図書』が本当にあったとは……。しかもこんなところにあるなんて、そりゃ気がつかないはずよね」
噂を持ち込んだ張本人である長内は、桐嶋から受け取ったそのアルバムを興味深く眺めている。
「それで、このアルバムはどうするのです?」
一方で桐嶋は流石というべきか、すぐに冷静さを取り戻し、この一件の処理について考えていた。
なんせ『七年前の私物図書』の中身は、教師や生徒のプライバシーの暴露である。
中にはかなり過激なことが書かれている人物もいて、もしこのまま表に出れば学校全体を揺るがす問題になるかもしれない。
「俺としては、基本的には生徒会の方に処分を任せたいと思っている」
「えっ、図書委員的にそれでいいのですか?」
俺の提案には桐嶋の方が驚いたようだった。
「別に俺はこの学校の倫理や秩序を守るために活動しているわけじゃないしな。このアルバムが図書室で見つかったからといって図書委員には処分の権限はないだろう。いち生徒ができることに従って、生徒会に判断をゆだねるだけさ」
実際のところ生徒会ではなく教師に渡してもよかったのだが、会ったこともない代役の司書教諭が信用できないというのもあった。
ましてや他の教師にわざわざ渡しにいくなら、ここで桐嶋に渡すのと大して変わるまい。
そういう意味で、桐嶋は信用に値する人物だ。
「まあ、あなたがそれでいいというのなら……」
「言っておくが、俺の方からは生徒会を敵視してるわけじゃからな。その誤解を解くためにも、今回はお前の顔を立てることにする」
そして俺は戸惑う桐嶋に対し、精一杯の笑顔を作ってやった。
「しかしよくもまあ見つけたもんだね。学園の噂の真相が明るみに出る瞬間を目撃できて、ほんと、感動だよ」
アルバムを置き、長内がそう言って俺を褒め称える。
「まったくです。正直、今回は私の完敗ですね」
一方の桐嶋は、少し悔しそうな表情を浮かべながらも、その雰囲気はいつもの冷たい棘もなく清々しいものである。
「この図書室の本は読んだか読んでいないはさておき、どこになにがあるか、なにが借りられていったかはだいたい把握しているからな。もしそんな中に私物が紛れ込んでいるとしたら、俺の目が届かない場所にあると思っただけさ」
「なるほど、本当によく本をチェックしているのですね」
感心したような声を漏らす桐嶋。
そしてそのまましばらくなにかを考えているかのようであったが、不意に、俺の方を見て小さく微笑んできた。
「今回の件も踏まえて、不適切図書の検閲の件は、あなたにも手伝ってもらうことにします。私一人ではこの本棚を調べ切れませんしね」
その意外な言葉に、俺は一瞬なにが起こったのかわからなかった。
あの氷の生徒会長桐嶋静香が、俺に対して微笑んだのである。初めて見た選挙スマイルでない桐嶋の笑顔に、俺は思わず見とれてしまっていた。
「さてと、あとは業務の邪魔になりそうだし、私はこのあたりで撤退させてもらいますか。『七年前の私物図書』も解決して、もう用事もないしね」
そんな俺たちの空気を察したのか、長内はそれだけ言い残すときびすを返し、図書室を出ていこうとする。
「長内、ありがとうな」
俺がその背中に声をかけると、長内は振り返ることもなく右手だけ挙げて応える。
俺には小さなはずのその背中が、やけに大きく見えた。




