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生徒会室の決戦

 ノックを三回、いよいよ生徒会との決戦に挑む。

 結局長内もそのまま一緒に生徒会室へとやってきていた。

 これから仕掛ける作戦にこいつの力を借りることになったのだ。

 元々『七年前の私物図書』の話を持ってきたものこいつなので、その点でも都合がいい。

「どうぞ」

 冷たく静かな声を確認し、ゆっくりとその扉を開く。

「あら、図書委員さん。わざわざ生徒会室までお越しいただくとは、一体どういうご用件かしら?」

 そう広くはない室内、生徒会長の桐嶋静香が一人会長席に腰掛けている。

 美しく長い黒髪と氷の微笑を持つ絵に描いたようなこのクールビューティこそが、この学園で最高の権力を持つ生徒なのだ。

「今日、俺が来る用件は一つしかないだろう」

 切れ長の瞳から放たれる冷たい視線に耐えながら、俺は出来うる限り落ち着きを払いそう口にした。

 今は感情よりも優先させるべきことがある。

「図書室のことですね」

「ああ、正直、驚いている」

 『はらわたが煮えくり返っている』と怒鳴りつけたいのを必死に堪えての言葉。

 我ながら素晴らしい自制心だ。

 そんな風に心の中で自画自賛する俺を横目に見ながら、手筈通り、隣の長内が続けて口を開いた。

「まさか生徒会が先にあの噂を聞きつけて動くなんて、私もビックリでした。それとも、まったく手を打てなかった図書委員が頼りないというべきかでしょうか」

 あからさまなまでに『私は今驚いています』という演技だ。

「あら、あなたは?」

 そんな長内にどこか不思議そうな視線を向ける桐嶋。

 どうやら生徒会長様もこの謎多き女子生徒に見覚えが無いようで。

「はじめまして、私は長内教子。実は図書室についてある噂を調べていて、この図書委員さんと一緒にちょっとお願いに参りました」

 長内のわざとらしいほど恭しい挨拶。

 そんな自己紹介に桐嶋は長内について必死に思考を回転させているようで、少し上の空な視線や時折独り言がこぼれる口元など、少しずつながらも普段のクールビューティぶりが崩れてきている。

 このような愉快な光景を見られただけでも、俺としては満足といえば満足である。

 もちろん、これで終わらせるわけにはいかないが。

「張り紙にあった『不適切な書籍』というのは、最近噂になっている『七年前の私物図書』のことですよね? 確かに、噂の中身を考えると生徒会としても無視できないものですからね」

 口調や態度こそ恭しかったが、長内の言葉はあからさまに挑発的だ。

 生徒会長であるなら『七年前の私物図書』という噂を知っていて当然だ。

 だが、あなたは実はそれを知らないだろう。

 いかにもそう言いたげである。

 その雰囲気を察し、桐嶋の顔から戸惑いも含めて表情が消える。

「どういうこと、ですか?」

 しかし敵もさるもの。

 体面を取り繕ったまま知らないことを暗に認め、なんとか情報を引き出そうとしてきている。

 しかしそれこそがこちらの狙い。

 その噂を桐嶋が知らないというのがわかっただけでも収穫だ。

 あとはいかにこの餌を利用するかである。

「こいつがいうには、七年前にとある生徒が自分の私物の本を紛れ込ませたらしいんだ。俺も今日初めて聞いて驚いたが、それで納得もいった。それが本当なら生徒会もあんな強硬手段を用いてまで図書室を閉鎖するだろう、ってな」

 相手の知らないというそぶりを無視し、あえて情報を小出しにしながら言葉をぶつける。

 決定的な情報はまだ出さない。

 生徒会室に冷たい沈黙が満ちる。

「どうやら、その本についても調査する必要があるようですね」

 沈黙に耐えられなくなったのは、情報を持たない桐嶋の方だった。

「長内さんでしたっけ。生憎、生徒会はまだその情報を把握しておりません。よかったら、もう少し詳しくお話を聞かせてもらえませんか?」

 屈辱をかみ殺し、それでもあくまで静かな表情を保ちながら、桐嶋はゆっくりとそう口にした。

 食いついた!

 俺は心の中でガッツポーズをする。

 一方の長内は何事でもないように、俺にも語った『七年前の私物図書』の話を進める。

 その生徒が学校に恨みを持っていたこと。 

 罵詈雑言をその本に書き記したこと。

 それを七年前に図書室に紛れ込ませたこと。

 俺自身にも長内がどこまで真実を語っているのか、この噂がどこまで真実なのかはわからない。

 だが、重要なのはそこでは無い。

 俺と桐嶋の間でその『七年前の私物図書』が共通認識となり、存在しているかもしれないものとなったことが重要なのだ。

 こういった交渉においてまずなによりも大切なのは、相手と同じ土俵に立つこと。

 長内という仲介者と『七年前の私物図書』によって、俺はなんとか桐嶋を同じ場所に引き摺り下ろす足がかりを掴んだのである。

 そうなればあとは一押しだ。

「正直、俺はこの一件に関して生徒会に感謝する。俺自身はそんな噂話に対してアンテナが低いからな。『七年前の私物図書』の話も今日初めて聞いて驚いていたところだ。もし、生徒会がその本について調査するというのなら図書委員としてもぜひ手伝わせてほしい」

 そして俺は頭を下げた。

 この態度にはさすがに桐嶋も悩んでいるらしく、その表情には困惑の色が見える。

 これまで俺と生徒会長の関係は対立しか存在していなかった。

 俺がこうやって桐嶋に頭を下げたのはこれが初めてだし、こういうことがなければ頭を下げるなどありえなかっただろう。

 しかし今は手段を選んではいられない。

 図書室を守ることができるなら頭くらいいくらでも下げてやる。

 だがそれでも、桐嶋の下した判断は無常なものだった。

「いえ、その本の調査も生徒会だけで行います」

 その答えを口にするのにも表情一つ変わらない。

 ある程度予想できた事態とはいえ、こいつは相当に図書委員を嫌っているようだ。

「生徒会の検閲と『七年前の私物図書』の一件は別物だろう」

「今更あなたに来られても余計な手間が増えるだけです」

 食ってかかろうにも、ここまできっぱりと言い切られては埒も開かない。

 なので作戦は次に移る。

「そういえば、その件について司書の先生はなんと?」

 そう尋ねたのは俺ではなく長内である。

 この生徒会長がそのあたりを抜かるとは思えないが、だからこそそれを聞くことに意味が出てくる。

「もちろん、新しく赴任してこられる代役の先生に確認はとりました。もっとも、学校にはまだいらしておりませんので電話でですが。今日を指定なさったのもその先生の方からです。今日なら途中で顔を出せるかもと」

 そう語る桐嶋の言葉には、勝ち誇ったような強気な態度が滲み出ている。

 やはりきっちりとそこは押さえていたのである。

 しかし、こいつが勝利を誇示したその言葉にこそ俺が欲しかった情報が含まれていた。

「じゃあその司書教諭が来るまでの間、俺も図書室で待たせてもらおう」

 俺は有無を言わさぬ態度でそう言い切った。

「どうしてそうなるのですか」

「いや、どうしてもなにも、俺もまだその代理の司書教諭に会ったことがないからな。この機会に挨拶をしておこうかと」

 それは一応の口実でもあったが、実のところ俺の本心だ。

 というか、生徒会にそんな許可を出すならまず図書委員にも連絡が欲しいところだ。

 一方で桐嶋は、表情こそ変わっていなかったもののその態度はあからさまに不機嫌さを増していた。

 しかしそれは、桐嶋にとって不都合であるということの裏返しだ。

「……挨拶くらいなら、また後日でもかまわないのではないですか?」

 その言葉にいつもの強気さはない。

 司書教諭絡みである以上これは図書委員の問題であり、生徒会権力の範囲外であり、こちらを止める口実はないのである。

 この展開に持ち込めるかどうかはこちらとしても賭けだった。

 だが桐嶋静香という人物の慎重さ、なにより根回しの重要さへの認識を考えると、必ず代理の司書教諭に連絡を取ると踏んだのだ。

 そしてその時には立ち会いを求める可能性も高いだろうと。

 もし桐嶋が教師をないがしろにして物事を進めるような性格だったら、生徒会と図書委員の関係は前任の司書教諭の産休を待たずに大荒れとなっていたことだろう。

 もっとも、そんな性格では生徒会長になれたかどうかも怪しいところだが。

 桐嶋の強気の政策はあくまでその前の着実な根回しと下準備に基づくものなのだ。

 取るに足らない図書委員に根回しはしなくとも、学校権力である教師には当然手を回すだろう。

 その点については俺も心配していなかった。

 ただ、怖かったのは司書教諭の反応である。適当にやっておいてと勝手なお墨付きを与えて流されていれば今回の計画はかなり苦しくなったはずだ。

 まあ生徒会からかなり強い働きかけがあるだろうから、よっぽどやる気のない限りは出てくるだろうが。

 裏を返せば、桐嶋は司書教諭が出てこられる日をこの実行日と定めたはずである。

 既成事実をより明確にする意味でも、桐嶋にとって教師の立ち会いははずせまい。

 そしてこれらの予想は的中したわけだ。

「いやせっかくの機会だし、挨拶は早い方がいいに決まっている。それにこれは図書委員の問題だしな」

 その言葉に桐嶋は珍しく渋い表情を浮かべながら、じっと黙ってなにかを考えているようである。

 ならばここでもう一押しだ。

 判断する時間を与えてはいけない。

「ところで桐嶋、お前、読書感想文にはどんな本を選んだんだ?」

「な、なんですか突然」

 唐突な俺の質問に、桐嶋はよっぽど驚いたようである。

 まるで飛び上がるかのように反応すると、目を見開いてこちらを見ている。

「いや、本の選別をするなら、お前がいったいどんな本を読んでいるのかと思ってな」

 相手の読書傾向を知りたいとき、俺がまず質問するのはこれである。

 選んだ本だけでなく、どう答えるかによってもだいたいの傾向は掴める。

 正直、俺個人としては読書感想文は読書の強要みたいで好きではないのだが、こういった時にはせいぜい利用させてもらおう。

「毎年の推奨図書ですよ。図書委員さんならわかるでしょう?」

 落ち着きを取り戻し、努めて平坦な声で桐嶋はただそう言った。

 大まかにいって俺の予想通りの返答である。

 俺の知る限り、桐嶋は図書室に顔を出したことはない。

 本をまったく読まないとも思えないが、おそらく、進んで読書を楽しむというタイプではない。

 明確な目的、たとえば勉強ならそれに合わせた参考書、社会情報ならそれに応じた新書や実用書といった具合に、実務的に本を選ぶような人間だ。

 そしてこの様子ではどんなことを書いたのか尋ねる意味もあるまい。

 それについても返ってくる答えは予想できる。

 そんなことを考えていると、横で長内がニヤニヤと笑って俺に対して同じ質問をぶつけてきた。

「かくいう図書委員さんはなにを選んだのかしら?」

「俺か? いや、俺はいいだろ……」

「それは、フェアじゃないですね」

 便乗するように桐嶋も白い目でこちらを見てくる。

 とはいえこの反応こそがこちらの狙いでもあるのだ。ならばそれに答えねばなるまい。

「俺は……、去年がありもしない架空の本で、一昨年がゲーム攻略本だよ」

 いざ口にするとなんとも恥ずかしい限りである。

 読書感想文にうんざりしていた俺は、抗議の意味も込めて完全にチキンゲームのノリでその課題に取り組んだである。

 もちろん、一昨年はこっぴどく叱られた。

 ゲームの内容にはできるだけ触れないという自分内ルールもあって、感想というよりは完全にブックレビューとなったのがまずかった。

 文脈などから『ライターはこの文を書くにあたってどんなことを考えていたか』なども考え盛り込んだつもりだったのだが、当然ながら教師にはまったく伝わらなかったようである。

 一方で、去年に関してはほとんどなにも言われなかった。

 読書感想文のテンプレートを完璧に踏襲して仕上げたのだから文句も出まい。

 問題があるとすれば、感動を書き綴った幾多のシーンも、胸を打った登場人物の台詞の数々も、伝えたいことを巧妙に作中に潜ませた作者も、どこにも実在していないということである。

 もっとも、世界には無数の本が溢れ返っているのだ。

 俺の選んだ本が非実在であることなどそうそうわかるはずもない。

「呆れたわ。あなたって、私が想像していた以上にどうしょうもなかったのですね……」

 俺の言葉を聞いて、桐嶋はあからさまに大きなため息をついてみせた。

 こいつがここまで感情を露わにするのは逆に珍しい。

 それとは対照的なのが質問者である長内だ。

 必死に笑いをこらえており、あと一押しがあれば大爆笑をあげることだろう。

「いや、さすが図書委員。まさか本当にそんなことをする奴がいるとは、くくくく」

 作戦の一部とはいえ、ここまで笑われるとは心外だ。

「いやまあ待て、話は最後まで聞け。俺がわざわざそんなことをしたのもだな、既に多くの本は読書感想文を書くまでもなくこれで感想を公開しているからなんだぞ」

 いって俺は懐に用意してあった一枚の紙を取り出す。図書室で発行している図書室便りだ。

「ああ、そういえばそんな物を出していましたね」

 どうやら桐嶋も存在は認識しているらしい。それならば話は早い。

「この図書室便りも新しい司書教諭に確認してもらって許可を得ないと次が出せないわけだ。あんたら生徒会のイヤミに耐えながら予算を獲得するためにも、こいつの発行を途切れさせるわけにはいかないんだよ。とりあえず、これの承認だけでももらいたい」

 実際にはそこまで深刻な状況ではないのだが、桐嶋にそんなことまではわかるまい。

「なるほど、そういうことなら仕方ないですね」

 生徒会長はただひとことそう言った。

 予算という言葉が効いたらしく、その顔は悔しさで滲んでいる。

 個人的には大勝利であるが、今はそのことはどうでもいい。

 重要なのは俺が一緒に図書室に入るという事実だ。

「じゃあ、私も一緒に図書室に行かせてもらうからね。『七年前の私物図書』は私が一番詳しいわけだし」

 俺の言葉に便乗するように長内がそう続ける。

 言葉もすっかりフランクになっている。

「好きにしてください」

 桐嶋はやる気なく、ただそう答えただけだった。


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