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図書室閉鎖

 放課後の図書室前。

 いつものように図書委員の仕事に来た俺は、すぐさまその異変を目の当たりにすることになった。


【当図書室は学生に対し不適切な書籍が取り扱われているとの報告があったため、生徒会の検閲が終了するまで閉鎖します。生徒会】


 無機質な文字でただそれだけ印刷されたその張り紙からは、明確な悪意が滲み出ているかのようだ。

 自由な読書をモットーとして掲げてきたこの図書室は、司書教諭が自分たち図書委員にそのあたりの運営を一任してくれたこともあり、よその学校と比べても高校の図書室らしからぬ本が多かったかもしれないとは思う。

 だが図書委員として本の選択をする中で、本当に不適切な本(たとえばエロ本)やあまりにもふざけた本は除外してきたし、これは読んでもらいたいという本を責任を持って選んできた自負もある。

 その成果として、自分が図書委員長になってから図書室を訪れるも人も増えつつあった。

 実際、今も図書室の前には多くの生徒が人だかりを作っている。

 そんな努力の全てが、この一枚の張り紙で否定されてしまったのだ。

 ドアを引いてみても、きっちりとロックされている。

 生徒会がなんらかの手を回して閉めてもらったのだろう。

 生徒の自主性を重んじるという校風のためか、この学校の生徒会の権限はやけに強い。

 騒ぎに対応しながら、俺は頭の端に残った冷静さでこの状況を分析する。

 なぜ、生徒会は図書室を封鎖したのか。

 全てはつい先日、司書教諭は出産休暇に入った影響に違いない。

 図書室が生徒会から独立できていたのはあくまで司書教諭の威光の元での話だったのだ。

 裏を返せば、それほどに生徒会と図書室では権限に差があるということ。

 当然、その司書教諭がいなくなれば図書室は無防備に晒されることになる。

 司書教諭の産休がわかった時からずっとタイミングを見計らっていたのだ。

 そして満を持して行動に移ったわけである。

 一応は代理の教員が来ることになっているのだが、どうも入れ替わりでゴタゴタがあったらしくいまだ図書室に姿を現したこともない。

 実際、俺もまだその代理の司書教諭に会ったことさえないのである。

 その矢先にこれだ。

 こんな時、生徒任せの自由な校風が牙を剥くことの恐怖を思い知らされる。

 おそらく生徒会の言い分はそのまま通ってしまうだろう。もちろん生徒会の狙い通りにだ。

 元々図書委員と生徒会の仲は、決して良好といえるものではなかった。

『一部の文化系部活動や図書室などの、成果を上げることもなく外部に視線が向いていない内向的活動の予算を削減し、我が校の名声を高めるであろう有望な運動部の部費の増額に充てる』

 これが、現会長が選挙前に示したマニフェストの一つである。この一文だけでその方針がわかるというものだ。

 もちろん俺をはじめとした委員会や多くの文化部サークルの人間は反対したが、いかんせん数が違いすぎた。

 なにしろ半数近くの生徒はなんらかの運動部に所属していたし、もう半分の生徒の多くは学校生活にほとんど関心を持たない帰宅部なのだ。

 結果は当然のように現会長の圧勝。

 一方の反対派は各派閥で候補を立て、ただでさえ少ない票を分散させる始末だった。

 かくして、俺達にとって最悪な生徒会が誕生したというわけである。


「ねえ、あなた図書委員なんでしょ? このまま黙って見ているだけでいいの?」

 そんな俺の思案を打ち崩すかのように、一人の女子生徒がそう声をかけてきた。

 最近図書室に来るようになった背の低い童顔な女子だ。

 これまで本を借りたことはないが、色々な書架で様々な本を物色しているのが印象に残っている。

 ツインテールのよく似合う幼めながらも少し性格のキツそうな顔立ちなのだが、若干化粧が濃いめでアンバランスなのはいただけない。

 あと制服が少しきつそうなのもどうかと思う。

「いいわけないだろ。生徒会には後でちゃんと抗議文を提出してきっちり事情を聞いてやる」

「後で? やるなら今でしょ! それに抗議文って……、いいわ、図書委員がそんな暢気な考えなら私が直接行ってくる」

 興奮した様子でそう宣言し、女子生徒は今にも生徒会室に向かいそうである。

 図書室を愛してくれるのはありがたいが、部外者にそこまでされてはこちらの面子にも関わる。

 現に他の生徒たちの俺を見る目も期待を込めながらも厳しいものになりつつある。

 こうなった以上手をこまねいているわけにもいくまい。

「よし、俺が今から生徒会室に抗議に行く!」

 力強くそう宣言し、俺は人ごみをかきわけて生徒会室へと歩き出した。


 図書室は一階で生徒会室は四階。抗議内容を考える時間は充分にある。

 しかし階段を昇ろうとしたところで後ろから呼び止められた。

「ちょっと待ってよ、図書委員さん」

 振り返ると、俺をここに送り出すきっかけの張本人であるツインテール童顔女子生徒が立っていた。

「なんだ? まだなにかあるのか?」

「生徒会室へ行くなら私も連れていってよ」

 意外な言葉を口にするが、既に図書室前での険しさはなく、そいつはいたずらっぽく笑みを浮かべているだけである。

「いや、気持ちはありがたいが、お前には関係ない話だろ?」

「だって、あなた頼りなさそうなんだもの」

「む……」

 残念ながら、俺としてはそれについて返す言葉がない。

 武闘派図書委員を気取っていたりはするが、所詮は本の知識だけの付け焼き刃だ。生徒会中枢を占める運動部連中とまともにやりあえる自信はない。

 もちろん直接喧嘩になることなど無いとは思うが、威圧感など明らかにあちらの方が上だろう。

 それについてはこの女子も同じではないかとも思うのだが、どうにもこいつにはその幼い顔とは裏腹にどこか底知れぬ雰囲気がある。

 一年生や二年生ではとてもそんな雰囲気を出せないだろうから、俺と同じ三年生ということだろうか。

 だが思い出してみても、最近の図書室以外でこいつを見た記憶がない。

「でも、あなたがすぐに決意してくれて助かったわ。実は私、生徒会室がどこにあるか知らないもの」

 階段を登りながら、そいつは照れくさそうに頬をかく。

 確かに、一般生徒が一般的な学園生活を送っている分にはまず縁の無い場所だ。

 それにさっきの推測とは食い違うが、実はこいつは一年生ということも考えられる。

 それならばこれまでほとんど見かけなかったことも、最近になって図書室に現れるようになったことも納得がいく。

 とはいえこいつが一年生だとしたら、三年生である俺に対してとんでもなく馴れ馴れしい話しぶりだということになる。

 失礼だとかそれ以前にその度胸に感服するレベルだ。

 俺が一年生の時には、三年生など雲の上の存在すぎてまともに口を話をすることさえできなかったのとは雲泥の差である。

 実際のところ、こいつは一体何者なのだろうか。

「なあお前、いったい何年生だ?」

 さすがに気になってきたので、俺はなにより先にまず学年について尋ねてみた。

 そもそもまだ自己紹介もなにもしていないのだが、今は名前よりもその学年が気になるのだ。

 だが、返ってきたのは実に挑発的な言葉だった。

「何年生に見える?」

 何年生に見えるもなにも、高校生の外見にそんなに差はあるまい。

 色々と言いたいのをこらえて、俺はただ自分の予想を口にする。

「わからんが、一年生か?」

「えっ、一年生? そうかー、一年生かー、えへへへ」

 俺の言葉を聞いてそいつの顔は隠しきれない喜びで歪んでいく。

 しかも実に嬉しそうに、俺の周りをくるくると回りだしたではないか。

「なんだよ、気持ち悪い」

「いやーメンゴメンゴ。で、なんで一年生だと思ったの? やっぱり顔?」

 そういって顔を寄せてくるのを引き離し、俺はまずゆっくりと一つ深呼吸をする。

 そして目の前のにやけきった少女に対し、言い聞かせるように考えを口にした。

「顔もまあ考慮していないわけではないが、それ以外の簡単な推理だ」

「ほう、推理ときましたか」

 俺の言葉一つでそいつの顔はまた別の種類の笑顔へと変わる。

 先程のような無邪気さは消え、まるでこちらを試すかのような不敵で挑戦的な笑みになる。

 どうやら推理などとぶちまけた俺をからかうつもりらしい。

 それを受け流すように俺は一つ咳払いをして言葉を続ける。

「まず第一に、お前が図書室に現れたのはつい最近だ。つまり図書室に興味を持ったのが最近だということ。だがまだ本を借りることなく本棚の探索で手一杯といったところか。しかしあれほど本に関心のある人間が二年生や三年生になって図書室に興味を持つということは考えにくいから、ようやく学校生活にも慣れ徐々に活動範囲を広げ始めた一年生というのが可能性としては一番高いだろう」

 こちらの言葉にそいつは例の不敵な笑みを崩すこともなくただ静かに聞いているだけである。

 少しくらい反応を返してくれないとこっちがやりにくい。

 なので、もう少しばかり推理の披露を続けざるを得ない。

「まだあるぞ。顔は顔でも化粧も根拠の一つだ。少し濃い目のその化粧はまだ化粧慣れしていない、もしくはこの学校での化粧の基準を測っている最中か……。いや、それ以上に、童顔を隠すためというのもあるかもしれないな。ようやく高校生になったんだから、年相応に見られたいという感情が働いてもおかしくない。制服が少しきつそうに見えるのも、まだおろしたての制服が馴染みきっていないといったところか」

 推理に対する返答のつもりなのだろうか、そいつは俺の披露した推理に軽く手を叩いてみせる。

 表情は相変わらずの挑戦的微笑のままだ。

 だが、今度はゆっくりと口を開いた。

「なるほど、なかなかの観察眼じゃない。化粧にまで言及してくるのはちょっと想定外だったわね」

「そりゃどうも。それにそもそも、俺はこれまでの学校生活でまったくお前を見たこと無かったからな。三年生である俺が見たことないのなら、必然的に一年生である可能性が高いということだろ? 生徒会室も知らないというのも一年生なら充分にあり得ることだ」

 しかしそう言い切った後で、俺は自分の推理に違和感を覚えていた。

 いや、推理そのものにはなんの問題は無い。

 ただ肝心の推理対象の態度が腑に落ちないのだ。

 驚きも戸惑いも無く、そいつはただ微笑んでいるだけなのである。

 推理が当たったなら当たったでそれ相応の反応をして欲しい。

「で、実際のところ、お前は何年生なんだ?」

「まあ名推理も披露してもらったことだし、一年生ってことでいいじゃない」

「なんだそりゃ」

 再び緩みきったそいつの顔と態度に、俺はそれ以上学年について追求する気を失ってしまった。

 多分、これ以上なにを言っても無駄だ。

「まあ学年はもういい。とりあえず名前を教えてくれないか? なんて呼んでいいのかわからん」

「名前? ああ名前ね。私の名前は長内教子よ、ながうちのりこ」

「長内、教子……」

 顔と同じようにその名前も俺の記憶の中には存在しなかった。

 もっとも全校で九百人近く、学年単位でも三百人近いの生徒がいるのだ。俺が知らない生徒がいたとしてもなんらおかしくはないのであるが。

 図書室で本を借りた生徒なら覚えているが、残念ながらそうでない生徒の方が圧倒的に多いのだ。

 そしてこいつも、まだ本を借りたことは無い。

「で、図書委員さんは名前はなんていうの? 私もまだ聞いてなかったんだけど」

 そういわれ俺も適当に自己紹介をする。

 とはいえ図書委員である事が俺の学校生活のほぼすべてなので、さして語ることはない。

 案の定、長内は自分から聞いてきたくせに、俺の名前を平凡だとかなんとかケチをつけた挙句、図書委員と呼ぶとか言い出した。

 これではなんのための自己紹介だったのかわからない。

 しかし、その点について実際のところ別に俺にも声を荒げて異論を口にするほどのものでもない。クラス内でさえ名前よりも図書委員と呼ばれることの方が多いのだ。

 図書委員の方が呼ばれ慣れている。

 そんなに俺の名前は平凡なのだろうか?

 まあそれはどうでもいい。

 いま重要なのは、どうやってあの生徒会の暴挙を撤回させるかだ。

「まあ私としては、本さえ調べられるようになればそれでいいんだけど、生徒会にその本を先に見つけられても困るしね」

「本を調べる? お前、図書室でいったいなにをしていたんだ?」

 振り返ってみると確かにこいつは本を読むというよりは本を探しているという印象が強い。

 現にこれまでも探すばかりで本を借りたことはないのだ。

 だから名前がわからなかったのである。

「あまり大きな声では言えないんだけど、実はあの図書室の本の中に、七年前に持ち込まれた私物の本が混ざっているらしいのよ。あなたはその話についてなにか知ってる?」

「私物の本? いや、聞いたことも無いな」

 こちらが乗ってこなかったことが不満なのか、長内は途端に不機嫌な表情を浮かべ、疲れたようなため息をついてみせた。

「ふーん、知らないんだ。結構有名な噂話なんだけど、アンテナ低いわね。あなたそれでも図書委員なの?」

「余計なお世話だ。それに俺は図書委員であって別に学校の怪談の収集家じゃない」

 俺の抗議もどこ吹く風、長内は露骨に肩をすくめて鼻で笑うと、ご丁寧にその噂話について解説を始めてくれた。

「まあいいわ。私たちの間だと『七年前の私物図書』と言われているんだけど、なんでも七年前に在校していた生徒が、こっそりと自分の私物の本を図書室のどこかに紛れ込ませたんだって。ご丁寧に、図書室の本と同じように偽装して、ね」

 長内は意味深な表情でそう言ったが、俺にはどうも話の全容が見えてこない。

 確かに珍しい話だが、それのどこが噂になるほどの話なのだろうか。

「はあ、そりゃ困ったものだな」

 困るのはもちろん図書委員としてである。

 あの図書室には三万冊以上の本があるのだ。

 冊ぐらいそんな本が混ざっていても気が付かないかもしれない。

 それでも俺ほどの図書委員となれば、本棚を見れば足りない本や返ってきた本は大体わかるものなのだが、いかんせん自分が入学する以前の、七年も前の話である。

 ということは俺が図書委員になった時点ですでにその私物の本も本棚のどこかに存在していたわけで、俺の中の『正しい本棚情報』にもその本がインプットされてしまっているということだ。

 貸し出しの際にデータベースを通せばわかるかもしれないが、少なくとも、俺の知る限りそんな本の話は聞いたことがない。

 まったく、七年前のどこかの誰かさんも余計な仕事を残していってくれたものだ。

「で、その私物の本がなんだっていうんだ? 図書室の管理面では確かに問題になるが、別にそれだけで都市伝説として語られるものでもないだろう」

「もちろん、ただの本ならね。それがね、その本には落書きとして当時の学校の秘密とか、その生徒の恨み言とか、とにかくあることないこと書いてあるみたいなのよ」

「なんだと」

 いち本好きとしては実に許せない事態である。個人的には教科書に線を引くのも許せないのだ。

 ノートに書け!

 付箋を貼れ!

 まあ、そんな俺の個人的感想はいいとしても、そんな本が図書室に混ざっているとしたら、これは由々しき事態ではある。

 生徒会のあれこれが終わったら少し調査してみる必要があるだろう。

「いや、待てよ……」

 ふと思いついて、俺は立ち止まり思案する。

 その図書室に紛れ込んだ私物の本の噂は、この、生徒会によって閉鎖された図書室という状況を打破するに利用できるかもしれない。

「その『七年前の私物図書』について、もう少し詳しく聞かせてくれないか?」

 俺はふと、そんなことを口に出していた。

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