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素敵で奇妙な豪華客船

僕の目の前を青い景色が埋め尽くしている。

上を向くと広い青空があって、前を向けば水平線一杯に海が広がっている。

僕は今、広大な大海原を進む豪華客船の上に立っている。

「偶然ってあるんだな〜」

つい先日、たまたま商店街で福引き券を貰って、それがなんと特賞を引き当ててしまった。その景品が、今乗っているこの豪華客船の招待券と言うわけだ。

「いやー、本当にラッキーだよな〜。こんな機会でもなきゃ乗れないもんな」

周りを見渡すと他の乗客達の姿も見える。

そのほとんどはカップルなのだが、今僕の周りには誰もいない。

「はぁ、まだ船室でダウンしてるのかな?」

一応この旅行は一人旅のつもりできたのだが、招待券にはペアでと記入されているため仕方が無いのでもう一人誘ったのだ。

それが、さっきから船酔いでダウンしている方ってわけだ。

「おーい。生きてる〜?」

部屋に戻り、ベットでうつ伏せになっている人間に声をかけたが返事が無い。

「‥‥‥死んだか」

「生きてるわよ!」

寝ていた人物が起き上がり怒鳴り返してきた。

「はぅぅ」

が、すぐにまたベットに倒れ込む。

「ううう…頭がグラグラする。気持ちワルい…」

そんな状態の連れに僕は頭を抑えた。

(船に弱いのになんで付いて来るかな…?)

彼女は僕の近くに住んでいる幼なじみで、、僕が当てたこの招待券を見て一緒に行きたいと言ってきたのだ。

確かにこの船に乗る条件はペアである事なのだが、何故こうなる事が分かっているのに乗りたがったのか全くもって分からない。

「わかったから、頼むから大人しく寝ていてくれ…」

「…わかってるわよ。あ〜最悪〜」

(‥‥仕方がない。甲板に戻るか)

僕は静かにドアを閉めると来た道を戻って行った。

階段を登り甲板へ出ようとしたら何者かにぶつかった。

「きゃあ!」

「うわっ!」

僕の方はなんとか近くの手すりに掴まって堪えたけど、相手は見事に尻餅をついた。

「あ!帽子が‥‥」

その拍子に被っていた白い帽子が取れて風に飛ばされてしまった。

「よっと!」

上手くジャンプして掴むと、その帽子を返してあげた。

「すみません。大丈夫でしたか?」

帽子の持ち主は僕と同じ位の女の子だった。

淡い青色のワンピースに明るい黄色のリボンで、背中まである長い髪をまとめている。

小柄で華奢な印象を受けるがスタイルは悪くなさそうだ。

「あ…はい。大丈夫です‥‥‥たぶん」

「たぶん?」

「え?‥‥ああっ!大丈夫です!はい!」

「そ、そう…」

(なんか、本当に大丈夫かな?)

僕が帽子を返した時もなんだかボーっとしてた気がするけど、本人が大丈夫って言っている以上問題は無いだろう。

「あの…もしかして、これから甲板に行かれるのですか?」


「そうだけど‥‥?」

立ち上がり洋服を軽く叩いて汚れを落とすと、いきなり聞いてきた。

「もしよかったら一緒に行きませんか?」

「え?まあ、良いですけど」

「よかった〜」

胸の前で小さく手を合わせると、安心したように微笑んだ。

(…さっきは気が付か無かったけどこの娘、結構可愛い顔してるな)

なんと言うか、見ているとホッとするような優しい笑顔だった。

甲板にあるテラスへ戻ってきた僕はまた海を眺める事にした。

空を見上げると、さっきよりも雲の量が増えてきたようだ。

恐らく天気が崩れてくるのだろう。

「いい風が吹いてますね」

僕の横からさっきの女の子が、風に髪をなびかせながら並んできた。

「えっと…」

声をかけようと思ったが、そう言えばまだ名前を知らなかった。

「そう言えばまだ名前を聞いて無かったよね。僕の名前は神城拓真〈かみしろたくま〉君は?」

「あ、私は咲杜美琴〈さきもりみこと〉と言います。あれ?もう一人お連れさんがいませんでした?」

「もう一人?‥‥ああ、聖の事か。アイツは僕の幼なじみで天馬聖〈てんまひじり〉って名前なんだ」

「素敵なお名前ですね」

「‥‥‥現実には名前負けしてるけどね」

「そうなんですか?」

「うん…」

アイツは昔っからわんぱくで、《じゃじゃ馬聖》なんて呼ばれてたっけ?

「ところで神城さんはどうやって、この船乗られたんですか?確か来賓の方々以外の方は乗船出来ないと思ったのですけど…?」

「うーん、たぶんその来賓なんじゃ無いかな?僕達は福引きの特賞のチケットで乗れたんだ」

そう言ってポケットに入れておいた乗船チケットを見せた。

「あら?このチケット……」

咲杜と名乗った女の子は僕の渡したチケットをジーッと見つめた。

「間違い無いですね。コレはお父様が用意した一般客用のチケットですね」「へぇー、そうなんだ‥‥‥ん?」

今何か引っかかる言葉を聞いたような…。

「お父様?君の?」

「はい。ついでに言ってしまえばこの船もお父様の自家用船なんです」

「……自家用船って」

‥‥個人所有の豪華客船っていったいナニ?

「ん?てっ事はもしかして―‥」

僕はもう一度チケットを見た。

(確か主催者の名前が‥‥)

そこに書かれていた名前は咲杜葉一〈さきもりよういち〉となっていた。「咲杜葉一って確か…」

「私のお父様の名です。…では改めて、お父様の主催した誕生パーティーへようこそ!神城拓真さん」

「あ…どうも。でも誕生パーティーって君のお父さんの?」

「いいえ、私のです」

「咲杜さんの誕生日なの?」

「はい。今日で16歳になります」

「へぇ〜。じゃあ僕の一つ下なんだね。僕はこないだ誕生日だったから17歳かな?」

「まあ!そうなんですか?それはおめでとうございます」「ありがとう。こちらこそ誕生日おめでとう」

「ありがとうございます…ふふっ」

「あははっ」

いつの間にか二人の間には優しい空気が包んでいた。

そして二人も…いや、この船に乗っている誰もが気付かなかったのだ。

海面を漂う奇妙な霧の存在を。

その夜、船の中央ホールのパーティー会場に拓真と聖は向かっていた。

当初は礼服などを持ってきて無かった二人だが、無料でレンタル出来るとあって借りて着替えたのだ。

「それにしても、良かったな」

「なによ拓真?」

「船酔いだよ。もう良いんだろ」

「ああ、まあ薬も効いているみたいだしね。多分大丈夫だと思う」

「そうか‥‥ああ、あとさ」

「今度はナニよ?」

「よく似合ってるよ。これで言葉使いも良ければ素敵なレディーなんだけどね」

「余計なお世話よ。‥‥‥でも、ありがとう」

「ん?何か言った?」

「何でも無いわよ!バカ!」

「何だよ急に?」

「ふん。私先に行くから付いて来ないでよね!」そう言ってスタスタと先に行ってしまった。

「なんだかな〜?せっかく誉めてあげたのに」

僕は不思議そうに首を傾げるしか無かった。

「あの〜神城さん?」

「はい?」

いきなり後ろから声が聞こえて振り向いたら、咲杜さんが立っていた。

「こんばんは」

「あれ?咲杜さんはどうしてここに?」

パーティーの主役がこんな所にいては不味いのでは?と思うのだが。「財政界のパーティーと言うのは、豪華な様でいて実際はつまらないものです」

「なるほど…」

それで抜け出して来たと言う訳か。

何となく理解できた。

「ちょっと拓真!いつまでほっつき歩いてんのよ!」

と、今度は前から先ほどパーティー会場に向かっていた聖が戻ってきた。

「どうした聖?先に行ったんじゃ無かったのか?」

「アンタがいつまで経っても来ないから迎えに来たのよ!」

「迎えにってまだ2分も経ってないぞ?」

此処からパーティー会場まではまだ5分位かかる。

なのにすぐ戻ってきたという事は…。

「聖…お前、もしかして道を知らないんじゃ無いだろうな?」

十分あり得る事だ。

聖は船に乗ってからずっと部屋で休んでいた。

「うっさいわね!…って言うかその娘だれ?」

やはり図星だったか。

「この娘?この船のオーナーの娘さん。で、これから行くパーティーは彼女の誕生日会ってわけ」

「この船のオーナー…確か咲杜葉一って名前だったよね?で、その娘さんという事は‥‥」

聖は少し考えると時雨さんを指差して叫んだ。

「あー!もしかして美琴ちゃん?!」

「お名前を聞いてもしかしたらと思いましたが、やはり聖ちゃんでしたか」

聖ちゃん?

美琴ちゃん?

この二人ってもしかして知り合いなのか?

「あの〜、もしかして二人共知り合い同士なのか?」

「何言ってるのよ?拓真だって知ってるはずよ。ほら、お向かいに住んでいていつも窓から見ていた―‥」

「あー思い出した。僕がいつも聖に引きずられて行ったあの家の女の子か」

「べっ、別に引きずってなんか無いでしょ!!」

「よく言うよ。人がゲームしてる最中に無理矢理押しかけてきてさ―‥」

「あれは拓真が休みなのに家に閉じこもってるのが悪いんでしょ?!」

「別に聖は関係なかったろ」

「関係あるわよ!」

「どこが?」

「…それは‥‥その‥‥‥色々よ!」

「なんだそりゃ?」

なにやら理由がメチャクチャな気がするが、コイツの場合は気にしても仕方無い。

「ふふふっ。お二人共相変わらず仲が良いですね。六年前と変わってない」

「そうかな?」

「私は別にコイツとなんか‥‥‥」

「コイツとは失礼な言い分だな」

「なによ?」

「別に?」

う〜、と睨み合う二人をよそに咲杜…いや美琴はクスクス笑っていた。

「やっぱり仲が良い」『ふんっ!』と、二人同時にそっぽ向く。

いつもの事とは言え、どうして聖は僕のやる事に色々ちょっかい出して来るのだろう?そう考えていたら、突然大きな振動が襲ってきた。

「危ない!」

僕はとっさに二人を庇ったが、足場が揺れている為二人の下敷きになる形となった。

女の子とは言え二人はさすがに重い。

「…うを!」

重い…が、状況はそれどころじゃ無かった。

何か布のような物に覆われて目の前が真っ暗になったと思ったら、柔らかいものが顔にのし掛かってきた。

ふっくらと丸い何かで息が詰まりそうになる。

で、右手と腹部にも同様の…いや、コッチはふにふにと柔らかいものが2つ乗っかっていた。

「――!!ちょ…ちょっと拓真!?息をかけないでよ!‥‥やっ、くすぐったいって!」

「か、神城さん!‥‥その、‥‥‥手をあまり動かさないで下さいませ――‥ああっ!だっダメですって!」

一体何が起こってるんだ?

一体僕が何をしてるって言うんだ!?

だが確かに僕が動くと上の二つも、もぞもぞと動く。

これはもしかして‥‥‥。

息苦しい中、僕は恐る恐る聞いてみた。

「ねえ…二人共、今僕のどこに乗っかってるの?」

「ばっバカ!しゃべらないでよ!――ひゃう!!」

「あ…あの、まず聖ちゃんが神城さんの顔の部分に乗っかってて、で――あうっ!わっ私があなたのお腹の方に‥‥‥―っ!!」

‥‥‥な、なるほどね。

どうやら本当に凄い事になっているようだ。

「だったら早く退いた方が……」

「それが出来たら‥‥苦労は‥‥しないわよ!」

聖の声が心なしか熱っぽく感じる。

「こっ腰が抜けちゃって動けないの!」

「私も上に聖ちゃんが乗っかってるから、自分ではどうにも‥‥‥」

‥‥‥‥‥では一体どうしろと?

聖の回復を待つ余裕はない。

このままハーレム状態が続けば美琴ちゃんも多分保たない。

それ以前に、僕の理性の方が保ちそうにない。

このまま勢い任せに二人共頂きます、ってワケにもいかない。

……いってどうする?

とにかくこうなったら最後の手段を使わざるえない。

「聖、美琴ちゃんゴメン!うおおりゃあ!」

僕は力任せに立ち上がった。

「きゃっ!」

「いったぁ〜!」

「二人とも大丈夫?」

「だいじょば無い!」

「痛いです〜」

「ご、ゴメン…」

見ると二人とも打ったであろう腰をさすっていた。

「も〜拓真!女の子はデリケートなんだから、優しくしなさいよ!」

やっと解放された聖が文句を言う。

「確かにその通りだが……聖、お前さっきの状態であれ以上耐えられたか?」

「う…」

聖の顔がボッと赤くなるのがわかる。

「た、確かにあれ以上は私も聖ちゃんも保たなかったですね‥‥‥。特に聖ちゃんなんかもう少しでイっちゃ―…」

「わぁーわぁーっ!!」

いきなり聖が美琴の口を抑え込んだ。

(…美琴ちゃん!ソレは言っちゃダメ!)

(えー?ダメですか?だって聖ちゃんあんなに気持ち良さそうに……)

(―!!とにかくダメー!)

だから、一体何が起こったのだろう?

(まあ、それを考えるのは後でいいか。それより‥‥‥)

右手に残された感触を名残惜しつつ、さっきの衝撃の事を考えた。

ドンッと強い揺れがきたから、波に煽られたからじゃ無いと思う。

後は何かにぶつかったか、逆回転かなんかで急停止したかの2つが思いつく。

前者に関しては船が大きいから流氷にでも接触しないとあれほど揺れはしないと思う。

後者はそもそも理由がわからない。

第一こんな海のど真ん中でなぜ止まる必要がある?

と、なるとやはり前者の何かにぶつかったとみた方がいいかも知れない。

でも何が?

まさか鯨にでもぶつかったと?

あり得ないとも言えないが、確率が低すぎる。

仮に何もぶつかって無いとしたら‥‥‥まさか爆発?

「……まっ!拓真!聞いてるの!」

いきなり聖の顔がどアップで現れた。

「わっ!‥‥なんだ聖か。驚かすなよ」

「別に驚かしてないわよ。ただ拓真がさっきからブツブツ一人で考え込んでるから呼んだだけよ」

「あっそう…で、要件は?」

「神城さん、とりあえずブリッジにでも行きませんか?何か判るかも知れませんし」

「…確かにそうだな」

と言うより当然の答えだった。

「本当に、拓真は考え込むと周りが見えなくなるって癖が直らないのよね〜」

「‥‥‥ほっとけ」

僕たちはとりあえずブリッジに向かうことにした。

「こちらです」

美琴の案内で、船の中をあちこち歩きまわってやっとたどり着いた。

どうやら彼女自身もうろ覚えだったらしい。

「コレを持っていて良かったよ」

僕が持っていた携帯ゲーム機に船内の地図をダウンロードしてあったから、それを元に記憶を辿ってもらったのだ。

このゲーム機は最新式の高性能ソフトを搭載してしていて、使いようによっては今みたいに外部からデータを取り込んで使うことが出来るのだ。

「‥‥アンタね、パーティーに行くときぐらい置いてきなさいよ…」

「いいだろ?役に立ったんだから」

ちなみにこのゲーム機、知り合いに頼んでちょっとしたスパコン並みになるよう改造してもらってあるのだ。知り合い曰く、《鯨が踏んでも大丈夫》らしい…。

どういう意味だかわからないが、すごいのは確かなようだ。

「あの〜お二人さん、そろそろ入りませんか?」

見ると美琴が扉の前で困ったような笑みを浮かべていた。

『‥‥‥はい』

僕らの見事にハモった声が静かに通路に響いた。

「やっぱり仲が良いですね」

…どこをどう見ればそう見えるのだろうか?

なんにしても僕らは、ブリッジの扉にある端末で中に連絡を取った。対応は美琴がしてくれたから、割とスムーズに話がついた。

「…はい…はい、わかりました。‥‥‥ふぅ、神城さん聖ちゃん、どうやら中に入っても良いそうですよ」

「ホントか!?」

「ありがと〜美琴ちゃん!」

「えへへっどう致しまして」

これでやっと先程の衝撃のことがわかる。

そう思っていた僕の考えは少し甘かった。

「ええ!どういう事ですか!?」

この船の艦長と思われる人が僕の質問に答えてくれたが、その答えがこれだった。

「どうもこうも、原因がわからないんだよ。船内の全エリアを何度スキャンしてもどこにも損傷はないし、そんな報告は今の所きていない」

「レーダーはどうですか?」

「同じだ。衝撃の前後を合わせてレーダーに障害物らしい物はなにも写らなかった」

「そんな‥‥」

「つまり、船からしてみればあの衝撃は無かったと言うことだ。まったく、どうなってるんだ?」

(……絶対おかしい。この船にだって最新式のレーダーを積んでいるはずだ。‥‥‥レーダーにも写らず、物理的な損傷を与えないモノ…)

「‥‥‥‥‥あら〜、また思考モードに入っちゃったみたいね」

「あの〜聖ちゃん。神城さんって昔からこうなっちゃうんですか?」

「ん、まぁね。拓真は何か引っかかる事があるとああやって考え込んじゃう、まぁ〜癖みたいなものね」

「そうなんですか?」

「でもそれが、たま〜に役に立っちゃったりするんだな〜これが」

「たまに?」

美琴は拓真の方を見てみた。

拓真はまだブツブツと考え事をしていた。

(……突風なら‥‥いやいや風くらいじゃあんな振動は起こらない。なら海流に捕まった‥‥‥なワケないか)

「アイツが思考モードに入ると周りが見えなくなる代わりに、凄い勢いで頭の中をフル回転するの。で、そういう時に出た答えってのがけっこうトンデモないんだわ」

「トンデモない…ですか?」

「そう。学校の成績はあまり良くはないんだけどね、とにかくこういう時の頭の回転はすごく速いのよ。‥‥昔、近くの廃工場で二人で遊んでたんだけど、奥まで入りすぎて出られなくなったことがあってね…」

「まぁ大変ですね」

聖はその頃の光景を思い浮かべていった。

「うん。そこは大人でもたどり着くには難しい場所でね、助けを呼んでも誰も来れない状況だったの」

「それでどうなったんですか?」

「私は不安で…寂しくなって……泣いてばかりだったけど、アイツ…拓真だけは違っていた。出れなくなったと知ると、今みたいにブツブツ言いながら必死に出る方法を考えてくれたの。そのおかげで私たちは無事に出ることができたの」

「へぇ…いい話ですね。なんか神城さんがカッコいいです」

「ん…まあね。確かにあの時はカッコいいな〜って思ったけど、次の日はもういつもの拓真に戻っちゃったからねー」

「………なんか、羨ましいな」

「え?何かいった?」

「べっ別になんでも無いです!?」

「そう?」

二人で話に夢中になってると、何者かがブリッジにすごい勢いで飛び込んできた。

「美琴ー!大丈夫か!?」

入ってきたのはグレーのスーツ姿の青年のようだった。

細めのメガネに整った顔立ちで優しい感じがする。

なんとなく感じが美琴に似ている気がするけど、兄さんだろうか?

「お父様?!」

‥‥‥‥‥はい?

本日三度目のトンデモない言葉を聞いたような気がする。

「あっおじさん!お久しぶりです」

「おや?聖ちゃんじゃないか。久しぶりだね〜。ずいぶんと綺麗になって、見違えちゃったよ」

「やだ〜、おじさんったらお上手なんだから」

おいおい‥‥なんで聖は普通に対応出来るんだ?

僕は呆然としたままでいると美琴のお兄…お父さんが声をかけてきた。

「やぁ、拓真くんも久しぶりだね〜♪元気にしてたかい?」

「ええ…まぁ…」

なんか、さっき聖に話しかけた時より声が弾んでいるように聞こえるのは気のせいだろうか?

「これからも我が娘を末永くよろしく頼むよ」

「はぁ‥‥‥‥末永く?」

「おっ、お父様!」

妙に引っかかる言い回しに違和感を覚える。

ついでになぜか美琴も顔を赤くしているように見える。

「さてさて、美琴に聖ちゃんに拓真くん。とりあえず今夜のところはみんな自分たちの部屋に戻っててくれないかな?」

「え?はい、わかりましたけど…お父様は?」

「私かい?私はこれから艦長さん達と先ほどの揺れの事で色々調べなければならないからね〜。あーそうだ美琴、もしよかったらこのまま自分の部屋に戻らずに、そのまま聖ちゃんたちのお部屋にお邪魔しちゃいなさい。久しぶりの再会だ、積もる話もあるだろう?」

「ええ…まぁ」

葉一は美琴に近付いてそっと耳打ちした。

(それに、あの話も本人に直接伝えたほうがイロイロ都合がいいだろう?)

(……!!そっ、それはまぁ…たしかに‥‥)

‥‥‥なんだか、イヤーな予感がしてならないのは気のせいだろうか?

僕はそんな事を感じつつ部屋に戻っていった。

たしかにこのままこの場所にいても事態は進展しないだろうし、ここは大人しく戻った方がいいと思ったのだ。

僕たちはゲーム機のナビを使って自分たちの部屋に戻り、とりあえず着替えることにした。

パーティーがどうなったかは分からないけど、何かあった時のために私服に着替えておくのは問題ないと思う。

‥‥で、部屋に戻ったのはいいが案の定、部屋から閉め出された。

(わかってはいたが…本当に女の子の着替えって長いな)

戻る途中で美琴の部屋に寄って彼女の私服を取りに行ったが、僕はその量に絶句した。「‥‥‥‥そんなに要るの着替えって?」

持ってきたのは子供くらいなら2、3人入りそうなデカいスーツケースだった。

いくらなんでもそんなに必要ないと思うのだが…?

僕は部屋から聞こえてくる声にそっと耳を傾けた。

「わー、この服かわいい♪」

「よく似合ってますよ。コレなんかどうです?」

「うわ〜素敵な服ねー♪」

(オイオイ…何やってるんだ?お泊まり会じゃ無いんだぞ)

これでは何時までかかるかわかったものじゃない。

暫くしてドアが少し開いたと思ったら、自分の服とアリガタイ言葉が出てきた。

「拓真ー!ちょっと時間が掛かりそうだから先に着替えててね〜」

「…………お前らな」

もはや文句を言う気力も出ない。

「‥‥仕方ない。どこかで着替えるか」

何故に私服に着替えるのに自分の部屋ではなく、別の場所を捜さねばならんのだ。それから待つこと一時間。

「すみません。もう入っても大丈夫ですよ」

美琴がドア越しに言ってきたのでやっと部屋に入ることができた。

「やれやれ…。ん?なんだずいぶん騒いでいたからてっきり着飾っているのかと思ったけど、普通の格好なんだな」

「えーとまぁ最初はそのつもりだったんだけど、そんな事してるヒマはないなーって気が付いたワケで‥‥」

聖はそう言いながら頬をポリポリかいた。

「おおっ!よくぞ気が付いたな聖。少しは知性も上がってきたという事か。感心感心」

「なんですってー!!」

「おっと、つい本音がでちまった」

「がー!!!」

襲いかかってきた聖を巧みに避けつつ美琴に近付いた。

「へー、やっぱりセンスいいな。よく似合ってるよ」

「あら、ありがとうございます」

「た〜く〜ま〜!なんで美琴ちゃんは誉めるのに私は何にもないのよっ!」

「誉めただろうが。それよりもグーは止めろ。痛いから」

「問答無用!」

「やれやれ…」

仕方ないので暫くの間、僕と聖の追いかけっこをする羽目になった。

「あの〜もう良いでしょうか?」

走りまわること10分、やっと聖がへばったのでそこで終了だった。

「はぁ‥はぁ‥‥。なんで、アンタの方が先にへばらないのよ…」

「そりゃあ少しは鍛えられてるからな。主に爺ちゃんと聖に」

僕も少し息があがってるけど聖ほどじゃない。

「で、なに美琴ちゃん?」

振り向いて美琴に聞いてみた。

「あの…聖ちゃんもそのままで良いから聞いてくれますか?」

「なに?」

すると少し黙り込んで何かを決心するように言ってきた。

「実は、拓真さんが当てた特賞は偶然当てたのではないのです」

『はい?』

(…いまなんて言った?)

いきなりの事に言葉の意味がよく理解出来なかった。

よーするにコレは…。

「えーっと、つまり僕が当てたあのチケットは意図的に仕組まれていたと?」

美琴がコクリとうなずく。

「その事は私もあとでお父様から聞かされたのですが、私にも伏せておくぐらいのワケがあったのです」

自分の娘にも伏せておいた理由か…。

僕はさっき感じたイヤな予感を思い出した。

「そのワケと言うのが……」

と、美琴は真剣な眼差しで僕の方を向いた。

「拓真さん!」

「はいっ!」

「ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします!」

「‥‥‥‥‥‥はい?」

いきなり頭を深々と下げてお願いされたけど、なにがなんだかサッパリ理解出来なかった。

それに今の言いようはよくドラマなんかで聞く…。

「‥‥ちょっと待ってよ美琴ちゃん。その言い方はまるで新婚さんの…」

「はい。言葉の通りです」

ポッと顔を赤らめてうなずく美琴を半ば呆然と見つめる聖だった。

で、言われた本人はと言うと……。

「………………………」

何を考えるでもなく、完全に頭の中が真っ白になっていた。

(えーっとつまり何だ?僕は告白されたのか?いや、これは告白通り越して既に婚約?久しぶりに会った幼なじみとイキナリ夫婦ですか?なんかイロイロ重要なことがすっぽ抜けている気がするけど、そーいえばおじさんが仕組んでこの船に呼ばれたんだっけ?ってことは―‥)

もはや思考モードではなく、妄想モードにまで到達してしまった拓真は一人ブツブツと考え込んでしまった。

「拓真ー!おーい!‥‥ダメだこりゃ。完全に向こう側に行っちゃった」

聖は一応声をかけてみたが、反応は変わらなかった。

「に…しても美琴ちゃん。今のはどういう意味で言ったの?」

「実は…拓真さんを呼んだのはお父様なんです」

「それは分かってる。問題はおじさんの目的が何なのかってこと」

「その目的なんですけど……、私との婚約なんです」

「はあ?なんでアイツなんかと…?だってアイツは―‥」

「わかってます。聖ちゃんが昔、拓真くんのお嫁さんになるって約束したことは」

「―なっ!!あ…あれは…その‥‥」

「でもそれ以外にも、拓真さんにはご両親が決めた許嫁がいたのです」

「い…許嫁‥‥って美琴のこと?」

「はい。とはいっても私も拓真さんも知らされてなかったんですけどね」

聖はあまりの事に思考が追いつかなかった。

(アイツの許嫁って…でも美琴ちゃんだってアイツのことよく知らないのに……―!!)

そこで聖は気がついた。

今まで彼女がどこを見ていたのか…。

(そうだ…美琴ちゃんはずっと拓真をみていて…。まさか‥‥美琴ちゃんも拓真のことを?)

聖はその事を美琴に聞こうとした瞬間、またさっきの揺れが襲ってきた。

『きゃああ!』

「うわぁ!」

今度のはさっきのよりも数段上の振動だった。

拓真はこの揺れでやっと思考が現実の方に戻ってきた。

「い…今の揺れはあの時のと同じ…じゃない、もっと強く揺れた」

「拓真…やっと戻ったのね!」

「……まあね。どうやらゆっくりと考えさせてはくれないようだね」

(…私としては正気に戻ってくれて良かった気がするけどね)

「なんか言ったか?」

「イヤイヤ別に何も言ってませんよ。うん」

「そうか?…まっいいか。それより二人とも、今ので揺れの正体が見えてきたぞ」

「え?!本当に?」

「一体どういう事ですか?」

「この揺れは艦長さんの言うとおり物理的に起きた揺れじゃない。たぶん、大気そのものが揺れたんだと思う」

「大気が?でも大気っていうとえーっと……」

「大気とは要するにこの空気のことを差すんだ」

そう言って周りの空間を両手で示した。

「空気…でも拓真さん、そんなのが揺れても大した事はないのでは?」

「ある条件が揃えば十分可能だよ。実際に僕らは揺れてても船自体は揺れてなかった。問題なのはどうして揺れたかだ」

「さっきの条件じゃないの?」「違うな。この揺れは僕の知っている条件とはどれも一致していない」

「ならどうして…?」

「それが判らない以上どうにもならないな…。とにかくもう一度ブリッジに行ってみよう。何かわかるかも知れない」

しばらく考え込んだ二人だが、とりあえず拓真の案に従うことにした。

「よし。じゃあ、とりあえず簡単な荷物だけ持っていこう。なにかあると危ないからね」

「わかった。美琴ちゃんは荷物どうするの?」

「私なら大丈夫です。ほら」

美琴はスーツケースの裏側を探ると中型のバックを取り出した。

「こんな事もあろうかと自分の荷物は持ってきておいたんです」

「あら…そう」

〈こんな事〉とはどんな事を想像していたんだろう?

まぁ、そこは考えなくていいだろう。

しかし…、デカいスーツケースは伊達ではなかったな。

僕も自分のショルダーバックを持って部屋をでた。

「うわ…。凄いなこりゃ」

さっきの揺れのせいか通路は人でごった返していた。

やはり小規模であるがパニックが起きたらしい。

「これは迂回して行ったほうがいいな」

僕はナビで迂回路を捜してみた。

「あった。一旦デッキに出てから入れば大丈夫みたいだ」

僕らは人ごみを避けて外に出ることにした。

どこかで怒鳴り声が聞こえてくる。

「ふぅ。拓真の言うとおりに回り道して正解だったみたいね」「まあね。こんな状況じゃケンカの一つや二つ起きても不思議じゃない」

デッキへ出る扉を開けると辺りの光景に驚いた。

「うわぁ〜凄い霧ですね」

「夜だからかな?凄く濃い霧ね」

僕はこの霧に奇妙な違和感を感じた。

手のひらをかざしてみるとすぐに気付いた。

「あれ?この霧‥‥湿り気がない」

「…え?あ、ホントだなんで?」

「……僕が知るかよ」

僕はなんとなく柵に近づいて海を覗いてみた。

「うーん、やっぱり夜の海はなんか不気味だな…」

「あれ〜拓真〜?もしかして怖いの〜?」

「‥‥‥べつに。たとえ夜でも海は海だろ」

「私はべつに夜の海がコワ〜いなんて言ってないけど?」

「……うっ」

聖が楽しそうにからかっている。

(に…しても本当に吸い込まれそうな……)

そう思った瞬間、いきなり船が大きく傾いた。

それもこちら側に向かってだ。

「うわぁぁっ!」

突然のことに柵を乗り越えて落ちしまう。

「拓真!?」

慌てて聖が覗いたが、既に拓真の姿は消えていた。

「拓真さん……」

「‥‥‥そんな」

聖はその場にへたり込んでしまった。

「うそ…嘘よ……。拓真〜!」

「なんだよ」

「へ?」

突然どこからか拓真の声が返ってきた。

「下だよ下!」

聖と美琴はもう一度覗いてみた。

今度はもっと内側を集中して探す。

「いました!あそこです!」

見ると下のデッキの淵になんとかしがみついていた。

「…勝手に人を殺すな。と、言いたいが‥‥二人とも、早くその場所から離れろ!」

「え?どういう事…?」

「早くしろ!引きずり込まれるぞ!」

その時、聖たちの体がグンッと海の方に引っ張らた。

「…なっ!?」

「きゃあっ!」

二人はかろうじて柵に掴まると、なんとか堪える。

それでも自分たちを引っ張る謎の力はまだ続いていた。

「な…なにが起きてるのよ?」

「こっちが知りたいよ…。さっきもいきなり引っ張られたんだよ」

だが、拓真は周囲の状況が先程とは全く違っている事に気付いた。

「なんだ…?霧がさっきよりも濃くなって…と言うかまとわり付いてくる…?」

まるで霧自身に意志があるように三人の周囲を包んでいった。

「何なのよコレは!気持ち悪いわね!」

聖は必死に振りほどこうともがいているが、全く効果がないようだ。

「こりゃ人の力じゃあ、どうにもなりそうに無いな」

拓真はチラッと上を覗いてみた。

さっきから聖の声はするが、美琴の声が聞こえない。

「…ありゃま、気絶してるよ」

美琴は器用に柵にぶら下がる形で気絶していた。

などと言ってる間にすっかり謎の霧に僕らは覆われてしまった。

そして、それと同時に急速に意識が遠ざかっていく。

(…なんだ?急に眠気が……)

そのまま気を失うと僕らは静かに深い霧の中に埋もれていってしまった。



僕らの記憶はここで途切れてしまう。

次に目が醒めた時には、僕が今まで見てきた〈常識〉を疑ってしまうような現実が広がっていたのだ。

僕が日頃慣れ親しんだゲームの中の〈戦場〉と、リアルの〈戦場〉と言う名の現実が…。

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