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一週間もしないうちに、堀内のところに情報は上がってきた。別に夜逃げしたわけでもない普通の一家を調べるなんていうのは、裏の探偵家業には難しいことではなかったらしい。


「ほな、誰も欠けとらんのやな? ・・・・・おう・・・・おう・・・・わかった。おおきに。なんぼや? ・・・・ああ・・・ほな、振り込んどくわ。」


 そして、その数日後、東川からも情報は届けられた。直接、興信所の担当している人間を突き止めて脅しをかけたら、すんなりと吐いたらしい。正規料金の表の興信所なんてものは、守秘義務だって金で買えるものだが、東川は、自分のインパクトを利用して無料でやってきた。


「・・・・相続というのは、表向きで、どうも、みっちゃんの弟が探してるだけみたいですんや。どうしはります? 」


 別に、水都の弟が心配して探しているというなら、会わせてやるのもやぶさかではない。ないのだが、あの浪速家というもの自体が、堀内には信用が出来ない。あんなふうに人嫌いになるには、それ相応のものが水都にぶつけられているはずだからだ。


「東川、おまえ、ちょっと、その弟っちゅーのに会って、ほんまのとこ聞き出してくれへんか? ふざけたことぬかしよったら、脅しでもかけといたらええ。」


「そらよろしいけど、みっちゃんには? 」


「事がはっきりしてからや。」


 会いたくないと言っているのだから、無理に会わす必要はない。何かしら真面目に必要な要件が判明したら、その時に考えるということにした。


「わしは、そしたら、何しようかしらん。」


 その会話を聞いていた沢野は楽しそうにのたまっている。動きを察知したらしく、すぐに顔を出した沢野には、浪速家の報告書は見せた。ファックスで送られてきた簡単なものだが、それを見る限り、わざわざ興信所を使ってまで探さなければならないような緊迫感はない。


「みっちゃんの実家て、事業しとるんやな。・・・・ほうか、ここの経済状態は・・・まあ、これやったら、あんじょうやってるほうやろ。・・・・まさかと思うけど、涙の再会を両親が望んでるとかいうようなけったくそ悪いこっちゃないやろな? 堀内。」


 他人の不幸は蜜の味というのを地で行くような感想に、堀内も苦笑する。過去、水都を雇って本格的に、仕事を叩き込む時に、徹底的に浪速水都は調査させた。だから、家族との不仲が、ただの反抗期でないのは知っている。


 母親が水都を生んだ頃、ちょうど事業の拡大期で、仕事と育児で母親はノイローゼに陥った。このままでは、仕事も育児もできないということで、母方の祖父母の許へ、水都は預けられた。それから数年、事業が安定した時に、母親は再び、出産したが、その子は自らで育てた。両親は余裕が出来た時に、子供を授かったので、これは落ち着いて育てられたのだ。そして、普通なら、その段階で引き取られているはずの水都は、そのまま祖父母に育てられた。母親が、その当時のことを思い出すのがイヤで引き取らなかったらしい。そして、祖父が亡くなって、生活が厳しくなったので、祖母と水都も、浪速家に引っ越したが、それも離れで別所帯だった。そして、祖母が亡くなって、そのまま水都だけが離れで暮らしていた。


 そんな状態で、親子の情愛なんてものがあるとは、到底、思えない。最低限、暮らせるだけのもので、独立したのは、どこに住んでも同じことだったからだと、水都当人も言っていた。ただし、体裁はあったらしく、大学の入学金までは両親が出した。後は、好きにしていい、ということで、そこから縁は切れている。


 それらを、ざっと掻い摘んで沢野に説明した。以前、ちょっとしたことは話していたが、細かいことは言ってなかったからだ。ただ、死んでも後腐れのないガキやから、何かの折には使えるとだけ言ったのだ。


「そういうことやったら、そんなけったくそ悪いことはあらへんな。」


「だから、あらへんと言うてますやろ。」


「ほな、みっちゃんには報せん方向で行こうやないか。」


「はあ? 」


「東川の接触はさせんでもええ。こっちまで追い出してもらえ。」


「なんでですのや?」


「このところ、大人しゅうしとるから、退屈でしゃーない。ちょっと遊ぼやないか? 堀内。事と次第に寄ったら、ひと稼ぎになるかもしれへんわ。」


 ひひひひひ・・・と、沢野が人の悪い笑い声をあげる。単に暇つぶしにしたいということか、と、堀内も、にんまり笑う。


「カモやったらネギしょわせて売りますか? 」


「せやな。まあ、ただのボンボンやったら、あんまり高こうは売れんのやろうけど、小遣いになったらええとしようやないか。」


「わかりました。わしは、面が割れてるさかい動けませんので、仕掛けは沢野はんがやってくださいや。」


「わかっとるよ。おまえは、急な用事で留守にしたらええ。ついでやから、東海のほうのチェックしてきてくれるか? 」


「わかりました。ほな、そうさせてもらいますわ。ただし、接触の理由だけは聞き出してください。」


 どうせ、碌な事ではないだろう。それなら、沢野の案も一興だと、堀内も乗った。どんな用件かによって、沢野もやり方を考えるだろう。


「わかってるわかってる。おっちゃんに任しとき。」


 この男、容姿はずんぐりむっくりで顔は温和だ。かなりの修羅場は潜ってきたので、そういう顔に固定している。だから、見た目には人のええおっちゃんという感じだ。水都辺りだと、この顔でえげつないということを熟知しているから、絶対に惑わされないが、普通の人間なら間違いなく、騙されてくれる。何の目的かさえ判れば、堀内も安心する。




 堀内が、東海へ出張すると同時に、尋ねてくるようにセッティングを組んだので、水都の弟とは実際に会わずに済んだ。沢野が、急な出張に出してしまって申し訳ないと、その弟の前で謝罪して、話を誘導して、目的については聞き出してくれた。


「あまりにアホらしなって悲しかったわ。」


 電話で、沢野は呆れたように報告してくれた。肉親に会いたいというお涙頂戴ではなく、借金の申し込みでもなく、財産放棄の念書を取りに来たのだと言ったからだ。


「念書? 」


「そう念書。今後一切、浪速家の財産相続に関与しないっちゅー念書。あほやろ? 念書に法的効力なんかあらへんのに。」


 水都は、浪速家長男になるわけで、父親が亡くなれば、相続の権利は発生する。それも、法的取り分としては、四分の一だ。高校の途中から家から出て勝手をしてきた兄に、そんなものを与える必要はないから、放棄してもらうと、弟は言ったらしい。弟のほうは、両親の会社に入って働いているとのことで、ずっと両親の面倒を見てきたのも自分だから、その権利は全部、自分にあるとまで言ったのだそうだ。


 あほらしなって帰らせたで、と、沢野は吐き出して、電話を切った。切ったが、切る前に、「一応、仕掛けたけど、あれはあかんわ。」 とは言ったので、何かしらは仕掛けたらしい。


 電話を切ってから、堀内も笑い出した。そんなもん、放棄も何も金に興味なんかない人間が、それを言われたところで、どうともならない。十数年前に縁を切ったのだから、今更だと言うだろう。まあ、沢野のことだから、そこいらのことは、上手い具合に手元に入るように差配もするだろうが、残念なことに、その当の父親はピンピンしている。経営自体も、その父親のほうがやっているのだから、死ぬまで時間はかかりそうだ。


・・・・しかし、我の父親がピンピンしてるうちに、そんな根回しするて・・・・・・


 それも、血の分けた兄に対してするか? と、堀内ですら呆れる。念書というのは、法的効力は一切ないものだ。今、それを書かせたところで、本当の相続の時には、何の効力も発揮しない。そういうことを取り決めたことがあったというだけだ。だから、水都は、法定相続分の権利は主張できる。どんなに文句を言われても、受け取ることは可能なのだ。


・・・・まあ、みっちゃんは放棄してしまうんやろうけどなあ・・・・・・


 縁を切った時点で、家族という繋がりは消滅している。これも、法的根拠はないが、水都が決めたから、翻ることはない。


 さて、どうしようか、と、堀内は考えてやめた。水都が会わないというのだから、それでいいか、と、思ったからだ。元々、そのつもりだったし、それでよさそうだ。わざわざ、そんなあほらしい提案を、水都の前でさせたら、怒鳴り散らすに違いない。それに、そんなものあっても、あれは幸せにならない。今の現状が、あれには幸せな状態で、それを崩壊させるようなことは、堀内でもしたくない。






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