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24時間営業の健康ランドは、空いていた。夫夫が同性で便利やな、と、思うのは、こういう時だ。別々に分かれると、出る時間が合わなくて、どっちかが待ったりしなくてはならない。それに、ふたりで入りたいとなると、貸切り風呂か家風呂なんてことになって、広いとこでのんびりするのもできない。その点、うちは、同性なので、同じとこへ浸かって、うぷーとリラックスできるし、いろいろと会話もできる。


「あーやっぱり、大きい風呂は気持ちええなあ。冷え切っとったから、ようぬくもるわ。」


「よう我慢したほうちゃうか? 三時間ぐらい寝転んでたからな。」


「大火球はなかったけど、結構見られたしな。」


 夜明け前の、こんな時間だと、さすがに24時間営業でも人は少ない。大きな風呂に、ふたりが貸切で浸かっている。


「ほんで? 」


「仮眠したら、もうちょっと足延ばして海でもシバいて、焼肉っていう予定や。」


「ええんちゃうか? 夕方には帰りたいんやが、どや? 」


「ほな、昼飯が焼肉やな。」


 ここから、小一時間ほど高速を走ると、海岸線に出る。海岸線沿いに、有名な牛の産地があって、そこに美味くて安いホルモン屋がある。ステーキやすき焼きは高すぎて、シャレにならないが、ホルモンなら、そこそこの値段で食べられる。


「昼飯にビール飲んでもええで? 花月。海までやったら運転したるわ。」


「おう、頼むわ。」


 さほど飲まないが、焼肉なんかだと、やっぱりビールなんてことになる。ここまでお膳立てしてくれた旦那には、それぐらいのサービスはしとかんとあかんやろう。海岸線の景色のええとこで休憩して帰るつもりやから、そこまでの運転をして、のんびり休めばいい。


「仮眠て、ここ、泊まりいけるんか? 」


「あほ、なんで、あんなクルマ借りてきたと思てんね? あれ、座席フラットにしたら寝られるからや。」


「なるほどな。」


「湯冷めせんように、しっかりぬくもっとけよ。風邪なんかひかしたないんやからな。」


「ほな、ひくようなことはせんでくれ。わし、この時期に、外はあかんで? 」


「そういうつもりやったら、ラブホを使う。」


「さいでっか。あ、明日、本屋寄ってくれ。」


「おう。」


 浸かっているのは、ジャグジーなので、外からは中は見えない。だが、そろそろと延ばされてくる手は、気配でわかるから、さっさと立ち上がって、別の風呂に逃げた。なんぼなんでも、こんなとこで気分盛り上げられたら、たまったもんやない。


「ええ勘しとる。」


 そして、阻止されると解っていて、やっている俺の旦那も大概やとは思う。


「どこでも盛るな。」


「いややわー軽い愛情表現やのに。」


「やっぱり、さっき座布団と一緒に燃したったらよかった。」


「はははは・・・そんなんしたら、困るんは、おまえや。」


 笑顔で、さらりと痛いところを突かれた。困るのは、確かに俺のほうや。こいつがおらんくなったら、たちどころに俺は生活が停滞する。いや、そういうんもおかしいか。こいつがおらんくなったら、気持ちは動かないが、傍目には幸せな生活というのは送れるのかもしれない。


・・・・それ、幸せっていうのとは、かなり違うんやろうけどなあ・・・・・


「・・・せやな・・・」


「はいはい、そこで本気にしない。心配せんでも、喪主は俺や。安心して三途の川渡らしたるからな。」


「頼むわ。」


「とりあえず、どっか浸かろう。やっぱ、まだ寒い。」


 かなり身体は温まっていたが、芯からではなかったのか、すぐに寒くなってくる。ある程度、室内温度は高いはずなのだが、それぐらいでは温まらない。すぐに、サウナに飛び込んで全身温めることにした。ビールのための我慢大会なんてことをしていたら、結構な時間、居座ってしまった。


 ほかほかに茹で上がって、湯上りビールを楽しんだら、すっかり夜が明けていた。そこの駐車場で、とりあえず仮眠をとって、動き出したのはすでに午後だった。


「どうする? これから行ったら、夕方戻るのは無理や。」


「レンタ何度までや? 」


「一応、九時まで。」


「ほな、とりあえず肉しばこうか? 」


 夕方には無理だが、レンタの返却時間には余裕で間に合うから、それでもええと俺は言うた。あまり遅くなると、旦那が疲れるだろうと思っただけなので、時間なんて、どうでもいいのだ。そういうことなら、そうしまひょ、と、旦那も東へ進路を向ける。週末は、そんな感じで終わった。




 やっぱりか、と、連絡を受けて堀内も頷いた。相手は、そうだろうと思っていたから驚かないが、まさか、ほんまとは思わなかった。


「居場所というか連絡先はわかっとりますが、あんたらの仕事を楽にする義理はありませんわな? ・・・はあ? 謝礼? ほおう、なんぼでっか? ・・・・ハハハハハ・・・・シャレかいな? 」


 水都の家のほうからの捜索だと、興信所の調査員は口を割った。なんでも、遺産のことで相談があるらしいなんて、もっともなことを言っているが、真実かどうかは謎だ。十数年も放置しといて、今更、どうこう言うことではないだろう。電話を切ってから、馴染みの知り合いのところへ電話を入れた。


「わしや、堀内や。すまんが、ちょっと調べたってくれんか? 」


 堀内には、そういう知り合いが多い。元々、仕事柄、相手の素性は調べて取引するぐらいの慎重さがないと、この商売は長くは続かないからだ。従業員も、最低限の調べはする。だから、水都のことも、ある程度は把握していた。今となっては、その資料は古過ぎて使えない。遺産ということは、誰かが死んだことを意味している。そこいらのことは調べてからでないと、接触なんてさせられない。沢野に甘いと言われても、保護者役をやっていたのだから、それぐらいは心配する。


「わしの愛人のみっちゃんや。あいつの家族について調べて欲しいんやが?  ああ? あれとちゃう。あれやのおて、肉親のほうや。・・・・・とりあえず、死人の有無と財産状態。おう、なるべくでええから。」


 相手も慣れているから、はいはいと二つ返事で了承した。表の興信所なんてものは、制限がありすぎて、なかなかだが、裏でやっている人間は、そういう意味ではコネも調査能力も段違いだ。なんせ、警察の情報どころか市町村のデータすら閲覧可能だからだ。金はかかるが、それも成功報酬だから、成功しない限りは、微々たるものしか手に入らない。そういうところだから、調べも早いし、確実だ。


・・・・はあ、やれやれ。やっぱり、使うことになるんかいな。・・・・・


 大したことでなかったら使わないで、東川あたりに任せようと思っていたが、そうもいってられない。金が動くような事態なら、裏でどうにかすることのほうが多い。東川が、そこそこ裏のことはやれても、堀内ほどではない。それに、東川が使う裏の人間は、堀内の知り合いだから、結局、こちらにお鉢はまわってくる。


 「堀内の愛人」 という有難くない関係にしてあるのも、それで護れることが多いからだ。堀内のことを知っているもしくはウワサは知っている人間なら、水都にちょっかいはかけない。かけたが最後、確実に報復されることも知っている。


 本当は、「堀内の懐刀」という関係が正しい。高校生の頃から、仕事を叩き込んだから、あの年で、金の流れ方というものをきっちりと把握している。そして、その金に執着しないし、言われたこと以外は興味がない、という、滅多にない貴重な道具だ。今更、勝手に壊されたり奪われては、堀内も困る。あれがいないと、関西方面は機能しない。東川、嘉藤、佐味田は、堀内の子飼いだが、能力的にはかなり劣る。そして、金には執着する。だから、任せるには、それなりのリスクがある。その点、水都には、それがない。ついでに言うと、金で動かないので、仕事以外の命令は聞かないし、どこからかヘッドハンティングされても動く心配もなければ、情報を売られる心配もない。これらを天秤にかけると、やはり便利な駒だということになる。


「うちの愛人さん、なかなか人気もんで困るわ。」


 沢野にも声だけはかけておくかねと、連絡したら、相手はカラカラと笑って、「そんなん接触させんと切ってまえ。」 と、おっしゃった。


「けど、肉親がほんまに死んでたら、遺産相続の権利あるやろ。」


「おまえはあほか? 堀内。みっちゃんが、金なんか欲しがると思うかえ? それ、死んでたら財産放棄しよるだけや。」


「あ、せやった。」


「・・・・まあよろしい。ほんまに死んでるんやったら、わしの弁護士派遣したろ。目一杯まで財産引き出して、みっちゃんにあげんとな。」


 けけけけけ・・・と、沢野は笑っている。高額なら、沢野のことだから資金運用してやるとかなんとか言うて取上げるつもりなのだろう。それを隠し金にして、さらなる会社の規模拡大に勤しむに違いない。沢野とは、そういう男だ。


「みっちゃん相手に、阿漕なこと仕掛けるつもりか? 」


「ほほほほ・・・・わしの可愛いみっちゃんに、そんなんせぇーへんよ。うちの株を買おてもらうつもりや。ほんで、役員にでもしたったらええがな。」


「それこそ嫌がるわ。」


「かまへんかまへん。わしは憎まれ役でええねん。みっちゃんの将来ためやったら喜んで憎まれたる。」


「・・・・・・いつ、51パーセント保有になりますんや? 」


「みっちゃんが、社長から三分の一貰い受けてくれたら成立する。それから上場するつもりやから、売ったらみっちゃんは儲けが入るっちゅー寸法や。」


 実は、これには嘘がある。水都名義の株式は、すでに相当数存在している。周囲に阻止されないために、沢野と堀内の名義にしていないからだ。ほとんど株主は、役員を兼務しているので、背任行為を脅しに使って、株式を買収した。残るは本丸の代表取締役だ。こちらも、脅しの材料は一緒だが、脅すのは水都ということになっている。実際、水都には与り知らないことだが、沢野が、そのようにするつもりだった。だから、今更、水都から資金なんぞ必要ではないのだ。そして、換金させるつもりもない。なんせ、水都は全然、知らないのだから。


「つくづくと敵に回したないわ、沢野はん。」


「お褒めに預かり光栄やわ、堀内。」


 情報の確認が取れたら、こっちにも回してや、と、命じて沢野は連絡を切る。中部から動けない理由は、これだった。こちらが関西へ戻ると、中部の役員たちが連絡を取り合うからだ。今は、下手に仲良くされたくないから、本社で居座っている。





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