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土曜日は、東川と嘉藤も留守で、いつもより仕事は多かった。佐味田さんが、その分フォローはしてくれたが、それでも、結構な仕事量だった。


 週末だというのに、なぜか残業までして、どうにか終わったのは、九時を回っていた。それでも、昔からすれば格段に早い時間だ。


「終わったで。」


「ほな、コンビニの駐車場へ入る。・・・うーん、二十分ほどしてから来い。」


 カエルコールをしていたら、帰り支度を終えた佐味田さんが顔を出した。


「爆弾小僧か? あいかわらず、熱々やのー。ええ加減飽きへんもんかなあ? 」


 佐味田は、元々堀内の部下で、俺と旦那の経緯を知っている。旦那が、俺を取り戻すために、腹に偽ダイナマイトを巻いて殴りこんできた時に、実際、見物していた人だからだ。


「飽きへんというより、気が長いんちゃいますか?  」


「気が長い? それもちゃうような気がするで。・・・・どっか行くんか? 」


「外でメシ食うことになってますんや。」


「ほな、たまには、おっちゃんがおごったろ。久しぶりに爆弾小僧の顔も拝みたいしな。」


 何がええ? と、すでに佐味田さんは、同行する予定だが、それは無理というものだ。俺の旦那、殴り込みをしてからというもの、俺の職場にも、その関係者にも、二度と逢いたくないと言ったからだ。青春の一ページというには、恥ずかしいほどの大馬鹿者だったと、今は反省している。追い詰められて、若くて、相手の意図を読む力もなかったから、あんなことができた。だが、振り返ると死ぬほど恥ずかしい。サランラップの芯に梱包用のヒモという、実物を知っていたおっさんたちには、ちゃちすぎて笑いにもならないものとテレビのリモコンを手にしていたのだから。それで、「水都を返せ、返さへんねやったら、ここで自爆したる。」 と、脅した。


 後日、どこかで調達してきた本物のダイナマイトと雷管を、堀内に見せられて、俺の旦那は絶句した。テレビでしか見たことのないダイナマイトの本物は、偽物とはかけ離れた迫力があった。


「佐味田のおっさん、それは無理。」


「え? なんでや? わしのおごりやぞ? 」


「せやない。うちの旦那は、恥ずかしがり屋ねん。もう二度と、あんたらと逢いたくないって言うとんや。」


 過去の悪行を思い出した佐味田は、腹を抱えて笑い出した。思いっきり思い出したらしい。ひーひーひーと言っているので、「戸締りよろしゅうに。」 と、その横を掏りぬけうとして、腕を掴まれた。


「わかった、わかった。ほんなら、おっちゃんが、お土産買うたるから届けてくれ。みっちゃんを大事にしてくれておおきに。って、言うたって。」


「あんたに言われる筋合いやあらへんやろ? 」


「いやいや、健康そうなみっちゃん見てたら、あの爆弾小僧の努力は評価したらんとあかんと思うんや。」


 そこで、買うたるから持っていき、と、佐味田がごねるので、仕方なく、一緒に会社の戸締りをして外へ出た。コンビニは、ここから徒歩十分のところだ。たぶん、そのコンビニで買ってくれるつもりだろう。そんなことしてみろ、うちの旦那、確実に虫の居所が悪くなる。悪くなったら、とばっちり受けるのは、俺やんけ。ということで、逃走を図る。


「ほな、佐味田さん、お先に。」


 一端、逆方向にダッシュをかけて、会社のある本通りから一本横に入った通りを、コンビニに向けて歩いた。そろそろ到着しているだろう。レンタしてくるので、近寄らないと、どれかわからない。


 白い大型4WDの横を通り、コンビニに入ろうとしたら、パワーウインドウが下がった。


「そこのちょっち小マシな兄ちゃん、わしとええことせぇーへんか? 」


「おまえも古いわ、その台詞。」


 うちの旦那と堀内は、似たような台詞を吐くことが多い。似たような映画もしくは、DVDを鑑賞しているらしい。


「『も』って、なんよ? 」


「この間、堀内のおっさんも似たようなこと言うた。おまえら、どんだけエロビデオ好きなんや? 」


「見てないで? 俺は。台詞は、テレビか映画の受け売りや。」


 ない、そんな台詞、コテコテの関西弁の台詞なんか、テレビと映画で言うヤツあるかいっっ、と、内心でツッコミつつ、クルマに乗り込んだ。まだ、佐味田さんを完全に撒いたわけやないので、さっさと脱出する。


「買い物は? 」


「先に、メシ食わせんかい。」


「ああ、はいはい。ほな、行きまひょか?」


 市内では、このクラスのクルマは動きづらい。たぶん、郊外に出てからファミレスでも寄るつもりやろうと思っていたら、いきなり、梅田の駐車場へ入った。


「どこ行くん? 」


「そこのラーメン屋。めっちゃ美味いねんて。」


「さよか。」


「おまえ、スーツ脱いで着替え。後ろに置いたあるから。」


 これから、長距離ドライブに出るから、その準備もしてある。ちゃんと、セーターとジーパン、それからスニーカーとコートもセットしてあった。





 晩メシを食って、コンビニに立ち寄り、それからクルマは東へ向いた。カニは、西やのに、と、思ったら、「今日はロマンチックデート。」 とか、旦那はほざきやがった。


「はい? 頭湧いてるんか? 」


「まあまあ、水都さん、仮眠しとってーな。ええとこへ案内したるから。」


 旦那は楽しそうに、ハンドルを切っている。まあ、いいのだ、こいつは運転するのが好きというタイプの人間だから任しておいて問題はない。確かに腹が膨れて、ちょっと気持ちいい。


「ほな、寝る。」


「毛布あるから巻いとけ。」


 そんなものまで運び込んでいるマメさが、俺の旦那の特徴だ。とにかく、俺の世話をしたいらしい。




 何時間経過したのか、わからないが、身体を揺すって起こされた。周囲は、完全に真っ暗な闇だ。


「え? 今時、青カンか? ・・・・風邪ひくわ。」


「あほか、そんなことやったら、家で死ぬほど、あんあん言わせたる。カイロ、背中に張るからな。」


 セーターを持ち上げて、そこにペタペタとカイロを何枚か張られた。そして、後ろのドアを開けて荷物を運び出す。レジャーシートと毛布と座布団、それから、コンビニで確保したおやつだ。


 何をしたいんや? と、俺も外へ出て絶句した。人工の光のない闇だった。そして、見上げた空には満天の星だ。


「おい、嫁。手伝え。」


 レジャーシートを広げていた旦那に命じられて、シートの片方を広げる。まだ、クルマのエンジンは切っていないから室内灯の明かりだけはある。風が舞わないように、クルマを盾にしている。広げたら、毛布と座布団を載せて完成らしい。エンジンを切ってバタンとクルマのドアを閉じれば、真っ暗な世界になる。


「まあ、ないよりマシってことでな。」


 ロウソクランタンに火を入れた。ぼんやりとした明かりぐらいでは、星の光は遮らない。


「なるほど、ロマンチックやな。」


「前に来たことあるんやで? 」


「こんだけ暗かったら、わからんて。」


 毛布を巻いて、ごろりと横になる。枕代わりの座布団に頭を乗せると、空が良く見えた。たまに、獣の声がするだけで、他には音はない。


「ピークほどではないけど、何個かは落ちる。見上げてたら、一個くらいは見えるやろ? 」


「ほんで、金、金、金て、三回唱えるんか? おまえも暇人やなあ。」


「なんやったら、愛、愛、愛でもええで? 」


「どあほっっ、今更いらんわっっ。もう事足り取るやんけっっ。これ以上は暑苦しいっちゅーんじゃっっ。」


 流れ星を見逃すのが惜しくて、どちらも顔は空に向けている。背中の張られているカイロが、ぽかぽかと発熱してきて、下からの寒さは遮っている。こういうことだけは、完璧な旦那だ。


「おまえ、カイロ張ったか? 」


「ああ、俺は生カイロあんねん。」


 毛布に包まっている俺を、抱き締めて旦那は楽しそうに笑っている。さらに、俺に自分の毛布も巻きつけてくるから、旦那も温かいらしい。


「何個見つける? 」


「最低三個は見とかなあかんやろ。それまでに寒さに負けるかもしれへんけど。」


「せやなあ・・・あ・・・・」


 しゅるりと、小さな流れ星が落ちてきた。たまに、人工衛星も動いているので、間違ったりするが、今のは流星だ。


「え? 流れた? ・・・・しもた、見逃した。おまえに愛を囁いとるとあかんわ。ちょお、気合いいれる。」


「上見てないんか? 」


「おまえの顔、見蕩れてた。」


 横を向いたら、旦那が俺を抱き締めて笑っていた。俺は、確かに生カイロやが、それでは意味があらへん。


「・・・あほがおる、あほが・・・・・やまだくーん、こいつの座布団、全部燃やしてください。」


「せっかく、ええこと言うたったのに・・・・やまだくーん、俺の嫁の座布団も燃やしてください。」


 やまだくんは、某演芸番組のお運びさんだ。座布団といえば、この人だ。燃やしたら温いんちゃうか? と、話していたら、また、すっと光が流れた。だが、これは人工衛星だ。定期的に、光の筋が流れていく。


「おまえ、あれやったらわかるやろ? 」


 横を向いている頭を上に向けたら、「おー」 と言う発見の声がする。


「あれ、違うやん。」


「ちゃんと見とけ。」


 誰もいないので、ふたりで大声で騒ぎつつ、星を眺めた。何個か見て、満足する頃に寒さに負けて、クルマに逃げ込んで移動した。移動した先は、24時間営業の健康ランドだ。


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