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らいじん  作者: タカバノ
1章 出会い
7/33

6:移動は楽しく

 自転車が欲しい。

 切実に思った。


 大体、どこが『ちょっと』なのかさっぱり分からない。

「ちょっと行った所に、村がある。そこで馬を世話して貰っている」

 カイルにそう言われたので、その村までほんの少し歩けばいいのだと思っていたら、歩いても歩いても村が見えてこないのだ。樹海の中と違い、景色はようやく林程度の木々になってきている。舗装はされていないが、獣道のような『道』もある。前日と比べれば遥かに歩きやすいものの、距離が問題だった。


(というか、絶対に何時間かは歩いているし!)

 朝、小屋を出たときにはもっと下のほうに見えていた太陽が、今はもう頭上高くで眩しく足元に光を落としている。時計がないので時間は分からないが、二、三時間は歩いたように思う。


 先を歩くカイルはそんなにしゃべる方ではないからなのか、黙々と歩く。時々、後ろの汐里を確認し、離れすぎたと思うと立ち止まって汐里が追いつくのを待ち、歩調を遅くしてくれている。

「大丈夫か?」

 前方で待つカイルの涼しい表情が憎い。

「大丈夫、じゃないし」

 喉も渇いて、ひりひりする。気温は快適そのもの。暑すぎず、寒すぎない。けれど、歩きすぎて汗だくだった。水分補給をしないと干からびてしまう。


「お水、ちょーだい」

 おもむろに手を伸ばした汐里に、カイルは水の入った革袋をすぐに渡してくれた。

「ありがと」

 受け取ってそのコルク栓を抜くと、中の水を口にした。一口飲んで、まずい、と思った。

「……この水、スんゴイ『革』くさい」

 革の獣くさい味が水に移ってしまい、おせじにもおいしいとは言えない水に変化していた。

「そんなものだろう。もっと臭いが移らないものに入れられればいいのかもしれないが、難しいな」

 水筒のように飲み物を携帯できるものは、この世界には他の材質ではガラス瓶くらいしかないのかもしれない。ガラス瓶では重いし、割れてしまう。携帯するには向かないのだろう。


 その臭いは気になったが、渇きには勝てずに汐里はその水を飲んだ。喉を潤し、一息ついたところでひたいに吹き出した汗を、手の甲でぐいと拭った。

「あー。生き返った」

 心の底から出た言葉だった。


 汐里は、先程から痛む自分の足をよく見ようと、その場にしゃがみこんだ。

昨日と同じようなタンクトップとパーカ、ホットパンツという服装では、また全身傷だらけになるのが目に見えているので、バーバラから服を一式借りたのだが、靴だけはどうにもならなかったので、足元は元々履いていたサンダルのままだった。


 足は、あっという間に切り傷や靴擦れだらけになり、実は立っているのもサンダルの革が肌に当たって痛いほどだ。

(弱音を吐いて、足を引っ張っちゃマズイしなぁ)

 絆創膏を持っていればよかったのだろうけれど、あいにくとそんなものは持ちあわせていない。

 しゃがみこんで、自分の足をおそるおそる触ったりつついたりしている汐里の様子がおかしいと気付いて、カイルが声をかけてきた。

「足が痛むのか?」

「あ、別にそんなたいしたことはないんだけどね」

 なんでもないふうを装って笑顔で否定したが、カイルは汐里の肩を押してそのまま手近な岩の上にそっと座らせた。続けて、背負っていた荷物から小包を取り出した。


「それは?」

 風呂敷のようなものに包まれたそれは、お弁当のように見える。

「疲れただろう。少し休もう。これは、昼食用」

 包みを解くと中には、サンドイッチが包まれていた。食パンではなく、フランスパンのような細長い形のパンに縦に切り込みを入れて、具を挟んだものだ。

「どうぞ」

 目の前に差し出され、パンの香ばしい香りに言われるまでもなく、手が伸びた。

「いただきます」

 手にとってみると、フランスパンよりずっと生地も柔らかかった。具は、ローストビーフのようなものとサニーレタスのような葉、玉ねぎのスライスとマスタードのようだった。口に含むとそのおいしさに、少し気分がほぐれた。

「これも、おいしいね」


 笑顔で言うと、カイルは微かに口元を緩めて頷いた。


「食べたら足を手当てするから、その靴を脱いでくれ」

 気付いていたのかと驚いたが、汐里は最後のサンドイッチ一口分を食べ終えると、大人しくサンダルを脱いだ。

「軟膏を塗って、上から包帯を巻くから、じっとしててくれ」

 カイルが当たり前のようにその場に膝をついて、汐里の足を手に取って手当てをしようとしたので、汐里は驚いてその足を引っ込めた。


「ちょ、やだっ! そんなこと自分でやるし、いーよ!」

 だいいち、そんなの恥ずかしい。汗だくで、足の裏の臭いも気になるのに、手当てしてもらうなどとんでもない。ましてや、なぜそれを他人ひとに、それもカイルのような美青年にやってもらわなければならないのか。嫌がらせかと叫びたくなる。

「その軟膏と包帯こっちに貸して! 水もっ」 

 騒ぐ汐里を、理解できないといった表情で見ていたカイルは、譲るつもりはないらしくそのまま接近してきた。

「自分では、包帯も巻きにくいだろう」

「じゃあ、包帯だけ巻いてもらえればあたしは充分だから!」


 睨みあいの末に、不可解だとぼやきつつも妥協したようだ。

「いいだろう」

 と、カイルが頷いたので、彼の手から水の入った皮袋を受け取り、傷口を洗った。皮がめくれた靴ずれの場所は、ひどくしみた。痛みを堪えて顔をしかめる。

「う。いったぁ……」

 唸りつつ傷を洗い軟膏を塗る汐里を、珍獣でも見るかのように見守っていたカイルは、突然ぷっと吹き出した。汐里が足から目線を上げると、彼はくすくすと笑っていた。


「なによ? なんか、文句ある?」

 ケンカ腰で問うと、カイルはいいやと否定した。

「ただ、おもしろいと思ってだな」

「おもしろい?」

 全然、褒めていない。なにそれ、と汐里が憤慨して立ち上がり、渋い顔をすると、カイルは素直に謝った。

「すまない。ほら、いいから座って」


 包帯を足に巻かれている間、汐里はぼんやりとカイルを見ていた。

(笑うと、印象が大分違うなー)

 落ち着いた大人の印象だったが、笑うと普段の表情の乏しさとのギャップもあって目を奪われた。呆気に取られたと言ってもいい。

「シオリ?」

 怪訝な声が聞こえてハッとすると、カイルが間近で覗き込んでいた。


「ぎゃっ」

 近い! と汐里はとっさに後ろに飛びずさった。カイルは、全く他意のなさそうな様子でこちらを見ている。

「どうした? 包帯、巻き終えたぞ。歩けるか?」

 反応がなかったので、名前を呼んでいただけのようだ。ごく自然に、汐里に手を差しのべて立ち上がらせると、もう一度確認した。

「大丈夫か?」

「うん、へーき」

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