29:薄情
再び横になったところで、すぐに眠れるとはとても思えなかった。
汐里は軽く頭を振ると、気分転換に外へと足を延ばした。
庭の方が淡く青白く光っていて、おそるおそる覗いてみると、カイルが一人庭の中央辺り東屋で木製の長椅子に座って抜き身の刀身を見つめていた。
カイルが抱えるように持っているその剣が、青い光を放っている。
(ミールウスの剣?)
東屋周辺の木の花が蛍光塗料でも塗ってあるかのように光り、ぼんやりと暗がりに浮かび上がっていた。
ふわふわとして綿毛に似た桃色の花は、触れたら飛んでいってしまいそうだ。
どこか思いつめた表情をしているカイルも、その木の花のように触れたらどこかへ行ってしまうようにみえる。
カイルまであと数十メートルのところまで歩いてきたものの、汐里は足を止めた。
とても声をかけられる雰囲気ではない。
そっと背を向けてUターンしかけたそのとき、草で滑った足が宙に浮いた。
転ぶと覚悟したとき、後ろから伸びてきた大きな手に腕を掴んで支えられた。
「間に合った」
ほっとした顔のカイルだった。
「大丈夫か?」
「ありがと、平気だよ」
「本当に危なっかしい。さあ、ここに掛けて」
示されたのはカイルが座っていた向かい側の椅子だった。
カイルが椅子の上の木の葉を払い落としてくれ、手をひかれるままに汐里はそこへ腰を下ろした。
「汐里も眠れないのか?」
汐里は小さくうなずいた。
それをみてとり、カイルは気遣わしげに微笑んだ。
「昼間の『幽霊』のことで何か気になっているからか?」
話してしまおうか。
迷ったが、でもその『幽霊』のことをなんと説明すればいいのか分からなかった。
迷ったあげく、汐里はカイルにありのまま話すことに決めて顔をあげた。
「カイル。あのね、あれは幽霊じゃなかったの。
あたしの『向こう』の友達。あの携帯、機械……ええっと、四角いの……は、離れた場所でも人と会話できる道具なの」
カイルは静かに頷いて、「続けてくれ」と先を促した。
「それで、『こっち側』に来た時になくしたみたいで、それが使えるはずないと思っていたし、あたしは探しもしなかった。
それなのに、いなくなったあたしを心配して、友達はずっとあの携帯に連絡し続けてくれたみたいなの」
話すそばから、気分が沈んできた。
「でも、考えもしなかったの。あたしがいなくなって、友達が心配してる、なんて。ホント、最悪。薄情すぎ。自己嫌悪ってこーゆーことだよね!」
「いや、そんなことはない」
穏やかに首を横に振ったカイルを見て、汐里は急に居心地が悪くなった。
優しくされるほど、自分がみじめに思えてきてしまう。
ここにいるのは間違いなのかと。
「……ねえ、あたしは、ここにいてもいいのかな?」
自分でも驚くほど、その風に溶けて消えてしまいそうな小さな声だった。
それでも、カイルはきちんと声を拾ってくれた。
「ここ、とはこの屋敷のことか? それとも、この世界か」
どちらも汐里の差す『ここ』であることには違いない。
母のいない世界が『ここ』だ。
カイルの問いかけには答えないで、続けた。
「正直に言うとね、あたしは『向こう側』に帰りたいってほとんど考えなかったの。あたしのことなんて、いてもいなくてもどうでもいいって人達ばっかりだったし。
そりゃ、ここでだって火事のときには、人が……その、死んじゃったり、怪我したりして怖いって思ったし、イヤだとも思ったけど。
ただ、『向こう側』が嫌いだったから、友達が心配してくれてる、なーんて考えもしなかった。
しかも、ここであの携帯で話せるなんて思いもしなくて」
できれば、向こうでの嫌なことをすべて忘れてしまいたかった。母のことを、すべて。
「ホントに、薄情者だね、あたし」




