28:リカ
夢を見た。
なんてことはない、いつもの「日常」。
母のいない家……昨日も帰らなかったらしい……冷めた目で玄関の靴を確認し、家を出る。
自転車に乗って学校へと行き、リカと他愛無い話(今日は授業で英語の訳あたる、とか恋バナとか、聞いてる音楽の話とかだ)をし、
淡々と学校生活を終えて、リカと一緒に寄り道をしてから家に帰る。
……そんな夢だった。
いつものとおりなのに、リカの無邪気な笑い声が今の自分を責めるようだった。
罪悪感でぺしゃんこに押しつぶされそうになる。
『ごめん。
ごめんね、リカ。
あたし、あんたが心配しているかもだなんて、考えもしなかった』
夢の中で、リカは急にだまって汐里を正面から見た。
『ずっと、あの自分勝手な母親のいない世界に行きたかった。あたしが、あの人を必要としていない。自分からいつか捨ててやると思っていた』
『だから、この世界に落ちてきて怖かったけど、もうあそこに帰らなくてすむんだって。嬉しかった』
黙ってこちらの言い分を聞いていた夢の中のリカは、ふいに顔を背けた。
『サイテー。
ひどいよ。連絡もしないなんて』
恨み言が聞こえた後で、リカはまた汐里をみた。
『どこにいるの?
すごく捜したんだよ。警察も…………のあと、行方不明で』
音声にノイズが入ったように、ところどころが聞き取れなかった。
『なに? 聞こえないよ』
『だから、……も、ひどい……でわたしも汐里……て、……ないと許さないんだから』
懸命にリカが何か伝えようとしてくれたが、肝心なところがさっぱり分からなかった。
急に、電源を落とされたテレビみたいに、夢はばっさりと断絶された。
飛び起きるように汐里が目を覚ますと、雲の上にでもいるかのようなふかふかのベッドの上だった。
寝巻きが汗でぐっしょりと湿り気を帯びて、肌に張り付いている。
(何、今の夢。気持ち悪い)
確かに、リカだった。
リカと話したい、謝りたいという願望であんな夢を見たのだろうか。
鼻にかかったリカの声も、妙にリアルで生々しかった。
(やっぱり怒っているのかな)
目を閉じればまたあの夢を見そうな気がして、それを振り払うように汐里は頭を振りかぶった。
「あー、もうっ」
落ち着こうとして何度か深呼吸をするものの、なかなか動悸は治まってくれず、横になったところで、すぐに眠れるとはとても思えなかった。
闇が支配する部屋の中を仕方なくベッドから這い出ると、夜床が足にひやりと冷たく、火照った体に心地良かった。
部屋の空気がよどんでいて生暖かく、肌にまとわりつくようで気持ち悪い。
(窓を開けよう……)
汐里がのろのろと動きだして窓を開けると、新鮮な空気が室内に流れ込んだ。
窓際で再び深呼吸をすると、ようやく少しだけ気分が落ち着いた気がした。
冷静にあれは夢だったと考えてみても、現実のリカも怒っているはずだった。
(リカ、絶対に怒ってるよなぁ。あたしが、あんまりバカだから)
サイテー、と彼女に夢で言われたのを思い出した。
声が震えていた。
表情は見えなかったけれど、泣いていたのかもしれない。
(会いたいな。会って直接謝りたい。ゴメン。心配ないよ、大丈夫。元気だよって)
もしも、もう会えないのだとしたら、せめてきちんとお別れをしたい。
さようなら、リカに会えないのは寂しい。
あんたともっと馬鹿騒ぎしたかったけど、どうしても家に帰りたくない。
だから、そこには戻らない……って。
理解してもらえなくても仕方がない。
でもこれは本当に心の底からの本心で、決意だ。
何を馬鹿な、と聞く人が聞けば怒るかもしれない。
でも。
自分を必要としてくれない場所にはいられない。いたくない。いることなどできない。
母が自分を拒絶しているのに、一緒の空間になどどうしていられるだろう。自分のために、あそこへと戻らないことにしてもいいはずだ。
「逃げ」かもしれない。
(あたしは、間違ってない)
一緒にいて余計に寂しくなるような所から逃げて、なにが悪いの?
それならば、いっそ他の人と一緒にいることを選びたかった。それが無理ならば、どんなに大変でも一人でいい。
リカになら、理解してもらえる気がした。
(あんたにはきちんと謝りたいよ。ごめん、リカ)
充電切れでもううんともすんとも言わない携帯は、木箱にしまわれてベッドの枕元にある。
もちろん、木箱の中の携帯が鳴るはずもない。
せめて、もう一度あれで話すことができればいいのにと思わずにはいられなかった。
ものすごい久しぶりの更新となりました。
ご無沙汰しております。
パソコンが壊れてから、ほったらかしで半年ほど放置し、新しいパソコン購入後もなかなか慣れずに放置し……。
忘れられているだろうなあと思いつつの更新です(-_-;)




