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らいじん  作者: タカバノ
1章 出会い
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2:ライジンの森・樹海

「ちょ、ちょっと待ってよ。あたし、なんでここにいるのか分からないんだけど」

 さっさと先頭を歩きだしたカイルを追って、汐里は慌ててその背に声を掛けた。 


 身長の差による歩幅の違いはどうにもならない。長い足で颯爽と歩かれると、あっという間にその距離が開いてしまう。

「ねぇってば! 聞こえてるでしょ」 

 後ろから声を張り上げると、カイルは無言で汐里の口をおもむろにその手のひらで塞いだ。

「五月蠅い」

「ひょっとふぁにしゅんのよ」

 ふがふが言いつつ抵抗すると、カイルは手を下ろしたものの、うんざりしたため息を吐かれた。 


「……なによ?」

 失礼千万な態度に、汐里が睨み上げると、カイルはふいとそっぽを向いてしまった。

 全く相手にする気がない態度に、再び苛立ちがピークに達する。

「あんたねー──!」


 何か言おうと口を開くと、今度はチョコレートらしきものを豪快に放り込まれた。

「にゃ、なによ、こぉれ」

 とろける繊細な甘さに、つい咀嚼しながらも大人しくなる。意地汚いと言われ様が、とにかく口の中のものを飲み込まなければ、話すことができない。

 必死にもぐもぐと口を動かす。 

 とりあえず、食べさせておけば静かになるだろうというカイルの狙いは、きっと当たったに違いない。それはそれで悔しいが、お腹も空いていた汐里はほんの少し落ち着いた。

 

 汐里が食べ終えるのを待っていたカイルは、あまり変化のない表情のまま淡々と口を開いた。

「少しは落ち着いたか?」

 首を縦に振ると、カイルはぐしゃりと汐里の頭をやや乱暴に撫でた。

「わ!」

「とにかく、説明は後だ。ここは、『奴ら』の巣の中だ。一刻も早く出なければいけない。わかるな?」

小さい子供に言い聞かせるように、口調が先程より優しかった。いや、実際、汐里は小さい子供と思われているのだろう。お菓子を与えて大人しくさせるなんて、その代表例のようなものだ。

「うん……」


 それでも、有無を言わせない何かを感じて、汐里はカイルをそっと盗み見た。意外にも、予想に反して目が優しく細められていたので、状況が違えば見惚れていたかもしれない。

「わかった。静かに、あんたについて行けばいいのね。そうして、ここから素早く出る」

「そうだ。ここを出たら、昼食をふるまおう。だから、間に合うように行こう」

 カイルは、僅かに微笑みの形に唇をゆるめると、また歩きだした。 

 * * *

 小一時間程黙々とカイルの後に続いて森を歩いた後、ようやく見渡す限り木の空間から抜けることができた。

 木の根が張り出して凸凹の道なき道(しかも、段差も多い)を歩き続けたので、そのころには汐里の膝は大笑いをしている状態になっていた。 

 かくかくと膝が笑ってしまい、うまく立っていられなかった。


「小学生の時、遠足で山登ったときよりしんどい……」

 息を切らした汐里に、息を乱さないままの涼しい表情のカイルは、にやりと勝ち誇った笑みを浮かべた。

「ライジンの森の樹海をなめてはいけない」

「森の樹海って、文法的に間違っている気がするんだけど」

「ああ、樹海は樹海なんだが……。この辺りのことを昔から『ライジン』の森、と呼ぶからな」


 目覚めたときに樹海、と感じたのは、間違いではなかったらしい。

「へたすりゃ迷って、あたし、死んでたんじゃあ……」

 富士の樹海をとっさに思い浮かべて、青くなった汐里に、カイルはあっさり頷いた。

「ああ、そうだな。俺が、見つけていなければ」

「あんたが、迷っていても死んでたんじゃないの?」

 疑いの目を向けた汐里に、カイルは首を振った。

「いいや、迷わない。ここでは、案内蜂がいるから」

「蜂?」

 言われてみれば、ずっと小さな蜂が前方を飛んでいた気もした。


「そう、案内蜂。知らないのか?」

 知るものか。内心で毒づいたが、口にはしなかった。

「あれは、便利だぞ。なぜなら──」


 ぐぎゅるううううぅ。


 鳴り響いたのは、汐里の腹の虫だった。

 弱音は吐かなかったが、喉もカラカラだし、空腹もとっくにピークに達している。目覚めてから、カイルにもらったチョコレートらしきものしか食べていないのだから当然のことかもしれない。

「やっ、その、これは……!」


 ごまかしようもない程の見事な腹の虫の大合唱に、汐里は顔を茹蛸のように赤く染めた。猛烈にオンナノコとして恥ずかしい、と感じた。

「聞かなかったことにして、今の!」

 尚も鳴り続けるお腹を抱えた汐里に、カイルは口を開けてぽかんとしている。 


 抗議した汐里に、カイルは我に返って、ああ、とかうむ、とか微妙な返事をしたかと思うと、ひとつコホンと咳払いをした。

 きっと、あまりに主張の激しい、巨大な生物の巨大ないびき級の腹の音に呆気に取られていたのだろう。

「あ~……。すまない、今のは俺の腹の虫だった。早く、食事にするとしよう」

 その申し出は、正直ありがたかった。勢いよく同意する。

 

 カイルは、汐里が謎に思っていた背後の鉄柵を指差すと言った。

「そこが、小屋だ」


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