27:ケータイ
呆然と見ていたところを、カイルに肘でつつかれ、ようやく汐里は我に返った。
「あ、どうも。あたしは汐里です。はじめまして、モーリスさんっ」
びしりと姿勢を正して、ぜんまい仕掛けのおもちゃのように動いた汐里に、モーリスは小さく吹き出した。
「すまない、モーリス。シオリは、その」
「いやいや、別に、いいんです。いつもの反応ですから。それよりも」
カイルは、頷いて汐里の方へとモーリスを促した。
静かに、モーリスが懐から取り出したのは手のひら大の木彫りの施された小箱だった。
「見て欲しいものがあるんだ、シオリ。そして、確認して欲しい」
「この箱の中身なんですが──」
モーリスは、カイルにした説明を再び簡単に繰りかえすと、その小箱を汐里に差し出した。
「毎晩、シオーリって泣く」
汐里は、おそるおそるそれを手を伸ばした。
手のひらよりやや大きい小箱は長方形で、中でカタンと固い何かがぶつかる音がした。
「これは、あんたを呼んでいるのかもしれないです」
モーリスは、小箱を汐里にそっと手渡した。汐里は静かにそれ受け取って、軽く振ってみた。
ガタガタと中で音がしている。
このくらいの重さで、大きさ。
そして、汐里の名前を呼ぶ声が聞こえる……。
汐里は、中身に確信を持って、蓋を持ち上げた。
「これ……」
(あたしのケータイだ!)
案の定、そこには見慣れたメタリックレッドの携帯電話が収まっていた。
どこかで紐が千切れたらしく、ストラップの先は何も下がっていなかった。
お気に入りだった小さなテディベアがついていない携帯は、まるで別のもののように見えた。
「嘘。ケータイ、だ」
なくしたものだと思っていた。
手にとってみると、電池の残量が限りなくゼロに近かった。
素早く指を滑らせて、着信履歴をみる。
ひょっとしたら母かもしれない、と思った。
けれど、同時に母じゃないことはどこかでわかっていた。
おそらく、リカだ。
自分がいなくなって電話してくれるのは、リカぐらいしか思い当たらない。
親類もなく、母方の祖母も二年前に亡くなった。友達も、お世辞にも多いとは言い難い。
着信は、予想通りほとんどがリカからのものだった。
毎日、何件も留守番電話にメッセージを残していた。
液晶画面を食い入るようにみつめていた汐里は、焦って押し間違える指をなんとかなだめて、その番号に電話をかけた。
せめて、電池がなくなる前に無事なことを伝えたかった。
リカが出てくれることを祈って、携帯電話を握り締めた。コール音だけがトゥルルルルと空しく響き、やがて留守番電話につながった。
ただいま電話に出ることができません
御用の方は、発信音の後にメッセージをどうぞ────
機械的な音が、ピィーと甲高く耳に響いた。続いて、ピピっと短く電池が切れる前の電子音が鳴った。
お願いだから、切れないで。
胸の鼓動が痛いほど、汐里をせかす。
携帯を握る手のひらには汗をかいていて、それを固く握りなおした。
素早く息を吸って、口火を切った。
「リカ! あたし、汐里! 大丈夫だから心配しないで! 今……」
汐里はまくしたてるような早口で、メッセージを吹き込んだ。
けれど。
電源の落ちる音が、ぶちりと空しくその声を遮った。
「うそ……」
このタイミングで電話が切れてしまうのか信じられずに、汐里は携帯の画面を凝視した。
真っ暗な画面は、今の心の中を映しているかのように黒くて、まるで深い穴が開いたかのようだった。
元の世界で、唯一気になっていた友人、リカ。
中途半端に吹き込んだメッセージを聞いて、リカはどう思うだろう。これまでは、自分が帰るつもりはないから、捜していたってかまわないし、どんな扱いをされようが、どうでもいいと思っていた。
リカは必死に捜してくれていたかもしれないのに、汐里は暢気にも友人が捜しているとはこれっぽっちも考えなかった。
青くなって呆然と携帯を耳にあてたまま動かない汐里に、カイルが声をかけた。
「シオリ?」
反応しない汐里の肩に、カイルが手をのせた。
「大丈夫か?}
「……なんで? どうしてこんなところで、切れちゃうわけ!?」
電池がなかったからだ。本当はわかっている。
「シオリ。座ったほうがいい」
肩をそっと押されて、カイルにされるままに腰かけた。
「あたし、リカが心配して何度も電話してくれたのに、なのに」
自分のことばかり考えて、リカのことを思い出しても、他愛のないことばかりだった。




