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らいじん  作者: タカバノ
3章 帰りたい
27/33

25:幽霊が

 バーバラが教えてくれたことは、汐里には納得できなかった。

 理不尽だという想いがどうしても拭えない。

 朝の空気も涼しく爽やかだというのに、なんとなく気分が浮かない。 

 ぶち ぶち がさがさ ぶち

 気のせいか、奇妙な音がすぐ耳元で繰り広げられているような……。

 汐里が物思いから引き戻され、はっとすると

「シオちゃ」

 ぼんやりしている汐里の頬を、小さな手のひらがぺちりと叩いた。

ほったらかしにされ、遊んでもらっていないと感じたのだろう。頬をふくらませたケイトが、不服そうに汐里を見上げていた。


 そういえば、アイザックの娘・ケイトと庭でバーバラへの花を摘んでいたのだ。このところ、朝のお花摘みは二人の日課になっている。

「ごめんね。ケイトちゃん」

 慌てて謝って、ケイトをなだめた。ふと、ケイトのもう片方の手が目に入る。そこにはいつの間にか、むしり取られたとおぼしき花が三つ四つ握り締められていた。奇妙な音は

これだったらしい。  

「き、きれいなお花だねー」

 満足そうに鼻息も荒く頷いたケイトに、汐里は手を差し出した。

「お花もいっぱい摘んだし、おうちに戻ろっか。バーバラさんに届けるんだもんね」

「これ、きぇいねー」

 お花を見つめてにっこりするケイトは、見上げた汐里の首に下がっているペンダントに気付いて指差した。

「シオちゃの、キラキラもきぇいね」


「あ、これね。うん、きれいだね」

 カイにもらった琥珀のペンダントは、ケイトの言うとおり陽に当たってキラキラしていた。いつか会えるときがあったら返したいけれど、カイが神殿に所属しているとなると難しそうだ。もらったときにカイに言われたからかもしれないが、本当にお守りみたいに思えて、首からずっと下げている。


 本来なら初対面のカイにこんな高価そうなものはもらえないと、返さなければいけなかったのだ。でも、できなかった。素直に受け取ってしまった。

 シオリはつややかな琥珀の丸みをそっと指でなぞって、手のひらでもてあそんだ。

 陽の光で輝くそれは本当に綺麗だった。 

「さ、お花が萎れちゃう。行こう」

 ケイトと二人で歩き出すと、ちょうど中からサラが出てきたところだった。

「あら、二人ともちょうど良かったわ。ご飯の時間よ」



 朝食をとるためにアイザック一家と汐里は、食堂に集まった。

「おはよーございます」

 席に着く前にあいさつをすると、アイザックからもにこやかにあいさつが返ってきた。

「おはようございます、シオリさん」  

「パパ、おはよぅごじゃーます」

 ケイトが顔を輝かせて、アイザックに向かって飛び込んでいく。


「おはようございます。ケイト」

 足にしがみついたケイトを、アイザックが慣れた様子で抱きあげて、椅子に座らせた。 

 終始和やかに食事は進み、汐里はもやもやが多少ほぐれた気持ちでフォークを置いた。

「ごちそうさまでした! バーバラさんの部屋に行ってきます」

 食事の片付けを簡単に済ませて、汐里は銀製の大きな盆と水差し、カップを手にそそくさと歩き出した。


「……どうかしたのかしら?」

 サラは不思議そうに大きな目を丸くして、小首を傾げた。

「気になることがあるのでしょう。カイル様が帰ってくれば、すぐに訊けることですが」

「ああ。なるほど。そういうことなのね」

「あぉね! シオちゃ、きぇいなの。きらきらってもってぅの」

 食事を終えてごきげんのケイトは、自分の胸元を指差した。

「なあに? 『きらきら』って首飾りのことかしら」

「そういえば、最近首から下げていますね。あれは、元々シオリさんが持っていたものでしょうか」

「彼女が倒れて運んだ日には、おそらく身につけていなかったと思うわ。まさか、カイル様の贈り物かしら?」

 アイザックとサラは顔を見合わせて、揃って首を傾げた。


 ***


 まだ、昼前だというのにライジンの森の中は暗く、日の光はほとんど差していない。

 カイルは、木の根が盛り上がった地面を身軽に移動し、汐里と出合った場所に辿り着いた。そのぽっかりと開けた空間で、カイルは火の用意を始めた。乾燥させた虫除けの効果がある花と草も火にくべると、甘いのに鼻にスッと抜けるような独特の香りが辺りに広がった。


 近くには、巨大な虫達の気配はない。遥か上空で鳥の鳴く声と、そこかしこで小さな虫たちが鳴いたり動く気配だけは感じられた。妙に静かだ。 

 よくよく見渡せば、人が入った跡がみられる。草が倒れて、小枝が折れていたりとまだ

新しい痕跡だ。カイルが耳を澄ませ、油断なく周りを見渡した。右手に長剣を、左手には短刀をそっと握った。


 がさり、と茂みが揺れて何者かが現れた。カイルは地面を蹴ってそれに向かって刃を向けた。

「ちょ、カイル殿。おれだ」

 焦ったような声が聞こえ、カイルはようやく剣を降ろした。

「なんだ、モーリス殿か」

 声のわりには、それほど身をのけぞらせていなかったモーリスは、苦笑した。

「なんだとは、失礼じゃないか。追われる者同士、協力しましょうよ」

カイルはため息を吐いた。


「……まぎらわしい。また、神殿の奴らかと思った」

 長身のカイルよりまだ大きいモーリスは、よく『熊のモーリス』と呼ばれる。

 ごわごわと固そうな黒い髪の毛や、顔を覆う髭も、熊を連想させる。体格が良くて赤ら顔だが、ちょっと眠たそうな目の奥には知性的な光がうかがえる。強面こわもてのわりに、意外と柔らかい人当たりの男だ。年齢は四十を過ぎたぐらいだったと、カイルは記憶している。


「神殿の奴らなんてこの中には入れやしませんよ。なんてったって、虫が怖いんですから。ここを見張らせて、その虫達にやられておれらが死ねば好都合だと思っている」

 豪快に笑い飛ばして、モーリスはカイルの両肩をバンバン叩いた。

 どうでもいいが、非常に痛い。悪意があるわけではないので、カイルはそれを無言で堪えた。

「それで、モーリス殿がなぜこちらへ?」

 樹海は広く、見渡す限り広がっている。神殿に向かう道の東西南北に森の番人が置かれているが、モーリスは北の担当だ。カイルの担当である西側にいるのはおかしい。


 モーリスは笑顔を引っ込めて、切り出した。

「ところで、カイル殿。ここに落ちてきた『来人らいじん』はどこへ行ったか、ご存知で?」

「なぜだ?」

 モーリスは自分の顎髭を一撫でして、おどけて目をきょろりとさせた。

「幽霊がって言っても、そんな馬鹿なと言われるでしょうが──」

 ちろりとカイルの眉間の皺を見遣って、モーリスは続けた。

「幽霊が、毎晩耳元でシオリ、シオーリーって喚くんです」 

 

 カイルは、まじまじとモーリスの顔を見上げた。

「喚くのか?」

 モーリスは真剣な面持ちで頷く。

「毎晩? 幽霊が?」

「そうです。幽霊じゃなくとも、何かが喚いているんです。姿形はみえないが、女の声で必死に名前を呼んでいる。この前、光った後からだから、もしかしてこっちに『落ちて来た』んじゃないかと思いまして」

 「シオリのことか」と呟いて、カイルは腕を組んで呻いた。


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