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らいじん  作者: タカバノ
3章 帰りたい
26/33

24:屋敷で

 今日もライジンの村は忙しい。火事の後ひと月でなんとか住むところを建て直せたものの、まだ畑も作りなおさなければならない。

 陸もその一員として懸命に鍬を持って土を耕していた。真昼の太陽が容赦なく照りつけて、頭の先がじりじりと暑くなってくる。

「陸、休憩してきていいぞ。後は昼飯の後でな」

 声をかけられてようやくその手を止めた。


 昼飯のまえに、今日はどうしても行きたい場所があった。テレビを収めた祠があった場所だ。

 すっかり焼けてしまって殺風景な一帯の中、不思議なことにそれはぽつんと元の姿のまま残っていた。焦げたりした様子もない。全くの無傷だ。

 陸は、相変わらず何も映さないただ黒いテレビの画面を見つめた。

「今日はダメか」

 つぶやいた声を聞いているものは誰もいなかった。


***

 今日も屋敷の中は平和だ。

 アイザックの屋敷の中は、他よりゆるやかに時間が流れているように感じる。汐里はアイザックの妻・サラに頼まれて、バーバラの元へ料理を運んでいる最中だ。長い通路を奥へと進むとようやくバーバラのいる客室がみえてきた。

 バーバラはひと月たった今も、まだ一人で歩き回るのが億劫な状況だ。少しずつ回復してはいるが、隙あらば動こうとするので治りが遅い。カイルにお説教されても、効果はなし。汐里は、そんなバーバラを怪我人としてベッドにしばりつけておくための、格好の話し相手だった。


 ノックをするとすぐに返事があった。

 汐里は重たい扉が閉じないように、背で片側を大きく押しやって、その隙間にするりと体を滑り込ませた。

「おじゃましまーす。バーバラさん、具合はどう? お昼ごはんもってきたよー」

 声をかけてベッド脇の丸テーブルに料理を置いた。すでにベッドで上半身を起こしていたバーバラは、読んでいた本を閉じて微笑んだ。

「だいぶいいわ。あと一週間もしたら動けそうよ。ほらね」

 そう言って、力こぶをつくるようにしてみせた。顔色もすっかりいいし、まだ思うように歩けないのをのぞけば本当に元気そうだ。汐里がほっと息をついたのを見計らって、バーバラがぐいと身を乗り出した。


「それで? 元気がないようだけれど、何かあったのかしら。シオリちゃん」

 あまりに唐突に訊かれて、汐里はむせて咳き込むことになった。

涙目でそんなことないと首を振る汐里に、バーバラは追求の手をゆるめなかった。 

「シオリちゃんは嘘が下手ねえ。もしかして、カイルがいないから?」

「なぁんでそーなるんですかっ」

 なぜ、そこでカイルの名前が挙がるのか、さっぱりわからない。

「あら、違うの? 私はてっきりそうなのかと。けれど、悩んでいるのはカイルに関係のあることなのでしょう? 話せば楽になるかもしれないわよ」


(バーバラさんって怖い)

 何も言っていないのに、いろんなことを読みとられていそうだ。

 汐里が分かりやすすぎるのか、バーバラが鋭いからなのかは微妙なところだが。もしかして、また顔に出ていたのだろうか。

 確かに、このところ汐里は悩んでいた。聞きたくても、カイルに何も聞けない状態だったのだ。その悩みを誰かに聞いて欲しいと思っていたのも、また本当なので、ここぞとばかりに汐里は切り出した。


「カイルに聞きたいことは、いっぱいあるの。でも、触れちゃいけないことなのかもしれないと思うと、なかなか聞けなくって」

「神殿のこと? それとも蟲憑きのこと? それとも……フランシスカのことかしら」

「全部。もっとカイルのことが知りたい。そんで、なにか手伝ったりできればいいなー、なんて。でも、最近カイルは眉間に皺のしかめっ面で、話しかけてもなんだか迷惑そうにしてるし。だから余計に聞きづらくって」

 汐里が言葉を選びつつ言うと、バーバラは真面目な顔で頷いた。


「まったくダメねぇ、カイルったら。大丈夫よ、シオリちゃん。あれはね、迷惑な表情かおじゃないのよ。悩み事がある時の表情。ごめんなさい、私ったら変に勘繰って……。てっきり、もっと甘酸っぱい理由なのかと思っていたから」

 その甘酸っぱい理由というのが一体何を想像されていたのかは、非常に気になる。気になるものの、聞けばその矛先は間違いなく自分になる。


どうもバーバラやアイザックは面と向かっては言わないが、汐里とカイルをくっつけたいようなのだ。面倒くさいと直感した汐里は、聞かなかったことにした。

「あれは、悩んでる顔だったんだ。せっかくやさお……いや、男前なのに、台無しだね。こうだもん」

 カイルのしかめ面振りを真似てみると、バーバラはお腹を抱えて苦しそうに笑った。あばら骨も折れていたはずだから、本気で痛いのだろう。無理やりに笑いをひっこめたバーバラは、汐里に問いかけた。

「それでカイルは? 今日はどこへ行っているの」

「ライジンの森の見回りだって。帰りは明後日の予定って」


 なるほどねぇ、とバーバラは呟いた。その後、うーんと言ったきりうなっていたが、汐里の目と目が合うと、真剣な眼差しで問いかけた。

「カイルのことを知りたい?」

 汐里が大きく頷くと、決心したようにバーバラは口を開いた。

「本人に聞くのが一番良いけれど、少しだけなら私も話せるわ。フランシスカのことは、カイル一人の問題ではないから」

 どういうことかと無言で問いかけた汐里に、すぐ答えはもたらされた。

「フランシスカはね。私の腹違いの姉なの」


 意外な関係に、汐里は目を丸くした。

「え? バーバラさんのお姉さんなの?」

「そして、カイルの元婚約者」

「婚約者……」

「親が決めたことだったけれど、お互いに大切に想いあっていたと思うわ」

 そうか。汐里はなんとなく腑に落ちるような想いがした。

 バーバラを助けにいかないときっぱり言ったカイル。誰のための約束だったのか思い出したと言ったカイル。お互いに大切に想いあっていたという二人。


 全部、婚約者だったフランシスカのためだったのだ。

 なんだか胸の奥底が冷えた気がした。

(胸やけ? 消化に悪いものでも食べたっけ、あたし)

 首をひねった汐里に、どこか遠い目をしたバーバラは静かに続けた。


「フランシスカはひどくお人好しで、困っている人がいれば自分の身につけている装飾品までほとんどあげてしまうような姉だった。けれど、カイルのことだけは別。ずっと、自分がカイルのお嫁さんになるんだ、と夢見ていたわ」

 目を閉じればバーバラには、うっとりと話す姉が今でも見える気がした。風になびく長い金茶の髪。きらきらと輝く瞳。異母姉で顔立ちはあまり似ていなかったけれど、目の色だけは同じだった。愛らしく人に好かれた姉。

 

 甘く可憐な声で小鳥がさえずるように、バーバラの名前を呼んでいた。

「でも、三年前に神殿に捕われてしまったの。カイルと私に対しての人質として。交換条件は、カイルが死ぬこと。私は大人しく神殿に捕まり、協力すること」


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