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らいじん  作者: タカバノ
2章 災いがやってきた
23/33

22:蟲憑き

 カイルが剣の攻防を繰り広げながらも、馬上の神官を見据えた。

「ミールウスの剣は蟲憑きの者しか扱えない。神殿が持っていても、ただの切れ味の悪い剣にしか過ぎないぞ」

 言葉が終わるかどうかの内に、カイルの剣の切っ先が相手のわき腹辺りを突いた。傷は深くはなさそうだったが、相手は馬で後ろへと下がって、睨むようにカイルを見たようだった。


「神殿ではご法度の『蟲憑き』しか使えないなら、何の意味もない」

 ひゅんと風切音が響き、カイルの手の中でただの剣だったそれが小さく火花を散らして光った。パチパチと刃を取り巻くように火花は光り、周囲を渦巻くような風が立ち上った。

 何か危険な気配を感じたのか男の馬が嘶いて暴れだした。それまで全く退く気配を見せなかった男は、仕方なく後方へと方向を転換させた。


 お茶を飲みつつ話していたあの時、魔法具は存在していると聞いた気がする。つまりカイルの剣がそれで、カイルも神殿に狙われているのだろうか。めまぐるしく考えてみたが、目の前の不思議な剣の輝きに目を奪われてしまって答えは出せなかった。バーバラの時のような暴走している印象はまるでないが、静かに内側から黄金色に光っているかのような剣は圧倒的な空気を纏っている。


 汐里には全く理解できない単語ばかりが次々に飛び出てきて、カイルの動きを目で追うだけで精一杯だ。ミールウスの剣、蟲憑き、フランシスカ……

 つまり、ミールウスの剣とやらを所持しているカイルは、それを扱える。それを扱えるのは蟲憑きだけだということは──。


「カイルは、その蟲憑きとやらってことなの?」

「蟲憑き、は長から噂で聞いたことがある」

 汐里の後ろで馬に跨っている陸がポツリと呟いた。

「『蟲』は、ひとつだけ願いを叶えてくれるけど、それは取引らしい。代償に体を喰われるって言われていて、末は化け物になるとか」

「化け物って、まさかカイルが? 生真面目と書いてカイルと読むような人じゃない。自ら進んで手を出すとは思えないよ。……まだ、カイルのことをそんな知ってるわけじゃないけど」

「オレもよく知らない。毎週、カイルさんはライジンの村へ来てくれていたけど、その『蟲憑き』になった経緯を誰も詳しく教えてくれなかった」

 陸がカイルの方を見たので、汐里も同じようにカイルに目を向けた。


 カイルが軽く振っただけの剣は、稲妻が走ったかのように光の粒子を瞬かせて、神官とその馬の足元を黒く焦がした。

「さあ、クリフォードに伝言してくれるのか、くれないのか」

「……伝えよう」

 男は、剣を目にして分が悪いと判断したようで、カイルを見据えたままだったが少しずつ距離を取ると、素早く走り去っていった。

「あの声、どこかで……」

 独り言を口にして考えこむようにしばらく見送ったカイルは、その考えを撃ち払うように頭を振って、汐里と陸の馬へと寄ってきた。


「シオリ、リック」

 二人のすぐ横で声がした。騎上の二人は、たった今まで話していた話題の本人に、ぎこちなく振り向いた。

「か、カイルっ。大丈夫? あの人は逃げたの」

「応援を呼びに行ったのだろう。これから神殿に戻るのに、仲間を寝かせたまま置いていくわけにはいかないからな。クリフォードがくると面倒だ。今のうちに去ろう」

「カイルさんは、どうやって帰るんですか」

「自分の足でいく。遅いと思えば、アイザックが迎えに来るだろう」

 二人の乗る馬を押すカイルは、心配して見つめる汐里に気がついて苦笑した。

「大丈夫だ。どこも怪我していないし、村までそんなに距離もない。リック、頼んだぞ。しっかり馬を走らせてくれ」

 頷いて手綱を握り締めた陸が、馬を繰って少しずつ加速させていく。

「また後で会おう」


   * * *                

   

 汐里は夕方の差すような陽の中、鋏を手に淡い白と桃色の花を摘み取った。ミニバラのようで、花弁も小さく香りもあまりきつくないそれを、大切に手元の籠に入れる。濃い橙色に染まった空は、花も同じ色に照らし出していく。

 

 この世界へ来てから、今日でちょうど二週間が経った。あの後、バーバラは、怪我が酷くて今もまだベッドから思うように起き上がれない。骨も数箇所、折れていたようで、しばらく絶対安静を言い渡されている。 

 すっかり屋敷の住人とも馴染んできたものの、ここでずっとお世話になっていていいのだろうかとも思う。バーバラが動けるようになったらカイルに相談してみようか。そう思ったとき、まさにカイルが庭に現れてこちらへ歩いてきた。均整のとれたそのシルエットは逆光でも見間違いようがない。

「シオリ、支度ができたそうだ。食堂に集まってくれ」

庭に汐里を呼びに来たカイルは、汐里が手にしていた花に目を留めて微笑した。

「バーバラへか」

 小さく頷いたものの、沈んだ様子で立ち上がろうとしない汐里に気付いて、カイルは小さくため息をついた。


「どうかしたか?」

「カイル、あのね。よく考えたんだけど、ずっとここでお世話になるわけにもいかないし、バーバラさんが起き上がれるようになったら出て行こうと思うの」

 ちょっと目を見張った様子のカイルは、考えるように端正な顔をうつむけた。夕日に染まる姿は一枚の絵画のようで、汐里はしばらく感心してカイルを眺めていた。助けに来てくれたとき、あんなに鋭く剣で切り込んでいた人物だとは思えない静かな空気だった。


「ここが嫌なわけじゃないの。皆、すっごく良い人だし、好きだけど、あたしがいていいのかなって思っちゃうの」

「……蟲の話を聞いたか?」

 何でもないようにさらりと切り出され、汐里は身を固くした。

「そんなに詳しくは……」


 本人に尋ねてはいけないことに思えて、ずっとその話題を避けていた。だから、すぐ顔に出る汐里は、カイルと顔を合わせるたびにぎこちない態度だった。

 けれど、気持ち悪いとは思えない。カイルの見た目は何ひとつ他の人とは変わらない。

「最期は化け物だということは? まだ、そんなに違うようには見えないだろう。……はっきりと化け物になるのは少し先の話だ。気持ち悪いかもしれないが、蟲が成虫になるころには、シオリやリックはおそらくいないだろう。目にすることはないはずだから、安心してくれ」


 汐里を気遣って微笑し、言うだけ言って屋敷のほうへ目を向けたカイルに、何か言おうとしたが、なんと声をかけていいのかわからずに汐里は黙った。

 フランシスカって誰。ミールウスの剣って何。なぜ神殿が手に入れようとしているの。どうして蟲憑きになったの。その蟲が成虫になったら、カイルはどうなるの。 

 聞きたいことは山のようにあるのに、どれも面と向かって聞くのが躊躇われて声には出せなかった。


「ねえ、カイル。ごめんね」

 代わりに謝罪の言葉を口にした汐里に、カイルは不思議そうに振り返った。

「あたし、カイルに臆病者とかサイテーとか冷血人間とか言って」

 言われてようやく思い当たったようで、ああと小さく声にした。


「あたしは結局、何にもできなかった。バーバラさんを助けるって言ったのに、何にも考えてなかったし、引っ掻き回して邪魔しただけだった。カイルが来なかったら、あたしもきっと捕まって、足手まといになるところだった」

「いいや」

 カイルは首を振って、静かに否定した。

「シオリが行かなかったら、俺もきっと後悔することになっていた。バーバラとは神殿にどちらかが捕まっても助けないと約束していたが、誰のための約束だったのか思い出せたから。だから、いいんだ」


「誰の、ため?」

 尋ねてはいけないことかもしれないと思いながら、さりげなさを装ってきいてみた。

 カイルは、また無言で微笑しただけだった。答えられないという意思表示だろう。

 一緒の屋敷に滞在しているというのに、カイルは毎日ライジンの村へ行ったり、樹海へ行ったりと忙しく、謎が多い。汐里が蟲憑きについてわかったのは、それが禁忌だということ。その末路がひどいという情報だけだ。


 カイルのことを、もっと知りたい。

 沸々と湧き上がってきた想いに、汐里はカイルを見上げた


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