21:ミールウスの剣
「シオリちゃん!」
バーバラが悲鳴を上げ、カイルは相手を無言で睨んだ。シオリの後ろの神官は、さらにぐっと力を込めた。じわりと痛みが広がり、首筋にぷっくりと血の玉が浮かんだ。
時代劇やアクション映画などなどでお約束の展開だ。まさか自分の身に起こるとは思っていなかった汐里は、背中がぞわぞわと粟立った。
刃物を押し当てられるのは、当然のことながら心地良くない。注射の針がずぶりと腕に入っていくのを見ているよりも、もっと気持ち悪かった。その刀身がいつずぶりと首に埋もれるのかと考えるだけでぞっとする。
皮膚に押し当てられた刃物の感触が、ひどく冷たく、動けばすぐに切れそうだ。目だけを動かすと、視界の端にカイルが立っていた。
「カイル……」
おまじないのように、カイルの名前を口にする。不安ではあったが、カイルが居れば大丈夫だという気がした。
汐里を安心させるように、カイルはしっかりとその視線を受け止め、大丈夫だと小さく頷いた。
背後の男が腕に力を込めた。汐里の首を絞める形になっていたその神官の腕に力が入ったので、汐里は息苦しさに小さく声を漏らした。
「シオリを放せ」
カイルが相手の出方を計ろうと、静かに言う。
汐里ごと後ろにじりじりと後ずさった神官は、震える手で汐里の顎をぐいと上向けた。汐里の顎に食い込むように強くごつい指がつかみ上げていて、痛い。
「動くな! その、その剣をこっちに渡せっ!」
汐里の背後で、神官がカイルに向かって叫ぶと、手にした刃にぐっと力を込めた。
カイルは手にしていた剣を、地面に素早く置いた。
「……これで良いか?」
「もっとこっちへ! 蹴れ」
言われるまま、カイルはその剣を足で汐里達の方へ蹴り、その剣は下草の上を滑らかにとはいかず、不細工に転がって小石にぶつかって止まった。金属と石とがぶつかった不協和音が耳に突き刺さるように響いた。
汐里を引きずるように前へ乗り出すと、神官は足元の剣に手を伸ばした。
「これが……」
「それが?」
「英雄、ミールウスの剣」
感慨深げにそれを手にしようとした男を、カイルは一蹴した。
「まさか。それはただの剣だ」
そっけなく言うと、腰の辺りに隠し持っていた手のひらにすっぽり納まる短刀を男の手の甲に向かって続けざまに二本、投げた。
二本の短刀は狙い違わず、恐ろしく正確に、地面の剣に触れようとしていた男の手の甲に深々と刺さった。
「うわああぁぁっ」
汐里を捕えていた男の手が放れ、汐里はそのまま横へ突き飛ばされた。地面でしたたか腰を打った汐里は、顔を顰めた。男は、その間にカイルに正面から鳩尾への拳の一撃をもらい、その場に崩れ落ちた。
息も乱さずに動くと、カイルは汐里に振り返って意外にごつくて大きな手のひらをずいと出した。
「シオリ、早く!」
手を差し伸べたカイルの手を取るかどうか、ちょっと迷った。あんなに啖呵を切ったのに、何もできなかった自分が情けなかった。カイルに合わす顔がない気がして、気まずく感じた。
「どうした、どこか痛いのか?」
「ううん。へーき」
「ほら、急いで。手につかまるんだ」
真剣そのもののカイルの表情は、いつもより少しだけ色の濃く見える水色の瞳も熱がこもっているように感じられた。汐里は、結局その手をしっかりとつかみ、引っ張り上げてもらうと、カイルから顔をそらした。
「ありがとう」
「バーバラは立てるか?」
少し離れた位置から見守っていたバーバラも、大きく頷いてその場から離れるつもりで歩こうとしたが、体が傾いだ。汐里もカイルもすぐに駆け寄り、バーバラの体を支えた。
「ごめんなさい。ありがとう、カイル。わたしのせいなのに……」
「いや、いいんだ。さ、急いで村へ戻るぞ」
かかかっと馬が走る軽快な蹄の音が聞こえてきた。次第に近づいてくる。新手の追っ手かと身構えた汐里達の前に、馬に乗ったアイザックと、陸の姿が現れた。
「カイル様!」
名前を呼ばれたカイルは、そちらへとバーバラを連れて行って、馬上のアイザックへと引き渡した。
「アイザックはバーバラを頼む。リックはシオリを馬で乗せていってくれないか。俺は後から追う。向こうの草むらに馬を一頭待たせている……、誰か来るな」
「ええ。向こうも馬で来たようですね。神殿の者でしょう」
カイルが剣を抜き、隙なく構えた。
「先に行っていてくれ」
動けないバーバラを乗せた馬は、アイザックがそれを合図に出発させて、すぐに見えなくなった。汐里もなんとか馬に乗ろうかとモタモタしていると、首に下げていたペンダントが落ちた。
鎖が切れてしまったようだった。『カイ』から貰った重みのある琥珀のペンダントヘッドが、土の上にころんと転がった。
「あ、ウソ。やだ」
「おい、急げよ。早くしないと」
早くしないと誰か来てしまうか、カイルに打ちのめされて転がされている周囲の神官達が起きてしまう、と言いたいのだろう。
しきりに陸がせかすが、焦ってしまって余計にうまくいかない。琥珀を拾って顔を上げると、カイルがこちらへ向いているのと目が合った。
「シオリ、早く馬にのれ!」
口早に言い、カイルが前方へ向き直るほんの一瞬前、何かがその後ろで日の光に当たって光るのが目に映った。カイルの頭上で反射して──
いつの間にか、馬の蹄の音が地鳴りのようにごく間近に迫っていた。
「カイル、後ろ──!」
汐里の声が届くよりも前に、カイルは体を難なく横に跳んでいた。馬上から振り下ろされた刃をさらりと避けて、馬上の人物を睨んだ。
「クリフォードの部下か?」
カイルが問いかけたが、相手は何の反応も示さなかった。深く被ったフードで表情が全く読めない。フードから覗く髪がウエーブがかった赤だった。
もしかして、汐里が一人で歩いていて後を追った人物ではないだろうか。汐里は朝日を背にしているその人物をまじまじと見た。追いつけなくて、あの時はカイと遭遇したのだけれど、汐里のどこかがあの時の人だと告げていた。
「おい、今のうちに馬に乗った方がいいぞ」
陸に言われ、汐里はなんとか頷いた。陸の手を借りて、なんとか馬に跨る。
汐里が馬に乗ったことを見て、安堵した表情を見せたカイルに、突然馬から二撃目が振り掛かってきた。すっかり汐里達のほうに気を取られていたにも関わらず、カイルは化け物並みの反射神経の良さで、その攻撃を剣で受け止めた。
「クリフォードが俺の剣を狙っているらしいが、伝えてくれないか。首を洗って、出直せ、とな」
相手の攻撃を跳ね返すと、カイルは一歩後ろへと跳んだ。相手は、果敢にも更に剣戟を繰り出す。あっさり倒されていた先程の神官達に比べれば、今の相手はカイルと力が拮抗しているようにみえた。
馬の上からの攻撃だからそうみえるだけなのかもしれないが、馬の上の人物はどこか得体のしれない印象を受けた。
「あれは、あいつには扱えない」




