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らいじん  作者: タカバノ
2章 災いがやってきた
21/33

20:フランシスカ

 二人を取り囲む輪が狭まってきて、すぐ側に神官三人が寄ってくる。じりじりと追い詰められた汐里とバーバラに手が伸びてきて、二人ともあっという間に捕まってしまった。

「ちょっと、その手を離してよ!」

 すぐ前にいた神官に羽交い絞めにされた汐里は、手も足も力の限りに振り回したが、当たったのは二、三発で、相手にはそれ程ダメージにならず、自分の手の方が痛くなっただけだった。


 バーバラは天幕から脱走していることもあって、かなり強く腕を後ろ手にねじりあげられている。痛みを堪えて小さく呻く声が、汐里の耳に届いた。黙って大人しく見ていることができずに、汐里はぐいと前に身を乗り出した。

「バーバラさんに酷いことしないで!」  

 精一杯に訴えたものの、取り合ってくれる気はなさそうだ。 

 汐里とバーバラを上から下まで見た神官は、詰問口調で問いかけた。

「お前達、ローブはどこから盗んだ」

「盗んでない」

「そんなはずないだろう。魔女もお前も間違いなく神殿のローブを着ている。誰か手引きしたものがいるのか!」


 汐里のローブはカイがくれたものだが、親切だったカイを悪者にしたくはないし、手引きしてもらった覚えもない。汐里は、堂々とすっとぼけた。

「知らない。そんな人いないし」

 ふてぶてしい態度の汐里に気色ばんだ神官が、噛み付きそうに身を乗り出した。殴られると思ったが、そこに、痛々しい姿だが悠然と微笑んだバーバラが助け舟を出した。


「違うでしょう。盗もうとしているのはあなた達の方じゃないかしら」

「何のことだ?」

「白々しいわね、カイルの小屋と屋敷に押し入ったでしょう。まあ、正確には屋敷の方は私とアイザックさんに防がれて未遂だったけれど、挙句の果てに侵入に失敗したから、あそこに火を放とうとしたでしょう。呆れるわ」


 腕を後ろで捻りあげられたバーバラは苦しげに眉根を寄せながらも、はっきりと言い放った。三人の神官を見回し、もったいぶってみせた後でゆっくりと続けた。

「アレを捜しているのなら、あなた達の見当違いよ。誰もいない間に、小屋を随分荒らしてくれたわよね? 全て元通りにするのに、とっても骨が折れたのよ」

 実際に小屋を片付けたのはカイルひとりだが。

 バーバラひとりが荒らしたくらいで、さすがにあれほどの惨状になるとも思えなかったので、家捜しに数人で手当たり次第ひっくり返しました、と言われたほうがすんなり納得できた。


 もしかしたら、汐里をおびえさせないために、バーバラは「自分が荒らした」と甘んじて言っていたのかもしれない。

 しかし、アレとはなんのことだろう。

 汐里もバーバラの声に耳を澄ました。


「それにしても、あなた達こそ無駄骨だったのではないかしら。苦労して家中漁ったものの、見付からなかったでしょう? アレをカイルが肌身離さずに持ち歩かないわけがないのに」

 神経を逆撫でする言葉を並び立てたのに、彼女の魔力を恐れてかバーバラの正面からすぐに殴りかかろうとする者はいなかった。

「でもね、分からないでもないわ。カイルがいつも持っている剣がアレだとすれば、あなた達如きが奪えるはずがないもの。相手は氷刃の聖騎士・カイル。奪うどころか、刃もたたない」

 ころころと可笑しそうに、バーバラは笑い声をたてた。しかし、波が引くようにすうっと真顔になると、きっぱりと告げた。

「私を捕まえてカイルをおびき出そうとしても、彼は来ないわよ」


 神官達三人は急に固まった。

 おびき出そうとしていたのは、きっと本当だったのだろう。目配せをしあっている。彼らが、いつどういう動きに出るのか汐里は気が気ではなかった。

汐里やバーバラが、カイルを呼び出すための役に立たないと分かれば、殺されるのではないかと最悪の想像が頭をよぎる。

 バーバラにも何か考えがあるのだろう。ずっと、ゆっくりと話続けている。

「ここに、フランシスカがいれば来たかもしれないわね」


──フランシスカ


 その名前が出たことで、また神官達の空気が凍りついた。

 何か、その名前が口にしてはいけない禁句のような雰囲気だった。

「どこにいるのかしら? 連れて来ていればよかったのに」

 ため息のような呟きが漏れて、バーバラはふっとその口元に微笑が浮かべた。ふと、汐里の視線に気付いたかのように目と目が合った。


 バーバラの口が、口パクで何かを伝えようとしている。だが、汐里には分からなかった。雰囲気からすると、心配しないで、もしくは大丈夫、と言っているような気はする。

「……フランシスカ殿がこちらへ来られることはないでしょう」

 神官の一人がバーバラに同情的に伝えたが、後の二人は聞かなかったことにするらしく、そのままバーバラと汐里の腕を引いた。どうやら、このまま神殿側に連れて行くつもりのようだ。

 どうにかして逃げなければ。


「おい、居たのか!?」

 足音がその場に近づいてきて、また別の神官が五人現れた。

「ああ、ここに魔女もいる。脱走を手伝った奴も一緒だ」

 バーバラを捕まえている神官が、しっかりと自分が捕らえているバーバラの腕を証拠とばかりに上に持ち上げて見せる。腕を後ろ手に持ち上げられたバーバラは、自然と頭が下がる。長いチョコレート色の髪が前へと流れて、表情は全く見えない。

「クリフォードは?」

 そこへ最後尾に立っていた神官が問いかけた。だが、上官であるクリフォードを呼び捨てに出来る者などその場にはいない。皆、ぎょっとしてその男を見た。長身にローブを羽織った男は、フードは被っていない。


 銀髪と氷のような薄水色の瞳は、獲物を定める猛禽類のように鋭く細められた。

 カイルはローブを邪魔そうに脱ぎ捨て、腰の剣を抜いたかと思うと、目にも止まらぬ素早さですぐ側の二人を跪かせ、前へ走り出て次の二人、バーバラを捕まえていた一人を倒してしまった。

 突風のように速く、無駄の全くない動きだった。


 残るのは汐里の後ろの一人と、その横のもう一人だ。

 じりじりと間合いを計っていた神官が、意を決した様子でカイルに向かっていったが、カイルは難なく闘牛士のようにあっさりそれをかわして、相手の背後にまわり込み、剣の峰打ちにした。そういえば、誰も死んではいないようだ。

カイルの剣が一閃したかと思うと、一撃が決まり、相手は倒れている。骨の何本かは折れていそうだが、血は流れていなかった。

「カイル……」


 冷血人間だとか、酷いとか最低だとか、散々カイルにぶつけて出てきてしまったが、今更ながら申し訳なくなった。

 ここにカイルは来てくれた。

 それだけで、充分だった。

 冷たい人なんかじゃなかった。

 感動して、じんわりと涙が滲んだが、首に冷たいものを押し当てられた汐里は急に現実に引き戻された。短刀(短刀というには大分ごつい)が首元で日の光をはじいてぎらりと光り、視界の端に入った。

 そういえば、すっかり忘れかけていたが、まだ捕まったままなのだ。


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