19:ミッションB‐3
すぐにでもバーバラと再会を喜びたい。大丈夫だったかと無事を確認したい。手を取りあって良かったと跳ね回りたいところだが、そんな場合でもない。
バーバラの顔色を窺うと、フードの下から見える頬と目元の大きな青あざが痛々しく腫れ上がっていた。痛むのか、うっすらとその額には汗が滲んでいる。顔色も青白く血の気がないように目に写った。
「ねえ、バーバラさん」
大丈夫? と、バーバラを仰いだ。そのとき、
「おい! お前達、どこへ行くんだ」
背後から、誰何の声が上がった。その場に縫いとめられたみたいに固まった汐里達一行は、お互いに目線で合図を送りあった。
三人がいつまでも振り向かないので、呼び止めた男は、足音も荒く近寄ってきた。
「おい、なぜ振り向かない──。う」
振り向いたバーバラが、素早くその前に回りこみ、その男を魔力で眠らせる。どさりと、その男が地面に崩れ落ちる音が響いた。
天幕の影から出てきた別の男が、それを見ていて警笛を吹き鳴らした。
心臓がひやりと冷えた。
「まずいわ、人が来るわ。走りましょう」
頷いて一目散に走り出したが、バーバラの走りが危うい。ふらふらと足元がおぼつかない様子で、今にも倒れそうだ。このままでは、すぐに捕まってしまうだろう。陸も気付いたようで、足を止めた。
「バーバラさんっ」
「早く! オレ達の肩につかまって下さい」
陸と汐里で、素早くバーバラの両側にまわって肩を貸す。なんとか足を動かしている様子のバーバラは、小さくありがとうと言った。
「馬が要りますね」
陸が神殿の天幕のある後方をさっと見て確認したが、生憎と馬が繋がれていたのは天幕の裏側付近だった。今居る位置からだとまるで逆方向だ。今から戻って馬を拝借するには、危険すぎる。捕まえてくださいと大きく書いた看板を背負って、わざわざ捕まりに行くようなものだった。
「そうね。だけど、敵地に戻って馬を盗むのは無理だわ」
そう言ってバーバラは、陸と汐里の肩からそっと自分の腕を引いた。怪訝な表情でバーバラを見上げると、彼女は汐里の両肩に優しく手を置き微笑んだ。
「助けにきてくれたんでしょう? ありがとう。でも、いいの。逃げて。私は自業自得だし、自分でなんとかするわ」
「なんとかするって……」
どう考えてもなんとかできる状況ではない。
次第にざわめきは広がり、神官達の張った天幕からは人が集まってこちらへ向かって走ってくる。
「一緒に逃げましょう。カイルさんの所まで戻れば、馬もあります」
陸の言葉に、汐里も大きく頷いた。
ここから、ライジンの村までは歩いて二十分程の距離だ。途中に林程度の木々が間にあるが、そんなにきつい道のりではない。
「もうちょっとがんばれば、ぎりぎり追いつかれずに辿りつけるよ」
でも、バーバラは静かに首を振った。
陸は大きなため息を吐き出し、諦めたように汐里の服の腕をぐいと引いた。
バーバラを残して、走るつもりなのだろう。汐里は駄々っ子のように、首を何度も横に振った。ここで頷くわけにはいかない。
「じゃあ、どうしろってゆうんだよ!」
一歩も譲らないその頑固さに痺れを切らして、陸は怒りにまかせて乱暴に汐里の腕を取った。
「オレは、カイルさんと約束したんだよ。ちゃんと連れ戻すって!」
そう言って、バーバラの腕をもぐいと手に取った。
汐里とバーバラの腕を掴むと、陸はそのままライジンの村の方へと二人を引っ張った。細い腕の見かけによらず強い力に、バーバラも汐里も後ろ向きのまま、ぐいぐいと腕を引かれ、仕方なく歩いている状態となった。
「ごめん、歩くから!」
「リック、放して頂戴」
汐里とバーバラの声にも振り返らず、陸はさらに前方へと二人を引っ張り続ける。
「ごめんなさい、リック、シオリちゃん。ちゃんと歩くわ。三人できっと帰れるようにするから」
バーバラの一言で、陸がようやく二人の腕から手を放した。陸も汐里も頷きあい、バーバラに肩を貸す形で再び歩き出した。
三人の歩く足音と息遣いだけが響く。足元に生える草は、朝露に濡れていて、足がひんやりと濡れて冷たい。
背後からは神官達のざわめきと、騒がしい足音が聞こえてくる。
「私がいないことに、きっと気付かれてしまったのね」
悔しげな呟きが、バーバラの口からこぼれた。
次第に辺りは白み始めて、空が藍色からグラデーションになり生まれたての橙や黄色の明るい色彩が 空に浮かび上がってきた。はっとするほど美しい光景だったが、ゆっくり見惚れている余裕などなく、朝焼けに三人の姿が照らし出されていく。
追ってきている神官達に、見つけられるのも時間の問題だった。
「お願い、陸。先に戻って、その、馬と助けを呼んでくれない?」
バーバラの体力が限界に近いことを見てとり、汐里は陸を見つめた。陸はちょっと逡巡したようだったが、やがて頷いた。
「わかった。走れば五分とかからないはずだから」
言い置いて、すぐに全速力で走り出した。その後ろ姿を見送って、汐里はバーバラを支える腕に力を込めた。
「バーバラさん、もうちょっとだよ。がんばろう」
うっすらとだったバーバラの額の汗が、今ははっきりと浮き上がって、息も浅くなっている。いつもは艶々した赤い唇も、紫色になってしまっている。
おそらく足が痛むのだろう。体も、服で隠れて見えないだけで、実は痣だらけなのかもしれない。怪我の具合から、女性相手だから手加減しようという、容赦は一切感じられない気がした。
肩に置かれているバーバラの腕を片手で握り、もう一方の手で腰を必死に支えているのだが、手汗で何度もそれが滑りそうになった。その体の力が抜けている今だからこそ、こんなに重いと感じてしまうのかもしれないが、背の高いバーバラを一人で支えるのは、小柄な汐里には中々の重労働だった。気を抜くと、そのままバーバラと一緒にひっくり返りそうになってしまう。
「ごめんね。シオリちゃん。重たいでしょう?」
汐里は首を振って否定し、気をそらすため別の質問を投げかけた。
「ねえ、バーバラさんはカイルがここに来ると思う?」
「……私としては、できることなら来て欲しくないわね。今、出てきたらあいつらにカイルも魔女の一味だと、大義名分を与えてしまう」
「そんな」
「そして、完全に神殿を敵に回すことになるわ。今でも充分すぎるぐらい、敵対関係にあるとは思うけど、公けにというわけではないし」
なんでそんなことになっているのか尋ねようとしたが、その前にバーバラが下草に足を取られ、地面に膝を着いてしまった。それと同時に肩を貸していた汐里も、急な重みに膝を着いた。
「バーバラさん、大丈夫? 歩けそう?」
背後で、空気が動いた。はっとして、後ろを振り返ると、黒いローブが目に止まった。
「おい、いたぞー!!」
すぐ後ろで、耳をつんざくような警笛が鳴り響いた。まだ若い神官だった。汐里は、とっさに立ち上がってその男に体当たりをした。
同じ神殿の黒ローブを着た汐里が攻撃してきて一瞬反応が遅れた神官の隙をついて、さらに渾身の力を込めて体当たりをした。体が軋みそうに痛んだが、すぐにバーバラの手を取った。
「バーバラさん! 今のうちに!」
なんとか立ち上がらせたバーバラと、逃げようと前方を見ると、すでにそこには別の神官が二人立っていた。行く手を塞がれ、汐里とバーバラは手を取り合って、そこに立ちすくんだ。
後方には、汐里が体当たりをお見舞いした神官が頭を押さえながら立ち上がって短刀を抜いている。
「やだ、嘘でしょ」




