18:ミッションB‐2
静かになったその場で、陸がようやく口を開いた。
「あいつは誰だ?」
「すごい偶然だけど、カイルっていうの。ややこしいから、カイって呼ばせてもらうことにしたけど」
「なるほど」
陸は、改めて汐里の着ている黒ローブに目を遣り、露骨に嫌そうな顔をした。
「カイは神殿の人だけど、親切だったよ。ローブもくれたし」
「ふうん。で、逆ナンしてどんなことを聞き出したわけ?」
逆ナンって、と絶句した汐里に、陸はさらに畳み掛けるように質問を続けた。
「まさかそのローブ姿で、敵陣に一人で突っ込むつもりかよ。無謀すぎだろ。ほら、帰るぞ」
陸のその帰るのが当たり前みたいな横柄な態度に、汐里は自分でもよくわからないが、カチンときた。
「帰るって、どこへ。カイルのところに?」
もちろんと頷いた陸に、汐里はそっぽを向いた。
「だったら、嫌!」
動く気配を全く見せない汐里に、陸は怒りをぐっと抑えてさらに説得しようとして尚も続ける。
「バーバラさんを助けるのは、カイルさんの所へ戻ってからでも遅くないだろ」
汐里は答えなかった。
誰に何と言われようが、絶対に今は戻るつもりはない。
「帰らないって本気か? じゃあ、どこに帰るんだよ。ここには自分の家なんてないだろ」
目と目が合って、汐里はうつむいた。
返す言葉がなかったから、そうする他なかったのだ。帰る家がないのは、言い返しようのない事実だ。この世界では、自分は異物でしかない。完全な部外者だ。
自らが言ったことながら、陸も同じ状況だ。陸も押し黙って汐里と同じようにうつむいた。
「カイルさんに、連れ戻してくるって約束してきたんだよ。お前が帰るって言うまで、つきまとうからな」
「帰らない」
陸の言葉をかき消すつもりで、言葉をかぶせた。
「カイルのところに戻ってから、出直してなんて遅すぎるよ! 神殿に着いてしまったら、助け出せないんでしょ」
「だからって、お前なんかできるのか。あの黒い神官達の集団にまぎれこんで、怪しまれずにバーバラさんを連れ出せるとでも言うのかよ」
「やってみなきゃ、わかんないでしょ!?」
肩が上下するほど激しく言い合い、お互いにらみ合った。
「そんなのただの自己満足じゃないか」
吐き捨てるように言われたが、折れるつもりはさらさらなかった。
「あたしの自己満足でもいいの。賭けみたいなものかもしれないけど、バーバラさんは私に優しかった。このままお別れなんて、絶対に嫌!」
言いたいだけのことを言い、汐里は息をついた。
ちょっと考えるように陸が黙り、何か言おうとした時、草木を踏む足音が近づいてきた。しかも、二人分だ。
「今、こっちのほうから話声がしたよな」
次第に近づいてくる足音と話し声に、汐里も陸も慌ててに木の陰に身を隠した。
「ちょっと! 邪魔しに来たのなら、帰ってよ。あたし、戻るつもりないから」
声を押さえつつ文句を言うと、少し離れた場所に隠れている陸に無言で睨まれた。怯みそうになるが、負けずにやりかえす。呆れたように、陸が大きなため息を吐くのが見えた。
「もう少し、静かにしてろよ。そんなこと言ってる場合じゃないだろ。お前はなんのためにその服を着てるんだ。見つかっても問題ないんだろ?」
確かに言った。やってみなくちゃ分からない、と。神官の集団にまぎれ込む、バーバラを助けるとも。
だが、しかし。
陸は、木の陰から姿をさらすと、汐里の手を引き、あっと言う間に汐里をも陰から引っ張り出した。
「ちょ、心の準備がっ」
二の句を接がせない勢いで、頭にローブのフードをかぶせられる。
「ぶわっ、ちょっと何すんのよっ」
フードを顔が見える程度に引き上げながら文句を叩きつけたが、陸は「今更できないなんて言わないよな」と言いたげに見下ろし、無言の圧力をかけていた。上から圧し掛かってくる空気に、大人しくすると、
「オレを捕まえたように、堂々と歩いていればいい」
そう言って、陸は手早く自分の手首を汐里に持たせた。それらしく見えるように、汐里は陸の手をややねじり上げてみる。
「こんな感じ?」
声を潜めて打ち合わせていると、それに気付いた神官二人が汐里達に気がついて駆け寄ってきた。
「おい、どうした。何をしている」
草木の間をぬって黒いローブ姿が二つ、近づいてくる。それに比例して、心臓が口から飛び出しそうに鼓動が早くなった。
間近に見ると、ひとりの神官は痩せぎすで骸骨のように頬のこけた骨と皮みたいな男で、もうひとりはフードを深めに被っているために顔はよく見えないが、華奢で妙に手が綺麗な男だと分かった。顔が見えない男は、フードを首元で掻きあわせるようにして右手で押さえ、もう片方の手でその肘を包むようにずっとしている。
汐里は、声色をつくって慎重に答えた。
「実は、近くでこいつを見つけて……」
陸の手をちょっと上の方に持ち上げてみせる。陸も、芝居をうってくれていて、ねじりあげられて痛い、という顰め面をしてみせた。
「ああ、ヘレティクの村の奴か。今、騒がれると面倒だ。魔女を逃がされないように、しばらく天幕周辺で縛っておけばいい」
勝手に解釈した骸骨似の神官は、汐里に向けて縄を投げて寄こした。難なくそれを受け取り、汐里は彼らに気付かれないように陸の手首に緩く縄を結わえた。結んだところを見届け、神官の二人は彼らの天幕の方へと足を向けた。
「さ、行くぞ。夜が明けた頃には発つんだ。早いとこ片付けてしまわないとな」
あごでしゃくって促され、汐里も陸と目配せし、後を着いて歩き出した。少しだけためらったが、仕方ない。陸も、ついて行くしかないだろと言いたげに、受け入れた表情で小さく頷いた。
成り行き上、先頭に骸骨似の神官、次に顔をフードで隠した神官、汐里と陸の順で歩く。陸と話したいところだが、前を行く顔を隠した神官が後ろを振り返って何度も確認するので、ちっとも隙をつけない。
最初は、陸を逃がさないように見張っているのかと思っていたが、少し歩いた頃になって、汐里はその神官が何かを言いたげに後ろを振り返っているのだとようやく気付いた。
なんだろう。
陸も気付いていたらしく、汐里の脇腹を肘で小突いた。
「おい、あいつって何かおかしくないか?」
「やっぱり? 何か言いたげだよね」
なんとか前を歩く二人の隙をついて、言葉を交わした汐里達は首を捻ったが、思い当たるようなことはない。悩んでいる間に、向こうのほうに神殿の者達が使っている天幕が見えてきた。
(ちょ、どうすればいいの。これ)
覚悟はしていたつもりだが、天幕も二つは張ってあるし、それに見合うだけの人数もいるだろう。朝焼けで辺りが赤く染まっている中、その天幕の周辺にいる人数だけを見ても、汐里と陸の二人だけではどうにもできそうにないように思えた。
前の二人を足して、ざっと十人くらいだろうか。
視界に入ってきた光景に焦り、汐里は陸の手を縛る縄をぐいと引いた。
「まずいよ」
声をひそめて泣き言を吐くと、陸が睨みをきかせた。
「あんたまさか何にも考えてないのか」
「様子を窺ってから、どう動くか決めようと思ってたの!」
ひそひそとやり取りしていると、先頭を歩いていた骸骨似の神官が振り向いて、汐里を注意した。
「どうした、何をごちゃごちゃ言っているんだ」
「は、はい。すみません」
陸と話しているところを見られてしまったのか、不信感を持たれてしまったらしい。鋭い眼光で汐里と陸とをしばらく眺めた神官は、まだ納得してはいないようだったが、急いでいるようで再び歩き出そうとした。
その後ろに続いて歩き出すかに見えた顔をフードで隠した神官が、骸骨似の神官に背後から突進し、隠し持っていたこん棒でその背中の肩甲骨の間辺りに殴りかかった。
続けて、頭を打たれた痩せぎすの神官は、転倒して意識を失った。
突然の出来事に、汐里も陸も口をぽかんと開けて見ていると、今まで一言も発さず顔を隠していた神官が汐里達の方へと向いた。
「ありがとう。助けに来てくれたのね」
心地良い声が耳に届いた。高すぎないアルトの声。
聞き覚えのある声に、汐里は目の前の神官を上から下までまじまじと見なおした。
「ば、ば、ば、バーバラさんっ!?」
人差し指を口元に持っていき、「静かに」とジェスチャーで示し、バーバラはローブのフードを僅かに持ち上げて顔を覗かせた。
「逃げて来たのよ。詳しくは逃げ切ったら説明するわ。早くここを離れましょう」
汐里と陸の背を押して、バーバラが促した。




