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らいじん  作者: タカバノ
2章 災いがやってきた
17/33

16:ミッションA‐3

 * * *

 ああ。なんて冷たい人だったんだろう。

 自分を助けてくれたから、いい人だと思っていた。

それが、バーバラさんを見捨てる、だなんて。裏切られた想いがした。

 あれだけ罵詈雑言をぶつけたのに、顔色ひとつ変えないところがまた腹が立つ。

 顔の造りが良いだけに、表情をほとんど変えずに淡々と話すカイルを目にすると、本当に冷たい人間に思える。


(いや、いや。思えるってなんなの、あたし。実際、あいつは冷血人間なんだって! 

人間冷凍庫ブリザードなの!)

 必死に自分の考えに首を振った。

 

 心のどこかで、カイルはいい人だと信じたい、とまだ思っているからだろうか。完璧にカイルを記憶から抹消するようなことはできなかった。記憶を末梢するどころか、むしろ支配されるかのようにカイルの行動ばかりが思い出される。ついさっき聞いた冷たく温度の低い声で、仕方がないと言った声までが、何度も頭の中で繰り返された。

 しかも、一人になってから、カイルに大口を叩いて啖呵を切った不安が頭をもたげてきた。ほんの小さな不安が、風船みたいに次第に大きく膨らんで、破裂寸前だ。       


 腹立ちと、悲しさから涙がとめどなくこぼれてきた。

 分かっている。

 いい人、だなんてこっちが勝手に先入観を持って、イメージして作り上げてしまった偶像だ。本当の 本当は、冷たい男、だとしてもおかしくはない。

 それでも。

 汐里は確かに、カイルの言葉やつくる料理や、文句を口にしてもバーバラの世話も焼き、陸を気にかけるカイルに優しさを感じた。

 だからきっと、バーバラを助けない、と示したカイルにひどく衝撃を受けた。

(カイルを見返してやる。助けなんて求めない) 

 涙を、乱暴に手の甲で拭って、汐里は決意を胸に顔を上げた。


 まっすぐ前を見据えようとした汐里に、ごつん、と脳みそにまで響くような鈍く大きな音が耳に届いた。

 頭上にあった木の幹に額からぶつかったのだ。

 泣きっ面に蜂だ。

 大声を上げて、なりふり構わず泣きたくなってきた。

 木にぶつかったところのあまりの痛みに、地団駄を踏みつつ額を押さえる。燃えて焼け焦げたその幹は太く硬く、たんこぶになるのは避けられないようだった。

「あー。なんなのよ。あたしが何したっていうのよ。サイっテー」


 自分の不注意にも関わらず、なんの罪もない木の幹を見上げて眼飛ばした汐里は、いつのまにか木の向こう側、少し離れた位置に立っていた黒ローブの男と目があった。

 涙で辺りの景色は、水をたっぷり落としてぼかした水彩画みたいに滲んでいたが、

 神殿の黒いローブは、背景から際立っていてすぐにわかった。


 顔は、目深にかぶったフードに隠されて見えない。距離があるため、フードの下から覗く髪がウエーブがかった赤い髪だったことだけがよく見て取れた。背は、カイルよりもやや低いだろうか。

 汐里も相手を警戒して観察していたが、こちらも向こうから見られている気がした。ほんの一寸の間のはずだが、見合っているといい加減にお尻の辺りがむずむずするような落ち着かなさを感じて、汐里は一歩踏み出した。

「何か用?」


 そっと問いかけたつもりだったが、それをきっかけに、男は死神のような黒いローブの裾をひるがえして駆け出した。

「ちょ、ちょっと。待って!」

 よく分からないまま、汐里はなぜかその男の後を追った。

 駆け出したものの、男はすぐに脇道へとそれて林の方へと走りこんでしまった。木の茂みのせいで、それ以上は追う気になれず、汐里はその場に佇んだ。

「なんなのよ、一体」

 がしがしと髪を掻き毟り、男が消えた方角を見ていると、林の奥の木々が揺れた。

 

 木の葉や木々が落ちた土を一歩一歩踏みしめながら、何かがこちらに向かって近づいてくるのが感じられた。

 また、巨大な虫か。それとも熊か。

 汐里は足元に転がっていた手近な木の棒を、音がたたないように忍者のごとく拾って、両手でそれを握りしめ、構えた。

 危険なものがでてきたら、威嚇して、すぐに走って逃げよう。自分に言い聞かせて、じりと後ずさった。


 がさ がさ がさ 


 茂みが大きく揺れて、音がどんどん近づいてくる。

 すぐ目の前の茂みをかき分けてそれが出てきたとき、汐里は木の棒を振りかぶって思い切り振り降ろした。 

「?」

 何かしらの手ごたえはあるだろうと思っていたのに、衝撃が何もない。

 

 つむってしまった目を恐る恐る開くと、そこには汐里の攻撃をきれいに横に受け流して立つ青年の姿があった。

 髪は柔らかそうに波打つ白金。目は澄んだ明るい緑で、新緑の芽を思わせた。とても、目立つ上に壁画や彫刻にありそうな天使のような神々しい容姿の男だった。

「だ、誰?」

 意外な姿に驚いて、力が抜けた。


 汐里が男に振り下ろしてしまっていた木の棒をゆるゆると降ろすと、男は後光でも差しているのかと思わず彼の頭上を見てしまうほどに、神々しいまでの笑みを浮かべた。

「そちらこそ誰かな。僕は、カイル」

「……冗談でしょ」

 ぼそり、と聞き取れないほどの声で呟いたのに、相手はしっかりとその声を拾っていた。

「冗談じゃあないよ。本当。君の名前は?」

 一瞬、躊躇したが、銀髪のカイルが言っていた偽名を教えることにした。

「……シオドリク」

「ふうん。見えないけど、君は男の子?」

 おもしろそうに笑って、汐里を興味津々に見ていた白金の髪をした第二のカイルは、目を細めた。

「ま、いいけどね」


 ぐいっときまぐれな猫のように、上にぐうっと伸びをひとつすると、この白金のカイルは汐里に背を向けた。

 そのとき初めて、汐里は彼が黒い神殿のローブを着ていることに気がついた。

 彼の黒いローブの裾と袖口には、銀糸で刺繍が施されていた。胸には神殿の紋章も銀糸で縫われている。

 他の神殿の者は皆、白い刺繍だったので、金糸で刺繍をしていたクリフォードの次に、この隊では偉い人物なのかもしれないと、推測できた。

 あまりにも偶然に『カイル』という名前が同じだったせいで、今の今まで気がつかなかったのだ。


「ねえ! 今さっき、ここに赤い髪をした男が来なかった? あなたとおんなじ黒いローブ姿の人なんだけど」

「赤い髪の奴? 見なかったなあ。僕は誰ともすれ違わなかったし」

 半身だけ振り向いて答えると、男は声を立てて笑った。

「な、なんですか」

 あまりにおかしそうに笑うので、汐里は怪訝な表情も隠さずに聞いた。 

「いや。ごめん。ちゃんと服の前はボタンで留めておいた方がいいよ。よければ服を貸そうか」


 改めて自分の姿を眺めてみれば、バーバラに借りたズボンも明らかに女物だし、中のシャツも同じくそうで、シャツの下で僅かに膨らんだ体のラインは羽織ったまま出てきてしまったカイルの上着にほとんど隠れていない。上着が大きすぎて手は出ないし、前でボタンを全て留めると、全くサイズの合わない父親の服を着た幼児のようだ。

「男だってことにしておいた方がいいなら、気をつけたほうがいいんじゃないかな。ね、シオドリクくん」

「……そーかもしれませんね。ご忠告どうも」 

 とりあえずボタンをきっちり下まで留めた汐里は、白金のカイルを見た。


「お言葉に甘えて、服だけもらってもいい?」

 もしかしたら、神殿の黒いローブが手に入るかもしれない。

 淡い期待を持ちつつ、汐里は尋ねたが、拍子抜けするほどあっさりといいよ、とそのカイルは頷いた。

「それと、あなたのことカイって呼んでもいい?」

「どうして?」


「えっと、それは……。その名前を聞くと、胸やけがするから……」

 ぶはっと、豪快に笑い声を立てる白金のカイルことカイの姿があった。

「なにその言い訳、おかしいよ。とにかく、この名前にはよくない思い出があるってことだね。オッケー。じゃ、僕のことはカイって呼んでくれればいいよ」

 酒を飲んでいるわけでもないだろうに笑い上戸なのか、カイは目に涙まで浮かべて笑っている。

 

 繊細で美しい見た目によらず、気さくな人柄のようだ。 

「じゃ、すぐに持ってくるから、ここで待っていてくれる? あまり他の連中に見付からないように、木の茂みに隠れるようにしゃがんでて」

 大きく手を振って、元来た方角と同じほうへ見えなくなっていくカイの姿を、汐里は見送った。  


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