14:ミッションA‐1
カイルが言い終えるかどうかの内に、ざっと天幕の中に数人の男が踏み込んできた。
先頭に、茶褐色のツンツンと短い髪、口の上の小さな四角に海苔を切ってちょんと置いたかのようなちょび髭が、なんとも似合わない中年男がいた。
他の神殿の者と違い、黒いローブに金糸で紋章が縫われている。いけ好かない、えらそうな態度から察するに、おそらくはこの村に来ている神殿の人間の上司で、役職についているのだろう。背後には、部下らしき数人の黒いローブの男達を引き連れている。
「カイル、久しぶりだな」
馬鹿にしたように言い、男はカイルをじろじろと上から下まで見回した。
カイルが冷たい一瞥をその男へと向けた。心底、男を軽蔑している目線だった。
「何の用だ。クリフォード」
カイルの声までがいつもより低く、汐里は空気が冷たい気さえした。
(誰だろう、この人。とりあえず、カイルはすっごく嫌いみたいだけど。確かに嫌なおっさんだよねぇ。にやついてて、女の子に生理的に嫌われそうなタイプ)
あまり関わらないほうがいいだろう。
目を合わせてはいけない気がしたので、汐里は男をさっと見て、すぐに目線を外した。
「森の管理者であるお前が、なぜこのヘレティク(異端者)の村にいるのだ?」
クリフォードと呼ばれたその男は、カイルの方へと一歩、進んだ。
その男から見えないように自らの背に隠すため、カイルはさりげなく汐里の前に立った。
「この村に俺がいるのは、消火活動をしていたからだ」
「消火活動? お前には関係ないだろう」
正面から静かにクリフォードを見返すカイルの背を見つめ、汐里は息を潜めた。カイルの空気が背中越しにふと変わったのが感じ取れた。
「カイル」
先程のバーバラを思い出し、まさかカイルまで暴走するのかと不安になって名前を呼ぶと、カイルは黙って後ろに手を出した。
しゃべるな、と言いたいらしい。
本当に大丈夫なのかとカイルを見上げても、そのきらめく銀髪の後頭部が見えるだけで、全く表情は窺えない。ふっとカイルの微笑む気配が空間を満たした。
(ちょ、なんでなの。カイルが笑ってる!)
ぎょっとしたが、それは汐里だけでなく、カイルと向かい合うクリフォードも同じだったらしい。
「馬鹿にしているのか?」
「いや、失礼。村に関係ないとは……。この地の神職に就いているものとして、いささか罰当たりな発言だと思ったもので、つい。ライジンの村、神殿流に呼ぶならばヘレティクの村か……が燃えれば、神殿の管理する森にまで火が移る。俺は、神が降りたとされる森が燃えるのを待っていれば良かったと? それに、人の命を救うのも神殿の人間の仕事だと思うが」
カイルの言葉は正論だったらしい。つかの間、クリフォードは言われて初めて思い当たったかのたような表情をした。だがすぐに、にたりと笑った。
「この村は誰も住んでいないことになっている。そもそも存在しない村だ。燃えようがどうかも神殿には関わりのないことだ」
カイルは口元に笑みを残したままのようだが、きっとその目は正面に立つ男を射抜きそうに睨んでいることは簡単に想像がついた。
(空気が冷たいっ。クールビューティ・白髪モヤシカイルの降臨だ)
お願いですから、神様、カイルがキレませんよーに!
汐里は心の中で祈った事もない、何かの神にお願いをした。誰でもいいから、バーバラの二の舞になるような状況はとめてください、というのが今の正直な気持ちだ。
(クールビューティ・白髪モヤシカイル様から渇いた笑いが出ている内に、頼むから回れ右をしてさっさと立ち去ってよ、おっさん。大魔王が降りて来ちゃったらどーしてくれんのよ!)
その念が通じたのかどうか、クリフォードがふと汐里と陸に気がついた。
「なんだ、ここの住人か?」
上から下まで舐めるように見られ、汐里は思わず身を引いた。カイルの服の裾をとっさに掴む。
「いや、違う。俺が町で助けた少年達だ」
(少年!?)
陸だけでなく、間違いなく汐里のことも指している。
確かに、汐里はそこまで短くもないが、髪も肩上のボブだし、そんなに凹凸のない体型だ。少年に見えないこともないだろう。陸が細身でわりと華奢な体型のためもあって、汐里もそうだと言われてもあまり違和感がないのが、せめてもの救いだ。
(そーゆーことは、先に打ち合わせしてくれないと)
今更ながら、汐里は着せられたぶかぶかのカイルの上着をしっかりと前で合わせた。あまり驚いた表情に見えないように、顔の筋肉を引き締める。
「お前、名前はなんだ?」
クリフォードに声を掛けられ、戸惑った汐里は、カイルに問いかけるように視線を向けた。カイルは汐里に軽く頷いて見せた。
「あの、分かりません。憶えてないので」
訝しむように汐里とカイルを順に見て、クリフォードは次に陸に尋ねた。
「お前は?」
「……おれも、同じ。憶えてません」
陸の答えを聞いて、クリフォードの顔色が赤黒く染まった。
「そんな訳があるか! 二人揃って名前を憶えていないなど、おかしいだろう。カイル、どう説明するつもりだ。異端者が森から来たら、神殿に引き渡す決まりだろうが」
肩が上下するほど恫喝したクリフォードに、カイルは余裕の表情で答えた。
「名前がないと不便だから、リックとシオドリクと今は呼んでいる」
さらりと嘘をついたカイルは、涼しい表情で続けた。
「二人とも、異端者ではない。町で罪を重ねていたので、見かねて指導をした。すると、俺の説教がよほど恐ろしかったのか、気絶してしまった。その後、目覚めた時には彼らの記憶がすっかりなかった」
カイルは淡々と語るが、汐里は嘘臭く感じて首を傾げた。
(そんな嘘っぽい作り話信じないでしょー)
緊張した面持ちでクリフォードを見ると、予想とは違い、いたって真剣にカイルの話を聞いていた。
それどころか、うっすらと額に汗まで吹き出ている。
(え、なんで。今の、そんなに真実味のある話だったっけ)
うまく事態が飲み込めずに、カイルに助けを求めたが、カイルはふっと不敵に笑っただけだった。
「どうだ、クリフォード。それが、本当かどうか確かめたいなら、その時と同じようにお前に説教、してもいいが」
(怖い怖いー! 目が笑ってないよ、カイルー!)
カイルの表情がしっかり見えてしまった汐里は、カイルの服の裾を握っていた手をそっと放した。
クリフォードはといえば、カイルの話を真実と受け取り、その内容に怯えているようだった。
カイルをしっかり捉えたまま、その視線を外そうとしなかった。
「氷刃の聖騎士、と呼ばれた男が、随分落ちぶれたものだな」
悔し紛れにかすれた声で言い捨てて、クリフォードは汐里達に背を向けた。
「クリフォード様!」
その時、部下らしき黒ローブの一人が室内へ飛び込んできて、何事かクリフォードに耳打ちをした。
硬かったその表情に少し顔色が戻ったクリフォードは、肩越しにカイルを見た。
「やれやれ。明日には神殿に、帰還しなければならなくなった。全く忙しい。魔女を連行して裁かなければならないとは」
どこか含みのある薄気味悪い笑みを向け、クリフォードは部下を引き連れて立ち去った。




