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とある冒険者の日常

冒険者の日常:猫はどこだ、酒はある

作者: 志井 七乃華
掲載日:2026/03/17

「……という訳で、私の猫ちゃんを探して欲しいのですわ!」


 高そうな香水の匂いを漂わせた令嬢は、そう言って扇子をぱちんと閉じた。向かいに座る二人の冒険者――モンクのザッツ・リーと、ドルイドのチムクは顔を見合わせる。


 「つまり猫のチャンって名前のやつを探せばいいんだろ!?俺に任せごふぉお!!」


 ザッツは豪快に笑いながら酒をあおり、そのまま盛大にむせた。泡立ったビールがチムクの顔にまで飛び散る。


 「チャンは……名前じゃないよ。あと汚……い」


 ぐしぐしと顔を拭きながら、チムクは小さく毒づく。


 (依頼する相手、間違えたかしら……)


 令嬢はひきつった笑みを浮かべつつも、「お願いしますわ」とだけ言い残し、そそくさと酒場を後にした。


 「よし!!チムク、とりあえず猫を探すぞ!!まずはここの床下からだ!!」


 「え、いや……床下にはいないと、思うけど」


 「じゃあ屋根だな!親父!屋根に――」


 「店主さん!大丈夫です!お勘定お願いします!」


 チムクは慌てて金を払い、ザッツの腕を引っ張って店の外へ連れ出した。


 夜風に当たりながら、チムクは小さく息をつく。


 「ま、まずは……情報を集めた方がいいと思う」


 白くて、小さくて、可愛い猫。令嬢の言葉を頭の中でなぞる。


 そのとき、ザッツがぽんと手を打った。


 「そういえばお前、猫に変身できるだろ!?」


 「う、うん。まぁ……」


 「じゃあそれでいいじゃねぇか!嬢ちゃんに渡せば解決だ!」


 「え、ええ!?それはちょっと……」


 「いいからやれ!ほら!」


 有無を言わさぬ圧に押され、チムクはしぶしぶ猫へと姿を変えた。


 ――次の瞬間、首根っこを掴まれる。


 「よし、行くぞ!」


 ザッツはそのまま全力疾走した。


 「ぎゃああああああ!!」


 振り回される視界に、チムクの意識はあっさり遠のいた。


 屋敷に到着した頃には、彼は完全にぐったりしていた。


 中に入ると、廊下の奥で二人の男が話し込んでいる。


 「例の生き物は取り返したのか?」


 「令嬢がペットにしたところまでは確認済みですが……逃げられたようで」


 「面倒なことになったな」


 その会話を聞いたザッツは、迷いなく割って入った。


 「ここに生き物がいるぞ!」


 (違う違う違う!!絶対やばい人達だよ!!)


 チムクは猫のまま必死に口をぱくぱくさせるが、声は出ない。


 「何だ貴様!」


 「聞かれていたなら生かしてはおけん!」


 「始末しろ!!」


 敵意むき出しの二人に、ザッツはにやりと笑った。


 「勝負か!勝ったら飯奢れよ!」


 次の瞬間、彼の足が閃く。男の顎に直撃し、体が宙を舞う。もう一人も振り向いた瞬間には拳を叩き込まれ、壁へと叩きつけられた。


 ほんの数秒の出来事だった。


 「おっしゃー!俺の勝ちー!奢りーー!」


 ザッツが両手を上げて喜ぶ横で、チムクは目を回していた。


 やがて人の姿に戻った彼は、青い顔で呟く。


 「……散々な目に、あったよ」


 そのとき、廊下の奥からかすかな鳴き声が聞こえた。


 チムクはすぐにコウモリへと変身し、音の方へ飛ぶ。ザッツも「競走か!?」と勘違いして追いかけた。


 突き当たりの騎士像。その兜の隙間から、白い尻尾がぴょこんと覗いている。


 「いた……!」


 チムクはそっと手を伸ばした。


 ――が、横からザッツが尻尾を掴み、兜ごと引き抜いた。


 ガシャン!


 「ぎにゃ!!」


 次の瞬間、白い生き物が炎を吐いた。


 それは猫ではなかった。小さな竜だった。


 「あっつ!!」


 炎を浴びても、ザッツは尻尾を離さない。


 そこへ令嬢が駆け込んできた。


 「あなた!私の猫ちゃんに何をしてるの!?」


 「え、この子が猫ちゃん……?」


 チムクは思わず聞き返す。


 白い耳、青い瞳、長い尻尾――そして鱗。


 どう見ても竜だ。


 「そうよ!どこからどう見ても猫でしょ!」


 令嬢は怒りながら竜を抱き上げた。


 (……うん、竜だな)


 チムクは静かに納得した。


 「それが猫か!初めて見たぜ!!」


 ザッツは感心したように頷いている。


 「見つけてくれたのは感謝するけど、報酬は減額よ!乱暴するなんて最低!」


 「そ、そんなぁ……」


 肩を落とすチムク。


 しかしザッツは気にもせず、いつもの調子で笑った。


 「一件落着!!めでたしめでたし!」


 「落着してない!!」


 こうして今日もまた、二人は依頼をまともにこなせなかったのである。

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