冒険者の日常:猫はどこだ、酒はある
「……という訳で、私の猫ちゃんを探して欲しいのですわ!」
高そうな香水の匂いを漂わせた令嬢は、そう言って扇子をぱちんと閉じた。向かいに座る二人の冒険者――モンクのザッツ・リーと、ドルイドのチムクは顔を見合わせる。
「つまり猫のチャンって名前のやつを探せばいいんだろ!?俺に任せごふぉお!!」
ザッツは豪快に笑いながら酒をあおり、そのまま盛大にむせた。泡立ったビールがチムクの顔にまで飛び散る。
「チャンは……名前じゃないよ。あと汚……い」
ぐしぐしと顔を拭きながら、チムクは小さく毒づく。
(依頼する相手、間違えたかしら……)
令嬢はひきつった笑みを浮かべつつも、「お願いしますわ」とだけ言い残し、そそくさと酒場を後にした。
「よし!!チムク、とりあえず猫を探すぞ!!まずはここの床下からだ!!」
「え、いや……床下にはいないと、思うけど」
「じゃあ屋根だな!親父!屋根に――」
「店主さん!大丈夫です!お勘定お願いします!」
チムクは慌てて金を払い、ザッツの腕を引っ張って店の外へ連れ出した。
夜風に当たりながら、チムクは小さく息をつく。
「ま、まずは……情報を集めた方がいいと思う」
白くて、小さくて、可愛い猫。令嬢の言葉を頭の中でなぞる。
そのとき、ザッツがぽんと手を打った。
「そういえばお前、猫に変身できるだろ!?」
「う、うん。まぁ……」
「じゃあそれでいいじゃねぇか!嬢ちゃんに渡せば解決だ!」
「え、ええ!?それはちょっと……」
「いいからやれ!ほら!」
有無を言わさぬ圧に押され、チムクはしぶしぶ猫へと姿を変えた。
――次の瞬間、首根っこを掴まれる。
「よし、行くぞ!」
ザッツはそのまま全力疾走した。
「ぎゃああああああ!!」
振り回される視界に、チムクの意識はあっさり遠のいた。
屋敷に到着した頃には、彼は完全にぐったりしていた。
中に入ると、廊下の奥で二人の男が話し込んでいる。
「例の生き物は取り返したのか?」
「令嬢がペットにしたところまでは確認済みですが……逃げられたようで」
「面倒なことになったな」
その会話を聞いたザッツは、迷いなく割って入った。
「ここに生き物がいるぞ!」
(違う違う違う!!絶対やばい人達だよ!!)
チムクは猫のまま必死に口をぱくぱくさせるが、声は出ない。
「何だ貴様!」
「聞かれていたなら生かしてはおけん!」
「始末しろ!!」
敵意むき出しの二人に、ザッツはにやりと笑った。
「勝負か!勝ったら飯奢れよ!」
次の瞬間、彼の足が閃く。男の顎に直撃し、体が宙を舞う。もう一人も振り向いた瞬間には拳を叩き込まれ、壁へと叩きつけられた。
ほんの数秒の出来事だった。
「おっしゃー!俺の勝ちー!奢りーー!」
ザッツが両手を上げて喜ぶ横で、チムクは目を回していた。
やがて人の姿に戻った彼は、青い顔で呟く。
「……散々な目に、あったよ」
そのとき、廊下の奥からかすかな鳴き声が聞こえた。
チムクはすぐにコウモリへと変身し、音の方へ飛ぶ。ザッツも「競走か!?」と勘違いして追いかけた。
突き当たりの騎士像。その兜の隙間から、白い尻尾がぴょこんと覗いている。
「いた……!」
チムクはそっと手を伸ばした。
――が、横からザッツが尻尾を掴み、兜ごと引き抜いた。
ガシャン!
「ぎにゃ!!」
次の瞬間、白い生き物が炎を吐いた。
それは猫ではなかった。小さな竜だった。
「あっつ!!」
炎を浴びても、ザッツは尻尾を離さない。
そこへ令嬢が駆け込んできた。
「あなた!私の猫ちゃんに何をしてるの!?」
「え、この子が猫ちゃん……?」
チムクは思わず聞き返す。
白い耳、青い瞳、長い尻尾――そして鱗。
どう見ても竜だ。
「そうよ!どこからどう見ても猫でしょ!」
令嬢は怒りながら竜を抱き上げた。
(……うん、竜だな)
チムクは静かに納得した。
「それが猫か!初めて見たぜ!!」
ザッツは感心したように頷いている。
「見つけてくれたのは感謝するけど、報酬は減額よ!乱暴するなんて最低!」
「そ、そんなぁ……」
肩を落とすチムク。
しかしザッツは気にもせず、いつもの調子で笑った。
「一件落着!!めでたしめでたし!」
「落着してない!!」
こうして今日もまた、二人は依頼をまともにこなせなかったのである。




