手紙と書斎
エレノアは、
手紙をぎゅっと握りしめたまま立ち尽くしていた。
胸の奥が、ざわざわと落ち着かない。
(……禁術……)
その言葉を、
自分があまりにも都合よく遠ざけていたことに、
今さら気づいてしまう。
「……忘れてたわけじゃ、ないけど……」
小さく呟く。
ルベルが、
ただ“優しくて、強くて、そばにいてくれる存在”
であるかのように振る舞ってきたから。
エレノア自身も、
そうであってほしいと願い続けてきたから。
(でも……禁術って言われる理由が、
なにもないはず……ない……)
師匠が残した研究。
未完成だった召喚理論。
安定しない魂核。
そこに、
エレノア自身の魔力が深く関与している可能性。
そして――
“人の形をした召喚獣”。
(ノワールなら……)
ふと、
そんな期待が胸に浮かぶ。
ノワールは王都の魔術師。
協会に顔も利く。
師匠たちの研究にも詳しい。
(もしかしたら……
ルベルが“このまま”私のそばにいられる方法を、
考えてくれているのかもしれない)
(……まずは、話を聞くだけ……)
自分にそう言い聞かせる。
知らせず。ひとりで。
その選択が、
どれほど一方的で、
どれほどルベルを置き去りにするものか。
今のエレノアには、
そこまで考える余裕がなかった。
廊下は、静まり返っている。
ランプの淡い光が、
長い影を床に落とす。
一歩、また一歩。
(……ルベルは、気づいてない……よね……)
胸が、ちくりと痛む。
でも――
足は止まらなかった。
書斎の扉の前に立つ。
重厚な木製の扉。
魔力封印の痕跡。
小さく息を吸い、
エレノアはノックをした。
コン、コン。
「……ノワール。
エレノアです」
数拍の沈黙。
やがて、
低く落ち着いた声が返ってきた。
「……入っていい」
扉を開けた瞬間。
書斎の空気は、
客間とも、リビングとも違っていた。
思考の匂い。
魔力の残滓。
判断と決断だけが積み重ねられた場所。
ノワールは机の前に立ち、
こちらを静かに見ていた。
その目には、
“優しさ”も
“同情”も
書かれていない。
あるのは――
覚悟と、冷静な分析だけ。
エレノアは、その視線に気づきながらも、
一歩、前に出た。
「……手紙を、読みました」
ノワールは頷くだけ。
「禁術……って書いてありましたよね。
それについて……話があるって……」
言葉を選びながら、
エレノアは続ける。
「私……
師匠の研究のこと、
ちゃんと理解できていなかったかもしれません」
「でも……
もし、問題があるなら……
解決できる方法が、あるなら……」
その声は、
無意識のうちに“お願い”に近づいていた。
ノワールは、
その様子を一拍、観察してから口を開く。
「……エレノア」
その声音は、
驚くほど静かで、感情が薄い。
「先に言っておく。
俺は――
君の“味方になる”とは、一言も書いていない」
胸が、きゅっと締まる。
「君がここに来た理由は、
“期待”だろう」
図星だった。
「だが……
俺が話したいのは、
可能性と危険性だ」
ノワールの視線が、
わずかに鋭くなる。
「そしてその中心にいるのは……
あの存在だ」
言葉にされなくても、
わかる。
ルベル。
エレノアは、
知らず知らずのうちに、
胸の前で手を握りしめていた。




