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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

ドクトリン擬人化百合

掲載日:2025/11/04

 作戦室の空気は、張り詰めた弦のように静かだった。

 けれど、二人が視線を交わすたびに、その弦が熱を持って震えるのがわかる。


(なぜ、こんなにも息が合うのに、衝突せずにはいられないんだろう)


 エアランド・バトルは、ふと目を伏せた。

 蛍光灯の光が、冷たい川面のように机に反射している。


(……思い出すわ。あの川のことを)


 幼い頃、縦深攻撃と一緒に川辺で泥だらけになって遊んだ。

 流れに逆らって泳いでは、互いに笑い合った。

 あのときは、世界がひとつだった。

 敵も味方も、線も旗もなく、ただ二人の水音だけがあった。


 戦場で出会ったはずの二人が、手を取り合った。

 それがどんなに短い平和でも、確かに“奇跡”だった。


 だが、その後に来たのは沈黙だった。

 氷が張り、橋が落ち、言葉が武装していく。

 川の流れは同じなのに、もう互いの岸には戻れない。


 エアランドは、紅茶を注ぎながら、縦深の影を見つめる。

 彼女の肩はまっすぐで、まるで対岸に立つ砲塔のようだ。


(あの頃、同じ水を掬っていた手が、今はわたしを狙っているの?)


 縦深の眼差しは静かだった。

 けれど、その静けさの中に、見えない砲声が響いていた。


(あなたが撃てないなら、わたしが撃つ。――そうしないと、もうこの関係は保てない)


 紅茶の香りが、かすかに鉄の匂いを帯びる。

 過去の川面に、雪の光がゆらめくようだった。


 ※


 その一方で、縦深も、視線の奥で何かを押し殺していた。


 カップの中で、紅茶の表面が静かに揺れる。

 その波紋は、彼女の心をそのまま映していた。


(……また、あの夢を見た。川の向こうで、あなたが手を伸ばしていたのに、私は、どうしてもその手を掴めなかった)


 指先に残るのは、冷たい水の感触。

 あのとき、確かに握り返したはずなのに、気づけば互いの立つ岸が違っていた。


 あの奇跡は、希望ではなく「別離の始まり」だったのかもしれない。


 外では、風が雪を巻き上げている。

 窓を打つ音が、まるで遠くの砲声のようだった。

 誘導灯の青白い光が、二人の頬を交互に照らしていく。


(冷たさと熱が交互に来る。あなたの視線は、冬の風のように痛いのに……それでも、あのときの笑顔をまだ信じたい)


 縦深は、机の上に手を置いた。

 ほんの少しでも触れれば、砕けてしまいそうな距離。

 彼女の心は、突撃と後退の狭間で揺れていた。


(攻めるか、守るか。どちらを選んでも、きっとあなたを失う)


 紅茶の香りが、ゆっくりと薄れていく。

 その代わりに、鉄のような匂い――

 あの“エアランド”の気配が、静かに満ちていくのを感じた。


(まるで、先に照準を合わせられたみたいだな……)


 縦深は小さく息を吐き、笑みをこぼす。

 その笑みは、挑発にも、祈りにも見えた。


(撃ってみろ。どうせ私は、もうあなたに狙われていた)


 縦深の影が机の上に長く伸びる。

 その影の中に、エアランドの小さな影が重なる。

 ――それはまるで、雪原を突き進む重戦車と、その獲物の上を旋回する、優雅で冷徹な航空機。


 ※


 窓の外は、冬の夜。

 遠くの滑走路で誘導灯が点滅している。

 その青白い光が、作戦室の壁を淡く照らし、二人の頬を交互に染めた。


 縦深の肌は、磨かれた雪のように白い。

 ダークブラウンの髪が蛍光灯の光を受けて青く光る。

 そのまっすぐな姿勢は威圧的ですらあるが、瞳の奥には脆い焔が宿っていた。


(わたしの全力を、真正面から受け止めてほしい……ただ、それだけなのに)


 エアランドは、その対面で紅茶を淹れている。

 湯気の立つティーポットを持ち上げる指は細く、繊細に震えていた。


(じゅーしんちゃん、今日もきれい。あの無骨な瞳の奥にある“計算”が、わたしにはたまらなく愛しい)


 ブロンドの髪が肩で揺れ、頬にかかる。

 華奢な体を包むジャケットは、わざとらしく大きすぎる。

 まるで、空から降りてきた少女が、重力にまだ慣れていないフリをしているようだった。


「どうぞ、じゅーしんちゃん。温かいうちに飲んでね」


 カップから立ちのぼる蒸気が、二人の距離をほんの少しだけぼやかす。

 その向こうで、エアランドの瞳が空色に揺れていた。


 縦深は黙って受け取り、紅茶を口にする。

 香りが、胸の奥を焦らすようにくすぐった。


(……甘い。でも、この甘さは“資本家”の味だ)


 その奥に、懐かしいような切なさが混じっている。


(いつからだろう、彼女の香りを嗅ぐだけで心臓が痛むようになったのは)


 紅茶の香りが、作戦室の緊張を甘く溶かしていく。

 だが、余韻の奥には不思議な棘のようなものが残る。

 それは、まるでエアランドの視線そのもの――優しく、しかし確実に心に染み込んでくる。


「エアランド……あなたのその完璧な防御ポーカーフェイス、私の愛の縦深攻撃で引き裂いてあげる」


 縦深の声は低く、熱を帯びて響いた。


「今夜は“本番”よ。あなたの心の深部まで、このわたしが浸透して、永遠にわたしのものにしてみせるわ」


(どうしてこの人は、こんなにもまっすぐで、こんなにも愚かで、愛しいのか)


 エアランドは少し驚いたように瞬きをしてから、紅茶を一口。

 カップの縁に唇を触れさせたまま、首を傾げる。


「そんなに強く来られると、わたし……どうしていいか、わかんなくなっちゃうかも……」


(本当は、あなたの熱で焦がされたい。けれど、その熱の先で私が勝つのを見たいの)


 弱気そうな声。

 だが、その瞳の奥にわずかな光が走るのを縦深は見逃した。

 それはエアランドの「空陸統合」の兆し――すでに開始された、見えない作戦。

 けれどその光は、ただの策略ではなく、秘めた想いの輝きでもあった。


 夜。


 作戦室の照明が落ち、外の風が雪を連れてくる。

 エアランドの私室の扉が、情熱のままに勢いよく開かれた。


「……行くわよ、エアランド。あなたの心、ぜんぶ、わたしに預けて」


 縦深の瞳には、渇望と理性が同居していた。


(今夜だけは、思考を止めて、感情で戦いたい)


 第一波で敵を動揺させ、第二波で深く浸透し、第三波で決定的打撃を加える――

 圧倒的な愛の波で、心を溶かし尽くす。


 ベッドに押し倒されたエアランドは、あっけに取られたように息をのむ。

 頬を赤く染めながら、それでも瞳は縦深を見ている。


(これが、あなたの“攻勢”。ならば、私は空から包み込む)


「きゃ……じゅーしんちゃん、ちょ、ちょっと……! こんなに急に、心が追いつかないよ……っ」


 そのか細い声を、もっと乱したくて、縦深は唇を奪う。


 ――第一波。


 それは荒々しい「突破」でありながら、同時に精密な「偵察」。

 柔らかな防壁をこじ開け、熱い息を送り込む。


(この距離、この温度。どんな防御も溶かせる――そう、信じてる)


 彼女の唇の感触が、縦深の理性を焼き切る。

 二人の息が熱く混ざり、音にならない、甘い悲鳴が縦深の喉からこぼれた。

 縦深の腕が、エアランドの華奢な背中に回され、抱きしめる力が、もっと、もっとと強まる。


 背に回されたエアランドの手が、一瞬怯えるように震え、次の瞬間、うなじにそっと触れて髪を梳く。

 そして、その指先が、優しく、しかし確信を持って縦深の頬を撫でる。


(……優しい。この優しさ、逆に怖い……全部、暴かれそうで)


 指先が、補給線をなぞるように背筋を走る。

 触れるたびに、甘い電流が体中に広がる。

 完璧だったはずの作戦図が、音を立てて崩れ始めた。

 縦深の心が、エアランドの掌で踊らされているのを自覚する。


(ダメだ……これ以上踏み込んだら、私が瓦解する……でも、止められない)


 それでも縦深は、熱のままに第二梯団を展開する。

 焦れたように自分のブラウスのボタンを外し、白磁の肌を露わにする。

 そしてエアランドの喉元に熱い息を吹きかけ、鎖骨に優しいキスを落とす。

 肌に触れる息が、二人の距離をゼロにした。


「……どう? これが、わたしの縦深性よ。あなたの防衛線、どんどん崩れていくわよ……愛してる、エアランド」

 喘ぐような声で、縦深はエアランドの耳元に囁く。

 その瞳は、情欲と征服欲で潤んでいた。


「ふふ……すごいね。熱いのね……じゅーしんちゃんの愛、わたしを包み込んでくるみたい」

 エアランドは、縦深の熱を受け止めるように、その体をゆっくりと抱きしめ返す。

 その細い腕の中に、縦深のすべてを閉じ込めるように。


(包み込む、ね……じゃあ、今度は私の番)


 瞳の奥に、一瞬だけ冷たい光。

 それは、紅茶に仕込まれた“航空支援”――時間差の愛の罠。


(戦場は、常に準備した方が勝つの)


 縦深の呼吸が乱れ、動きがわずかに鈍る。

「……な、なんで……? 身体が……熱いのに、力が……」


 紅茶の効果が、ゆっくりと彼女の理性を侵食する。

 燃え盛る情熱が、甘い痺れに変わり、指先が震えた。


 エアランドは、静かに身体を起こす。

 もう、弱い少女ではない。

 その微笑は、冷静な指揮官のものだった。


「お疲れさま、じゅーしんちゃん。あなたの攻撃、ほんとに美しかったわ。まるで芸術ね」


(でも、あなたは前線しか見ていなかったの。戦場は、後方で決まるのに)


 指先が縦深の顎を持ち上げる。

 視線が絡み、空気が爆ぜた。


「戦いは正面だけじゃ決まらないの。空と後方、見えないところで仕掛けるのが――わたしの“エアランド”よ」


 縦深は、息を呑む。

 敗北を悟りながらも、心のどこかで歓喜していた。


(ああ、あたしは、この子に、完全に撃ち抜かれた……)


 エアランドは、ゆっくりと覆いかぶさる。

「あなたの縦深を、わたしが包み込んであげる……永遠に」


 熱い吐息が縦深の耳元をくすぐる。

「ねぇ、じゅーしんちゃん……あなたのウィークポイント、全部見つけちゃった」


 冷たい光を宿した瞳が、ゆっくりと縦深の身体を検分する。

 エアランドの指先が、縦深の首筋から鎖骨をなぞり、熱く脈打つ胸の谷間へと優しく、しかし確実に「反撃」する。


「ひゃぅ……っ! あ、エアランド、そこは、だめ……っ」


 縦深の身体が、甘い痺れとは違う快感にびくりと跳ねる。

 抗おうにも、手首は優しく押さえられ、身体は痺れて言うことを聞かない。


「ふふ。ここがあなたの後方連絡線? それとも司令部かしら」

 エアランドは、その熱く脈打つ胸に、顔を寄せて優しいキスを落とす。

 息が肌を震わせる。


「あぅううっ……」


 縦深の理性が、完全に焼き切れた。

 全身を駆け巡る快感は、まさに心を優しく包む航空支援の波。


「わたしの“航空支援”で、あなたの全部、直接叩いてあげる。……ほら、もうこんなに、わたしに応えてる」

 エアランドの指先が、完全に主導権を奪った。


 二人の体温が混ざり合い、部屋に百合の花の香りが濃密に満ちていく。

 縦深の理性は溶け落ち、ただエアランドの与える甘い支配に身を委ね、喘ぎ声をこぼすことしかできなかった。

 心臓の鼓動が重なり、夜が静かに、そして深く閉じていく。


 ※


 翌朝。

 白い光がカーテンの隙間から差し込み、二人を照らす。

 縦深は、ぼんやりと天井を見ていた。


(まだ夢の中にいるみたい……あの作戦、完敗だった)


 すぐ隣で、エアランドが紅茶を淹れている。

 湯気の向こうで、穏やかに微笑んだ。


「……ひどいわ、あなた。でも……また負けたい。あなたの腕の中で、何度でも」


「ふふ、そうかしら? わたしも、じゅーしんちゃんの情熱にもっと触れたいわ。毎朝、こうして一緒に」


「……最初から、あたしを誘い込む気だったんでしょ」


「ううん。最初はただ……あなたの情熱が、どんな形してるのか見てみたかっただけ。でも、今は……あなたなしじゃ、作戦が立てられないかも。あなたが、わたしの作戦局よ」


(不思議ね……勝ったはずなのに、心は奪われてる)


 エアランドは、悪戯っぽく笑う。


「でも――やっぱり、あなたの“縦深”は美しかった。……ねぇ、じゅーしんちゃん。次は、あの猪突猛進な“電撃戦ちゃん”も、わたしたちの戦場に誘い込んでみない? 三人で、もっと深い戦域を広げて……でも、わたしたちの愛は、誰にも負けないわ」


 縦深の顔がまた熱くなる。


(負けたのに、また戦いたい……そんな愛があるなんて)


 二人の絆が、百合の花のように静かに咲き始めた。


 そう、これは……

 ――永遠の愛の始まり。

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