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第四章 かわいいところ

 スマホのアラーム音に、彩葉はぱちりと目を開けた。

 朝には強い方で、睡眠時間が大幅に足りていない、などでない限り、起きてすぐに眠気は去っていく。昨夜寝る直前の気分が結構いいものだったせいもあるのか、頭も胸もすっきりしている。


 熱中症対策に夜中つけっぱなしにしていたクーラーを消してから、日和に声をかける。


「田辺、起きて。ジムに行くよ」


「うー、あと五分……」


「起きなさいってば。わたしのランニングにつきあうって約束したでしょ。約束はちゃんと守ってよ」


 容赦なく揺さぶると、日和がしぶしぶといった様子で目を開けた。


「……誰?」


「寝ぼけてんの? わたしは本条彩葉、あんたのお守り役。ほら、さっさと起きて顔洗う」


 ああ、とか、うん、とかもごもご言っている日和をせき立てて身支度をし、家を出る。バスはこの時間でも運行しているので、それに乗ってジムに向かう。


 ジムに着いた頃には日和も目が覚めたようで、建物の中に入るとさっそく手を差し出してきた。


「先輩、スマホー」


 言われるままスマホを渡しながら、釘を刺す。


「絶対に壊さないでよね。壊したら、新しいスマホの代金半分払ってもらうから。そしたらあんた、また無料定食食べる羽目になるかもしれないよ」


 彩葉の脅しに、日和は嫌そうに顔をしかめた。


「先輩しつこい。気をつけるって言ってるじゃん」


「あんたまだ祝福(ギフト)の制御訓練ほぼ受けてないんでしょ? 気をつけるって言ってもあんまり信用できないんだよね」


「いくら気をつけてても力を暴走させちゃうっていうなら、そもそも気をつけろって口うるさくするのも無駄じゃない? 時間無駄にしてないでさっさと走ってきなよ。あたしは休憩スペースに行くから。あそこだよね?」


 ずらっと並んだマシンから少し離れた位置にあるソファーに足を向けかけた日和を、彩葉は引き止めた。


「まだ話は終わってないよ。わたしは休憩スペースに一番近いマシンで走ってるから、あんたもマシンに一番近くなる場所に座ってよね。そこから動く時はわたしに声かけて」


「そこまで神経質にならなくても良くない? ていうか、ソファーに一番近いマシンもう使われてるけど」


 日和が指差した方向に視線をやると、確かに件のランニングマシンは使用中だった。

 彩葉は歩み寄って、マシンで走っている少女に声をかけると、事情を説明した。少女は快くマシンを譲ってくれた。


 彩葉が日和に視線を戻すと、日和は呆れた顔をしていた。


「そこまでする? そんなべったりくっついてなくてもいいと思うんだけど」


「あんたに張りついてるのがわたしの任務なんだから、仕方ないでしょ」


「先輩って真面目だなあ。ていうか、融通きかないって感じ」


「うるさいな。とにかく言ったとおりにしてよね」


「はいはい」


 日和はひらひらと手を振ってソファーの方に歩いていく。彼女が先程指示したとおりの場所に座るのを確認してから、彩葉はランニングマシンに乗った。


 ウォーミングアップとして歩きながら、ふと思いついて祝福(ギフト)を使う。五、六メートル離れた場所にいる日和が力の球の中に入るようにする。

 しばらくは問題なかったが、マシンの設定を変えて走り始めてからは、力の球を維持するのがきつくなった。力の球を作ってから十分ほどすると、一気に疲労感が押し寄せてくる。


(思ってたより……大分……しんどい……っ)


 彩葉は歯を食いしばりながら、足を動かし、同時に集中力を切らさないようにした。だが、力の制御がどんどん不安定になっていくのを感じる。


(だめだ……これ以上は、もう……)


 急いでランニングマシンを止める。ふらつく足でマシンから降りて、床にへたり込んだ。これ以上ほんのわずかでも体力を消耗すると、力の球が消えてしまいそうなのだ。そうなったらスマホを護れなくなってしまう。


 マシンにもたれかかって、呼吸を整えるのと力の球を維持するのに専念する。


 少しずつ呼吸が落ち着いてきたので、首にかけていたスポーツタオルで顔の汗をぬぐう。ジムはクーラーが効いていて快適な温度なのにもかかわらず、全身汗でびっしょりになっている。


(ランニングマシン使ってた時間は、結局十五分くらい?)


 力の球の維持に関する彩葉の最長記録は四十六分十三秒だ。今回の場合最初の五分ちょっとは歩いていたから、走りながらでは最長記録の四分の一ほど、ということだろう。


 祝福(ギフト)の訓練は、力の及ぶ範囲を広げることと、動かない状態で力の球を維持できる時間を延ばすことを中心にやってきた。高校生になる少し前から、力の形状を変える訓練も加わった。

 体を激しく動かしながら力を制御するのは、戦闘訓練中に少しやったことがあるだけなので、慣れていないせいもあるのだろうが、やはり悔しい。


(でも、これから毎朝やっていれば、少しずつ記録が伸びていくはず)


 もちろんこれまでどおりの訓練も続ける。無効化の能力者(ギフテッド)に一番求められるのは、作り出せる力の球の大きさとそれを維持できる時間の長さなのはわかっている。


 だが、運動しながら、延いては戦闘しながら力の球を作ったり維持したりするのも、できて困ることはない。


 できることが増えれば、それだけ役に立てる機会も増える。そう思えば、訓練の苦しさにも耐えられる。


(体の訓練はやりすぎると体壊しちゃうけど、祝福(ギフト)の訓練はやればやるほど成長するもんね。やらない理由がないよ)


 動いても力の球が消えない程度に体力が戻ってきたので、彩葉は立ち上がって休憩スペースに移動した。いつまでも床に座り込んでいては、他の人たちの邪魔になる。


 休憩スペースには、くの字型のソファーが二つ向かい合わせに置かれている。

 日和の対面に座るが、彼女は彩葉に気づいた様子はない。スマホの画面を見ながら、ふふ、と笑ったり画面をタップして何か打ち込んだりしているので、声をかけてみる。


「何してんの?」


 日和はちらっと視線を上げて彩葉を見たが、すぐにスマホの画面に目を戻してタップを再開した。


「SNS。この一週間の友達の投稿見たり、メッセ送ったり」


「ああ、なるほど。SNSなら自分のスマホ持ってなくても友達とやりとりできるもんね」


「そーゆーこと。もうちょっとでメッセ書き終わるから、それまで待って」


「ああ、いや、わたしはさっとシャワー浴びてくるから、それまでは使ってていいよ。でもわたしが離れてる間に力を暴走させたりしないでね」


「わかってる!」


 日和は力強く答えたが、やはり心配なので、彩葉は本当にさっと汗を流すだけで日和の元に戻った。幸いスマホは無事な状態で彩葉を待っていた。


 久しぶりにスマホを使えて満足した様子の日和と連れ立って学食に行き、朝食を取る。宿舎に戻り、制服に着替える。


 洗面所にこもっている日和にそろそろ声をかけないと遅刻する、と思った頃、日和が踊るような足取りでリビングに出てきた。


「見て見て、どうこれ?」


 彩葉は日和の顔をしげしげと眺めた。


「ばっちりメイクしたんだね」


「当然! 転入初日なんだから印象良くしたいじゃん。それに、せっかくメイクできるのにしないなんて損だし」


 天恵学園では外見に関する規則は緩い。化粧も染髪も自由だし、アクセサリーの着用も認められている。制服着用は義務づけられているが、着崩していても、よほどのことがない限り注意はされない。


「メイクして学校通えるなんて最高だよね-。髪も染めたままでいいっていうし。せっかくだから巻き髪にして、メイクはアイドル風にしてみたんだ。かわいいでしょ?」


「別にあんた、メイクしなくたってかわいいのに」


 特に考えずに頭に浮かんだことをそのまま口にした彩葉は、一拍置いて慌てた。


「あ、いや、メイクするともっとかわいいけど……ってそうじゃなくて! あーもう、今の全部忘れて!」


「……先輩って実は結構もてる?」


「は?」


「いや、かわいいとかさらっと言っちゃうからさあ。顔も悪くないし。後輩の女子にきゃあきゃあ言われたりしてんのかなー、って」


「別に言われてないし。人を女たらしみたいに言うのやめてくれる? 誰彼構わずかわいいって言ったりしないから!」


 言い返してから自分が言ったことの意味に気づいて、彩葉は赤面した。


「あ、や、別にあんたが特別ってわけじゃなくて……ただ、その……だから……」


 言い訳しようとして墓穴を掘ってしまっている気がして、彩葉は頭を抱えたくなった。

 さっきから失言続きだ。ランニングでへとへとになったせいで口が緩んでしまっているのだろうか。


「わかったわかった。あたしがあんまりかわいいんで先輩バグっちゃったってことだね」


 からかうような口調に、彩葉はむっとして日和を見たが、日和は視線をそらしている。よく見れば、その頬はメイクのせいだけでなく赤く染まっている。


(……何だ、田辺も照れてるんじゃん。かわいいところもあるんだな)


 自分だけが恥ずかしいのではないと気づけば、心に余裕が生まれる。彩葉は足元のスクールバッグを持ち上げて、ソファーから立ち上がった。


「さっさと行こう。遅刻しちゃう」


「そ、そうだね!」


 先程までの会話がなかったかのように振る舞うことには日和も賛成らしい。二人は今日のスケジュールや中等部にはどんな教師がいるのかなど他愛もない話を続けることに専念した。そうしているうちに、羞恥は心の奥に引いていく。


 バスに乗って中等部の校舎前で下りると、職員室に行って日和の担任に会う。担任が日和に生徒が頭に入れておくべき事項を伝えた後、少しして予鈴が鳴ったので、担任の後について教室に行く。


 教壇に並んで立って、担任に促されるまま自己紹介をする。


「こんにちは。あたしは田辺日和。生まれも育ちも東京。能力……祝福(ギフト)はえっと、電気使い? でいいのかな。祝福(ギフト)のこともこの学園のこともわかんないことばっかなので、色々教えてほしいな。よろしく!」


「わたしは本条彩葉。高一。祝福(ギフト)は無効化で、しばらく田辺の付き添いをすることになってる。先輩が同じクラスにいると気まずいこともあるだろうけど、わたしの存在はあまり意識しないでほしい。田辺が自力で力を制御できるようになったらいなくなるんだし。というわけで、それまでの間一時的にだけどよろしく」


 自分の言葉を聞いた中学生たちが、視線が合わないように目を伏せたり、こっそりと様子を窺う視線を向けてきたりするのに彩葉は気づいたが、全て無視した。そういう反応には慣れている。


 休み時間になると、日和の周囲には転入生に興味のあるクラスメイトたちが集まってきたが、隣の席に座っている彩葉にはなるべく近づかないように、それでいてあからさまに失礼な態度を取らないようにしている。それも予測していた反応なので、彩葉はやはり黙殺した。


 スマホをいじりつつ、日和をすっぽりと包むように大きくした力の球を維持する。日和が感情を昂ぶらせるようなことがあってから対処するより、先回りして対応しておいた方が良いに決まっている。


 ちなみに日和の席は窓側の一番後ろで、その前の席は空席だ。日和が授業中に力を暴走させても他の生徒に被害が出ないように、という配慮である。


 今のところ、日和は順調にクラスメイトたちとの親交を深めているようだ。昨日も初対面の総合格闘部員たちと気安くお喋りしていたし、人と打ち解けるのが早いタイプなのだろう、クラスメイトたちと楽しそうに笑いあっている。


 それはそれで危ない可能性があるので気を緩めるわけには行かないが、険悪な雰囲気になるよりは安全だろう。


 休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴って教師が教室に入ってくると、生徒たちは急いでそれぞれの席に戻っていく。


「じゃあ、日和ちゃん、また後でね」


「うん、また後でー」


 手を振る日和をちらっと見てから、彩葉は力の球を消した。


 教室に来る前に日和の担任から渡された課題プリントとスクールバッグに入れて持ってきた教科書を取り出して、プリントの問題を解き始める。


 日和に付き添っている間は彩葉は学年に合った授業を受けられないが、勉強をしなくて良いわけではない。毎日課題が出るので、授業の間それを解くよう言われている。


 もっとも、彩葉は受験や就活とは無縁なので、良い成績を取ることへのこだわりはない。基本的に、赤点を取らなければそれでいい、と思っている。


 無効化の能力者(ギフテッド)は、天恵学園を卒業したら警察の特務部隊に入るよう決められているのだ。

 自由に進路を選べないことへの不満を抱えていた時期もあるが、仕事自体に文句はない。将来のための訓練にも全力を尽くしている。


 そちらに力を注いでいる分、学業では先述のように手を抜きがちだが、それは仕方がない。やること全てに全力を出していては、身が持たない。健康を保つには、めりはりをつけなければならないのだから。


 幸い彩葉の考えは学園側の思惑とも一致しているようで、このスタンスを教師に叱られたことはない。


 そういうわけで、彩葉はそこそこ真面目に、そこそこいいかげんに、課題プリントをこなしていった。本日最後の授業終了のチャイムが鳴ったところで終わっていたのは八割程度だが、まあ問題はないだろう。


 掃除時間になると、彩葉は日和から離れるわけには行かないので、一緒に日和の担当区域である音楽室に行く。何もせず見ているだけなのも手持ち無沙汰なので、箒を一つ取って掃除に加わった。


「えー、それほんとー?」


「ほんとほんと。すごいでしょー」


 床を掃いていると、はしゃぎ声が耳に飛び込んできて、彩葉は手を止めた。声の聞こえた方向を見ると、日和と別の女子生徒が手を止めてお喋りに興じている。


「ちょっと、あんたたち、お喋りは掃除が済んでからにしなさいよ」


 日和と喋っていた女子生徒は慌てて窓ガラスをふき始めたが、日和は唇を尖らせた。


「先輩ってほんとうるさいなあ。少しくらいいいじゃん」


「今は掃除の時間でしょ。だから掃除が最優先。それが守るべきルールでしょうが。そんなこと小学生でも知ってるはずだけど?」


「おまけに嫌味ったらしい!」


 日和は更にへそを曲げた様子だが、自分に非があるのはわかっているようで、箒を動かし始めた。


「そんなに乱暴に動かしたらほこりが立つでしょ。もっと静かにやって」


「あーもー先輩うざい!」


「うざくて結構」


「神経質!」


「あんたが大ざっぱなんでしょ」


「意地悪な継母か姑みたい!」


「あんたみたいな娘がいたら、誰でも口うるさくなるっての!」


「上から目線で……」


 日和が何かに気づいたように、ふっと言葉を切った。確かめるように自分の体を見下ろしてから、彩葉に視線を戻す。


「……先輩、もしかして今祝福(ギフト)使ってる?」


「使ってるよ」


 日和が言い返してきた時点で、口喧嘩になる予感がして、力の球を生み出しておいたのだ。


 日和はむうっと口を尖らせた。何か言いたげに口をもごもごさせていたが、結局黙ったままふいっと彩葉に背を向け、掃除を再開する。その手つきは先程よりも丁寧だった。


 彩葉も、それ以上何も言わず掃除に戻った。

 日和の機嫌が良くなったわけではないので、力の球は出したままにしておく。掃除をしながら維持するのは朝飯前とは行かないが、ランニングしながらよりは遥かに楽だ。


 掃除が終わると、職員室に寄って日和の担任に彩葉が終わらせた分の課題プリントを預ける。プリントは高等部に送られてそれぞれの教科の教師に渡され、採点されて戻ってくることになっている。


 その後は祝福(ギフト)の訓練をする予定なので、訓練室のある訓練棟に向かった。




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