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第十章 過ぎる日々(1)

「ママの馬鹿! パパの馬鹿! 二人とも大っ嫌い!!」


 日和は叫んだ。同時に体がかっと熱くなって、自分の中から大量のエネルギーがほとばしり出るような感覚があった。

 耳をつんざくような音と共に、電光が宙を駆け、母親と父親の体を打つ。二人は絶叫し、そしてどさりと倒れた。


「え……?」


 日和は呆然と、床に横たわってぴくりともしない二つの体を見つめた。その体は黒焦げで、先程まで人間であったとは思えない。

 全身からぶすぶすと煙が立ち上っている母親だった物体に、亮が縋りついた。


「母ちゃん……母ちゃん……起きてよ、母ちゃん! 嫌だよ、死んじゃやだあああああ」


 泣きわめく弟の声を聞きながら、日和は全てを拒絶するように首を振った。


(嘘……嘘……こんなの嫌だ……違う……やめて……)


「やめて!」


 自分の声に、はっと目が覚める。眼前に広がる薄ぼんやりとした闇を見つめながら、日和は、はあはあ、と荒い息をした。


「ゆ……め……」


 確かめるようにつぶやくと、どっと安堵が押し寄せてくる。


(そうだ。あれは夢だよ。あたしはママとパパを殺したりしてない)


 両親は今もちゃんと生きている。今頃自宅のベッドで安らかに眠っているだろう。――それとも、悪夢を見ているだろうか。娘に殺される悪夢を。


 夢の中の光景が脳裏によみがえってきて、日和はぶるぶると首を振った。

 横を向いて隣の布団に彩葉が眠っているのを確認する。その穏やかな寝顔を見ながら、こちらが現実だと自分に言い聞かせる。現実にはあの場に彩葉がいて日和の祝福(ギフト)を無効化してくれていたから、何事もなく済んだのだ、と。


 そこでふと気づいた。


(あれ……何で先輩の顔が見えるんだろ)


 その点に思い至ってようやく、パチパチという音を認識する。そういえば先程からずっと聞こえていたのだ。悪夢に気を取られて意識の隅に追いやっていたが。


 手を持ち上げて確かめると、自分の体はわずかだが電気を放っていた。その光が、闇を薄らがせ、ぼんやりとだが部屋の中を照らし出しているのだ。


 日和は慌てて手を伸ばし、彩葉の頬に触れた。ふっと電気が消え、部屋が暗闇に包まれる。


 ほっと息を吐く。日和と彩葉のパジャマや布団は、燃えにくい素材でできた特別製だ。そのおかげか、力を暴走させてしまったにもかかわらず、火事にならずに済んだ。


 だがこれからどうしようか、と考えを巡らせる。

 眠りに戻るべきだろうが、また嫌な夢を見そうで気が進まない。それに、眠っている間に再び力があふれてしまったら、と思うと恐ろしい。


 少し考えてから、日和はごそごそと移動し、隣の布団に潜り込んだ。彩葉の手をつかんで胸元で抱きしめる。彩葉は、「んん……」と鬱陶しげな声をもらしたが、目は覚まさず、手を振りほどくこともなかった。


 日和は目を閉じた。


(これなら悪夢を見ても大丈夫だよね)


 それに、人にくっついていると安らぎを感じる。心地良くて、とろとろと意識が溶けていく。これなら悪夢も見ずに済みそうだ、と、日和はその感覚に抗わず身を任せた。


「――と……ちょっと、日和! 起きなさいよ。日和ってば!」


 ゆさゆさと体を揺すられて、日和は重たい瞼を上げた。


「まだ寝るうー」


「もう起きる時間だよ。ていうか、何なのこれ? 何であんた、わたしの布団で寝てるわけ?」


「へ?」


 眠たい目をこすりながら、体を起こす。隣で上半身を起こしている彩葉との距離が異様に近いことに気づいて、昨夜のことを思い出した。


「あ、そうか。あたし、先輩の布団に入って寝たんだった」


「だから何でよ? ていうか、離れてよ。狭いでしょ」


 彩葉に体を押されて、距離を取られる。しっかり握っていたはずの手は、いつの間にかほどけていた。


「そんなに嫌がんなくてもいいじゃん」


「……嫌がってない。びっくりしたの。一人で寝たのに朝起きたら同じ布団に人が入ってたんだよ。驚くでしょ」


 そう言い募る彩葉の顔はなぜかほんのりと赤く、視線がうろうろと宙をさまよっている。


 挙動不審な彩葉に疑問を感じながらも、日和は口を尖らせた。


「びっくりさせたのは悪かったけど、嫌な夢見ちゃったんだもん。それで電気出しちゃって、先輩にくっついてればまた悪夢見ても安心かな、って思ったんだよ」


 彩葉の視線がようやくきちんと日和を捉えた。


「悪夢見たの? ……大丈夫?」


 おそらく日和の悪夢の内容を察しているのだろう、心配そうな彩葉に、日和は微笑んでみせた。


「んー、やな夢だったけど、先輩のおかげで二度目は見なかったから、へーき」


「そっか。ならまあ、しょうがないか。赦してあげる」


 許容の笑みを浮かべる彩葉に、日和はもうちょっと甘えてみることにした。


「じゃあこれからも、悪夢見たら先輩の布団に入っていい?」


「ええ!?」


 彩葉の顔が一層赤みを増す。別に怒っているわけではなさそうだが、そんなに他人とくっついて寝るのが恥ずかしいのだろうか。


「ねー、いいでしょー。嫌な夢見た時だけだからー」


 彩葉の手を握ってぶんぶん振ると、彩葉は口をもごもごさせた後、はあ、と息を吐いた。


「もう、仕方ないなあ。悪夢見た時だけだからね」


「うん! ありがと、彩葉先輩!」


 日和はにこにこと笑った。


(先輩って結構優しいんだよね)


「ほら、それじゃさっさと起きて。ジム行くよ」


 立ち上がった彩葉が窓のカーテンを開ける。ガラス越しに晴れ渡った青空を見ながら、日和はぼやいた。


「いい天気なのに、今日もトイレ掃除だと思うと、憂鬱だなあ」


「仕方ないでしょ。ぐちぐち言ってないでさくさく動く」


「はあい」


 彩葉に急かされるまま、日和は布団から出て、出かける準備を始めた。



*****



「彩葉先輩はさあ、何でそんなに走るのが好きなの?」


 ジムの出口に向かって歩きながら、日和は隣の彩葉に問いかけた。彩葉が怪訝そうな顔を向けてくる。


「何、いきなり」


「いや、秋だし体育祭シーズンだし、なんかスポーツでもしてみようかなー、って気分になったんだけど、でもやっぱり大変そうだしなー、って気が進まない部分もあって……それで、先輩はよく毎日飽きもせず運動続けられるなあ、って思ったんだ。なんかコツとかあるの?」


「うーん、そうだなあ。わたしは運動が好きっていうか、目標を決めてそれに向かってがんばるのが好きなんだよね。だから、細かく目標を設定してる。それを達成すると気持ちいいんだよ」


「目標って、タイムとか距離とか?」


「それもあるけど……」


 彩葉はちょっとばつが悪そうに視線をそらした。


「実は、あんたのお守り任務に就いてからずっと、運動しながら力の球を生み出して、あんたの祝福(ギフト)を無効化してるんだ」


「へー、そうだったんだ。運動しながら力使うのって、普通に使うより大変そうだけど、実際どうなの?」


「大変だよ。最初は十分くらいでふらふらの汗びっしょりになっちゃった。でも少しずつ目標を高くして毎日訓練してるうちに、だんだん時間が延びてきて、今では三十分くらいは走りながら力の球維持できるよ」


「すごいじゃん。先輩がんばったんだねえ。それも学園長の命令で?」


「いや、これはわたしが自発的にやってるだけ」


「え、わざわざ自分を追い込んでやらなくてもいい訓練やってるの? ……先輩ってマゾ?」


「失礼だね、あんたは!」


 彩葉が眉を吊り上げる。


「冗談だってば、じょーだん」


「どうだか!」


 彩葉はまだむすっとしている。日和は頓着せず話を続けた。


「先輩って運動だけじゃなく祝福(ギフト)の訓練にも熱心なんだね。目標を達成するのが気持ちいいから、そーゆーことするのが好きなの?」


 彩葉はどこか諦めたように息を吐き、表情をやわらげて返事をした。


「というより、将来のためにだよ。わたしは警察の特務部隊に配属されるのが決まってるから、その時のために体と祝福(ギフト)を鍛えてるんだ」


「え、もう将来の仕事が決まってるの?」


「無効化の祝福(ギフト)は、能力者(ギフテッド)の犯罪や暴走を止めるのに有用で……時には唯一の方法だったりするから。でも、無効化の能力者(ギフテッド)は数が少ないんだよね。ていうか、見つかりにくい」


「あー、他の能力者(ギフテッド)が力を使ってるとこに遭遇する、とかしないと、自分でも気づかなそうだもんね」


「そういうこと。だから無効化の能力者(ギフテッド)は全員特務部隊所属を強制されるの」


「また強制? 先輩、そんなんばっかじゃん。嫌になんない?」


 彩葉は苦笑した。


「嫌になることもあるよ。でも、特務部隊に入るの自体は嫌じゃない。むしろ嬉しい。わたしは、人の役に立って人を助けられる人間になりたいから。特に祝福(ギフト)で人が傷つくのを防ぎたい」


「それって、お母さんとお父さんのことがあるから?」


 つい口にしてしまってから、日和は少し慌てた。


(まずったかな。先輩、両親のことトラウマになってる、って言ってたし、触れちゃいけなかったかも)


 急いで質問を取り下げようと口を開くが、言葉を発する前に彩葉が答えた。


「そうだね。わたしは家族を護れなかったから、せめてその分他の人を護りたい、って気持ちはあるよ」


 彩葉の顔には少し悲しげな色があったが、その瞳は強い意思の光を宿している。つらい過去にも負けずに前を向いて努力しているその姿は、とても綺麗だと思った。


 日和の口元に自然と笑みが浮かぶ。


「彩葉先輩なら、きっとできるよ。あたしが保証する」


「いや、あんたに保証されてもなあ。根拠ないじゃん」


 彩葉がわざと茶化すような言い方をする。多分照れているのだろう。


「根拠ならあるよ。先輩がめっちゃがんばってるの、あたし知ってるもん。一ヶ月半も傍で見てきたんだもん。だから、先輩は夢をかなえられる、って信じてるんだ」


 きっぱりと言うと、彩葉の頬がさっと紅潮した。落ち着かなげに視線をさまよわせた後、小さな声で言う。


「……ありがと」


 照れているのが明白な彩葉の姿に、日和は微笑ましさを感じながら、言葉を続けた。


「でもほんと、そこまでがんばれるのってすごいよ。そんけーする」


 夢のためとはいえ毎日地道な努力を続けるのは、誰にでもできることではない。両親のことがあるとはいえ、彩葉が元々持つ意志の強さの表れだろう。


(先輩はやっぱりかっこいいよなあ)


 そう思うのと同時に、少しの劣等感とうらやましさを覚える。


「あたしは飽き性でさー。あれこれ手出してみてもすぐやらなくなっちゃって、そこまで一つの目標に打ち込んだりしたことないんだよね。あたしも先輩みたいに意志の強い人になりたいよ」


 日和はあまり他人と自分を比べて落ち込んだりはしないのだが、彩葉をすごいと思う分、自分が情けないように感じてしまった。


 だが彩葉は呆れたように言った。


「あんたも充分意志強いと思うけど。ていうか、そもそもあんたがわたしみたいになる必要ないでしょ。あんたにはあんたのいいところがあるんだから」


「えー、たとえば?」


「初対面の人とでもすぐ打ち解けられるし、怒りを引きずらないし、行動力あるし、よく笑うし、人のことよく褒めるし、裏表がないし、思いやりあるし、自分の正しいと思うことを貫くし、人の話ちゃんと聞くし、自分が悪いと思ったらちゃんと謝れるし――」


「も、もういいよ、その辺で。先輩があたしのこと大好きなのはよくわかったから!」


 軽い気持ちで訊いたのに、すらすらと答えが返ってきて、日和は恥ずかしくなってしまった。何だか顔が熱い。


 彩葉も今更照れくさくなったのか、赤い顔をしている。


 視線を合わせられず、お互い顔をそらしてしまう。だが不思議と気まずくはなかった。むしろ胸がほんわりと温かい。


(先輩、あたしのことちゃんと見てくれてるんだな)


 その上で、好意的に評価してくれているのだ。そのことが、日和はとても嬉しいのだった。




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