2.4
明津一彩はヒトである。野望はまだない。
生まれも育ちも野良猫よりか遥かにいい「僕ら」は、いかにして生きていくのか。
動物として欠陥を抱えたヒトたちの、苦悩と未来の物語。
「わたしは昔から、なんでもできる子だったわ。」
懐かしむような、だけどどこか悲しい声音で、須郷ひなたは語る。
「なにをやっても一番が当たり前で、上とか下とか、勝ちとか負けとか、そういうことを意識したこともなかった。」
文面で見れば確実に自慢だろうこの告白を、だけど俺はいつの間にか振り向いて、ちゃんと顔を見て聞いている。そうしないと、なんだか失礼な気がしたから。
「だからあのとき、良かれと思って伸ばした手がどうして拒絶されたのか、分からなかったの。」
「わたしはなんでもできるから、周りを見下してるんだって、そう決めつけられて。」
「そこでわたしは初めて、わたしにもできないことがあるって気がついた……」
「気がついて、どうしたんだ?」
その後にどうしたのか、おおかたの予想はつく。そしてその答えはおそらく、あまり誇らしいものじゃない。だから基本的には他人に打ち明けるなんてことはしたくないはずだ。だけども、自分から告白会を始めた彼女のことだから、口に出したいのだと思って。
「逃げたわ。アメリカに。」
善意のアシストは、想像の100倍スケールの大きい答えになって返ってきた。
「ずいぶん逃げたな。」
「…?距離的にはそうでもないのよ?」
「いやそういうことじゃないけどさ……」
途中で乱気流に足止めされたとしても半日はかからないわよ?とぬかす彼女に、横一文字にと決めていた口が緩む。いかんいかん、真面目な話の途中だ。
「まあとにかく、わたしは逃げたのよ。単身赴任の予定だった父に着いていく形でって、ワガママを言って。」
「なるほど。」
なるほど、全然わからん。
話の内容はさほど難しくはないし、ものすごい珍しい話ってわけでもない。
だけど…いや、だからこそか。
なんで今ここで、会って間もない俺に話してるんだ?
ひと通り話し終わるまでは我慢してたけど、やっぱり意味がわからない。
最初はなにかオチがあるのかなとか、そういう足止め的な何かなのかと思ったけど、そうでもないみたいだし。
これは流石に、聞いた方がいいだろう。彼女はなにか、ものすごい勘違いをしている気がするから。
「えーと、須郷さん?」
「?」
「この話って、この部屋に来た人全員にしてるとかですかね。」
「そんなわけないでしょう。先生にも話してないわ。」
「じ、じゃあ、部員になった人に話してるとか?」
「どうしてこんな話を部員にするのかしら。」
というかあなた部員じゃないでしょう、まだ入部届け受け取ってないもの。と、この場においての立ち位置が一般生徒(雑用係)に確定した俺は、落ち込む間もなく混乱する。
先生にすら話していなくて、部員になったとしても話すわけじゃない。なのに、野球部員(推測)が倒れる医務室で、なにも知らされずに連れてこられただけの僕には話す。
…………これは。
みんな忘れているかもしれない(?)が、俺とて高校生だ。ここまで確定要素が揃ってしまうと、もうそろそろ浮かび上がってくる、青春童貞垂涎のシチュエーション。それが俺の脳内にも過っている。……いや、オベーションの準備をしてスタンディングをするところまで行っている。
「須郷ひなたは明津一彩に気を持っている」という可能性。
自分で恋人を作れないなら、勝手に好きになって貰えばいいじゃないと言った(言ってない)マリーの言葉は正しかったのか。
いや、待て待て。待て待て。
昂る全身をコールドシャワーで冷やすイメージをしながら治めて、次いで言い聞かせる。
俺はずいぶんと恋多き男だった。
だけどそれらは全て潰えたじゃないか。
すべて夢幻だったじゃないか。
授業中によく目が合うあの子だって、ずっと同じ委員会で庶務をしてたあの子だって、体育倉庫裏に呼び出してきたあの子だって、みんな嘘だった。
そうだ、そうなんだ。
俺にとって、恋とは嘘だ。
どんなにそれっぽかったとしても、喜んじゃいけないし、乗っかっちゃいけない。
だってそれはどうせ嘘で、その先にあるのは後悔と涙だけなんだから。
よし、大丈夫。
俺は心にかけた恋愛ロックが、ガッチリと閉まっていることを確認して、意識を浮上させる。
いざ現実へ、リアルを見に。
「ーーーーーーぁ。」
愚かな俺は、いつまで経っても愚かなままだったみたいだ、と。
気がついたときには、もう遅い。
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