2.1
明津一彩はヒトである。野望はまだない。
生まれも育ちも野良猫よりか遥かにいい「僕ら」は、いかにして生きていくのか。
動物として欠陥を抱えたヒトたちの、苦悩と未来の物語。
「邪魔するぞ、便利屋。」
ほえ〜、最近の高校生って発育良いんだな。
充分な高さがあるはずのドア枠を煩わしそうに掴んで屈むようにして入室してくる、全く現実味のない肉体を前に、僕はあんぐりと口を開けながら思う。
これこそ圧倒ってやつなんだろう。
言葉として知ってても、こうしてその意味を体感すると、またひとつランクアップする気がするな。主に恐怖っていうスパイスのおかげで。
「まったく、礼儀を知らない人ばかり来て困るわね。ノックをしたら中からの反応を待つのが普通でしょう。あなた、どうやってこの学校に入ったのかしら。」
僕が戦々恐々としている最中でも、彼女はキリッと直立したまま、凛として百合の花の如し。……少しトゲがありすぎて薔薇か山椒かと思ってしまうけれど。そうそう、山椒といえば香辛料としてのイメージが強いはずなんだけど、実は薔薇と同じで、トゲがあるのに人気な植物なんだ。あ、人間からじゃなくて、蝶からね。まあそこは適材適所というか、なんというか。
とにかくそんなわけで、彼女からはそういう強い美女っていう感じがーーー
「だからぁ!!」
「っ!?」
どうやら僕が脳内で過ごしていた時間と同じくらい、現実の時間でも経っていたようで、(僕の認識では)さっき入ってきたばかりの大男が、両手を大きく広げて不満を露わにする。
「部費を増やすようにかけ合ってくれって言ってんだろ。」
「どうして増やしてほしいのか、どんな用途で使うのか、どのくらい増やしてほしいのか。そういった最低限の話を聞かせてもらわないことにはどうしようもないわ。」
「そういうのがめんどいから、お前に頼んでるんだろうが。」
言葉を重ねるごとに加速する苛立ちを額の青筋で表現する大男は、どうやら最初からお話をするつもりではなかったらしい。なにも言わずに部費を上げる交渉をしろという主張がそれを物語ってる。
それにしても不思議なのは、彼女がこの男を突っぱねるようなことはしてないっていうこと。
その態度はまるで、ちゃんと話をしてくれさえすれば聞いてあげると言っているような。
だけどこの部活がどんな活動をしているのか説明すら受けてない僕は、この緊迫する木製のハコの中で、なにもできずに。ただただ気配を消して、空気に徹しようとして。
「じゃあ明津くん、お手並み拝見といこうかしら。」
それは許されなかった。
しかも僕の方を振り向いた彼女の口元には、横に細い笑みが浮かんでいる。まずい、この笑い方をするのは人を弄ぶ時の怪物だって、相場が決まってるんだ。
「えっと、僕まだ活動内容すら知らないんだけど…」
「問題ないわ。とりあえず、わたしの代わりにそこの野球部と会話してくれれば、それで。」
なんとか回避しようとする僕の言い分を一言で片付けた彼女は、じゃあよろしく、と。ブラックダイヤのような黒髪を指で梳きながら僕の後ろに下がっていく。冗談で会話を押し付け……もとい、託したわけではないらしい。
「この人、顔で得してるの気付いててこういう事してるよな…性格が……」
「ちゃーんと聞こえてるわよ、明津くん?」
「すいませんなんでもないですちゃんとやります。」
なんだろう、目の前の大男より背後の美人の方が怖い。
今だってそんな気はなかったはずなのに反射的に謝っちゃったし、本当になにかの化け物なのかもしれない。怪異的な。ーーーと、そういうことを考えてるとさっきの二の舞になるのが目に見えてる。
そう確信した一彩は、託された話し相手にフォーカスする。
身長は185は超えていそうで、体重は…分からないから100くらいだと思っておこう。とんでもないガタイだし、おそらくはキャッチャーかピッチャー。さっき聞いてた通り話をする気はなくて、気性が荒い。
あとはーーーん?そういえば、この人自分の部活の話してたか?僕が聞いてた限り、そんな話はなかった。
僕がひとりで考えてた間に話したとか、そもそも旧知の関係だったりとか、そういうことがないとは言えないけど、この態度だからな……。
だとしたら、彼女は、スゴウヒナタは、どうやってこの男が野球部だと看破したのだろうか。謎は深まるばかりだ。
「おい、やる気あんのか、お前。」
「おわっーーー!?」
右肩を突き飛ばされた僕の身体が、足で支えきれなくなって尻餅をつく。どうやら、また考えることを優先して、目の前のことを疎かにしていたらしい。いやでも今回のこれは、別に無関係のことじゃなかったし。……っていうか、さっきのやつも無関係じゃ…いや、止そう。これじゃあ、また同じ道を辿ってしまうこと間違いなしだ。
「すいません、朝に弱いもので。」
「そんなんは知らねえけどよ、部費の話。横で聞いてたから分かるだろ?」
「そうですね。部費を上げて欲しい、でしたね?」
「いや、部費の値上げを代わりに交渉しろ、だ。」
「そうでしたか、すいません。」
ぼーっとしてましたかねーと、あえて弱々しくヘラヘラしながら、わざと間違えることで、相手の言いたいことを詰めていく。要望を、形にしていく。
「部費の値上げと言うと、一年に一回の生徒総会で発表される次年度の予算のことですか?」
「違えよ。それじゃあ間に合わねえからな。俺たちが言ってんのは、臨時予算の追加だ。」
そんなことも知らねえのかよ、大丈夫か?と煽ってくる大男に、そんなこと知るわけないだろと。一年を通して友達なし&部活動無所属だった僕は内心で突っ込むけど、口には出さずに続ける。
「でも臨時って言うからには、向こうもそれなりの理由がないと認めてくれないんじゃないですか?」
そう、おそらくこの臨時予算が下りるのは、本当のほんとうに、緊急で必要だと判断された時だけ。本来、狙って出させようとするものじゃないはず。だから、もしそれを知りながら、なお僕たちに交渉を迫っているとするなら、それは多分ーーー
「そうなんだけどよ、写真部は去年の冬に出してもらってんだ。そこの便利屋の女に依頼して、な。」
ビンゴだ。
前例があったなら、頼るのは愚策とは言えない。
もちろんこの男の要求が通ることはないだろうけれど、ここに相談しにきた理由は分かった。
なら、次はーーー
「しゃがみなさい。」
その言葉は、たった一言で。
もっと言うのなら、それほど大きくもない、たった一度で。
一彩の思考に割って入り、最優先事項として金のバッジを付けられて、真っ先に実行された。
結果。
「は、はえーーーー。」
僕は、超絶美人のパンツを見た。
拝読ありがとうございます。
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