1.1
いつもと違う、というのはこうも不思議なものなのかと、静けさが支配する廊下を歩きながら思う。
バカやってる男軍団がゲラゲラ、群れを作るのに精を出す連れション軍団がワラワラ、先生の評価に敏感なガリ勉がポツポツ。時間が違えば駆け込み族がいたり、放課後ウェイ族がいたりもする。
そんな感じでこの廊下には、常に誰かしらの、なにかしらの「音」が響いていた。それを良しと思ったことはなかったし、どちらかといえば鬱陶しいなと思う部類だったけれど、それが無いというのはそれはそれで心地よくないと感じてしまうんだから、不思議なものだ。
「連れション行く生徒らから精は出ないけどな。」
頼むから黙っててください先生。
とにかく、俺がこの廊下に抱くのは違和感だった。
あるはずのものがなくて不自然に感じてしまう。
そんな日本の夏みたいな不快感を無視するために、俺は口を開く。
「そろそろどこに向かってるのか教えてくれませんか、柚月先生。」
「あくつ、それは私と秘密を共有したいということかな?」
「必要でしょう。普通どこに行くかもなにをするのかも教えられてないのに着いて行くバカはいませんよ。」
「?あくつは着いてきてるだろう。」
「いやまあ……そうですけど。」
「冗談だじょーだん。」
二歩先を歩いていた柚月の足が止まり、半身を開くような形で明津を振り返る。そして、口元に人さし指だけを立てて。
「秘密の場所なのは本当だけどな。」
この人はもしかすると、用件ついでに俺を落とそうとしているのかもしれない。
教室で捕まえられて、仕方なく歩き始めて。
どのくらいが経っただろうか。
校内では…いや、下手したら他のどんな場所でもこんなに歩いたことはないかもしれない。
ずっと家近の学校に通ってきた俺は、この学校に入ってからも通学時間は多く見積もっても5分から8分くらいに抑えられてるし、駅は学校よりももっと近い。
それらよりも多く歩いてるんだから、当然疲れる。
それを表に出すとゲラゲラ笑われるのが目に見えてるから、なんでもないような顔をしてるけど。
「さ、着いたぞあくつ。」
どうやら内々の疲労はばれなかったらしい。
なら内心も読まないでくれよと思わないでもないけど、それはそれとして。
はてさて、そんな長い時間(明津目線)を歩いた先にたどり着いた場所とは。
「…………医務室、ですか?」
まだ見たことのない景色が待っていることを期待して前を向いた明津は、期待を大きく下回るようにそこに在った「医務室」と書かれた札を信じられずに問いかける。
だってそんなはずがないだろう!?こんなに歩いたんだぞ!?
医務室に行くなら2分あれば十分だったはずだ。階段を降りて、職員室のある方向にまっすぐ進めばそれで良かったはずだ。
だっていうのに、なんでこんなに歩かされたんだ!
疲れも祟ってかいつもより感情の波が大きくなって憤る一彩に、柚月は笑いかける。
「おいおいあくつ。どうしてここが普通の医務室だと思っちまったんだ?」
「それはどういう
「まあまあ、周りを見てみたまえ。」
「周りって……え?」
「知ってる景色じゃない、だろ?」
そこに広がっていたのは古めかしい色合いの床と壁、窓と天井。こんなの、見たことがない。
「まあ医務室も行ったことないんであれですけど」
ないんかい!と突っ込む柚月の声も、彼の耳には遠い。結局のところ、上げて落としてまた上げるのがいちばん効くのだと、これを見た誰もが得心しただろう。だった彼の目はーーー心は。
「でも、ここがヤバい場所だっていうのは、分かります。」
ただ古いだけの医務室に釘付けなんだから。