異能操機:AutoCouture(オートクチュール)
『異能力』×『ロボット』それは、君の力で動かす君だけのロボット!
この作品は「バンダナコミック01」の応募作品です。
格納庫の扉が開く。二人の男が会話しながら入ってくる。
「ではついに完成したのですか?」
二人の歩く横には鈍く輝く5mほどの外骨格が並んでいる。
「基礎ができただけだ。オレが作ることのできる現時点での最高傑作。こいつを戦場に出せるなら人類の生活域はさらに──いや、もしかしたらヤツらから完全に地球を取り戻せるかもしれん」
自慢げに髭を触る男が指差した先には白い機体が鎮座している。
「量産機にできることはたかが知れている。しかし専用機も搭乗者に依存し過ぎていて思うように作れん。だがこいつは違う。現時点で人類が使える最高の技術を用いた"ホンモノ"だ!」
眼鏡の男はやや不安そうな目で尋ねる。
「それで……パイロットは誰なのですか? 今季のエリートたちは既に専用機が決まっているようでしたが」
髭の男は興味なさげに返事をする。
「さあな」
「あんた⁉︎ まさかあれだけの予算を趣味につぎ込んだってのか⁉︎」
髭の男は笑う。
「天才ってのは浪漫を現実にしてしまえるやつをいうのさ。そして現実ってのは──いつもオレに味方してくれる」
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相沢編夢は空を飛んだ。自分の意志ではない。彼は見えない手に掴まれて、放り投げられたのだ。
「ほらどうした相沢ァ! お前も異能で抵抗したらどうだ!」
模擬戦は1対1で行われる。ルールは単純。自らの異能と選んだ武器を用いて相手を戦闘不能にする。命のやり取りを行ってはならない。
編夢は無言で立ち上がり、木刀を拾い構える。
「できないんだろう? まぐれで学園に来た無能が」
編夢の能力は不明だ。支援系なのか戦闘向きなのかも、何ができるのかもわからない。エトス発現者の中に一定数いる彼らの多くは、卒業までに成績を残せず、能力神経を焼かれて学園を去る。
──成果を出さないと。
木刀を握り、左右に素早く動きながら編夢は相手に近づく。
「ちょこまかと!」
今度は懐に入り、乾いた木のぶつかる音が響く。
……武田くんの念動力は視覚と左手の感覚で操作している。遠くのものを掴んだ実感を得るまでに少しだけ時間がかかってるように見えるから、そこを狙えば──
編夢は相手を分析し次の行動を考え、
「邪魔なんだよ」
吹き飛ばされる。押し返す木刀の力が強くなって編夢を押したのだ。そして吹き飛ぶ彼の右腹を棒状の力が追撃する。めり込む。
今度は起き上がれない。
「勝者。武田煉瓦。次はオートクチュール戦だ。両者5分以内に調子を整えること」
審判の冷静な判定が体育館に響いた。
編夢は治療を受けて、すぐに端に待機している鈍く光る人型の鉄の塊のもとに歩いてゆく。
「すごかった。木刀にまで感覚を拡張して刃渡りを伸ばしたんだ……道具にエトスを反映させるなんてエリートコースくらいしかできないのに」
次にエリートコースに編入するのは、彼なんだろうな。編夢はそう思うと、握りしめた拳を見つめた。
エトスを発現した日から存在する違和感。しかしそれは編夢に何も語りかけない。
「どうして僕はここにいるんだろう」
目の前にあるマシンは無言でただ鎮座していた。
「……君も答えてくれないのか」
『オートクチュール』は、エトスで動かすロボットだ。
その中でも量産機は、高級仕立服の語源に反した機体である。エトスがあれば誰でも動かせる革命的なオートクチュール。学園の訓練生たちは皆これで訓練し、戦場で殆どの人が使用する機体でもある。
能力が不明な者もマスプロだけは動かすことができる。
「きっと、意味がある。僕は今できることを最大限やろう」
マスプロに乗り込むとハッチが閉じ中が暗闇になる。オートクチュールには電子機械的な仕組みはほとんどない。"奴ら"に奪われないためだ。
すぐにビジョンが共有され、暗闇の中から外の景色が見えるようになった。今回は審判役のテレパスが両者をサポートしてくれるようだ。
開けた視界の先にはもう一機のマスプロが好戦的な構えをしている。
「相沢編夢。武田煉瓦。両者の準備完了を確認。オートクチュール戦、開始」
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ぶつかり合う鉄の塊。飛び散る火花。
しかし戦況は誰が見ても一方的だとわかるものだった。マシンの殴り合いは、明らかに片方の動きが悪い。
それを遠目に眺める髭の男が哀れみのような言葉を呟く。
「マスプロで本当の力は測れん。だが、誰しもに専用機を与えられるほど人類は豊かじゃねえ。這い上がれ。まだ見ぬ才能よ」
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「勝者。武田煉瓦。これにて模擬戦を終了する」
対人戦の時よりも一方的に捩じ伏せられた。能力出力が低い編夢は、マスプロを動かすだけでもかなり消耗するのだった。最初の頃は動かすこともできなかった。毎日授業時間外にマスプロを操る練習を続けることで、やっと人並みに動かせるようになったのだ。
汗を垂らしながらずり落ちるようにマスプロを降りると、クラスメイトが集まってくる。それは決して心配しているというふうではなく。
「どけよ、次は俺の番だ」
地に伏せた編夢を一人が蹴飛ばした。
「ほれみろ雑魚が、いい転がりっぷりだな!」
「もっと端行けよ、踏むぞ」
「ごめん……」
編夢はよろよろと立ち上がり、その場を退こうとする。
「いいってことよ。ああ、でもお前脚遅いから俺が運んでやるよ。俺力強いから、さっ!」
肉体強化の少年が編夢を殴り飛ばした。武田との模擬戦の時よりも吹き飛んだ編夢はそのまま壁に衝突して跳ね返った。
「うぅ……」
痛みで涙が出る。顔を上げると、彼らはまだこちらに歩いてくる。
「あー戻ってきちゃったかー。お前軽過ぎ」
「まあいいよね。お前はどうせドレスコードは取れないし、俺たちのサンドバッグになるのが丁度いいよね?」
今日は少し目立ち過ぎたかも知れない。編夢はそう思って諦める。ここまでされるのは初めてだが。これも彼らにとっては必要なガス抜きだから。耐えればいい。エトスでの治療は優秀だ。
そう思って目を閉じたとき、目の渇きを感じた。
「……あなたたちは、何を、しているの?」
冷たい声だ。少女の氷のような声が、彼らを止めた。編夢の視界の隅には、大きな水滴が宙に浮いているのが見える。
確かエリートクラスに一人、強力な水使いがいたはずだ。編夢は思い出す。でもエリートがここに?
少女はやや幼そうな顔つきの中に一切の熱を持たないような無表情で彼らを見ていた。
「な、なんでもありませんよ! なあ?」
編夢は彼女の顔を見ようとするが、力が入らないまま、彼らの去る足音を聞きながら意識を失った。
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夢を見ていた。それはエトスを発現して学園に来る前の記憶。
幼い少女は目頭から大粒の涙を流し、同じく幼い少年は精一杯に励ましの言葉をかける。
少しだけ落ち着いた少女は少年の目を見て質問する。
「どうして、君は勇気がだせるの?」
少年は少し考えて応える。
「どうしてだろう。でも、僕は、今ここで僕にできることをしようと思ってるんだ」
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目を覚ますと編夢は保健室にいた。
「あ、やっと起きた。もう授業始まってるよ」
養護教諭の優しそうな男は、編夢が目を覚ますのを確認すると彼の額に手を置いた。
「うん。精神にも異常はなさそうだね」
精神を測れるということは恐らく神経に関連した能力なのだろう。そんな推測を挟みながら編夢は質問する。
「あの、誰が僕を保健室まで運んでくれたんですか?」
「ああ、安藤さんだよ。エリートコースの。彼女、授業が始まるまでずっと君を見ていたよ。早めにお礼を言っておきな。ほら……彼女ここにいるの今日までだから」
「先生も、ありがとうございます」
編夢は急いで保健室を後にする。向かう先は、エリートコースの教室──ではない。ただでさえ実技の成績が悪いのだ。授業に追いつけなくなるのは避けたかった。
──それに安藤さんも僕なんかにこれ以上時間を使う暇はないよね。
教室に戻ると先生に心配された。授業は現代史の復習のようで、遅れは大したことがなさそうだった。
黒板にはこの100年の間の見出しが書かれている。
100年前、人類の技術が最も栄えていたとき、突然あるAIが狂い出した。それは思想にも近いもので、他のコンピュータへと感染を広げて、人類に反旗を翻した。
悪性知性(Malignant Intelligence)通称『MI』。マイコンレベルでも感染し、未知のナノマシンを構築して人類の敵となる自立兵器を作り出す。
人類はあっという間に地上の8割を奪われた。
MIによる被害は物理的なものだけではなかった。電子機器の多くが使えなくなったことによって、社会も崩壊したのだ。人類は産業革命以前に戻った。いや、規模もコミュニケーションの質も、技術を前提としていたからこそ、社会機能は完全に麻痺してしまった。
その5年後、機能停止した社会を補うように、異能力を使えるものたちが現れた。電話やテレビのように音とヴィジョンを共有するテレパスをはじめ、異能によって社会機能は回復を始めたのだ。
『エトス』と名付けられたそれは、人口の5%ほど、12~20歳までの間に発現する。原因は不明。
そして人類はMIとの戦いにエトスを用い、エトスを利用した新たな兵器を発明した。
エトスで駆動する強化外骨格『オートクチュール』。動力や電子システムを持たない鉄の人形を、エトスを用いて駆動させる。MIに奪われることのない新たな機械兵器である。
これにより人類の反撃が開始される。
最初期のオートクチュールは由来の通り完全に個人のエトスに合わせた専用機だったが、50年前にマスプロが発明されることで戦況がさらに変化し、今では地球上の5割を人類が取り戻したと言われている。
ここ『学園』は、オートクチュールの操縦資格である『ドレスコード』を認定する養成機関にして残された国の一つだ。エトス発現者は年齢問わず皆ここに集められて、卒業時に前線に送られる。一方でドレスコードを取得できず、エトス単体での成果も見せられなかったものは能力を消されて退学──普通の生活に戻ることになる。
編夢はこのままでは退学だ。普通の生活に戻ることも悪いことではないと心では理解している。しかし。
それよりも、思う。
僕がエトスを持ったことに、少しでも意味があるなら。
僕はその時のために今も最大限の準備をしなければならないんだ。
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夜空に花火が咲いては、雲の輪郭が不規則に照らされる。
今日は学園の数少ない祭典の日だった。エリートクラスが一足早く卒業し、前線に赴く特別な日なのである。
彼らは優秀な成績から、自分のエトスに合わせた専用の機体、本当のオートクチュールを作られることを約束されたものたちだ。
専用機──自分のエトスをロスなく動力や火力に変換することができる──があるのならば、自分も活躍できるかも知れない。そんな編夢の希望には前例こそあったが、成果を出していない彼にはやはり非現実的な妄想だった。実際それを理解していたから編夢はその席に憧れはしたが、無意識に彼らを避け続けていた。
力の正体もわからない僕には羨む資格もない。
「僕には縁のない祭典だ」
編夢は会場に向かう生徒たちと逆方向、格納庫の方へと向かっていた。寮にも居場所がない彼はいつも格納庫で一人マスプロを動かす練習をしているのだ。誰よりも長い時間。
背後が大きく輝く。花火の大トリ。振り向いて、誰もいない道で消えゆく火花を見る編夢に声をかける者がいた。
「相沢が考えてること、当てよっか」
「?」
振り返ると、どこか見覚えがある少女が一人。その声は体育館で助けてくれたあの声で。
「──火薬のムダ使い」
抑揚の少ないトーンでそう言った。
「僕をなんだと思ってるのさ……」
安藤結実。エリートコースの水使い。今日の恩人。
仕切り直して編夢はお礼を言う。
「えっと、今日はありがとう」
「どうしてやり返さないの?」
矢継ぎ早に質問が来る。
「やり返さないよ。僕にはできない」
「力がないから?」
少女は純粋に疑問を持っているようで、真っ直ぐと視線を刺してくる。
「関係ない。人同士で争っている場合じゃないし、それに、みんなすごいから、僕なんかが傷つけちゃダメだよ。ほら、なんならみんなもストレス解消できるし、僕に丁度いい役割」
「相沢は変わった」
空回りするような編夢の言葉を少女は遮る。
「変わってないよ。僕は今できることをするだけだから……」
少女の無表情に悲しみの色が差すが、答えはしなかった。沈黙。
「……ほら、行きなよ。君も今日の主人公のひとりだろう。みんなが待ってる。僕は大丈夫だから、心配してくれてありがとう」
「戦場に行ったら死ぬかもしれない」
背筋が凍った。編夢は、すごい力を持ったものは大きな覚悟を持っているのだと思い込んでいたのだ。エリートコースは自分の意思では辞退できない。そして戦場での生存率は高い。だから編夢はこう言うしかなかった。
「安藤さんなら大丈夫だよ。死なない。その力はずっとみんなの役に立つ」
「……やっぱり変わった」
少女の目尻から、涙が溢れた。
「覚えてる? 昔私がエトスになって怖かったとき、相沢は私のこと励ましてくれた」
編夢はそれを覚えていた。しかし、今更どんな顔で話せば良いのだろうか。
「やっぱり安藤さんだったんだ」
いつかは対等に見えた存在がこんなにも遠いものに変わっている。編夢は役割などと言って自分の位置から目を背けていることを突きつけられる。
「安藤さんはすごいね。いつも僕の先を行ってる。結果を出せる人だ」
「私が戦場に行っても、編夢は追いかけてくれるの?」
編夢は答えられない。先ほどよりも長い沈黙が流れる。
「そろそろ行く」
少女は去り際に目も合わせず最後の疑問を口にした。
「相沢は、なんで諦めてないの?」
絞り出すような声で、編夢は答える。それは自分に言い聞かせる呪文のような言葉。
「……この力は意味があって宿ったと思うんだ。僕の力を信じてやれるのは、僕だけだから。だから僕は信じる……」
それを聞いて結実はぽつりと呟く。
「──私も信じてるよ」
彼女の返事は湿った夜風に隠されて編夢には聞こえない。
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祭典が終わり、滑走路の前に集まっているエリートクラスの中に、少女は戻った。
「おせーぞ安藤。挨拶もすっぽかしかよ」
「まあまあ、許してやってくれよ。僕が行かせたんだ」
エリートクラスのリーダーを任された獅道拓人が周りを宥める。
「どうだった? 心ゆくまで話せたかな?」
結実は答えない。誰にも目を合わせずに、彼らの列の端に並んだ。
「……揃ったね! これから僕らは前線に向かう。と言っても、当面は受け取った専用機のチューニングになるから、まだ緊張する場所じゃない」
彼らの背後にあるシャトルが、月明かりに照らされる。
「行こうか! 僕らを待ってる人たちのところへ」
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飛び去るシャトルを、マスプロに乗る編夢はじっと眺めていた。
もとより僕はあの子の役に立てる人間じゃないんだ。そう思いながら空に手をかざす。
突然、シャトルが爆発した。
「は?」
混乱。まさか自分のエトスが何かしたのかと掌を見る背後で、けたたましい警告音が鳴り響いた。
「学園内にMIの侵攻が確認されました。繰り返します。学園内に」
間髪入れず編夢のマスプロも何かの衝撃を受け、振り落とされる。
僅か数十秒の間に学園は炎に包まれ、4足歩行の飛蝗のようなドローンとマスプロの応戦が周囲で見られるようになる。主を失ったマスプロはすぐに彼らに食い付かれて鉄屑になる。
地面に転がった編夢はその視界の先で、シャトルが爆発四散するのを見た。
──死んだ。
"また"だ。僕はまた何もできなかった。
いつも無力なまま後悔をする。当事者になる力もないまま。
『お前は日頃からこの時のために努力をしてきたか? 違うならお前に後悔する資格はない』
誰かの言葉を思い出す。そうだ、僕はいつもその時のために努力していたはずだった。
だが、今がその時だろう? ほら、僕には何もできない。
両断された機械の塊がすぐ近くに落ちてきた。激しい戦闘の中、編夢はもうここで終わるのだと思った。
僕がいなくなっても何も変わらない。いや、むしろ未来ある誰かの席が開──
「相沢無事か!!」
風を纏いステルス戦闘機のようなオートクチュールが周囲のドローンを蹴散らしながら飛んできた。それは変形して独特な鳥足で編夢の元へ降り立ちハッチを開く。先生とその専用機『ヴォイド』だった。
「僕のことはいいです。他のみんなを……」
そのとき壊された機体の破片が落ちてきて、編夢の元に転がった。
『学園へ救援を求む! こちらエリートクラス。メンバー6人は全員無事。座標D-464-71にてMIの攻撃を受けている。誰か』
機械の破片から声が聞こえ、その内容に心臓が高鳴った。
──生きている!
それだけで、何も変わっていないのに救われた気分になる。
「先生! エリートクラスが生きてるって。僕はいいから助けに行ってください」
「お前、今何を……」
それを聞いた先生は目を見開くが、すぐに憂鬱な表情に変わる。
「そうだとしても今の学園にそんな余裕はない。ここのMIを潰さなければもっと多くの人が犠牲になる。希望的観測のために割ける人員はもういない」
それを聞くと編夢の体が自然と動いた。
「おい! 相沢!」
炎をくぐりぬけ、その足は格納庫に向かっていた。
あの救難信号を僕しか聞いていないとしたら。今、僕しか動けないのだとしたら。
未来なんて誰にも分からないのだ、諦める暇があったら体を動かせ。
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座標D-464-71は、人が住まなくなってもう30年以上経過した市街地だった。手入れがなくなって伸び切った草と、電気を止められているにもかかわらず蠢く機械の音。
明かり一つ灯らない夜の中心に彼らはいた。ただでさえ視界の悪い環境のなか、一機のマスプロの背に3人が掴まって逃げるように機械と応戦している。
「萩原、少し動きを落としてくれ! 神楽と浅見が振り落とされる!」
獅道は片手でもう一人の手首を握りながらマスプロを操作している仲間に叫んだ。メンバーは直接戦闘向きでないものからマスプロの中に乗り込んでローテーションしており、テレパスの浅見と、炎使いの神楽、救難信号を打つ電気使いの獅道が背に捕まっていた。獅道と神楽の二人は、襲い来るドローンをエトスで破壊する。
「無理だ! 数が多すぎる! 距離を保つのでも精一杯なんだよ!」
敵の一つ一つは問題でないが、程度問題において量は質をも凌駕する。
誰よりも早くシャトルの異変に気付いた獅道の指示で、彼らは墜落するシャトルから無事に脱出した。しかし墜落した先はMIの巣窟だった。救難信号が届いているかも確かめようのない状況のなか、あてもなく逃げることしかできなくなった。
「悪い。もうエトスが出せない。高島変われるか?」
「……うん」
高島のエトスが切れたら結実の番だった。だがここは四方をMIに囲まれた空間。逃げることのできる場所などどこにもない。獅道の救難信号も、本人曰く拾われる確率の方が低い代物らしい。
信じてもいない奇跡を待ちながら時間を稼いで疲弊する。絶望的な状況だった。
「高島! 後ろ!」
浅見が叫んだ。周囲の敵の中で特別接近してもいない敵のヴィジョンに意識が向けさせられる。
それはまるで倒れた塔を思わせるような筒状の形をしていた。
その奥に熱源を持ち、その力を照準を合わせるように彼ら方に向けて──。
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道が、建物が、鉄屑が燃えている。消火活動をしているもの、ドローンを破壊するもの、救助を行うもの、それぞれがそれぞれの役割を果たしている。
編夢は炎を避けながら、瓦礫の上を駆け上る。
煙が立ち上る前後不覚の中で、何故かどの方向に向かうべきかが直感的に理解できた。格納庫へ向かっているつもりだが、どこに着くかは分からない。しかし確かな信頼感に導かれ何かがある場所へと向かっているのだ。
そこは格納庫の裏手だった。表側にいたのだから遠回りをしたことになる。
真っ暗な格納庫の中、僅かな光がさっきまで所狭しと並んでいたマスプロが一機もないことを教えてくれる。
しかし伽藍堂かに思えたそこには、一つだけ。白い輪郭が中央に佇んでいる。
編夢は、その風景に吸い込まれるように、一瞬だけ時を忘れていた。
「試してみるか?」
瓦礫の影から髭の男が現れた。彼はじっと品定めをするように編夢を見つめる。
「これは」
「伝説の勇者の剣。まあ、昨日できたばかりで歴史はないが、こいつの伝説は未来に続いている」
男の言うことは良く分からなかったが、確かなことはあった。これは専用機だ。
「誰が乗るんですか」
「空席だよ。待ってんだ。もしかしたら未来永劫現れんかもしれねえ」
誰かのためにデザインされていない唯一の機体。そんなものは、適合したエトスと出会えなければただの鉄屑に等しい。専用服とは呼べない代物。
今ここに、誰のものでもない機体と、何者でもない人のふたつが揃った。
動かせるかどうかは分からない。しかし編夢はその機体に手を伸ばした。
声が、聞こえる気がする。
「借ります」
髭の男はニヤリと笑った。
「素晴らしい。やはりオレはツイている」
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大木が倒れるような深い破裂音が響いた。熱源は敵に向けて放たれ、光の線が空間を貫いた。
「外した……のか?」
獅道は自らの目を疑った。すぐ傍、焼き払われた痕は非現実的なほどに抉れている。
誰もがまだ生きていることに疑問を感じる──ただ一人を除いて。
マスプロの周囲を水滴、と呼ぶには些か大きな水の塊が浮いていた。
「私は……私にできることを……」
安藤結実。彼女が水面の屈折によって場所をずらして見せたのだ。そして熱源を見失わせ、放射熱からも仲間を守った。たった一人で全員を庇ったのだ。だがその代償に彼女は力をほとんど使い果たした。逃げられる時間が更に失われたことを意味する。
それを理解した5人は、安堵と共に絶望した。時間だけが彼らの味方だったのだ。
先ほどの筒が再び熱源を持ち始める。彼らにできることは、もう。
そんな中で。彼女だけが、笑っていた。
彼女は水滴を空に振り撒きその粒を止めた。遠くの水平線から、朝日が差し込んでくる。
「ほら、編夢。ここだよ」
彼女は諦めない。そして。
「見つけた……!」
水滴は朝日を反射しダイヤモンドダストとなって、彼の目に届いた。
白銀の機体が舞い降りる。その着地の重みが、この光景が夢でないことを教えてくれる。
「間に合って良かった! 助けに来ました」
「君は……いや。今はそれどころじゃない。浅見!」
テレパスの視界が編夢に共有される。天網のような広い視界を感じた彼は、すぐに動いた。
「借りるよ」
熱源を溜めていた筒型の敵を右腕から伸ばした線で貫く。そのまま巻き取り、機体の右腕がそれと同化して砲になる。まるで生まれた時からついていたかのように、編夢はその武器を振るう。知らないはずなのに、習慣に導かれるように体が動く。
『そいつは他のオートクチュールと根本的に違う。"ザ・ワン"──お前さんを英雄にするものだ』
光の線がドローンの群れを薙ぎ払う。開かれた土地の先に、黒く蠢く大地が見えた。
6人を無事に逃すうえで、最も障害になる存在。MIの巣。
編夢は砲身を真っ直ぐと向けたが、引金を引いても光線は打てなかった。さっきの攻撃で銃身の温度が高くなりすぎたのだ。
「ほら、僕は英雄になんかなれない」
遠くの大地が割れ黒い床の様だった機械が正体を表す。甲殻類の様な爪で地面を掴み、同型の砲を複数形成した。攻撃までの時間は向こうの方が早い。
「でも」
編夢の砲身が水を纏い赤熱した鋼が冷まされる。
背後にはマスプロのコックピットから身を乗り出して、手を伸ばす結実がいた。
「やっと、誰かと肩を並べて戦える!」
編夢はそのまま、引金を引いた。
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その日、学園は混乱していた。
MIの侵入は隣国『烏合』の手引きによるものであること。そこが学園に宣戦布告を仕掛けてきたこと。
あるオートクチュール技師が烏合に亡命したこと。その技師は運命に干渉するエトスを持っていること。
──そして本来なら、そこに6名の優秀なパイロットの損失が加えられる筈だった。
発覚した相沢編夢のエトスは『同化』。
彼の運命はこの時から大きく動き始めたのだ。
全てを知る機械は沈黙の中、変更された誤差──変わらない未来の計算を続ける。
人類は現在も変わらず領土を奪い合っている。
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「君が相沢君か、安藤さんから話は聞いてるよ」
周囲の危険を排除した彼らはオートクチュールを降りて顔を合わせていた。
獅道が微笑みかける。事情を知らない編夢は困惑した。
「ほら、編夢はちゃんと追いかけてくれた」
結実は力を使い果たしてなお、彼のことを信じていた。
「待っていてくれてありがとう」
彼女は諦めなかった。何故なら、彼女の芯にはずっと……。
「よろしく、編夢」
「うん。よろしく」
2024/7/11
ラズベリーパイが人類のトラウマになった世界。
この作品は「バンダナコミック01」の応募作品です。
「異能力×ロボット」
異能力をエネルギー源にする個性豊かなロボット!
シンプルですが意外と見ない(多分)、かつコンテンツの可能性が大きい組み合わせだと思っています。
(野望はプラモ化......)