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PanDemonicA/1 -パンデモニカ/第1部-  作者: フジキヒデキ
サタデー・ハロウィン・フィーバー
9/99

08 : Day -51 : Higashi-ginza


 ぐるり、と周囲を見まわす。

 何度見ても、ここは銀座だ。

 地価で有名な四丁目の通りが見える。


 いわゆる大都会だが、じつのところ、このエリアの恐ろしさは地上部分を見ただけではほとんどわからない。

 機能の大半を包み隠し、無限機関のように動きつづける地下。

 どの駅から潜り込もう。

 チューヤは考える。


「やっぱり貨物かな!」


 東のほうへ視線を転じる。かなりマニアックな傾向だ。

 東には越中島があり、南には東京貨物ターミナルがある。北には千住エリアも広がっている。

 そういえばケートがハルキゲニアをゲットしたのは、南千住の隅田川駅だったっけ……。


 まともな人間は、もちろん貨物などに注目しない。鉄道マニアのなかでも、貨物に手を出す人種は、そうとう特殊な部類になる。

 しかしチューヤの場合、理由は明確だ。


 母方の祖父、洞城(とうじょう)哲一郎は、歴戦の鉄道マンだった。

 秋田出身で、長らく東京で暮らし、時計屋の杉田などと親しくなった。どちらも東北出身という共通点がある。

 杉田は時計屋の娘と結婚して杉田姓にはいり、経営を受け継いだ。

 洞城は鉄道会社を退職し、家族を連れて故郷の秋田に帰ることを選択した。

 このときチューヤの母は、中谷と結婚して東京に残ったのだった。


 秋田に帰った洞城は、その技術と経験を買われ貨物鉄道に再雇用、土崎から伸びる貨物線で最後のご奉公をした。

 東京に残った娘は、孫のチューヤを産み、死んだ。

 これで母方と縁が切れたと考えるのは早計だ。むしろ実態は逆となった。

 おそらく母が生きていた場合よりも頻繁に、チューヤは秋田へと連れて行かれた。それが父親の、娘を奪ったその実家に対する贖罪の形だった。

 このとき、こっそりと機関車に乗せてもらった経験が、チューヤの「貨物」愛を育んだ。


 秋田臨海鉄道というと一部のマニアがよだれを流すが、一般人にはほとんど知られていない。客車の運行がいっさい、ないからだ。

 土崎駅から秋田港エリアに伸びた路線を、コンテナなどを運ぶだけの10キロに満たない路線。

 洞城哲一郎は、晩年の3年間を、この路線のディーゼル機関車を運転して終えた。


「行きたいなあ。秋田、行きたいなあ……」


 思い出すほどに、チューヤは北国への郷愁を深くする。

 チューヤがひとりで秋田まで行くようになったのは、小学校に上がってすぐからだった。

 一人旅、最初は新幹線を使っていたが、在来線を乗り継ぐという喜びを知って以来、新幹線なんか認めない、という昔のテッちゃんのごとき性癖が目覚める。


 連休のたびに東京から秋田まで行くので、いいかげんにしろと怒られたことがある。

 なぜ連休かというと、週末パスというお得な切符があるからだ。

 これは圧倒的にコスパが高く、大人料金に対して子供料金がなんとほぼ3分の1以下。

 2日間たっぷり使えて、ある意味、青春18きっぷよりもお得であった。


 使わない手はない。小坊チューヤは狂ったように乗りまくった。

 むろん、目的地まで早く行けるのは新幹線だ。ふつうに上野から、くりこま高原か新庄まで行って、そこから在来線で……?


 そんな()()()()()()乗り方をしたのは、最初だけだった。

 目的地に早く着ければいい、などという浅薄な考えで列車に乗るテツはいないのだ。どれだけ遠まわりをして、長く乗っていられるかを考える人種。

 それが「乗り鉄」というものなのである。


 あらゆるルートを計算し、あらゆるフリーエリア内の鉄道をまわりこむ。

 もちろん速やかに全線が乗りつぶされたことは言うまでもない。

 子ども料金が使えなくなってからは、青春18きっぷで、全国に足を延ばした。

 18歳以下しか使えない、などと信じている素人がまだいるらしいが、これは子どもから老人まで使えるお得な切符だ。


 中坊チューヤも、もちろん使い倒した。

 春・夏・冬があり、利用期間がそれぞれ1~2か月程度。

 気持ちのいい秋の連休に使えないのが痛恨だが、ともかく1日あたり1日分の外食代ていどで、JRをどこまでも乗れる。これはありがたい。


「ああ、旅立ちたい。枕崎から稚内まで……」


 街路に立ち尽くし、鉄旅に思いを馳せる高校生。

 母親たちが「見ちゃいけません」を連発するのも当然だ──が、たまに、そうでない者もいる。


「だめよ。あなたはもう、()()()から出られない」


 ぴたり、と足を止めるチューヤ。

 どこからか声が聞こえた。落ち着いた女の声。

 ──周囲を見まわす。だれもいない。

 悪魔の仕業か? いや、いまはまだ、まったく境界化の気配はない。

 ゆえに悪魔召喚はできないが、『デビル豪』を起動することはできる。


「東銀座……アトロポスか」


 都営地下鉄浅草線と東京メトロ日比谷線が乗り入れる東銀座駅の出入口を見つめながら、チューヤの思考は鉄ヲタからデビル脳へと移行する。

 モイライ3姉妹が住む銀座は、「時」を司る特殊な空間だ。


名/種族/ランク/時代/地域/系統/支配駅

クロト/鬼女/E/紀元前/古代ギリシア/ギリシア神話/銀座一丁目

ラキシス/鬼女/D/紀元前/古代ギリシア/ギリシア神話/銀座

アトロポス/鬼女/D/紀元前/古代ギリシア/ギリシア神話/東銀座


 かなり強い。

 いまのチューヤでは勝てそうもないが、そもそも戦闘局面らしい雰囲気はまるでない。

 きょうは、運命の午後「なんとなく集合」までに東京をうろつきながら、場合によっては新しい悪魔を収集しようとも思っていた──が、さすがにモイライ3姉妹は無理だ。


「……呼んだ?」


 背後からの声に、チューヤはビクッとふるえあがった。

 正確には、その「におい」にふるえた。


「呼んで、ません、けど」


「こーんにちは、悪魔使いさん? ……ぷはーっ」


 一見、少女のようにも見えるが、その手がつかんでいる瓶は、ちょっとおかしい。

 彼女はあたりまえのように、750ml入りの瓶から、かなりの量の液体を胃袋に流し込んだ。

 強いスピリッツ……彼女はウォッカを、ストレートで飲んでいる。


「悪魔、使い、召喚、してません……」


 どぎまぎしつつ、距離をとるチューヤ。


「ふーん? おねーさん、呼ばれた気がしたよ?」


 お姉さんと言いながら、見た目は同級生か、見ようによっては年下らしくさえある。

 未来を司る女神の年は、若く見えるのかもしれない。

 ──彼女がアトロポスであるならば。


「まちがったらすいません。あなた、アトロポスさん?」


 疑問は早々に解決するにかぎる。


「ええ、以前はガーディアンだったけど、結局はその人間と一体化してしまうようなことも、あるのよね。わたし、この身体が気に入ったの」


 すなおにうなずき、にやり、と笑う少女は、たしかにアトロポスと「同化」してしまっていると考えてよさそうだ。

 悪魔使い、ガーディアン使い、いろいろいるが、憑依体として神や悪魔の力がより強かったり、適性が圧倒的に高かったりする場合、ただの憑代ではなく神や悪魔そのものに近づくことがある。

 ロキやクリシュナ、ガブリエルも、その系統の人間であるとチューヤは考えている。


「俺、あなたと敵対するつもり、ないんですけど」


「わたしもよ。もちろん、いまのところ、だけど?」


「未来はどうなるか、あなたなら見えるんじゃないんですか……」


「可能性の話なら、みんなが見ていると思うけど。あなたが行こうとしているのは、東、北、それとも南? 本当は、ここ……すぐそこに、行くべきところはあるんでしょう?」


 ゆらゆらと揺れるアトロポスの指が、都道316号のさきを指す。

 ぎくり、とチューヤの肩が揺れる。

 室井から言われていた「宿題」が、すぐそこに、山積みにされている。


「宝町と、京橋ですか? 行ったほうがいいんですかね、俺……」


 行くなら、すぐそこだ。数百メートルと離れていない。

 だがチューヤの判断では、あまりにも謎が多すぎる魔人に、まだかかわっていい段階ではないような気もしている。


 ……そういえば、ケートが宝町云々と言っていなかったか? やっぱり仲間を連れてくることが大事だ、うん、そうだよ! 人間、ひとりじゃ生きられないからね!

 そんなチューヤの思考を見透かしたように、アトロポスはにこにこ笑って、酒臭いげっぷを吐いた。


「どうかしら。たしかに、強くなければ、生きてはいけない。けれど」


「行くだけなら、平気ですかね?」


 アトロポスは一瞬、不快げに眉根を寄せてから、空のほうを指さして言った。


「──お行きなさい。いずれもどってくるために」


 指先をたどり、再び視線を下げたとき、そこに少女の姿はなかった。

 時の女神がもたらした示唆は、チューヤになにをもたらしたのか。



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