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PanDemonicA/1 -パンデモニカ/第1部-  作者: フジキヒデキ
天空のフォルクローレ
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03 : Day -52 : Chitose-karasuyama


 地上に出た瞬間、目のまえに見上げることができる。

 ケートの家は、屋上にヘリポートを備える高級ハイタワーマンションだ。

 一瞬顔を見合わせてから、6人は並んで歩き出した。


「超ロマンチックなんだってー? もう、ちょー楽しみー」


 ケートからあふれんばかりに釣り文句を注ぎ込まれているサアヤのテンションは、早くもアゲアゲだった。


「ハイタワーマンションのスターゲイザーって、なんかカッケーよな」


 影響されやすいチューヤが、乗っかって盛り上げる。


「レインメーカー並みの富豪なんだろ」


「フロア丸ごと宇宙にするらしいよ!」


「金持ちの考えることはわからんな」


「宇宙食でも出そうですわね」


「それはそれで食ってみたいかも」


 ざわめく部員たちを顧みて、ケートはややげんなりして言う。


「どーでもいいが、あまり近所に迷惑をかけるなよ」


「近所? だって、フロアぜーんぶ、おじさんの家なんでしょ?」


「全部じゃないよ」


 同じマンションに住むケートに言わせると、ラーマパパは三鷹の天文台に勤務している天文学者のおじさん、という触れ込みだ。

 最上階コンドミニアムに、フロアの半分を占拠するオーナーのひとりである、という。

 ケートが案内せずとも、とっくに見えている場所へたどり着くことは簡単だ。

 うれしそうにさきを行く仲間たちの背を追いかけながら、ケートは傍らを歩くヒナノに問いかける。


「……で、なにを探ってこいと、お嬢はガブんちょから命令されてきたの?」


「なにをおっしゃっているのか、意味がわかりませんね」


 肩をすくめるヒナノ。


「これは失礼。いや、むしろボクも、知りたいと思っているんだけどね。ラーマパパの秘密については」


 あいかわらず本心の知れない物言いと表情。

 ヒナノはふいと視線をそらし、何事かを考える。

 ──すくなくとも彼、ケートには神学機構の機密に当たる部分まで、かなり踏み込んで知られてしまった。


 こんどは自分が、彼の属する秘密結社の真相を、ある程度まではつかみたい。

 そんな思惑が、ないといえば嘘になる。

 これは絶好のチャンスか、それとも破滅の罠か──。




 ハイタワーマンションの警備は厳重だ。

 監視カメラと警備員の常駐する門からエントランスまでに、そうとうの難関を潜り抜ける必要がある。

 ただし住人にとっては、自然な流れを妨げないシステムになっている。


 ケートが門前に立った瞬間、顔認証によって自動ドアが開く。

 エントランスホールには静かなクラシックが流れ、お帰りなさいませの調べを奏でている。

 そのとき、エレベーターのほうから小柄な体躯の黒服がひとり、姿を現した。


 ──変なひとだ。

 だれもが思った。なぜならその黒服は、京劇に出てくる猿のような面をかぶっていたから。


「お金持ちって、奇矯なひとが多いんだね」


 率直な見解を述べるサアヤ。


「しーっ、見ちゃいけません」


 チューヤが自分を棚に上げて、変人とのかかわりを拒絶する。

 ──別段、呼び止められるわけでもなく、並んでその横を通り過ぎようとした──瞬間。

 剛腕がうなり、腹部をえぐりこむ鉄拳を受けて、リョージの巨体が浮き上がり、そのまま壁まで吹き飛ばされた。


 唖然とする一同のまえで、黒服の男は、そのままリョージに向かって数歩、歩み寄る。

 小柄なのに、とてもそうは思えない、圧倒的なプレッシャー。


「おい、やめ……」


 ケートが声を発した瞬間、


「うっきー!」


 大声を張り上げて跳ね起きたリョージの奇声と、黒服の気合が重なった。

 意味がわからない一同は、ただ茫然として、向かい合うリョージの巨躯と、小柄な黒服を眺めることしかできない。

 割ってはいろうとしたケートに、


「来るな! やらせろ、こいつと」


 目をらんらんと輝かせ、ファイティングポーズをとるリョージ。

 フュウ、と口笛を吹く猿面の冠者。

 静かに体躯を落とし、格闘姿勢を整える。


「格闘オタクが」


 ケートはやれやれと首を振り、数歩引いて距離をとる。

 どうやらケート関係らしいな、と一同察しつつ、その「遊び」に好んで飛び込むリョージの性格についても、内心理解を示さざるを得ない。

 彼は「つええやつ」と戦うのが大好きなのだ。


「ぶっ倒す!」


 突進するリョージ。

 高校生とは思えない恵まれた体躯と運動神経から繰り出される攻撃は、けっして美しくも多彩でもないが、原初的なパワーと朴訥な破壊力を秘めている。

 華麗に受け流す猿顔の男の顔に、おどろきと、やがてリョージに似た喜びのようなものが浮き上がる。


「似た者同士らしいな」


 察するチューヤ。

 小柄な黒服は、ウエイト差を感じさせない力強さで、リョージの渾身の一撃をがっちりと受け止める。


「似た猿だ」


 ケートはつまらなそうな視線で、ロビーの片隅にある監視カメラを見上げる。

 ──まるでボクが復讐のためにやらせてるみたいじゃないか。趣味がわるいぜ、ラーマパパ。

 じっさい彼の見立てどおり、戦況は徐々にリョージに不利になっていく。


「くっそがァ、強えじゃ、ねえかよォオ!」


 殴る、蹴る、組む、投げる。

 すべての技を、相手もリョージもきちんと受け止め、真っ正面からぶつけ合っている。

 力比べについで、こんどは技を競う。

 曲がって飛んでくるパンチ。つぎの瞬間、それを跳ね上げたリョージの蹴りが、連続で相手の顔面をとらえる。

 猿面の男は、おどろいたように目を見開き、後退る。


「きさま……」


「へへ、予習できてたんでな、()()()()()()()で」


 リョージの言葉に、きょとんとした顔で、自分を指さすケート。

 それから、すこし考えて得心する。


「なるほど。ボクの護身術の多くは、たしかにそのハマさんから教わったよ」


「やっぱり知り合いか、ケート」


 チューヤの言葉に合わせるように、立ち上がった黒服は、ぺろり、と京劇のような猿の面を取り外した。

 そこには南方系の顔立ちをした、どうやら日本人らしい男。


「ハマダです。よろしく」


 軽く足を引き、洋風の礼をする。

 リョージは軽くうなずきながら、


「最初から、闘争心はバンバンだが、敵意はちっとも感じなかった」


 とはいえ、まだ臨戦態勢は解かない。

 彼はいつも、戦いたくてうずうずしているのだ。


「なるほど、ケート坊ちゃんが手こずるわけだ。センスだけで、よくそこまで戦える」


 ハマダの言葉に、ケートは肩をすくめ、


「だから言ったろ。そこの戦闘民族は、つえーやつと戦えれば満足なんだって」


「そうさ、オラまだ戦える!」


「リョージさ、しっかりしてけれ!」


 リョージとサアヤがはじめた三文芝居は、全員がスルーした。


「……さて、第2ラウンドいこうぜ」


 あらためてファイティングポーズをとるリョージに、


「いや、いくな」


 いつまでやるつもりだ、というチューヤの苦言。


「べつにやってもいいですが、()()()()()()()よ……?」


 うっすら笑って言うハマダに、リョージは、しばらく考えてからファイティングポーズを解いた。


「あんたがそう言うなら、まだ、そのくらいの差はあるのかな」


「じゅうぶんな僅差だと思いますが。ねえ坊ちゃん?」


 ケートをふりかえるハマダ。

 彼は冷めた表情で肩をすくめ、


「体格的にはな」


「それを言うなよケート、傷つくじゃないか」


 リョージは苦笑いして、ケートの肩を小突く。

 女子たちには、その会話の意味がいまいちわからないが、とりあえず、


「男性ホルモンむんむんだねえ」


 というのは、よくわかった。


「どーでもいいからよ、さっさとメシにしてくれよ」


 マフユの言葉に、ハマダはちらりと監視カメラに視線を向け、親指を立てる。

 タイミングを合わせるように、エレベーターの扉が開いた。


「パパがお待ちですよ、坊ちゃん」


「坊ちゃんと呼ぶな。……ふん、行くぞ」


 さきに立って歩きだすケート。

 最初の歓迎セレモニーは、どうやら終わったようだ。




 6人並んで乗り込んでも余裕のある、高級感のある広いエレベーター。

 ふりかえった視線のさき、閉じていく扉の向こう、佇む浜田の背中に帯びられた強力な魔力を、チューヤは目を細めて空恐ろしげに見つめる。

 一瞬の静寂に包まれた箱のなか、まずはケートが口を開く。


「気にすんな、リョージ」


「あん? なんのこった、ケート」


 気にしていない体を装っている、という努力が語調ににじんでいる。


「いや、あのおっさんはマジつええんだよ。やつに勝てるのは如来くらいだ」


「ちっ……。これだけタッパの差があって、それでも負けるってのは、正直、傷つくぜ」


 もともと素直な性格のリョージは、率直に内心を吐露する。


「ボクのセリフだ。似たような体格で、護身術を教えてもらっても、あのひとは余裕で勝てるのにボクは……。ふがいないよ」


「おまえの勝負どころは、カラダじゃなくてアタマだろうが」


 そんな会話を聞きながら、チューヤは彼らの関係性を忖度する。

 こっそりとナノマシンを起動して理解したところによれば、さっきの「おっさん」を世界的に知らしめているのは、『西遊記』だ。

 中国四大奇書のなかでもダントツにおもしろく、世界中にその派生作品を生み出している。


 主人公のネームバリューは、半端ではない。

 ──孫悟空。

 『ラーマーヤナ』におけるハヌマーンから派生し、斉天大聖として『西遊記』を彩り、日本が誇る『ドラゴンボール』までをカバーする、最高に魅力的なキャラクターだ。

 そんなことを思いつつ、チューヤが口を開いた。


「リョージでも、相手がわるい、ってことあるんだな」


「なおさら燃えるぜ、くそったれ」


「さすが戦闘民族」


「ふん。ヤバくなったら、また止めてやる。安心しろ」


「ホトケ心を出したね! ケーたん!」


 仏教徒のサアヤが、ホトケらしい指の形をつくって言ったとき、ゆるやかに減速したエレベーターが最高到達点に達して、止まった。

 手荒な出迎えを受けた末、一同はいよいよラーマパパの本拠へ。




 エレベーターを降りたさきのフロアは、左半分すべてラーマパパのものであるという。

 勝手知ったる他人の家、ケートはズカズカと奥の部屋へと向かう。


「天文学者って儲かるんだな」


 ハイタワーマンションの最上階コンドミニアム。

 パパは一年の4分の1を、この部屋に滞在する。


「全世界の天文学者にその言葉を向けたら、飯を吐くぞ。もっとも金にならない学問のひとつだ、天文学なんて」


「じゃ、お金持ちなんだな、パパさん」


「パパの仕事は天文学者だが、収入の柱はミッタルだよ」


 マネーの世界については、貴顕のたしなみとしてヒナノもそれなりにくわしい。


「インド系の世界企業ですね。かなり影響力のあるコングロマリットです」


「そう、そこで顧問をやってる。あんまり仕事してるようには見えないけどね」


「Oh~言ってくれるねケート。これでも働いてはいるよ」


 その薄暗い部屋にはいろうとした瞬間、むこうからそんなことを言いながら、大柄な男が現れた。

 ──浅黒い肌の巨漢。

 アメリカ人らしいピザ体形だが、アメリカ人ともインド人ともどこかちがう。

 どちらかといえば南方系の日本人によくいる「デカいおっさん」という雰囲気だ。

 犬を連れた上野の銅像を、さらに丸くした感じ、と考えれば目安となる。


 ラーマパパはアメリカ生まれ。

 人種的にはモンゴロイドだが、これはネイティブ・アメリカンで説明がつく。

 当人は自分をインディアンだと言っているので、インド企業に就職するのはアタリマエーHAHAHAー、ということだ。


 天文学で学位を取り、世界中の天文台に勤務する傍ら、インドで尊敬を集め、ラーマの尊称をもらった。

 以来、デニス・ラーマ・トレホと、ミドルネームにつけて名乗っている。

 皆からはラーマパパと呼ばれる。

 三鷹の天文台に非常勤し、天文学者としての仕事も一応はこなしている。

 天文学者としてのラーマパパのネームバリューは、ミッタルの顧問などという収入源よりも、はるかに大きい、という。


「彼が……」


 ヒナノは息を呑んだ。

 写真で見たことはあったが、もちろん実物と会うのははじめてだ。

 インドのコングロマリットに関連しつつ、天文学者としてアメリカの政界にもパイプをもっている。

 昨今の「ベルエア」案件では、多くの政治的判断に示唆を与えているともいう。

 もちろんヒナノは基本的なことを知ったうえで、彼の正体を探りにきた。すくなくとも知己を得ておいて、わるいことはないだろう。


「さあ、どうぞ。星の世界へ」


 パパは言いながら、さっき出てきた部屋へと引き返していく。

 その薄暗いさきは全面、プラネタリウムになっていた。




 そこは「星空に立つ」ことができる、立体宇宙投影の世界だった。

 周囲がそのまま宇宙空間に変じていて、非常に美しい。


「空中投影ディスプレイってやつか」


 いわゆる3D眼鏡をかけなくても、肉眼で映像を確認できる。

 レーザーを使い、特殊なフィルムを通して、空間に映像を投影する技術だ。


「これといった未来技術ではないよ。既存の技術を組み合わせただけだ」


 ラーマパパの声は、コントロールルームらしい、さらに奥の小部屋から聞こえる。

 じっさい使っているのはレーザー、感光材料、制振装置、対物レンズの4つだけだ。

 秋葉原をひとまわりすれば簡単にそろえられる道具立てだが、もちろん、これだけ美しく完成度の高い立体映像を生み出すには、そうとうな技術とノウハウが必要とされる。


「きれーい、ろまんちっくー」


「神話的ですわね。やはり星空には神が宿るのでしょう」


「食えりゃ最高なんだけどな」


 そんな女たち。


「やれやれ、女はこれだから」


「原理はわかるけど、組み合わせがすごいな」


「秋葉原で買える? ソフトが高そうだけど」


 そして男たち。

 室内をそぞろ歩く6人の動きに合わせるかのように、星空は回転し、われわれの住む宇宙の姿を教えてくれる。

 プラネタリウムの夜が、はじまった。



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