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PanDemonicA/1 -パンデモニカ/第1部-  作者: フジキヒデキ
ワルキューレと奇行
21/99

20 : Day -50 : Kita-sando


「わたくし、このガーディアンは、あまり得意ではありません」


 先代のシームルグとちがい、ヒナノはオセを愛でるつもりはないようだった。


「そりゃそーだろうな。堕天使だし、ライト一直線のお嬢とは、必ずしも属性が合うわけじゃない」


「真逆でもないよ。堕天使は左右ではカオス寄りだけど、上下ではニュートラルだからね。それに最新のバージョンでは、より属性グラデーションが精密に……」


「ゲームの話はいい。たしかにオセは強力な悪魔だ。あの剣技の切れ味は、ほんとうにすばらしかったよ」


「ちょっと、あまり近寄らないでちょうだい、ゴロウ」


「うなー」


 霊体となったネコは楽しそうに笑い、ヒナノの足元に身をすり寄せる。

 チューヤは心から納得して、彼の気持ちに同調する。


「なるほどね。お嬢がネコに好かれる理由が、よくわかったよ」


「自分が好きな理由じゃないだろうなチューキチ」


「ば、ばかおっしゃい。こほん、よろしいか。ネコというものはですな、ネコ好きなひとからされるような必要以上のべたべたを、きらうものなのです。一方、ネコが苦手、というひとがとろうとする距離感が、じつはネコ自身にとって非常に心地よかったりもする。その点、お嬢のツンデレさかげんは、まさしくネコまっしぐらと言えましょう」


「うなー」


「やめなさい、ゴロウ」


 微塵もデレの要素はないが、もちろん、やめるようなネコではない。

 ふてぶてしさにかけては天下一品だ。


「ふん、甘えるな、醜い堕天使め」


 横を通り過ぎながら言うケルベロス。


「地獄の番犬とも思えぬ、きさまこそ腑抜けたか魔獣」


 強力な悪魔たちだが、ポメラニアンとチャトラの姿で対峙されると、ちっとも怖くない。


「ネコのことなどどうでもよろしい。さっきから、駅の周囲をうろうろと。なんですか、この非生産的な時間は」


 ヒナノが眉根を寄せ、いらだたしげに足を踏み鳴らす。

 自然、足を止めて顔を見合わせる一同。


「そんなこと言っても、マフユがどこ行ったかわかんないし」


「たく、あのアホはどこに隠れているんだ?」


「たぶん渋谷のどこかだ」


「……広すぎだろ!」


 問題は、そこだった。

 砂漠でありジャングルである東京は、狭いようで広い。とくに、たったひとりの人間を探し出そうと考えたら、東京ほどの密林地帯はほかにないくらいだ。


「時間をかければかけるだけ魂が集まるわけですから、簡単に見つかるような場所ではないでしょうね」


 肩をすくめ、他人事のように宣う。

 ヒナノは、そもそもマフユと仲がよくない。サアヤという潤滑剤があれば、なんとか会話が成立するという程度の関係だ。


「ただでさえ物陰に隠れて獲物を狙う蛇だからな、落ち着いて考えれば冬眠した蛇を見つけるなんて無理だな。しかたない、あきらメロン」


 もとよりケートは、マフユとは不倶戴天の仇敵である。


「早っ! あきらめたらそこで試合終了ですよ!」


 サアヤが声を張り上げる。

 マフユが自分を好きなことは知っている──その「好き」の意味を深く掘り下げるつもりはないが、親しい友人を助けるという義務感は強烈だ。


「落ち着いて考えよう。──あいつ、どっちから渋谷に来た?」


 チューヤが割ってはいった。

 緩衝材という意味では、このバカ夫婦の役割も軽視するわけにはいかない。


「そーいや、原宿方面からって言ってたな」


「おしゃれなショップがどうとか言ってましたが」


 ケートとヒナノの記憶が掘り起こされる。

 一応、さっきまでいっしょに戦っていた「戦友」ではある。


「あー! そういえば、誘われたかも。神宮前で、いいショップ見つけたから、いっしょに行こうって」


 サアヤの記憶も蘇ってきた。

 まだ懐疑的なチューヤは、腕組みして目を細めながら、


「どうせ大盛り飯炊きショップだろ」


「なんだよ大盛り飯炊きショップって! 私に似合いそうな服がどうこうって言ってた」


 これが解決の契機になるか、もちろんだれも確信などない。

 だがこの一点に違和感をおぼえるところから、すこしずつ石は転がりだす。


「蛇は脱皮でもしとけってか」


「マフユは服とか興味なさそうだけどなあ」


「けれど、あのあたりには独特なセンスのいい服をつくる店が、ときおり見受けられますよ」


「パトロン的な視点だね。金になる将来有望なアーティストを青田買いってか。さすがお嬢、貴族の義務を果たしてますな」


「皮肉はけっこう」


 一同の見解が錯綜するなか、脳内地図を展開しつつチューヤは言った。


「待って待って。ってことは、だいたいエリアが絞れる。原宿の東、神宮前あたりで、セレクトショップが多いエリア」


「……穏田おんでん、ですかね」


 おしゃれなエリアにくわしいヒナノが、ぽつりとつぶやく。


「そうだ、怨念がたまってるエリアがどうこう言ってた! よし、謎は解けた! フユっちは、穏田におんねん!」


 サアヤのテンションに、だれもついていけない。




 宮益坂から北へ、原宿に向かって数百メートル。

 穏田という地名がある。


 このエリアはかつて、道が入り組みアクセスがわるいことから、周辺地価のなかでは格安だったという。

 結果、若いデザイナーやアーティストなどが集まり、独特な文化を育んだ。

 それが渋谷原宿に若者文化を根付かせる原動力にもなった、という。


 そこにどのような怨念がまつわるのかはともかく、かつて徳川家康が、より正確にいえば「忍者」が、原宿を若者の街にする原型をつくった。

 忍者の街。穏田に、マフユは雲隠れ、ということか。


「で、どういうこと、これ」


 首に綱をつけられ、ひとり、ぽつねんと歩かされるサアヤ。

 他のメンバーは背後から、隠れて追跡している。


「黙って歩け、おまえはただのエサだ」


「だから、なんで私がエサにされてるのって訊いてんの!」


 その場で地団太を踏むサアヤの周囲に、人影はない。


「マフユが食いつくのは、メシかサアヤしかないだろ」


「じゃあメシにしろよ!」


 明治通りから東へはいった、現世ではおしゃれなストリート。

 曲がりくねった細い道を、ぽつねんと歩く少女。

 殺伐たる境界では、たしかに一見、悪魔のいいエサだ。


「メシが歩くか、ばかたれ!」


「てめえチューキチ、あとでおぼえてろよ!」


 糸電話の要領で話すふたり。


「騒がしいぞ、キミたち。釣りは静かにせんか」


 チューヤの脳天を、背後からケートがポカリとする。

 ──このような古典的な「釣り」が本当に成立するのかはともかく、彼らはひとまず、サアヤを穏田の裏通りに独行させ、どうなるかという顛末を観察することにした。

 このような戦術が、戦略的視点に含まれてどう評価されるかについては、後世の歴史家が判断するだろう。


「くだらない。もっとマシな作戦はないのですか」


「お嬢が脱げば、チューヤが釣れると思う」


「ばっ、リョージくん、そういうこと言っちゃメッメ!」


「そんな外道を釣ってだれが喜ぶ」


「外道とか! 否定したいけど!」


「しろよ……」


 後方は後方で騒がしい。

 先行するサアヤの背中を眺めながら、ケートは内心、歯噛みする。


「くそ、蛇女め。あの女に気を許したボクがバカだった」


「自身の主張を通すにしても、やり方がよくないですね」


 マフユの無考えな独走は、仲間たちを敵にまわすのに十二分の効果を発した。

 すくなくともケートとヒナノの怒りは、かなり深刻だ。


「やっぱり、最初から全員で行動していれば、こんなことにはならなかったんじゃないかな」


 チューヤが言った。

 マフユの横にサアヤがいるかぎり、彼女がそんな無茶をしたとは思えないのだ。


「いまさらですね。こし方を慚愧して刹那のカタルシスに耽溺する老輩ですか、あなたは」


「むずかしく言ってくれてありがとう。前向きにがんばるつもりはいっぱいだけど、過去の検証は未来にとっても大切でしょ」


「スカアハによれば、渋谷で魂を集めるシステムは、拠点を上下に打つことで、エキゾタイトの効率的な環流と選別が可能らしい。

 北欧勢力とケルトが手を組んで、このシステムを稼働した。魂というエネルギー需要に応じるシステムは、どちらかの拠点が残った状態では、動きつづける。

 理想的には、上下の拠点を同時にたたけば、稼働時間を最短にできる。じっさい、うまくいけば、日付が変わるまえにシステムは止められた」


 軍師スカアハが、クーフーリンに言い聞かせた言葉を、仲間たちに対してケートがくりかえした。


「北欧勢力と手を組む可能性を、軽く見すぎていましたね」


 冷徹なヒナノの言葉に、


「いや、むしろ先導したのは北欧勢だ。ケルトはわるくない」


 悪役バロールを退治したリョージが、ケルトの肩をもつ。


「けど必ずしも、北欧がダークというわけでもないよね」


 チューヤのニュートラルな物言いに、


「ロキが暗躍してかなりの力を集めてはいるが、そもそも野合だからな、あの集団は」


 ケートが高次からの冷徹な客観で結論する。

 ここに、マフユの背景を類推する材料が整った。

 ──あらゆる神話には、物語がある。

 なかでも、もっともわかりやすい物語こそ、善と悪、敵と味方の物語だ。


 たとえばケルトではバロールを悪に、ルーを善に配置している。

 北欧神話ではもちろん、稀代のトリックスター・ロキが悪役を担い、オーディンらと宿命の戦いを、ラグナロクにいたるまでくりかえすことになっている。


 神学機構でも、神の使徒たちは永久に悪魔と戦いつづける。

 インド神話こそ、多彩な悪役の宝庫だ。

 たとえ最初から悪役でなかったとしても、日本神話を中心とする体系は、被征服民を悪、征服者が善の側に立つという、決定的に不変なロジックを前提としている。

 これは、新参国家アメリカに至っても、永久機関のようにくりかえされた「独善」の根本形式だ。


 北欧は、そのすべての神話に約束された「悪」とされる側に、強い影響力をもっている。

 もちろん北欧でも、最後はオーディンを中心とする神の側が勝つ。すくなくとも、そう期待されている。

 ──だが、ロキの力が強くなりすぎた。

 正確には、ロキの集めた力が。


 ケルトのバロールなど、その手駒のひとつにすぎない。

 北欧内部でも、ロキに抵抗する力はいくらでもいる。だが、オーディンの忠実な従僕であるワルキューレたちさえも、ロキのしつらえた闇の舞台で、舞い踊らされている。

 人類(神話)史上、最大最高のトリックスターとして、不動の地位を保つロキ。

 その存在感は、いまや大魔王に匹敵する。


 これはもちろんオーディンの本意ではあるまいが、ロキ、ヘル、フェンリルを中心とする邪神たちの暗躍は、他のあらゆる神話で「悪」とされた、よこしまなる存在を糾合して一大勢力を築いている。

 北のスラム、足立区を中心に広がる北欧勢力エリアから、今回の渋谷戦争は、ロキが仕掛けた明確な攻撃と見ていいだろう。


「北欧を責めるわけにはいかない。すべての神話が、闇を、悪をもっている」


 自戒を含むケートの物言いに、だれもが反駁の言葉を持たない。

 それら措定された闇を糾合するというロキの戦略は、ある意味で順当でさえある。

 あらゆる闇に触れ、共感して、彼らの流れに寄り添うと決めるは、当人。

 ひとくくりに「北欧勢」と呼ばれるのは、主神オーディンらにとっても不本意であろう。だがそのくらい、ロキの集めた力は強くなりすぎた──。


 人類社会そのものが〝必要悪〟という言葉をもっている。

 悪はつねにあり、これからもありつづけるだろう。

 ただ、その力は()()()()()()()()()()だった。

 社会の闇に押しこめて、個々に死なない程度の窒息状態を保たせることが、必要悪の妥当なコントロール方法であると、多くの社会が容認する──その範囲を、ロキは逸脱しようとしている。

 いや、あきらかに逸脱しているのだ。


「世界中の神話から、悪役を集めて一元化するとしたら」


「世界中の正義が連合する、か?」


「どうかな。世の中、それほど単純じゃない」


「相対的な世界、ですか。気に入りませんね……」


 深い話をさらに深めていく4人の視線のさき、直近の事象が動いた。

 サアヤの通りかかるビルの陰から、巨大な蛇が鎌首をもたげている──!




「ひゃあぁあっ!?」


 ぬめっ、としたものに全身を包まれ、サアヤが素っ頓狂な悲鳴を漏らす。


「まじか、釣れやがった」


「サアヤ!」


「さっさと片をつけましょう」


 蛇は、ビルの裏手の戸建てから伸びている。

 都会のどまんなかに、ぽつねんと取り残されたかのような、道路に面しない敷地に建てられた、それは古い日本家屋。

 徒歩でしかはいれない忍者屋敷に、サアヤは飲み込まれた。


「こりゃ見つからんわ。サアヤ、お手柄だな」


 変なふうに感心するリョージ。


「なんか雰囲気あるな、この家」


 はっきり言えば、ホラー映画に出てきそうな「呪いの家」の雰囲気だ。


「……お行きなさい」


 ヒナノは行く気がしないらしい。


「もう、みんなここまできたら、行くしかないっしょ!」


 めずらしくチューヤが先行する。

 その脳天に、巨大なタライが落ちてくる。

 ……がん!

 音だけは派手な衝撃に、その場でのたうちまわるチューヤ。


「ぐっ、ぐわぁああ、や、やられた、いやだいじょうぶ、心配いらない、みんな俺のことはかまうな、さきへ行ってくれ!」


 冷たい表情でタライを拾うケート。


「だれもがキミのクソボケに突っ込んでくれると思うなよ」


「さっさと相方をとりもどさないとなあ、チューヤ」


「う、うっさいな。……なんなんだよ、このタライは! ふざけてんの!?」


 よく見ると、タライにはマフユらしい文字で、つぎのようなメモが貼り付けられていた。


「右のドアから帰れ」


 見上げ、右を向く。

 ……壁しかない。

 左を向く。

 塀から外に出られるらしいドアがつくりつけられている。


「来訪者から見てどっちか、忖度する良識さえないところは、あの蛇女らしいな」


「塀のドアの向こうは、現世ってことか」


「選択肢を用意しているところには、好感がもてますね」


 仲間たちの意見は、左右に割れているように見える。

 その中間地点に立つチューヤは、正面を顧みながら言った。


「俺はまんなかに見える玄関を開けようと思うけど、みんなはどうする?」


「……しかたないな。骨は拾ってやる、さっさと行け」


 助け出すのがチューヤだったらともかく、サアヤであれば否やはない。

 全員、内心は決めていた。

 メンバーを率いる体でチューヤが玄関を開けた──瞬間、だれかに背中を蹴り飛ばされた彼は、そのまま呪いの家へとまろびこんだ。

 再び、戦いがはじまる──。



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