11 : Day -51 : Shibuya
「毎度、この始末だよ」
サアヤはうんざりしたように、暗がりを歩く自分自身の宿命を呪いやる。
彼らは境界化した渋谷から、ただちに地下へともぐった。
敵の本体をたたく、という基本戦略のためだ。
「ダンジョンこそ、俺たちの生きる場所なのだ。いいかげん、あきらメロン」
と、3Dオートマッピング野郎は言った。
じっさいなんの躊躇も迷いもなく、複雑怪奇な地下道を進んでいる事実は、サアヤならずともおどろくべきことだ。
一般に男子で高い傾向はあるが、なかでもチューヤの空間把握能力は、並ではない。
「上のあいつら、だいじょうぶかな?」
リョージが心配そうに、地下道の天井を仰ぐ。
その懸念は、まだ合流できていない友人たちに向けられているようにも聞こえるが、じっさいは渋谷センター街で悪魔たちの餌食にされつつある見知らぬ人間たちに対しても、押しなべて向けられている。
「悪魔のやり口としては、思い出の品らしきもので人間たちの感情をかき乱し、エキゾタイトがじゅうぶんに昂進したところで食ってやる、っていうスタンスみたいだね」
かく言うチューヤは、チートアイテムである「おマグり」のおかげで、エキゾタイトに不自由したことは、いまのところほとんどない。
供給が不安定化することもあるが、そんなときはコンセントから抜いたおマグりのバッテリーで運用することになる。いずれにしても悪魔使いが通常運転しなければならない、それは宿命の「電源管理」だ。
「許すまじ、悪魔ども、だよ」
サアヤも踊らされそうになったが、すぐに手のなかから消えた思い出の消しゴムによって、悪魔たちの邪悪な姦計に怒りを新たにしたしだいである。
「それよりさ、ケートたちだいじょうぶかな?」
「余裕だねえ、こっちのほうが手ごわい空気ムンムンですけど」
周囲に集まる悪魔のレベルは、かなり高い。
ケートたちとは先刻、こんなやり取りがあった。
結果、こうなった。
グループチャット上、すでに合流情報は共有されている。
「で、キミたちは、どこいるんだ?」
ケートの問いに、チューヤは道玄坂という地名を返しつつ、
「お嬢はどこにいたの?」
「わたくし、表参道のほうで友人と会食をしていましたわ」
6分割された画面のひとつ、ヒナノはあいかわらずツンとしている。
「そっちかー! 宮益坂方面も考えたんだよなー。ってか、どう考えても電車より南青山だよなー。だけどさあ、代官山だっておしゃれじゃん? 田園都市線だし、そっち選ぶ気持ちもわかるだろー?」
自分のことを言われているにもかかわらずヒナノにはその意味がわからないが、問題は、彼女がそんな話に一片の興味ももっていないことだ。
「わかるわかる。私の気持ちをよくわかってるね、チューヤは」
飄々とした笑顔で、ぽんぽんとチューヤの肩をたたくサアヤ。
一瞬、毒気を抜かれた表情、それから再び壁をたたくチューヤ。
「……くっそー!」
「くっそー! 代官山かぁ。意外にオトナだったんだな、サアヤは。原宿方面から攻めたあたしがまちがってたよ。だけど若者の街・原宿を選ぶ気持ちもわかるだろー?」
最後に画面に飛び込んできたのは、細長い女、マフユ。
これで当面、3:3の合流が果たされたことになる。
「わかるー!」
画面越し、互いにもだえ苦しむチューヤとマフユ。
みにくい、と多くのメンバーが目を背ける。
──渋谷は、北に原宿、東に青山、南に代官山、西にセンター街という、ゴールデンエリアを形成している。
だれが、どこを選んでもおかしくはない。
アホどもが……と、ケートは呆れたように肩をすくめ、リョージに問いを向けなおす。
「リョージは、なんでそっち行った?」
「道玄坂? ああ、バイトついでにな。ケートは?」
「ボクは広尾の実家に帰ってた。そのままジョギングがてら渋谷に向かったわけだが」
広尾からなら直線距離で2キロもない。
「それで青山通りでお嬢と合流の流れか」
「ま、結果的にそうなるな」
冷静に考えれば、全員が合理的な行動原理にしたがって、その日を自然に過ごしただけだ。
結果、このような組み合わせになった運命を、あとは受け入れるしかない。
「それより、駅周辺かなりヤバくねえか?」
「どうする? このまま、まんなかで合流って手もあるが」
そこで、リョージがめずらしく意見を述べた。
「ケート、おまえら上をなんとかできるか?」
「どういうことだ?」
ケートの問いに、リョージはポケットから取り出した図面を画面に示す。
端末に画像処理を指示すると、それはすぐに見やすい静止画に置き換わった。
「なんだ、これは」
「オヤジのカバンから出てきた。というか、落としていったんだが」
しばらくそれを凝視していたケートは、
「……わかった。ほかにあれば図面だけ写真撮って、送ってくれ。下は任せていいのか? だいぶ複雑そうだが」
「ああ。さいわい、こっちには人間オートマップ野郎がいる」
「だな」
理解しあうリョージとケート。
彼らはライバルだが、それは互いの能力を高く評価している、という意味でもある。
「なんだよ、男たち! どういうこと?」
「そうだよ、男たち! 俺も男だぞ、仲間に入れてくれ!」
バカな夫婦が同時に声を上げる。
「──チューヤ、キミはそのまま坂の下、もぐれ」
ケートの口調には、帝王学を極めたエグゼクティブのカリスマがある。
思わずしたがうのが、一般ピープルの宿命。
それでも一応、問い返すチューヤ。
「は、はい……って、はああ? どういうことよ、ケート」
「これはケルトの祭りだ、ってことだよ」
「わかんねえ……」
頭を抱えるチューヤから視線を外し、ケートは上のほうをゆっくりと振り仰ぐ。
「くわしいことは図面もってるリョージから聞け。たぶん……乱舞するヴァルキュリアどもの相手のほうが大変じゃないかな」
瞬間、ケートの背後に、閃光が走った。
彼らの状況は、とっくに走り出している。
左右では女たちのナノマシンが起動し、臨戦態勢を整えていた。
名/種族/ランク/時代/地域/系統/支配駅
ワルキューレ/妖魔/G/19世紀/ドイツ/ニーベルングの指輪/渋谷
響きわたる『ワルキューレの騎行』に乗って、強力な戦いの女神が渋谷の上空を乱舞しているらしい。
彼女らが集める渋谷の若者たちの魂は、どんなヴァルハラに運ばれていくのだろう。
ワルキューレの相手、大変そうだなー、怖いなー、と思いながらも、チューヤは一応、この選択に苦言を残しておくことを忘れない。
「俺たちが地下で、ケートたちが地上ってこと? なんかそっち、偉そうじゃね?」
「そうじゃない。偉いんだ。チューヤ、お嬢に合流したい気持ちはわかるが、あきらメロン」
ケートのナノマシンが起動し、ガーディアンが浮き上がる。
それは早くも、前回見たプロメテウスではなかった。
見ればヒナノの背中にいるのも、シームルグではないようだ。
どちらも、さらに強化されていると見てまちがいないだろう。
「あきらめないぞ、サアヤぁああ」
叫ぶマフユの背後にも、新しいガーディアンがいた。
地上部隊は、どうやら万全だ。
「作業分担、了解っす!」
状況の切迫を理解し、チューヤが敬礼した瞬間、ぷちん、と通信が切れた。
──境界化が、ほぼ完了している。もう、ただの電波は通さない。
ともかく、作戦は立った。
3:3のチームで、上下から渋谷を開放するのだ。




